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神の子の使い魔  作者: 天谷あきの
30/44

最後の訪問(3)

   *



 昼を回って、おやつ時になっても、アトレンは姿を見せなかった。

 先ほどからみのりは何度も時計を確かめては眉をしかめていた。俺はといえば、新しいモフオンが現れる度にモフ美ではないかと瞳をのぞき込むのをやめられなかった。ふたりの周りにはすでにこんもりしたモフオンの山ができているというのに、アトレンも、モフ美もいっこうに現れない。


「……おかしいな」


 みのりがついに言ったのは、おやつを食べ終えた時だ。体中にモフオンを山盛り乗せたまま、みのりは立ち上がった。ぼろぼろとモフオンが落ち、もふうもふうと抗議の声が上がる。


「なにやってるんだろ。ちょっと見て――」

「トリップが起こると、絶対迎えが来るわけ?」


 訊ねるとみのりは眉をしかめたまま頷いた。


「うん、長くても二時間待ったことないよ。アトレンが手が放せないときは、ダルスかニースかエレナが来てくれる。水晶玉があれば、トリップが起こったらすぐわかるはずなんだもの」

「んー」


 俺は顔をしかめ、モフ美のことを一時的に頭から追い出すことにした。

 そして立ち上がった。膝や肩や背に乗っていたモフオンが、やはりもふうもふう言いながらころころ落ちる。


「じゃあ見に行くか」

「藤沢君、ここで待っててくれても構わないよ?」

「こんな何にもないとこでひとりでぼーっとしてるよりゃ、何かしたいよ」

「……それはそうだね」


 荷物を抱えあげ、歩きだした。みのりはさすがにこの山に慣れていて、数分で馬車の通れる道を捜し当てた。そこの木の陰に荷物をおろし、格段に歩きやすくなった道を、並んでてくてく歩いていく。

 またモフオンが俺の頭に乗ろうとした。俺がそいつを両手で下ろすのを、みのりはじっと見ていた。


「……あの後ね」


 ややして、穏やかな口調でみのりは言った。


「藤沢君とちいちゃんが帰った後ね。エスラディアの兵たち全員捕縛されて、連行されていったあと」

「んー」

「ひとり残されてたエノラスと、リオノスとモフ美ちゃんと、ダルスたちアトレンの近侍と、それから戦目付――国王陛下にアトレンの戦いぶりを証言する、アトレンの軍に所属してないカエリアという人の前で、アトレンはモフオンの死骸を全部燃やした」

「……そっか」

「うん。リオノスとあたしに、アトレンは丁重に謝罪をしたよ。一度は手に入れたのに、残しておいたのは自分の責任だって。申し訳なかったって」

「……うん。そう言ってた」

「残りのふたつは、もう燃やしたって説明をした。灰の山を見せることで証明できる、とも言った。モフ美ちゃんはそれを見届けて、塔の窓から出ていった。リオが言うには、エスラディアにきたのは初めてだから、いろいろ見て回りたいって言ったみたい」


 足が止まってしまった。

 じゃあ、あいつまだエスラディアにいるのだろうか。


 俺の抱いた懸念にみのりは敏感に気づき、励ますような笑顔を見せた。


「……大丈夫だよ? 神聖術を使えるエスラディアの人間は全員捕まえたの。エノラスも今度は絶対逃げられないはず。だから……エスラディアには、モフオンを捕まえられる人はもういないの。モフオンには天敵もいないよ。病気もしないし、人には見えないし。それに、モフ美ちゃんが死んでいたら、藤沢君にはわかるはずなんだよ」

「……そーなの?」

「……いやごめん、あたし経験してないからはっきりいえないけど……でも、モフ美ちゃんが死んでいたら、神聖力が増えるはずだよね。藤沢君、神聖力増えてるような感じぜんぜんしない」

「そ……っか?」

「うん、それは確かだよ」


 みのりはそして、くすっと笑った。


「藤沢君って何でもできるのに、神聖力だけ弱いなんて意外だよー」

「……花園にも言われたよ」


 俺は深呼吸をした。

 からかうような言い方が、心底ありがたかった。


「そっか。じゃあ観光してんのかな?」


 いうとみのりは柔らかに笑った。


「きっとそうだよ。モフオンは移動が苦手だから、エスラディアから急いで飛んでくるとしても、何日かかかっちゃうかもね」


 言葉が途切れ、穏やかな沈黙が落ち、俺はそれが気恥ずかしかった。モフ美を心配しすぎていたことも、それがみのりにバレてたことも。だから話を変えた。


「……アトレンって、何でモフオンの死骸を残しておいたんだろな」


 とたんにみのりは暗い顔をする。


「それがわからないんだよね。アトレンに……ダヴェン王弟殿下が……その……」

「なんだよ」

「えっと……神聖術を研究し開発することは国益になることだから、モフオンの死骸を提出するようにって、前回、かなりの圧力をかけていたの。王弟殿下は、自分の部下に神聖力を研究させたがってるんだよね」

「まあ、便利な力だしなあ。アトレンに独占されてちゃおもしろくないだろうな」

「うん、でも、モフオンの死骸を利用することは大っぴらには認められてないの。倫理的に問題があるからって。だからダヴェン殿下の圧力も秘密裏にだったし、アトレンもその圧力をはねのけた。……と、あたしは思ってた。あたしだけじゃない。ダルスもニースも、みんなそう思ってたんだ」

「ふーん」


「だから今回、アトレンは、戦目付に、モフオンの死骸を残しておいたことを、その圧力のことを匂わせることで説明した。相手は第一王位継承者だもの、身分としては臣下に当たるアトレンにはその圧力をはねのけることは難しかった、って。でも唯々諾々と渡すこともできず、でも燃やす踏ん切りもつかず、今日まで来てしまった、ってことにした。戦目付はそれで納得して――国としても、第一王位継承者と王の嫡子が呪術アイテムで癒着寸前なんて醜聞だし、今回アトレンが全部燃やしたこともあって、内々にすませることで決着、ということだったはず」

「筋は通ってるな」

「公的にはね」

「みのりさん的には通ってないんですね」


 みのりは俺を見上げた。


「納得できないよ。あのアトレンがダヴェン殿下に渡すためにモフオンの死骸を残しておいたなんて」

「もやっとするんだ」

「そう。もやっとする。ダルスも、ニースも、そうだったはず」


 みのりは鼻にしわを寄せて黙り、俺は、弟の秘密に気づいてしまった姉のようだと思う。

 そうだ。恋人同士なんかより、姉弟もしくは兄妹と言われた方が、ずっとしっくりくる。確かに、このふたりは、そういう関係なのだろう。




 もう少し歩いて、スヴェナの町を一望できる場所まできた時、みのりはその風景を見下ろして狼狽した。

 俺は黙って解説を待っていた。俺の目には、いつもと変わらないようにしか思えない。ちょっと活気がないかなと言う気はするが、寒くなったからかも知れないし、そもそも神の子が滞在してないときの様子なんか知らないし。


「……どうしよう、藤沢君」


 みのりは震える声で言った。


「どした」

「離宮の、旗が」

「旗?」


 確かに、小さくではあるが、離宮の一番高い塔のてっぺんに旗が翻っているのが見える。緑の地に金の派手な縁取りが施されているようだ。


「あれ、……ダヴェン王弟殿下の旗なんだよ」

「へ?」


 なんでアトレンの城にダヴェンの旗が翻ってるんだ。


「つまり……離宮は目下ダヴェン王弟殿下の支配下にある、ってこと」

「……なんで?」

 俺はみのりと顔を見合わせた。どういう状況だ、それ。




 まあ、とにかく、アトレンもダルスさんもニースさんも迎えに来られない状況らしい、ということはわかった。


「ど、どうしよ」

「まーまーちょっとこっちに」


 動転しているみのりを、とりあえず馬車道から外れた木立の中に連れてった。あの離宮がダヴェンに占拠されてるということになると、これは確かに全く穏やかではない。もしそうならダヴェンは絶対みのりを確保しにこようとするだろう。見つからない方がいいに決まっている。

 でもなんで、まだこないんだろう?

 みのりの横にしゃがみ込んで、考えた。こんなことになってるなんて想像もしなかったから、俺たちは結構長い時間をのほほんと過ごしてしまっている。ダヴェンが水晶玉を手に入れているなら、とっくに来ていてもよさそうなものなのに――


「とっとにかくっあたしちょっと様子見てっ」

「はい却下ー」


 立ち上がろうとしたみのりの手を間髪入れずに引くと、みのりはがくんと座り込んだ。


「なんっ」

「あのさ。そもそも、なんでこんな状況になるんだ? ダヴェンがアトレンの町と城と占領して、なんかいーことあるわけ」


 みのりは虚を突かれた顔をした。「いい、こと?」


「……なんかね。こないだから、何かしっくりこないんだよな。ダヴェンにとってアトレンって、城や町を取り上げるようなことしてまで、是が非でも押さえ込まなきゃいけないような相手なのかな」

「なんですと!?」


 あ、怒った。


「そーゆーのブラコンって言うんですよみのりさん」

「……さらに聞き捨てならないんですけど!」

「まあパニクって町にかけ降りてくよりゃ、ここで怒ってた方がいーけどさ。いやアトレンがいくら賢くて、国民の人気も絶大で、魔方陣や神聖術に長けてるからっつって……ダヴェンってさ、今のまま黙って待ってりゃ王位が転がり込んでくるんじゃねーの」


 みのりは一瞬黙り込んだ。


「……そうだけど」

「じゃあダヴェンは六十すぎて見境もない短絡的な男で、もうアトレンが憎くて憎くて人気がねたましくていても立ってもいられなくて、町も城も兵も領民もなにもかも全部一気に取り上げてやらなきゃ気がすまなかった、と?」


 うー、とみのりは唸る。


「それは……ないね」

「だろーよ。アトレンは国民に人気があるんだ。王位を継いでから、数年かけてじわじわいろんなもの取り上げて、最終的にエスラディアの管理を任せるとかっつって僻地に追いやるとかならまだしもさ、王位継ぐ前もしくは継いですぐ占領したりしたら顰蹙買うでしょ普通」


「……」


「アトレンの方が王位継承権の順位が上だっつーなら話は別だろうけど、そうじゃないわけだし。まー今が前回から何年後なのかって点がわからねーと判断できねーけど」

「じゃあそれを調べて!」


 みのりが腰を浮かせかけたのをまた引き戻す。


「だから却下だっつーの」

「なん……あのね藤沢君っ、手!」

「て?」

「さっきから手をっ、ににっ、握ってるんですけど!」

「あー」ぱっと離した。「悪い」


 みのりは真っ赤な顔をして下を向く。なんだよ、と思う。そんなに怒るほど嫌なのか。なれなれしかったですか。どうもすみませんねー。

 ……なんかちょっと結構へこむんですけど。なんでだろ。

 俺はため息をつく。


「……とにかく。今が前回から数カ月以内だと仮定してだけど。エスラディアの王を捕まえて、ウルスの子も追放したって実績作ったばっかのアトレンの、城と町を占拠する、そんな暴挙に出た理由として、一番考えやすいのはさ。……敵の神子でさえ庇っちまうようなお人好しの誰かさんが、狼狽して駆け込んでくるのを捕まえようって魂胆じゃないかと思うんですけど」

「……」


 みのりはしばらく考えた。


「……あたし、を」

「……いやー」俺は首を傾げる。「でもそれならここに捕まえにこないのは何でなんだろうな。水晶玉は誰かが死守して持って逃げてくれてんのかもね。まあとにかくさあ、ダヴェンが怖がってるもしくはほしがってんのは、アトレン自身じゃなくて、アトレンに味方する異人だろ?」

「そ、そうとばかりは……だってでも、でも、アトレンのことだって怖がってるし煙たがってると思うんだよ……」

「いーやとてもそうは思えないね」

「なんで!?」


「ダヴェンが恐れるほどの力をアトレンが持ってるなら、みのりが半泣きで風呂に逃げ込む必要なんかないだろって話」

「て……」

「離宮も町もアトレンの持ち物だろ? 町の外に到着したって連絡があってから、城に乗り込んでくるまで二時間もかからなかった。あいつら城の中でまで、護衛ぞろぞろ引き連れて武器もちゃんと持ってた。しかも女風呂に乗り込もうとして、それを阻もうとした女の子をぶん殴って開けさせようとした。……アトレンはそれを止められなかった」


「だって……相手は次の王様だし……」

「王様ならなにしても許されるわけ? リオニアって結構野蛮な国なんだな」

「……そんなこと」

「ないよな? そーだよな。普通許されることじゃないだろ、あれ。俺なら相手が暴れん坊兄貴だろうと誰だろうと、部屋にいきなり土足で踏み込んできて、風呂入ってる友達を引きずり出そうとしたら蹴り出す。できなくても抗議はするし後日報復する。場合によっては家族会議でほかの兄姉に根回しして全会一致でぼこぼこにしてやる、二度と同じことやられないように。……アトレンはそのどれもしなかった。できなかったのか、あえてやらなかったのか、わかんねーけど、ダヴェンはアトレンの城でなんのためらいもなく――つーかみのりがトリップして来てるって知ったらいつでもやるわけだろ? それってアトレンのことなんかなんとも思ってないですなにやったって怖くないですって、宣言してんのと同じことじゃねーのかな」


「……」

 みのりが黙ってしまった。俺は話を引き戻す。


「だから客観的に見れば、ダヴェンが標的にしてんのは、アトレン自身じゃなくてアトレンに味方する神の子、って考えるのが一番自然」


 アトレンはなぜ、そんな境遇に甘んじているのだろう、と考えた。あの性格の悪い王子様のことだから、たぶんわざとなんだと思うけど。何かメリットがあるのだろうか。


「まあそれは、とにかくさ。今この状況で、みのりが町に行って人に話聞いてまわるってのはやめた方がいいと思うんだ。だから俺が、」

「でも藤沢君」みのりは顔を上げた。「……話、聞いて回る、の?」

「おおう」


 そうだった。対比表もないわけだし、モフ美もいないし、俺単体じゃこっちの人と話せないんでした。なんという役立たず。

 みのりは唸る。


「うー、このままここでなにもしないってわけにはいかないし……あ、じゃあ変装ってどうかな!」

「おーそれいーね。何か持ってんの」

「……持ってない」

「ダメじゃん……」

「着替え……や、日本の服に着替えても意味ないよね……やっぱ町に降りてその辺の人に」

「だからそれはダメだっつーの」

「じゃあこっそり!」

「こっそりどうすんの。体格似てる人間が通りかかるの待ち伏せて闇討ちにでもすんのかよ」

「……」

「悩むなよ! 神の子が追い剥ぎなんか」


 言いかけて、はたと気づいた。


「リオノスは? モフ美はこないだ俺の体をちょっと小さくするとかやったんだよな。リオノスに頼んで姿変えてもらうとかできねえの」

「……!」みのりはぱっと立ち上がった。「藤沢君、すごい! 待って、今呼ぶから」


 言ってみのりは目を閉じた。リオノスはみのりの使い魔ということになるらしいから、その気になれば思念で会話をすることができるのだろう。

 すぐに目を開け、みのりは笑った。


「ちょっと離れたところにいるみたいで。でも急いで来てくれるって」

「そりゃよかった」


 言って、俺はまたモフ美のことを思い出した。モフ美も今頃、こっちに向かっているのだろうか。

 ――本当に、そうなのだろうか。


「……リオノスってさ」


 だから急いで話題をひねりだした。


「アトレンをエスラディアの城内に送り込んだりってことまでできるんだもんな。……でもなんでダルスさんも一緒にとばさなかったの」


 みのりは笑った。


「できたらやったよ」

「ですよね」

「あのね、アトレンは人並み外れて神聖力が強い人なの。リオニアの始祖――五百年前の人に、レミアという女性がいるんだけどね。レミアは、リオニアの前身とも呼べる、小さな小さな国、というより邑、かな? とっても小さな一族の、姫君だったんだ」

「ふうん」

「その人は巫女みたいな存在だったらしいのね。で、彼女が雪之丞さんと結婚して、リオニアの王家を作った。だからリオニアの王家には、時折、アトレンみたいにとても神聖力の強い人が出るの。隔世遺伝ってやつなのかな」


 それならみのりの神聖力が桁外れだというのも、レミアさんからの遺伝のせいもあるってことなのかな、と思うが、口には出さなかった。

 みのりが先を続けている。


「リオやモフオンの使う神聖術は、対象の体内にある神聖力に働きかける。対象の体内にアトレンみたいに強い神聖力があれば、飛ばすのも楽」

「……じゃあ神聖力が少ない対象を飛ばすのはすごく大変、ってこと?」

「そうなの。ダルスもニースも、ほかの近侍たちも、いくらリオでも飛ばすにはちょっと重すぎたんだよね」


 リオノスでもそうなら、モフ美が俺を城外に移動させるなんて絶対無理だった、ってわけだ。


「それに、対象を移動させるというのは自然に反することだから、そもそも神聖術に向いてないんだ」

「へー……って、じゃあ」


 俺は笑おうとして、頬がひきつるのを感じた。


「変身させてもらうってのも、やっぱ対象の体内の神聖力に左右される……とか?」

「うん……」

「……」

「……だっ、大丈夫だよ藤沢君! ここで待ってて? 情報仕入れたらすぐ帰ってくるからっ」


 なにが大丈夫なんだ、と言いたかった。

 でも言えなかった。言葉も通じないし変身させてもらうこともできない俺って、本当に、役立たずってやつなんじゃないだろうか。へこむ。


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