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神の子の使い魔  作者: 天谷あきの
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最後の訪問(8)

 菓子の残りを大事にしまい込んで、茶のお代わりを頼んでから、アトレンはようやく事情の説明に入った。

 リオノスの神聖術の効果が切れてきたので、俺はまたしてもみのりを通してその話を聞くことになった。


 エスラディアの事件があってから、既に半年が経っていた。あの時は夏の初めだったのが、今は晩秋だという。


 アトレンはこの半年の間に、あの時戦目付として同行していたカエリアによって何度も事情聴取をされていた。エノラスが逃亡できたのはなぜか、当時の警備体制はどうだったか、モフオンの死骸をエノラスが入手できたのはなぜか、等について。かなり早い段階から――エスラディアに乗り込んでいる最中には既に、アトレンはダヴェンを疑っていたらしい。カエリアも同様だった。


 ダヴェンには動機があり、エノラスの逃亡前後にダヴェンの近侍(あの三人組)がスヴェナの町で目撃されていた。エノラスは馬車に乗ってひとり、モフオンの死骸とともに逃げたらしいが、その馬車のでどころを丁寧に調べたら、やはりあの近侍が調達したものだったという。


「でも動機って?」


 とみのりが訊ね、アトレンは、リオニアを統治していくうえでの、エスラディアの果たしている役割について、ちょっと嫌な話をした。


 リオニアが光の国としての存在価値を保つには、敵である闇の国の存在が不可欠だ。闇は悪であり忌むべきものであらなければならない。そうじゃないと、光の崇高さが保たれないからだ。ミアの国として周辺諸国から優遇され、供物などを受け取るには、エスラディアを抑えるという名目が必要なのだ、とか、まあそういう類いの――ひとことで言えば、おとなの事情、というものだった。

 それを聞きながら、みのりは眉をしかめていた。なんだそりゃ、とその横顔が言っていた。


 俺はみのりの通訳でその話を聞きながら、少し違うことを考えていた。さっきアトレンは、エレナちゃんとダヴェンは『みのりを永遠にリオニアにつなぎ止めるため』にエノラスを逃亡させたと確かに言っていた。


 ベルトランをみのりの相手に宛てがおうとして、無理強いし過ぎたことに気づいたダヴェンは、リオニアに嫌気がさしているはずのみのりを引き留めるためにエノラスを逃がした。それは、みのりの善意を利用するということなのじゃないだろうか。

 エスラディアがリオニアの脅威として存在し続けていれば、敵の神子でさえ見捨てられなかったみのりが、リオニアを見捨てられるわけがない。


 まあ、それはともかく。


 カエリアもアトレンもダヴェンを疑っていたが、ひとつ分からないことがあった。それは、アトレンの城内に必ずいるはずの、内通者の存在だった。それが誰だか分からないでいるうちに、ダヴェンが攻勢に出た。第一王位継承者として、エノラス逃亡の経緯を調査するため、と称して、離宮とスヴェナの町を占拠してしまった。それは恐らくこの機会にアトレンに罪を全て着せ、アトレンに味方する神の子を保護する権利も全て取り上げてしまうためだろう、と、アトレンは言った。


「――――、ちょっと待って」


 みのりは先程から、リオニア語と日本語を併用してくれている。


「――――、――――? 自分でやったくせに、そんな乱暴なことできちゃうわけ?」


 アトレンは薄く笑った。


「――――。――――――、――――――」

「本当はできないけど、相手は次の王様だからねって。王の」


 みのりは顔をしかめた。


「……このまま、国王陛下が亡くなるのを待つ気だっただろうねって」

「あー。占拠してる間に自分が最高権力者になっちまえば、そりゃーいろいろうやむやにできそうだな」


 みのりは少しの間黙っていた。

 ややして、口を開いた。


「――――。これからどうするの?」

「――――。――――。――――、――」


 アトレンの言葉を聞いて、みのりは少しほっとしたようだ。

 俺を見て、苦笑して見せた。


「リオニアにはね、裁判のようなものがあるの。二十四人の、いろんな身分の、いろんな立場の人が……裁判員みたいなものかなあ? そう言う人達が集まって、双方の言い分を聞いて、判決を下すってものなんだけど。アトレンはカエリアさんと協力して、それを開くことにしたんだって。場所と日時は国王陛下が決めて通告したから、ダヴェン殿下も拒否できない。あした、離宮で開かれる。その場で、エノラス逃亡の真相を究明する、って言ってる」

「ふうん」


 それで俺を囮にして、エレナちゃんに自白させたというわけだ。馬車の証拠とエレナちゃんの自白があれば、公の場でアトレンは自らの潔白を表明できる。エレナちゃんの監督責任くらいは問われるだろうけど。


 アトレンが潔白だという判決が下されれば、ダヴェンがいくら次の国王だって、アトレンの城を占拠してやりたい放題するってわけにはいかなくなる。


「ダヴェンはそれを予期できなかったのかな」

「それには、国王陛下のご出席が必要なんだよね。陛下のご病状が、離宮までは来られないほどだって踏んでたんじゃないのかな。アトレン、――――? ――?」


 アトレンの返事を聞いて、みのりは微笑んだ。


「大丈夫だって。陛下も二十四人の裁判員の人達も、もうすぐそばまで来てるみたい。それなら、きっと大丈夫だよ」


 と、アトレンが少し改まった口調で言った。


「フジサワクン。――――」


 みのりが通訳してくれる。


「藤沢君にもちょっと証人として出てもらいたいんだって」

「へ。俺っ?」

「――――――――――」


 アトレンの言葉を聞き、みのりは納得したようにうなずく。


「エスラディアでモフオンの死骸を燃やしたって、聞いたんだよね? その時、灰も見た?」

「あー見た見た」


 あの結界の中で見た、こんもりした灰の山を思い出す。


「他の五つはカエリアさんもあたしもリオも証人になれるけど、そのふたつだけは藤沢君しか証人がいないからね。大丈夫、異人の言葉はかなり重みがあるから」

「そっか。いーよそんくらい」


 俺がうなずくと、アトレンは頭を下げた。

 裁判か、と俺は思う。

 テレビでしか見たことなかった。まさか異世界で初体験をすることになるとは。


 その場にエレナちゃんは証人として呼ばれることになるのだろう。そう言えばさっきそんなことを言っていた。ダヴェンの近侍が俺を殺すことを手伝えば、その見返りに、エレナちゃんはなんかで証言せずに黙ってるって……そうだ、審問だ。そんなような単語だった。

 俺は眉をしかめた。


 ――審問で、証言しない。黙っている。


 あれって、結構重い言葉だよな。

 エレナちゃんが審問で証言しなかったら、アトレンはかなり厄介なことになっていたはずだ。自分の家も町もダヴェンに占拠された状態で、さらにエノラスを逃亡させたなんて罪を着せられたら、アトレンは自分の財産全てを取り上げられるなんてことに――いや財産だけで済めばいいけどねってことに、なっていたかもしれない。


 なのに、それでもあえて、俺を殺す方を選んだ。

 アトレンへの忠誠は嘘だったのかな。みのりがここに残るってことが、それほど大切だったのか。

 そうまでしてこっちに縛り付けたかったのか。


 あんな――

 じわりと、腹の底に何かが湧いた。

 あんな傷だらけにして、痛い思いさせて、苦しいことさせて。


 ――異国は平和と聞いています。異国に、ミノリ様を取られたくないんです。

 平和な国にはみのりはいらないだろって。こっちの方が大変なんだから、みのりの力はこっちに役立てさせろって。彼女の意志も希望も聞かず、むりやりにでもこの国のために働かせるつもりだって。

 そう言ったも同然なんじゃないだろうか。





 アトレンの天幕から出ると、辺りはもうすっかり暗かった。

 みのりはあくびをし、照れくさそうに笑った。


「なんかほっとしたら気が抜けちゃったよ。思ったより深刻じゃなくて良かった。藤沢君、食事の時とか大変だよね。リオにまた頼もうか」

「いや、いーよ」


 言いながら、なんとなく違和感を覚える。なんだろう。


「いいの? でも」

「いーよ、今非常時みたいだし、他の人とのんきにしゃべってる場合でも無さそうだし。俺の言葉を伝えることまではできないわけだし」

「そう? 必要だったらすぐ言ってね? ……あ、そうそう。モフ美ちゃんのこと、リオに聞いたらね、ちゃんと無事だって」

「あ……」すぐには言葉がでなかった。「……そーなんだ」

「うん、でも、今はまだ遠くにいるみたいなこと言ってたよ。だから、心配しないで、大丈夫だよ」


 こういうとき、なんて言えばいいんだろう。

 なんとか、言葉を捻り出す。


「……そっか。サンキュ」


 そんな言葉しか出ねえのか俺。

 でもみのりは、嬉しそうに笑った。

 俺はたじろぎそうになった。礼を言ったくらいで、そんな顔すんのか。

 今初めて、みのりをまともに見た気がした。今まで何見てたんだろ俺。くるくる表情が変わる奴だって知ってたけど、どんな表情してたのかなんて、ちゃんと見てなかった。


「どういたしまして。……じゃ、また明日ね」

「おう」


 みのりは手を振って、自分の天幕に歩いて行った。

 情けない、と、思った。

 本当にわからなかったんだ。何でこんなことになったんだろ。

 なんで別の人間の口から、暴露されなきゃならなかったんだ。


 ――フジサワクンは本当ににぶい。酷なほどに。


 全くだ。


 はあ、とため息をついて、俺も自分の天幕に向かった。どこからかいい匂いが漂って来ている。晩ごはんの時間だ。


 そして、さっきの違和感の正体に気づいた。

 こういう時って普通、食事を別々に取るもんなのか?

 こっちの人は、あまり食事を一緒にしないものなのだろうか。いやでも、二度目の時は一緒に昼食取ったよな。


 俺は正直、アトレンの近侍の前に出るのが億劫だった。だからずっと、野営って言うくらいだから、たき火囲んでみんなで食べたりすんのかな、さっきのこともあるから気まずいな、なんてつらつら考えていたってのに。そういう風習はないものなのだろうか。


 何かもう、私は今日はこのまま寝ますって言ったような感じじゃなかったか。甘いもん食い過ぎたから晩飯抜くのかな。でも……


 俺に宛てがわれた天幕にたどり着き、違和感を抱えたまま中に入る。中は何も変わっておらず、またふっかふかの寝台に歩み寄った。さまざまな言葉の断片が頭の中をぐるぐる回っている。


 変なとこだな、と、また寝台に倒れ込みながら考えた。

 本当に、本当に、変なところだ。――苛つく。

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