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神の子の使い魔  作者: 天谷あきの
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初めての訪問(4)

 リオニア人だ、と、俺は真っ先にそう思った。みのりとよく似た雰囲気を持っていたからだ。みのりが『リオニア人と日本人のハーフ』だと言ったちいちゃんは真実を話していたわけで、彫りの深さだとか肌の色合いだとか、そういう部分がよく似ていた。リオニア人の年齢は良く分からないが、なんとなく年上そうに見える。


 そしてどこからどう見ても王子様だった。


 みのりには備わっている、気安い雰囲気がまるでない。秀麗とか玲瓏とか、そういう単語はきっとこういう人間のためにあるのだろう。銀色の髪に蒼い瞳と、色彩まで華やかだ。


 ――みのりの色彩は母親譲りなのかな……


 そう思ったとき、みのりが言った。


「アトレン!」


 おっと、呼び捨てだ。

 王子様(推定)のくせにお供もつれずに登場したし、結構親しそうだ。恋人同士だったりしてな。みのりが高校の野郎どもを振りまくっている理由はここにあったりしてな。まーしょーがねーよな、高貴な身分に財産にこの容姿が相手じゃ、ふつうの高校生に勝ち目はないわな。と思う間にもアトレンが言う。


「ミノリ、――――、――。――」

「――?」

「――――」


 二人は早口で言葉を交わした。俺は少なからずがっかりした。言葉がぜんぜんわからない。


 召喚された(仮定)以上、意志疎通くらい難なくできるんじゃないかとかなり期待していたのだが、そううまくはいかなかったらしい。


 にしてもみのりの発音も流暢でよどみなかった。まあそりゃそうか、小五から毎月一回ずつ継続的にホームステイしにきてると考えれば、そりゃあ上達するに決まっている。俺はもぞもぞした。居心地が悪かった。二人が親しげに話しているそばに突っ立っているなんて、さぞ間抜け面していることだろう。俺は周囲を見回し、もふもふを一匹捕まえた。頭に乗せてみる。


 あ、だめだ。寝てやがる。

 そいつを下ろして別のを捕まえて頭に乗せる。あ、こいつ、もしかしてさっき案内してくれたもふもふかな。でもこいつもだめだ。遊んでもらえると思って喜んで、俺の頭を前足でてふてふ叩いてやがる。


 俺はそいつを下ろして顔をのぞき込んだ。


「悪ィんだけど、通訳してくんない?」


 囁いて、もう一度頭に乗せる。こいつらはやはり知能が結構高いらしい。ややして、声が聞こえた。


(あそぼーあそぼー! わーい頭もしゃもしゃー)


 またてふてふ叩かれた。なんというか、あれだ。肉球が。頭髪越しでも感じる肉球の弾力がっ。


「後で遊んでやっから、あいつらが何話してんのか教えて」


 必死で頼むと、そのもふはてふてふをやめてみのりとアトレンに意識を向けた。みのりはどうやら、抗議しているらしい。顔をしかめて、とがめる口調でなにやら言っている。対するアトレンは、涼しい顔だ。


(ミノリ、おこってる)


 うん、それは見ればわかる。


(あの子さがしてって言ったのに、お腹すいてかわいそうじゃないか、って)


「へ?」


 もふはどうやら子供程度の知能らしくて、説明はあまり要領を得なかった。だから推理と希望を加えて考えると、みのりは今回既にアトレンと会っており、その際俺の捜索と保護を頼んでいた、ということらしい。


 それに対するアトレンの反応は、


(美味しい食べ物、くれるって約束したのに、あいつにあげちゃダメだって)


 メロンパンかよ……

 まあいいですよ。おにぎり三つに缶詰ふたつにカップラーメンまで食べたから、今は別に飢えてないし。俺は帰ったらいつでも食えるけど、王子様はみのりが来るまで食えないわけだし。うまいよねメロンパン、俺も大好き。しかし、と俺はそこで疑惑を感じた。


 もしかして王子様、俺のことずっと見張ってたんじゃないだろうな。


 俺がメロンパンつまみ上げた直後に慌てて出てきた。偶然にしてはタイミングが絶妙過ぎやしないだろうか。そう考えると嫌な感じだ。空腹を抱えた俺が誰の説明も受けられずに右往左往する様をどこかで監視していたなら、性格悪いとしか言いようがない。高貴なクールビューティーが庶民的な甘味を欲して子供じみた敵対心を燃やしたからといって、男じゃぜんぜん可愛くない。王女様だったら萌えて許してやれたのに。


 時折もふもふが思い出したようにみのりかアトレンの発言を伝えてくる。それを聞きながら大胆な推理を加えて会話を推測すると、みのりは王子の『人手が足りなくてフジサワクンを見つけだすことができなかった』という言い訳を信じたらしかった。それから、フジサワクンには風呂や暖かな寝床が必要だろうし、彼ひとりを城? へ招いても言葉が通じないし何もわからなくて不安だろうから、みのりも一緒に城へ来たらどうか、と提案し、みのりはそれに賛成したようだ。なんでみのりは初めから城へ行かなかったのかな、と俺が考えていると、みのりが俺を振り返った。


 ちなみに今メロンパンを持っているのは俺。


「藤沢君、ごめんねほったらかして。こちら、リオニア国王のご子息、アトレン王子殿下です」

「あーどもども」


 推測のとおりだったので、俺は軽く片手をあげて挨拶した。王子はじっとこちらを見ている。睨むように。ははは、俺がいつメロンパンにかぶりつくかわからなくて心配ですか。

 やはり俺のことは知っているらしく、俺の紹介はなかった。


「アトレンが、城に来たらどうかって。ここは狭いし……せっかく外国に来たんだし、観光くらいしてもいいんじゃない?」

「あーまあ、それはありがたいっすね。じゃ、ちょっと待って。これ急いで食っちゃうから」

「……!!!」


 いやーあのときの王子様の慌てっぷりったらなかったね。

 俺はそれでちょっと溜飲を下げたのだった。

 最後にはちゃんと譲ってあげたけど。いやマジで。




 滝の外で待ってたお付きの人々と合流して、少し下流に歩くと、馬車が待っていた。みのりと王子様と、召使いのエレナさんと一緒に馬車に乗せてもらった。近衛兵らしい体格のいい男二人(ニースとダルス、というらしい)は護衛らしく、馬車の後ろと前に一人ずつ乗り、あと御者がひとり。王子様っつーのはもう少し大勢ぞろぞろ連れ歩くものだと思っていたが、そういうものでもないのかな。


 召使いのエレナさんはたいそう可愛らしい少女だった。多分同い年くらいだろうと思う。ふわふわの赤茶の髪をきちんと編んでいて、瞳が明るい緑で、ソバカスが浮いてて、姉ちゃんが以前はまってた赤毛のアンにイメージぴったり。


 ちなみに俺の頭にはいまだにもふが乗っている。そこが気に入ったらしく、降りようとしないのだ。王子様も何も言わなかったので、俺はそいつにモフ美と名前をつけた。モフ美は今はどうやら寝ているらしい。


 馬車が走りだして少しして、俺は言った。


「福田」

「……っ? なに?」


 みのりがびくりとした。ちょっとうとうとしかけていたらしい。乗り物に乗るとすぐ寝る奴ってたまにいるけど、まだ走りだしたばっかりなのにな。疲れてんだろうか。


「確認なんだけど。俺は福田の巻き添えでここに来たわけな?」


 みのりは身を堅くした。少し緊張した面もちで、頷く。


「うん」

「じゃあ福田はなんでここに来たの?」

「へ?」


 俺の発言が予想と違ったらしく、みのりは目を丸くした。


「なんで、って?」

「毎月来るっつったって、なんか理由あるんだろ? 毎月ここにのんびり観光しに来てるわけ?」

「あー」みのりは苦笑した。「まあ……おおむね、そんなような感じだけど」

「はあ? 嘘だろ? なんか理由があるんだろ? 魔王が復活して神殿で巫女とか神官とかが偉大なる勇者様、どうかリオニアをお救いください! って祈祷した結果じゃねえの」

「やだ藤沢君、毎月だよ?」


 みのりはあっけらかんと笑い、俺は納得した。まあそりゃそうだ。毎月魔王が復活してたら、いくらなんでも王子様が暢気にメロンパンに執着したりはしないだろう。王子様は黙っていた。言葉が分からないはずだが別に通訳を求めたりせず、我関せずというように窓の外を見ている。


 俺はみのりに視線を戻した。


「ふうん。じゃあいつ帰れんの?」

「そのときによって違うんだよね。実際にはよく分からないけど、でもアトレンが言うには、たぶん今日明日には何もしなくても帰れると思うって」

「……なにそれ」

「アトレンは神聖術解明研究所、というところの研究者なんだ」


 おっと、意外だった。


「……王子様なのに?」


 別の職業があったりするもんなんだろうか。


「うんまあ……ちょっと事情があって、アトレンは王位継承権を放棄して、あたしのトリップとか、モフオンやリオノスとかの研究をしてるんだよ。あたしには難しいことはよくわかんないけど、トリップのシステムとか解明しようとしてるんだって。でね、毎回、解析の結果を教えてくれるの。一週間のこともあれば、もっと短いこともある。今回は運よく、結構短めで済みそう。でも、あっちでどれくらい過ぎるのかは賭けなの。今のとこ、最大で十日だけど……藤沢君、ご家族が心配してるだろうね……」


「あ、それは大丈夫。俺一人暮らしだから」


 ちょっと心配だったが、最大で十日ならまあ大丈夫だろう。みのりはほっとしたようだ。


「あ、そうなの?」

「毎晩電話してくるようなまめな親じゃねえから、数日なら騒ぎになることもないと思う。でも学校がなあ……」

「それなら何とかなるよ。藤沢君を巻き添えにしちゃったことはおばあちゃんも知ってるから、なんとかしてくれてると思う」

「そりゃ助かるな。ありがとう」

「……」


 みのりはまじまじと俺を見た。信じられないというように。

 ややして彼女は微笑んだ。ちょっとまぶしそうな笑顔だった。


「こちらこそ」

「……なにが」

「ううん、なんでもない。あ、見て、ほら。もうすぐふもとの町に入るよ」

「ミノリ、――」


 アトレンが何か言った。モフ美は眠っているので何を言ったのかは分からなかった。みのりは苦笑してうなずく。それから、俺の側の窓を指さした。


「ここはね、リオニアの首都からちょっと北にあるスヴェナって町なの。小さな町だけど、聖山に近いから、アトレンの神聖術解明研究所がある。王家の離宮に併設されてるから、今からお城に行くんだよ」


 アトレンがさりげなく、みのりの側の窓にカーテンを引いていた。俺は少し疑問に思った。さっきアトレンはみのりに、あまり顔を出すなと言ったんじゃないかと想像した。人通りがちらほら増え始めている。俺達のいた山(聖山、とみのりは呼んだ)から馬車でほんの数分、なだらかな坂を下りただけで、人家が増え始め、道は舗装され、人が歩き始め――あっと言う間に町中になった。


 とても綺麗な町だった。

 こぢんまりした、のどかな町だ。離宮があるというだけあって、風光明媚な場所だった。あの川も道と一緒に町に流れ込んでいた。人の手によっていくつかの支流に分けられたのだろう、細いが美しい水路が併走している。白と青の煉瓦を使って作り上げられた町並みは、俺の目には既に離宮の一部に見える。


 俺は窓から身を乗り出した。道行く人々が、馬車を見て、歓声をあげ、手を振り、お辞儀をし、笑顔で見送っている。……あれ。拝んでるばあちゃんもいるぞ。

 何を言っているかは分からない。でも全部、好意的なものだということはよくわかる。


「――」

「――」

「――アトレン――」


 あ、今アトレンって言った。絶対言った。

 おいおい、涙ぐんでるぞあのおじさん。


「――! ミノリ――」

「……ミノリって言ったぞ今」


 俺はみのりを振り返る。みのりは紛れも無くカーテンの陰に隠れていたが、俺の視線を受けて笑って見せた。


「そう? 町の人達はアトレンが大好きなんだよ。すっごい人気のある王子様なんだ。離宮に研究所を併設してから、町が活気づいたせいもあってね」

「――ミノリ――」

「ミノリって言ったぞ、また」

「そう? 気のせいだよ、きっと」


 気のせい、どころの話じゃなかった。

 今や町のど真ん中を走っていた。道行く人は皆足を止め、歓呼の声を上げていた。アトレン、ミノリ、という単語が繰り返し叫ばれている。涙を流して拝んだり、両手を打ち振ったり――紙吹雪まで舞いはじめた。パレードか。


 幸い、通行を妨げられることはなかった。町中の人々が、王子の馬車を見るだけでも御利益があると言わんばかりに道沿いにひしめく中を、馬車はつつがなく走っていった。俺はいたたまれなくて、そっとカーテンを閉めた。場違いさからくる疎外感ときたら半端なかった。


「……既に魔王、倒した後とか?」


 聞いてみると、


「あはは、魔王だなんて」


 みのりは笑った。そして話を変えた。


「それにしても藤沢君、モフオンに随分気に入られたんだね」

「……モフオン?」

「その子」


 みのりは俺の頭に乗ったまますぴすぴと寝息を立てるモフ美を指した。


「ぴったりな名前だよね。その子はね、モフオンって生き物なの。聖山から降りることって滅多にないのに、すごいね」

「……そうなんだ」

「似合ってるよ、藤沢君」


 みのりは言って、にっこり笑った。

 ほめ言葉なのか、それ。

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