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第116話 両家族で日帰り温泉旅行

 ゴールデンウィーク三日目。今日は日帰りで温泉に来た。

 車から降りるのは、久土家と柊木家の人々。


「ウフフ直弥さん、柊木さんのお荷物を持ってあげなさいな」


 上品で穏やかな口調の母さんが俺の頭を鷲掴み。痛い痛い頭の骨が割れそう。

 母さんは俺の耳元へ口を寄せると、ほぅら出た本性だ。


「何してんねや。さっさと持てファッキン」

「母さん、ファッキンは汚すぎるよ」

「アンタを連れてきたんは荷物持ちの為だけや。はよ運べ」

「俺はキャリーカートか」

「せやな。今日からアンタの名は久土キャリーカートや」


 分かったら全員分の荷物を持てと言われ、柊木家の方へ押し出される。

 名前を奪うだけじゃなく酷い名を授けやがった。湯婆婆よりタチが悪い!

 まっ、そんな母さんの母親失格な愚行を寛大な心で許してあげよう。今日は気が楽なんでね、苛立つことなく従いますよ。

 俺は久奈の両親に荷物をお持ちしましょうか?と尋ねる。


「大丈夫よ直弥君。せっかくの温泉なのだから両家族ゆっくりしましょう」


 しかし久奈ママはそれを優しく制してくれた。めっさ優しい。俺の中で女神認定。


「ウフフそうですよ直弥さん、せっかくの温泉なんだから気を遣わなくていいのですわよ」


 あー、ごめん、やっぱ母さんだけは許せない。あのおばさん超ムカつくんですけどぉ!?


「また後で。久奈、行きましょ」

「ん。なお君、バイバイ」


 久奈と久奈ママと母さんは赤い暖簾の向こうへ入っていく。

 そして青色の暖簾に進むのは俺と父さんと久奈パパ。


「直弥君行こうか」


 久奈パパは非常に落ち着いていらっしゃる。丸眼鏡をかけて微笑む、どこにでもいる温和で優しい人。

 普段は久奈ラブが強すぎて暴走しがちだがここは男湯。男しかいない。

 俺が気楽でいられる理由はこれだ。久奈がいない状況では久奈パパは通常状態の普通に良い人なので気を遣わなくて済む。


「背中を流してくれないか?」

「あ、はい」

「息子に背中を流してもらうのが夢だったんだ」


 実際の親子なら背中を流すなんて絶対にしない。

 多少なりと気恥ずかしいが、久奈パパが喜んでいるので我慢しよう。

 俺が久奈パパの背中を洗って、隣では父さんが慎重にシャンプーしている。え、父さん……濡れると髪の悲惨さが……あ、ああぁ。


「直弥君、湯船に入ろうか」

「はい」

「さあ久土さんも。気にしすぎるのも頭皮にストレスを与えますよ」


 カコーンとベタな音が鳴り、温泉に浸かってたまらず声が漏れる。あ゛ぁ゛極楽。


「良い湯だね」

「そうですね。ウチの両親と柊木さん達が温泉によく行く理由が分かります」


 全身の疲れがほぐされていく。

 父さんの絶望的なハゲ具合には目をつむるとして、母さんはいないし久奈パパは正常。なんと平和な温泉旅行だろうか。来て良かった。


「柊木さんだなんて他人行儀な呼び方しなくていいよ。以前にも言ったじゃないか。私は直弥君を息子と思っている。だからお父さんと呼んでほしいな」


 久奈パパは優しく微笑むと湯気でくもった眼鏡をかける。眼鏡の人って温泉の時も眼鏡をかけたままなのね。

 久奈パパは本当に良い人だ。俺のことを息子として接してくれる。実母はキャリーカート扱いだというのに。

 お父さんか……へへ、なんだか嬉しい。


「ただし、お義父さんと呼んだら許さないけどね」

「…………うーん、嫌な予感」


 湯気に混じって変なオーラが出てきた……。あ、結局そうなる感じ?


「久奈は渡さない」


 出たよ本性! なんでそうなるのぉ!? 今は久奈いないじゃん! 男同士もっとこう平和に湯船浸かりましょうよ!


「君のことは息子同然に思っているが、同時に久奈のボディーガードとも思っている。有事の際は久奈の盾となり犠牲となりたまえ」


 湯気でくもった眼鏡で表情は窺えない。けど確実に久奈パパは真顔をしている。真顔、マジで言っているのだ。

 ごめん訂正する。この人やっぱ頭おかしい!

 温泉なら安らげると期待した自分が馬鹿でした。久奈パパの怒りで湯がゴポゴポと沸き立つ中、俺はキャリーカート兼ボディーガードなのかと悲しい気持ちで湯船に浸かった。











 ろくに休めず温泉を出ると、卓球コーナーで久奈が待っていた。

 少し濡れた毛先が艶めかしい。色気ありあり。


「なお君、卓球しよ」

「おう。い」


 いいぜ、と言いかけたところで久奈パパが乱入してきた。


「パパとやろうっ。一緒にピンポンしよう!」


 さすがの速さ。娘への愛情がとんでもない。

 久奈パパはラケットを持つと、もう片方の手で俺にカメラを押しつけてきた。


「私と久奈が卓球する姿を収めてくれ」


 久奈パパは俺の方を見ずにピシャリと言い放った。……だと思ったよ。

 俺のことを息子のようだと言ってくれたけど久奈が絡むと扱いが酷くなるよね? 容赦ないよね!


「さあ久奈、いつでもかかってきなさい。パパに勝てるかなっ?」


 久奈と久奈パパのシングル戦が始まる。

 両家族からまともな扱いをされない俺はおとなしく命令に従ってカメラを構える。はいはい……。


「試合開始ー、ぶははははっ」


 審判は久奈ママ。湯上り美人がゲラゲラ笑う姿も一応撮っておくか。

 ちなみにウチの両親は酒を浴びるように飲んでいる。あれは撮らなくていい。お前ら運転は久奈パパだからって酒飲んじゃ駄目だろ。


「いくよ~、えいっ」


 久奈パパがサーブを打つ。久奈はそれを返し、ラリーが続く。


「え~いっ」


 うっ、吐き気が。おっさんの甘ったるい「え~いっ」は聞きたくなかった。


「そりゃ~!」


 久奈パパの気味悪いかけ声。これを一試合終わるまで聞かなくちゃいけないのは嫌だなぁ。

 そう思っていた矢先だった。

 突如、久奈は腕をだらんと下げた。ピン球を返さずスルーして……どうした?


「あはははは1-0ははは!」

「さあ久奈、次いくよっ」


 荒ぶる久奈ママと昂ぶる久奈パパ。

 その娘、久奈はラケットを母親に渡すと俺の方へと駆けてきた。


「疲れた」

「へ? ぱ、パパと卓球は?」

「もういい。なお君と休憩してる。卓球はお母さんとやって」

「え、ちょ、ひさ」


 久奈パパは困惑しながらも必死に久奈を呼び止める。

 しかし久奈はそれを完全に無視、俺の腕を掴むとくいくい引っ張る。

 チラッと見た卓球台では、しょんぼり肩を落とす父親と大笑いしてスマッシュを放つ母親の姿が映った。


「どうしたんだ急に?」

「……」


 少し歩いてゲームコーナー前のベンチに座る。

 久奈は俺の耳元へそっと近づくと手を添えて囁いてくれた。


「後で一緒に卓球しようね」

「え、でもさっき疲れたって」

「私はなお君としたい。……駄目?」


 だ、駄目じゃないけど。

 屈んで俺の顔を覗く久奈。俺らの距離は近く、湯上がり補正が抜群にかかった久奈の肌、匂い、髪の毛、緩んだ胸元。耳元で囁かれるのはすげーくすぐったくてドキドキした。

 後で一緒に……な、なんつー嬉しいことを……っ。


「なお君」

「わ、分かったよ。後で勝負な」

「ん。じゃあ、今はゆっくりしよ」


 母さんも父さん久奈パパも久奈ママも、周りに誰もいない空間でベンチに座り寄り添う。ゆっくりと時間が経ち、けれど湯で温まった体は冷めず寧ろ火照っていく。

 二人だけの心地良い時間を満喫しながら、俺は腕を前に出してカメラのシャッターを押した。

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