第104話 囲碁部の二年
「お、久土と柊木さんだ」
昇降口に向かっていると廊下で長宗我部と勅使河原さんに会った。俺の中で通称・名字のクセが強いカップル。
「その様子だと元に戻れたんだな。良かったよ」
長宗我部は俺の腕に抱きつく久奈を見て、ほうほうと頷いてニヤリと笑う。茶化す顔やめぃ。
「道理で魂の抜けた男子が目立つと思った」
長宗我部の言う通り廊下には真っ白になった男子が棒立ち状態で口を開いている。太陽の歌を聴いたリーデットと言えば分かりやすい。
「やはり柊木さんには彼氏がいる、幸せそうな顔している、この二つで悶え死んだんだな」
「何を冷静に分析してんの? つか久奈は無表情だろ」
「久土が見てる時はな。見えない角度ではガッツリ、っと、分かってるよ勅使河原、言わないから俺の腕を捻り上げるな」
長宗我部が口を噤むと勅使河原さんはうむと頷いて手を離した。
「途中でやめるなよ気になる」
「久土よ、これ以上は俺の腕が千切れる。悪いが言えない」
そ、そうか。俺の方こそ悪かったよ。だからそんな「こいつは腕を千切る覚悟と力がある。マジで千切れられる」みたいな緊迫した顔で懇願しないで……。
「で、長宗我部達も帰るのか」
「俺らは部活に行く。その後デートだ」
「おうおう仲がよろしいことで。よっ、熱々カップル」
「久土に言われてもな」
「テメェが内緒にしていたことを俺は根に持ってる!」
勅使河原さんと付き合っていることを俺に言わなかったよなぁ。友達なら言ってほしかったなぁ。ああぁーん!?
「睨むなって。それより柊木さんが急かしているぞ」
「なお君。早く。遊園地」
はいはいそうでしたね。行きますから腕に抱きついたまま左右に揺れるのはやめよう。胸の高鳴りが止まらない。
長宗我部と勅使河原さんに「またな」と告げる。
直後、久奈の名を呼ぶ大きな声が聞こえた。
「やあ柊木さん、偶然だね」
偶然と言いながら遠くの方から全力疾走でやって来たのは月吉。俺ら四人の前で急停止すると即座に手鏡を取り出して髪型を整えだす。
「よし、崩れていない。完璧なオールバックだ」
恍惚とした表情でミラーをポケットに入れると月吉は胸元で両腕をクロスさせて片膝をつくと久奈に向けて右腕を差し出す。今の一連の動作は必要だった?
「久しぶりだね柊木さん。ああ今日も綺麗だ。ダイヤに喩えるなら、価格の付けられない『ザ・グレート・スター・オブ・アフリカ』のようだよ」
どこかで聞いたことある表現。もしかして:さすおに?
「……ところで、なぜ久土君は柊木さんに抱きついているんだ」
「視力どうした。どう見ても久奈が俺に抱きついているだろ」
「直ちに離れたまえ! 柊木さんが嫌がっている!」
「いや久奈が嫌がっているのは月吉君」
うーん、相変わらず鬱陶しい。視覚も聴覚も思考もズレてる。
チラッと左右を見れば久奈は露骨に顔をしかめて、長宗我部はやれやれと肩を竦めていた。ちなみに勅使河原さんは拳を鳴らして戦闘態勢に入っている。もう少し待ってね。
「ところで柊木さん、どうして春休みに一度も部活に来なかったんだい。僕は寂しくて寂しくて、あぁ、寂しかった」
表現力ゼロか。
「その悲しみを埋める為に碁を打って今じゃ部で一番の棋力だよ」
「長宗我部、本当か?」
「いや全く。俺が星目風鈴で勝つ」
長宗我部の棋力が上がってるじゃねぇか。
「今から部活に行こう。僕が手取り足取り囲碁を教えてあげるよ」
「行かない」
「困った僕の天使だ。あ、分かったよ、新入生に僕の彼女として紹介されるのが照れくさいんだね。大丈夫、一年生にはもう伝えてある」
ポジティブと言う名の超ウザイ発言を乱れ放つ月吉、嬉しそうに胸を張って語る。何を嘘ついてんだお前。
一応長宗我部の方を見ると「心配すんな、訂正済みだ」と言ってくれた。サンキューな。
「私は月吉君の彼女じゃないです」
「ふっ、照れなくていいんだよ」
「照れていないです。前も言いましたよね」
久奈がピリピリしだした。腕に抱きつくどころか手と手を繋いでさらに密着してきたたたた、あかん心臓が跳ね上がる。
「さあ部活に」
「行きません。私となお君は辞めました」
「照れなくてい……え? 今、なんて?」
月吉の太い眉がピクッと動く。
やっと話を聞いてくれたか。俺も久奈に続いて口を開く。
「俺らは退部したんだよ。二月十五日に」
辞めた理由は二月十四日、バレンタインデーで月吉に邪魔されたから。囲碁部にいても月吉によってストレスが溜まるだけだから辞めようと久奈に提案されて俺も賛成、すぐに退部届を提出した。
長宗我部や勅使河原さんには申し訳ないと思ったので新入部員を集める為のポスター作りやビラ配りは手伝ったよ、月吉がいない所で。
「ば、馬鹿な。僕は何も聞いてないぞ」
「だから今こうして言ってる」
「いい加減にしたまえ!」
月吉は立ち上がって俺を睨む。オールバックに櫛を通して鼻息をふんふん鳴らす。
んー、うんざり。もういいかな。
「辞めたいなら一人で辞めるんだ。柊木さんを巻き込まないでくれ!」
「ほぅら話が噛み合わない。故に辞めたんだよなぁ」
「柊木さん目を覚まそう。君はこの男に騙されているんだよ」
頃合いなので俺は長宗我部にアイコンタクトを送り、長宗我部は頷くと勅使河原さんの肩をポンと叩き、勅使河原さんは月吉に突進。
「ふぬぐ!?」
学年一の怪力娘の異名な伊達じゃない。猛烈なタックルを食らって月吉は白目を剥く。
しかし勅使河原さんの攻撃は止まらない。両腕で軽々と持ち上げて月吉の頭が下を向くように体勢を構えた。
「勅使河原待て、垂直落下式ブレーンバスターはヤバイ。普通の投げ技にしなさい」
長宗我部に従って勅使河原さんは床へ放り投げた。
月吉は背中を強打、悲鳴をあげてピクピクビクビクと小刻みに痙攣する。浦安の鉄筋な家族に登場するキャラみたいだぁ。
さすが勅使河原さんの剛腕っぷりは凄まじい。こんな人と付き合っている長宗我部もすごい。
「意外と乙女なところがあるんだ」
「サラッと俺の思考読むなよ」
「後は俺らが看ておくから久土と柊木さんは行っていいぞ」
じゃあお言葉に甘えて。
「またな長宗我部」
「ああ。月吉がいない日にでも遊びに来いよ」
「気が向いたらな」
俺と長宗我部は手を振って、久奈と勅使河原さんはキャピキャピと手を叩き合って別れの挨拶をする。
囲碁部は辞めてしまったけどあの二人とは今後も仲良くしたいな。そう呟くと久奈も「ん」と大きく頷いてくれた。
「……あとさ、学校を出てもこの状態のまま?」
「当然。今日。ずっと。これ」
「えぇー……」




