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神の子の使い魔  作者: 天谷あきの
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最後の訪問(10-2)

 アトレンは疑うように目を細めた。


「誠でござるか」

「誠でござるよ。いたら殺されかけたりしてねえだろ」


「リオノスを呼びに行っていたのでは……いや、そうか。リオノスは別に駆けつけてきたりなどはしなかったでござるな。どこへ行ったでござるか」

「リオノスが言うには、なんか、遠くにいるって。エスラディアの周りを探検してから帰るって言ってたらしいんだ。今頃こっちに向かってきてるんじゃねーかなとは思うけど」


「来たら」


 アトレンはそこで言葉を切り、俺は、考えた。

 みのりを救う方策を探るために、俺はモフ美を殺すのだろうか。

 できるのだろうか。


 ――いいんだよ、ゆきのじょう。心配しないで、大丈夫だよ。


 リオがそう言ったように、モフ美も言うだろうと思う。でもただ殺すのとはわけが違う。あんな無残な姿にして――と思った時、アトレンが言った。


「いや、失礼した。今のはそれがしが悪かった」


 俺は瞬きをした。「は?」


「なにも使い魔でなくばならぬという法はない。聖山をフジサワクンが散歩すれば、まあひと晩に一頭くらいは、運がよければ寄ってくるやもしれぬ」


 馬鹿にされてる気がする。


「それを捕まえてもらえばいいだけの話。いくたびもフジサワクンの危機を救った使い魔を、巧くいくかどうかわからぬことのために差し出せとはさすがに言えぬ。だがひとつ約束してもらえまいか」

「……約束?」

「最大限の努力をし、それでも巧く方策が見つからず、みのりの限界が来てしまいそうなときは――時間を稼ぐことも考えると、約束して欲しい」

「……あー」


 アトレンはじっと俺を見ている。みのりのために尽力する気があるかどうかを、計る目だった。


 シスコンって言うんですよそういうの。


 思いつつ、今度は口には出せなかった。俺は頷いた。


「いーよ。本人に了解取ってからね」

「……それは」

「なんだよ。本人に知らせてなんか悪いのかよ。無理強いなんかできるわけねーだろ。リオニアじゃどーかしんないけど日本じゃ犯罪だよ」


 アトレンは初めて思い至ったようだった。


「……それはそうでござるな。そんなつもりで頼んだのではござらぬ」

「だろーな。つまりあんたは俺にみのりを騙して、そーゆーことに持ち込めって言ってたわけだよな」

「……有り体に言えば、そういうことでござるな」

「なんか変だよな、あんたも、あんたの親父さんもさ。鈴香さんは、トリップがそんな恐ろしい物だって、はっきり知らなかったんじゃねーの? なんで教えねーの。死にかけてたのは王様じゃなくて鈴香さんだろ」

「少なくともミノリは知っている」


 心臓が、ずくんとした。


「……知ってんの?」

「ミノリに頼んだことがある。リオノスにいい方法がないか聞いてくれぬかと」

「あ、……そーなんだ」

「ミノリは、ないと言った、とだけ答えた。今までにいくたびも聞いたでござるよ。このままでは体が弱り二十歳前に死する恐れがあることも、モフオンを使い魔として殺せばその刻を延ばすことができることも伝えた。だがミノリは今までにいくたびもいくたびもその機会があったのに、モフオンと契約さえしないできた。死にたがっているわけでは断じてない。事態を楽観視しているのやもしれぬが……。一体何を考えているのかさっぱりわからぬ」


「……そーなんだ」


「ただひとつ言えることは、ミノリは祖父と、それからチエコのせいもあり、自らのトリップ体質を恥じている」

「恥……?」


 か細い、震える声を思い出す。


 ――藤沢君は、どうして未だにあたしと普通に話してくれるの?

 ――どうして嫌がらないの? 怒らないの?

 ――……気持ち悪くないの?


「人に知られては気味が悪いと思われるのではないか。恐れられ、疎まれるのではないか。ずっとそう思ってきた。だから他の誰よりも、フジサワクンに知られるのを心底恐れてきた。あの時は、記憶を消さねばこの世の終わりだとでも言いそうな様子でござった。チエコのようにはっきりと我らに敵対し、脅威となったというわけでもござらぬのに、いきなり記憶を消すなどという暴挙になど出たのは、相手がほかならぬフジサワクンだったからでござる。

 ……自らの心を打ち明けるなど、その体質がある限り、ミノリは考えもできなかったでござるよ」


 ――まあそっか、そんな勇気ないっか。


 千絵子が言ってたのは、みのりのことだったんだ。


「そっか……」

「フジサワクン。ミノリは今も恐れている。自らの体質のせいで余人に……特にフジサワクンに迷惑をかけることを。迷惑をかけるくらいならばこのままで構わぬと思っているやもしれぬ」

「でもさ……迷惑とか、気にしてる場合じゃないだろ」

「それがしはそう思う。しかしミノリは違うやもしれぬ。スズカ殿の父……ミノリにとっては血縁上の祖父に当たる男に、何かの機会に会ってしまったことがあるようでござるな。ミノリははっきり言わなんだが、トリップ体質のことも知られ、ひどく傷つけられたようでござる。スズカ殿が父上に話したところによると、その男はトリップ体質のことを受け入れられず、ひどく罵ったそうでござる。恥さらしだとか、気味が悪いとか、世間体が悪いとか、スズカ殿の行いが悪いから呪いを受けたのだとか……」


「……マジで?」


「おそらくミノリにも同じことを言ったのでござろうな。そしてチエコも言った。気味が悪い、巻き込まれて迷惑だ、伝染るかもしれないから近寄るな、などと……フジサワクンもその体質を知ったらきっと気味が悪いというだろう、とも」


「……」


「それはそれがしも聞いたでござる。チエコは初めそれがしが日本語を解するとは知らなかったゆえ、それがしの前でも歯に衣着せぬ物言いでござった」


「……そうなんだ」


「ミノリは……それがしがフジサワクンにこのようなことを頼んだと知ったらきっと逃げるでござろう。同情などでそういう関係になったとて嬉しくもあるまい」


 俺が気づくしかなかったんだ、と思った。

 みのりが言わないなら、俺が気づくか、俺の方から行動を起こすしかなかったんだ。

 美佳ちゃんの、すみれちゃんの、期待のまなざしはきっとそれだったんだ。


「だからミノリに伏せておきたかったでござる。しかしフジサワクンの言うとおり、当事者はミノリでござるゆえ、ミノリに黙って、騙して、ことを進めるというのは誠におかしな話でござるな。――しかしそれがしはもう、どうしてよいか分からぬ」


 なんだよ、と俺は思う。

 しょんぼりするなよ、アトレンのくせに。


「まあ審問が終わっていろいろ落ち着いたら――俺の使い魔が来たら、もしかして何かわかるかもしんないしさ。今は明日の審問で、うまくやることだけ考えた方がいいんじゃねえの」

「……さようでござるな」


 アトレンはそう言って、ため息をついた。

 その後茶を飲んで、さっきの菓子の残りを少し食べた。その間もずっと、アトレンはしょんぼりしたままだった。

くそう。

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