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第110話 神の一手、犬のお手

 碁石を打ち、顔を上げる。


「長宗我部、勅使河原さん、今日は来てくれてありがとう。最高の一日にしようぜ」

「バンドマンみたいだな」

「嫌なこと辛いことは全て吐き出してほしい。明日から生きていく為のエネルギーをここでいっぱい溜めて、持ち帰って、それでも駄目になりそうになったら俺らはライブハウスで待っているから、何度だってみんなを送り出してあげる、って馬鹿野郎!」

「ノリツッコミが長い」


 長宗我部は俺の熱いノリツッコミを一蹴して碁石を打ち、その隣では勅使河原さんが大型犬を抱きかかえている。

 ここは『神の一手、犬のお手』という名の碁会所兼犬カフェ。その店名にしたい為だけに囲碁と犬を無理矢理くっつけただろって感じの斬新な経営スタイルだ。

 ま、相談に乗ってもらえるなら場所はどこでもいい。

 碁石がパチッと鳴れば犬がワンッと鳴くシュールな店内で俺は二人に話し始める。


「久奈なんだけどさ」

「だと思った。久土は柊木さんのことばかり考えているよな」


 細い息を吐いて長宗我部は勅使河原さんと顔を見合わせて笑う。久土の考えていることはお見通しだと言わんばかりに。

 んじゃま遠慮なく続けて喋らせてもらおう。


「気づいたんだ、俺は気づいてしまった。なんとっ、久奈を笑顔にするにはギャグや漫才ではなく、普通に久奈が喜ぶことをすればいいのだと!」

「何を今更なことを自慢げに……」


 碁石を打つ長宗我部の呆れ顔は明らかに俺を馬鹿にしていた。


「ため息やめろ」

「すまん。久土にしてはよく気づいたと褒めるべきだったな。コングラッチュレーション」

「褒める気ないだろ!」


 俺がアホなのは認める。しかし決して鈍感ではありませぬ。自分なりに考えたんだよ。

 笑わせると意気込んで鼻フックや一発芸をしても、それはコメディアンの笑わせ方である。違う、そうじゃない。

 俺が望んでいるのは自然とこぼれる笑みだ。


「久奈を笑わせるイコール喜ばせる。我ながら着眼点が素晴らしいと思う!」

「よく言うぜ。その一手に気づくのが遅いんだよ」


 パチッと響く碁石の音。

 俺はムッとして黒石を握るも、盤上の戦いは長宗我部の勝ちで決していた。ま、負けた。

 ちなみに囲碁ではなく五目並べ。長宗我部は五目並べも強かった。


「で、柊木さんを喜ばせるにはどうしたらいいか俺と勅使河原の意見が聞きたいってわけか」

「ご明察。さすが囲碁部次期部長」

「囲碁は関係ない。そこどけ、勅使河原と打つ」


 俺と交替する形で勅使河原さんが長宗我部の向かい側に座る。

 手持ち無沙汰になったので俺もワンちゃんを抱いてみ、重っ!? こんな重い大型犬を勅使河原さんは抱きかかえていたの!?


「持ち上がらねぇ……ふぬぐぐ」

「そのくらいの犬に手こずってどうする。勅使河原は本気出せば片腕のみで持ち上げるぞ、あ……負けました……」


 五目並べは勅使河原さんの勝ち。

 すげぇ、握力体力棋力女子力に加えて五目並べも強い勅使河原さんは一体何者!?


「やっぱ勅使河原つえー。次は普通に打とうぜ。負けた方が勝った方にご褒美な」

「自然とイチャつくなよテメェら……!」


 どっちが勝ってもハッピーエンドだ。このリア充め!


「睨んでないで本題に戻ろうぜ。柊木さんを喜ばせる方法だろ?」

「ああ。例えば長宗我部は勅使河原さんを喜ばせる為にどんなことをしている?」


 リア充なら詳しいはずだ。是非教えてほしい!


「あー……あ……あー?」


 長宗我部は考える。

 ……それは俺の質問を? それとも碁盤の戦局について?

 十秒程待つと長宗我部は碁石を打って口を開いた。


「そういや月吉が少しだけまともになった。ようやく久土達のことを理解したみたい」

「月吉のことはどーでもいい! ケイドロとドロケイどっちが正しいかぐらいどーでもいいわ!」

「俺の小学校ではドロジュンだった」

「知らねーよ! 聞きたいのはそうじゃなくて喜ばせる方法だ!」

「つってもなぁ、特別なことはやってないぞ。碁を打ったり買い物したり、うん、普通に過ごしている」


 何ぃ~?


「それでもお前は彼氏か!」

「久土が怒るなよ……」

「もっと、こう、なんかあるでしょ!」


 彼女を喜ばせて笑顔にさせちゃう台詞やハートをくすぐる的なやつがさ! カップルってそうなんだろ!?


「別にない。二人一緒なら何やっても幸せだ。な?」


 長宗我部が問いかけて勅使河原さんが頬を赤らめた。

 途端に溢れ出すイチャイチャムード、二人だけの空気、幸せの色が視認出来る程に濃い。

 あがが、妬みで心が沈む。俺はたまらず大型犬を持ち上げた。


「惚気んじゃねぇええぇ! リア充爆発しろ!」

「聞いてきたのは久土だろ……。つまりだな、自然体でいればいい」

「んな曖昧な!」

「いや割とガチでそう思う。久土は力が入りすぎだ」

「確かに今すげー力入ってる。あ、駄目、腕がプルプルしてきた」

「……やっぱアホだな」


 ぷはぁ! ワンちゃん重たいっ。

 ごめんねと謝ってワンちゃんを下ろし、長宗我部をにらーむ!


「もっと具体的なアドバイスを頼む。いつどこで何をすればいいんだ?」

「だからその発想がズレてる」

「ず、ズレ……金城からも言われたわ」


 長宗我部も金城と同じことを言った。え、何、俺が間違っているの?


「久土は努力するベクトルが意味不明なんだよ。香車のくせに斜め前に進むな」

「おい囲碁部ぅ、その例えが万人に通じると思うなよ」

「下手に画策しなくていい。自然と普通にしているだけで十分だ」

「だーかーら! 自然ってなんだよ普通ってなんぞよ!?」

「あとは自分で考えろ。……勅使河原、今は久土が見ているからせがむなって、キスなら後でいっぱいしてやるから」

「自然とイチャつくなああぁ! 普通に爆発しろ!」


 長宗我部達に相談したが何一つとして参考にはならず。

 リア充が碁と犬を楽しみラブラブする光景をずっと見せつけられた。くっ、爆発しろ! くっ爆!

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