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神の子の使い魔  作者: 天谷あきの
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二度目の訪問(2-2)

前回更新時、このシーンを飛ばしてしまっておりました。唐突な展開となっておりまして申し訳ありません…!

教えて下さった方ありがとうございました!

 みのりが囁いて来た。


「藤沢君、あいつらの狙いはあたしだけだから……」


 俺は舌打ちした。


「それ以上言ったら蹴る」


 みのりは一瞬黙った。


「アトレン呼んで来てほしいんだけど」

「アホか。人がいるとこまでえっちらおっちら走ってる間に福田、殺されるだろ」

「いや殺されないと思うよ。話がしたいって言ってるだけだから」


 あれ、と思った。みのりは俺があいつの言葉を理解しているとは思っていないようだ。モフ美が俺に通訳しているなんて、思ってもみていないらしい。

 なぜだろう、と思ったが、今は後回しだ。


「嘘つけ。……なんか武器ねえの」

「……ごめん」


 マジでなんもできねえのかよ! と怒鳴りたいのをなんとかこらえた。そんなこと、みのりに言っても八つ当たりでしかない。じりじりと包囲の輪を狭めて来るそいつらをにらんで威嚇しながら、俺は囁いた。


「棒かなんか落ちてねえかな。竹刀くらいの」

「藤沢君、剣道やってるの?」

「……まあそう」


 あれを剣道と言ったらちゃんと習ってる人達に申し訳ないが、今は説明している場合じゃない。視線を走らせるが、そうそう運よく手頃な棒など落ちてはいないだろう。近くの木の枝を折らせてもらおうか、と思っていたら、みのりがそれを拾い上げた。


「あった。これどう?」

「あんのかよ!」


 誰かがお膳立てしたんじゃねえのか、と勘ぐりたくなるほど手頃な棒が手渡された。小枝や葉がぴょんぴょん飛び出してはいるが、全体的に真っすぐで、長さも重さも申し分ない。

 俺が武器を手にしたことで、ローブの男は焦ったらしい。何かを怒鳴り、周囲を取り囲んでいる奴らがいっせいに剣を抜いた。モフ美が言った。


(使い魔から先に倒せって)

「だから誰が使い魔だー!」


 ひとりが斬りかかって来た、が、すぐに悲鳴を上げて剣を取り落とした。みのりが石を投げたらしい。一瞬ひるんだ二番目の男を俺は殴った。ごっ、ととても嫌な音がした。防具もない額にまともに当たってしまった。少し驚いた。こんなに綺麗に面を取れたのは生まれて初めてだ。


 実はこいつら、そんなに強くないのかもしれない。いじめだ、と散々抗議した兄貴のしごきに今だけは感謝しておく。


 三番目と四番目が呼吸を合わせてかかって来た。三番目の右肩に棒をたたき込みつつ、四番目の手を蹴りつける。運よく、まともに入って剣を取り落とした。俺はその剣を拾い上げた。棒よりは、剣の方が威嚇になるだろう。つってもこんなのでさっきみたいに綺麗に面をとったりしたら、相手がどうなるか考えるとちょっとやな気持ちになるけど。


 四番目は悲鳴を上げつつ大きく下がった。うーん、やっぱどう見ても、剣をもつことに慣れてない感じだ。これなら兄貴の方が百倍怖い。


 みのりが感嘆の声を上げた。


「藤沢君、すごい……!」

「あーどもども」


 単純だけどちょっといい気分だ。

 見るとみのりも剣を拾いあげていた。最初の男のものだろう。それを構えた姿はなかなか様になっている。異世界体験五年のキャリアは伊達じゃないな。


「剣道部じゃなかったよね? どこかの道場に通ってるの?」

「……まあそう」


 ただ単に、チャンバラ好きな兄貴に練習相手と称して小突き回されていただけだ、という事実は伏せておいた(暴れん坊将軍は俺のトラウマだ)。残りの七人が恐れたように大きく下がり、ローブの男が何やらわめいて、杖を掲げた。


「あの杖」とみのりが言った。「モフオンの死骸……あれがあいつらの、魔力の源なの。気をつけて。ローブの男の目を見ちゃだめ。呪いをかけられる」


 ざわ、と空気が動いた。杖に掲げられたモフオンの死骸がひときわ強い腐臭を放った。ローブの男がフードをはねのけ、俺を見据えた。寸前でみのりが俺の肘を引いて注意をそらせてくれたが、ローブ男の目が禍々しい紅い色に輝いているのは見えてしまった。一瞬、足が地面を踏み外したような気がした。目眩がする。気持ち悪ぃ。


「――!!」


 ローブ男が叫んだ。俺の肩に乗ったモフ美が言った。


(魔獣を呼べ、って。さもないと使い魔に呪いをかけて、もっともっとひどい目に遭わせてやるって。ふじさわ、こいつらはリオノスを狙ってる。あのにおいは毒。じわじわ効く)


 リオノスってのはすごい生き物なのかな、と俺は思う。それこそ、ミアとかいう神様の遣わした聖なる獣、とか。そういえば前回、みのりがそんなこと言っていたような気がする。

 モフ美が泣き声を上げた。


(怖いよう……捕まるのやだ……腐るのやだあ……みのりが捕まるのも痛いことされるのもやだ……ふじさわあ)


 胸がざわざわする。モフ美から流れ込む恐怖の感情が神経をささくれさせる。苛立ちと怒りが次第に形を取って俺の中に巣くい始める。子供泣かすんじゃねえよ外道が。


「――」


 みのりが何か言った。落ち着いた口調だった。ローブの男が答え、ふたりはいくつか言葉を交わした。


(みのりの仲間の中に、手先がいる……エスラディアの娘……その手引きで、みのりの居場所が分かった、って)


 仲間? アトレンたちの中にスパイがもぐりこんでるってことか? 大変じゃねえか、と思ったとたん、みのりが笑った。楽しそうに。


「――――、――、エレナ」

(エレナはもうこちらの仲間だから、あなた方の味方をするなんてあり得ないってみのりが言ってる)


 エレナちゃん。あの赤毛のアンそっくりの可愛いメイドさんだ。

 エスラディアの娘。

 エスラディア、というのがあいつらの国なのだろうか。すごい人です、とエレナちゃんはみのりのことを評した、頬を染めて、まるで崇拝でもしているみたいに。魔王を復活させようとしていたエスラディアの野望をみのりとアトレンが阻止したときに、エスラディアで虐げられていたエレナちゃんを救出した、ということなのだろうと俺は想像する。

 ローブの男がせせら笑った。


(我々がリオニアの聖地に易々と入り込めたのはどうしてだと思う、ってあいつが言ってる)


 みのりは意にも介さなかった。動揺など微塵も見せなかったし、リオノスを呼ぼうともしなかった。ただ、このままじゃまずいことは俺にもはっきりわかった。モフオンの死骸はかなり強い呪術アイテムらしい。ローブの男がその禍々しい紅い瞳をこちらに向けているだけで軽い吐き気を感じる。注意力を殺がれている状態で、残りの七人がいっせいに襲いかかって来たらかなりまずいし、万一呪文なんか唱えられたらどうなるんだろう。


「――リオノス」


 ローブの男がまた言った。さっきと同じフレーズだったので、通訳を待たなくてもわかった。リオノスを呼べ、とあいつは言ったのだ。


「藤沢君」みのりが囁いた。「モフオンの死骸があちらにある限りリオは呼べない。でもアトレンがもうすぐ来るはず。あのにおいは、臭いけど、あたしたちにはそれほど毒じゃない。運良く風下だし、大丈夫」

「……おうよ」

「こんなことに巻き込んでごめん。ほんと申し訳ないと思ってる」


 だから俺の記憶を消したのだろうかと、俺は考えた。考えて、しまった。

 魔王召喚は阻止したけれど、火種は残っていた。俺が観光気分で次回も巻き込まれに来たりしないように、万一にも巻き込まないようにするために、記憶を消したのだろうか。


 くそ、と俺は思う。だからといって人の記憶を勝手に消すなんてひどいし、俺にはみのりを怒る権利がある。当然だ。そうだろ?

 なのにみのりの事情を悟ってしまったりしたら、思う存分怒れないじゃないか。


「こいつ頼む」


 イライラしながら俺は、背中にしがみついているモフ美をべりっと引きはがしてみのりの頭に乗せた。(やだあ――!)モフ美が抗議の声を上げるが構ってはいられない。リオノスもモフオンも『聖なる獣』で括れるのなら、モフ美にとってもこの臭いは毒のはずだ。みのりが制止の声を上げる前に、俺は右手に剣を、左手に棒を掲げて、ローブ男の右隣りに殴りかかった。


 がいん、と剣がかみ合った。

 こいつら素人だ。確信していた。魔王召喚が失敗した時に、強い奴らはみんな戦闘不能になったのだ。と希望しよう。


「――」


 誰かが言った。理解できない。それで、


「……んなろおおっ!!」


 積もりに積もった鬱憤が爆発した。

 言葉も分からない、別段すごい能力も与えられてない、誰にも呼ばれてない、ここに来たのはみのりのおまけ。使命もない。何も知らない。しまいにゃ使い魔扱いである。こん畜生!


 ローブの男が低い声で歌い出す――アトレンの時と同じだ――邪悪、としか言いようのない、どす黒い思念が辺りにあふれ出す。四肢が急に重くなる、振りほどくように手当たり次第にぶん殴った。正面の男がのけぞった。その向こうにローブの男。特に何も考えず、俺は左手の棒をローブの男に向かって投げた。くるくる回りながら飛んだ棒が、すこおん! とローブ男の額に命中した。よっしゃ、ざまあみろ!


「エノラスサマ!」

「エノラスサマ!!」


 周囲の敵が狼狽の声を上げる。杖が投げ出されるのが見える。あれ回収した方がいいんだろうけど、においがきつくてできればあんま近寄りたくないなあ。


 動揺した奴らを蹴倒すのはかなり簡単だった。転かして蹴ったり踏み込んで蹴ったり避けて蹴ったり踏んで蹴ったりしてやった。八つ当たりだ八つ当たりだ悪いかこのやろう、げしげし。


 と、背後でみのりが嬉しそうな声を上げた。


「アトレン!」


 やっと来やがった。

 みのりの声にあふれた喜びと信頼に、俺はさらに、決定的に、苛立った。――むかつく。


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