第107話 宿題を発表する授業ではチームプレーが大事
キンコンカンコン。同じ音色のチャイムでも、授業の終わりを告げるチャイムは心地良く身に染み渡り、授業開始を告げる音は気を滅入らせる。課題を一切やっていない時なんて特に辛い。
「宿題終わってねぇ……!」
全身の震えが伝わって机がガタガタ揺れる。額に滲んだ汗が滴となって頬を通過し顎先を舐めて机へと落ちていく。
今から英語の授業。俺は前回の授業で課された和訳をやっていない。
怒られるだけで済むなら気に病む必要はない。しかし今回は英語教師が「課題をやらなかった人は英単語の書き取りだ」とこれ以上にない罰を用意しやがった! おのれぇ!
小学校の漢字ドリルじゃあるまいし英単語を書いても大した意味はない。英語教師の気まぐれと嫌がらせなのは誰にだって分かる。英語教師のお馬鹿!
「授業を始める。教科書を開いて」
英語教師が入ってきた。はいオワタ。何もやってない。赤版で例えるとまだオーキドに出会っていない。
ど、どうしよう。しかし今更後悔しても遅い。罰があると分かっているなら今日くらい宿題やってこようよ!? 俺のお馬鹿!
「一行目から訳してもらう。では、そこの列から」
教師に指名されて廊下側一番前の席に座る男子が返事をし、ノートを開いて和訳を読みだした。
聡明な俺、瞬時に把握して安堵する。把握&安堵。
これは順に当てていくパターンだ。一文を読み終えると次は後ろの奴が読み、そしてまた後ろへとバトンを繋ぐ。
ならば己の席の位置から逆算して自分がどの文章を読むことになるかは容易くに知り得る。その一文を自分の番が来るまでに訳せばいい。一文だけならアホの俺でも頑張れば訳せるはず!
我ながら賢い。早速取りかかろう。えーと、いち、にい、さん……ふむ、俺の担当となる英文は八つ目だな。
「マイクが『鍋を食べるとはどういうことだい? 意味が分からないよ』と尋ねると健二は『ははっ、それが日本語の難しいところさ』と答えた。です」
「うん、よく訳せている。次の人」
級友が発表していく最中、急ピッチで作業を進める。とりあえず辞書で単語の意味だけ調べてなんとなくフワッと訳せれば誤魔化せるだろう。
ふっ、完璧だ。この勝負、勝ち申したっ。
なーんだ楽勝じゃんか~。授業前に焦っていたのがアホらし。
「は、はい。えっと、あうぅ……ま、マイクは憤慨した。『何笑ってんだゴラァ、テメーの母国語も説明出来ないのかこの×××野郎!』と」
「火藤、何を言っているんだ? 交換留学で日本に来た真面目なマイクは汚い言葉を使わない」
「す、すみません……うぅ、分かりませんでした」
「はあ……もういい。次の奴、代わりに訳して」
勝ち誇った笑みが崩れる。ガリガリと書き綴っていた手が止まる。一気に、汗が噴き出した。
火藤さん? やらかしたね? おかげで英文が一つズレた。俺が今仕上げた和訳が無意味なものに化したじゃねぇかあぁあ!
「では次」
「はぁい!」
ヤバイヤバイ! 急いで一つ前の文を訳すんだ!
まだ間に合う、とにかく単語の意味を調べて、
「分かりません!」
「向日葵、授業が終わったら英単語プリントを取りに来い」
麺太あああああぁ。お前もかああぁ。
このアホがっ、ホントお前は使えないなおい! せめて何か言おうと足掻けよっ、即答で分かりません!!じゃねぇよ!
「では次」
次、と言われて誰も言葉を発しない。そして周りから視線を感じる、俺。
……次って、俺の、番……?
「? 久土、お前だぞ」
教師から名指しで呼ばれてはい確定。
二つもズレて、そこには意味不明な英文が……。
「早くしろ」
「……えー、片腕を失いながらも健二は剣を手に取り叫んだ。『我が国の古来より続く由緒正しき言の葉、貴様のような蛮夷に理解してもらおうとは微塵も思っておらぬわ!』と。マイクは暗黒魔法の詠唱を続けながら『ならば力で証明してみ」
「久土、お前もプリント取りに来い」
放課後、ひたすら英単語を書いていく。
「延々と単語を書くのは小学生以来だねっ」
「なんで麺太は楽しげなんだよ……」
「どうやら僕にはマゾの素質があるかもしれない。あぁん英単語ちゃんハァハァもっと僕を痛めつけてぇ」
「怒涛のキモさだなおい! 単語プリントに淫らな吐息をかけるな!」
書けども書けども終わりは見えない。手が腱鞘炎になりそうだ。
「ひ、ひぐぅ、手が痛いよぉ」
悦に浸る麺太の反対側では火藤さんが泣いている。下唇を噛みしめ、ポロポロと涙をこぼしながらも必死にプリントと向き合っている。
「泣くなよ。あと少しで終わるからさ」
「ぐすっ、あと少しってどれくらいですか。今三枚目ですよ」
「……あと七枚」
「うええぇん!」
「頑張ろうよ委員長っ。マゾになれば書き取りも快楽だお!」
泣き叫ぶ火藤さんと悦に浸る麺太に挟まれた俺は宿題をやってこなかったことをマジで後悔した。




