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第101話 久奈はなお君ガチ勢

 もうすぐゴールデンウィーク! テンションが上がるし気温も上がってくる! ちょっと夏さん? 出勤するのが早すぎますわよっ。そのくせして退社するのも九月の終わり。何なの夏さんは社畜なのかな! 

 ……と、荒ぶり昂ぶっているのは気を紛らわせる為である。現在、とてもとてもヤバイ状況になっているのだ。


「んー、なお君」


 久奈が満足げに声漏らす。それは俺のすぐ目の前、というか目の下、胸元から聞こえてくる。

 土曜日の朝の八時の俺の部屋。胡座をかいて座る俺の上には久奈が座っていた。こちらを向いて全身を使ってしがみつくように抱きつき……うっふん!?

 気づいたらこうなっていました。むぎゅぎゅ、と両腕両足で抱きつかれて久奈の温もりと香りが満ちて充ちて、あぁん。


「あの、これは一体なんですか」

「補充」

「何の補充?」

「補充」

「えぇー……」


 問うても問うても返ってくる答えではアイドンノー。

 俺はどうしたらいいんだ。このままされるがまま? それはつまり理性と本能の世界大戦を意味するよ!?


「なお君の匂いがいっぱい」


 やめて! そんなこと言われたら胸ときめいちゃうの僕ううぅ!

 っ、ぐっ、た、耐えろ俺の理性。今までだって久奈に抱きつかれることは何度かありましたやん。昨日仲直りした時だって小一時間は抱き合っていただろ。

 今回は座った状態で長時間なだけ。何も意識することはない。ない、ないのだ…………あるわボケ! 意識するに決まってんだりょ! 地の文で噛んじゃったよ地の文ってなんだよ!?


「そろそろ離れてもらえませんか……」


 じゃないと俺の脳がふやけて沸騰しそう。あなたの温もりと柔らかさがたまらないんです。


「んーん、駄目。もっと」

「で、でもぉ」

「なお君のここ、ドキドキ鳴ってる」


 ドキドキが聞こえる? そりゃゼロ距離で密着しているからね! こちとら心臓がパンク寸前!

 心の中でシャウトする間も久奈は頬すりすり密着むぎゅー。あかん、あかんで久土、火照るあまり意識が朦朧としてきた。


「あぁ、なぜこんなことに」

「……ここ最近、なお君と一緒じゃなかった」


 三十分以上は経ったか、ようやく久奈がまともに言葉紡いだ。


「ま、まあ、確かにね」

「火藤さんになお君取られたと思った。火藤さんのこと本気で憎んだ」


 ほ、本気で憎んだって……ガチで呪ったみたいなニュアンス? 藁人形に五寸釘をカーンみたいな。何それ怖い、幼馴染がヤンデレ化?


「だから火藤さんとは何もなかっ、ああいや少しはあったよね」

「ん」


 ちょいと棘のある「ん」ですね……。


「なお君は火藤さんのような子がタイプなわけじゃないよね?」

「まあ、タイプではないよ」

「おとなしくて静かな子が好きなんだよね……?」

「まあ、うん」

「じゃあ今のままでいる」

「何が?」

「んーっ」

「あでっ!?」


 力が強すぎるっ。ベアハッグみたく抱きついて、ぐえー!


「火藤さんが好きなわけじゃないんだよね?」

「そ、それ何回聞くの? 火藤さんはただの友達だって」

「ん、良かった……」

「ちょっと力を緩めてくれない? 俺の肋骨が、ぐえー!?」


 仲直りした後に分かったことなんだが、久奈は俺が嘘をついたり誤魔化したこと以上に俺と火藤さんの仲が良いことに腹を立てていたらしい。

 何を不満に思っているのやら。俺が好きなタイプはおとなしい子だよ。というより好きな人がおとなしい子なのです。

 ……あなたのことですよ。言わせんな恥ずかしい。いつか必ず言うけど。


「なお君、なお君なお君なお君なお君……」

「マジでヤンデレ化!?」

「あと十一時間と五十三分」

「ほぼ半日じゃねぇか!」

「今日はこのまま半日過ごすつもり。ちゃんと時間計ってる」

「だとしたらまだ七分しか経過していない計算になるぞ。何十分抱きついていると思っていやがる!」

「私の体内時計に狂いはない」

「いや今のあなた色んな意味で狂ってるから!」


 何を言っても久奈は離れません。それどころかポケットからお菓子を取り出した。

 え、長期戦を予想してのカロリー補給? 抱きつきガチ勢かよ! 抱きつきガチ勢ってなんだよ!? なんでもガチ勢つければいいわけじゃない。


「ポッキー」

「そうだな」


 商品名を言われなくても分かるよ。


「ん」


 久奈はポッキーを咥えると、上体を少し離して俺の顔を見つめる。


「……早く食べれば?」

「ん、なお君も食べよ」

「……」


 まさかとは思う。まさかだとは思う。ポッキーを咥えたまま動かない久奈がこちらを見て、何かを待っている。

 オーケー、小説家になろう。小説家になって落ち着くんだ。とんでもない事態に陥った時こそ小説家沈着な判断で、いや小説家じゃなくて冷静ぃ! 小説家になってどうする、モーニングスター大賞に応募かな!?


「なお君」

「ま、マジでやるつもりか」

「ん」


 早くして、と言わんばかりにポッキーを揺らして誘ってくる久奈。というか俺の唇に当ててくる。はいキュンキュンダメージ限界突破。

 っ、これ、ポッキーゲームってやつだろ。イチャイチャの中のイチャイチャだ。リア充にのみ許された遊戯を、俺らでやろうと?


「む、無理ぃ」

「んーん、駄目。今日はポッキーの日だから」

「今は四月!」

「早く咥えて」


 拒否しても久奈は折れないしポッキーも折れない。となれば俺が折れるしかないのはお決まり。

 どうも今日の久奈は一味違う。最近一緒に居られなかった反動がすごいみたい。その気持ちは痛い程分かるので……くっ、わ、分かったよ。


「少しだけだからな」


 ポッキーの端の端、ミリ単位で端っこを噛む。

 少しかじったら早々に折ろう。さすがに最後までいくのは……ねえ? そりゃ久奈とキ、キシュ出来るなら、したいけどさ……。


「ん」

「ん!?」


 葛藤している間にカリカリと小気味良い音が近づいてきた。久奈がすごい勢いでポッキーを食べていく。顔も接近してきて……ふぁあああぃ!?

 ヤバイ、予想以上に久奈が速い。普通に食べる速度じゃねぇ!

 ドキドキの衝撃が強すぎるあまり思考が処理落ち、瞬息のうちに破裂した。


「ふんぬっ」


 しかし切れた思考を即座に繋ぎとめて口先に全神経を注ぎ込む。数ミリ先のポッキーを折り、その直後には折られた先のポッキーが久奈の口に飲み込まれた。

 あ、あぶねぇ、ギリギリで唇と唇が衝突するのを避けることに成功した。


「……むー」

「不服そうな目やめなされ」


 コンマの世界で最良の選択を取った俺の器量に対して「むー」はおかしい。上半期一のファインプレーだったぞ。

 いやさ、キシュはしたいよ? でも、でもよ!?


「こういった遊びで唇合わせちゃいけない気がするじゃん」

「……」


 あっ、その目は「そんなことない」と反論していますね。今も二本目のポッキーを咥えている。


「ちょ、駄目だってば」

「これならどう?」


 そう言ってポッキーを何本も咥える久奈。


「数の問題じゃないよ!?」

「んー」


 十本以上もののポッキーが俺へと迫ってきた。小さい口でよくそんなに咥えられるね。頑張るポイント間違ってね?


「んー、なお君」

「ま、待て待てーい!」

「何?」

「それ以外ならなんでも言うこと聞くから。何時間でも半日でも抱きついていいから! なっ?」

「なんでも?」


 き、聞き逃さないっすね。今目がキラリと輝きましたやん……。


「約束ね。はい指切り」


 指切りによる誓約まで促してきた。

 久奈さん、指切りは人差し指同士でやるものです。俺ら五指ガッツリ繋ぎ絡めていますよ。ただの恋人繋ぎだ。


「指切りげんまん、嘘ついたら針五千本のーます」

「通常の五倍あるんですが」

「私達は全部の指で指切りしてるから五倍。とてもお得」

「ポイント五倍でお得みたいに言われても……。俺のリスクが増しただけ」

「平気、なお君は約束守るから。今から守ってもらう」


 間髪入れず再び久奈が飛びつき、向き合った体勢で抱き合う。またこれかーいっ。


「残り十二時間ね」

「さりげなくリセットされてるぞ!?」


 その後、マジで十二時間久奈と抱き合うことになるのでした。トイレや食事の際はロスタイム制を導入されましたとさ。

 やはり久奈はガチ勢だった。互いの体温で体が、あぁんトロトロになっちゃうぅぅぅ。

 ……そして可愛すぎる。甘えてくる久奈、ヤバイ! 改めてそう思った。

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