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神の子の使い魔  作者: 天谷あきの
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三度目の訪問(8)

 しかしなんで王子様直々に敵陣に乗り込んでるんだろう。


 今更だが俺は考えていた。アトレンは塔の入り口の鍵を子細に調べている。


 ふつう王子様ってのは、本陣ででーんと構えてるもんなんじゃないのか。いや敵陣に乗り込むのはまあいいにしても、護衛はどうしたんだ。ダルスさんをおいてくるなんて、酷なことをするもんだよな。主君を敵陣に行かせるのに自分がお供できないなんて、今頃心配で禿げてるんじゃないだろうか。


「見張りもいない。……ということはやはり」


 アトレンは呟いて、俺を見た。


「フジサワクン。もう走れるでござるか」

「は。……まあなんとか」

「何とかじゃ困る。この鍵にはやはり神聖術がかけられている。開けたら山ほど追っ手がかかるからくりでござるな。途中でフジサワクンが捕まったら困るゆえ、先ほどの結界の中で待っていられよ」

「いやいや待て待て。追っ手に追いかけられてたら魔方陣書き換えるなんて無理だろうよ」

「これから合図をする」

「合図?」

「外でダルスとニースがそれがしの合図を待っている。合図があれば全軍にて一斉攻撃を開始する手はずとなっているでござる。エスラディア軍は二年前の戦闘で一度壊滅している。この二年で多少は回復したやもしれぬが、リオニアの監視下にあったゆえ、当時ほどの力はないはず」

「まあそりゃそうだ」

「当時さえ圧倒的でござった。一斉攻撃が始まれば勝敗は決したも同然」


 じゃあ何ではじめから――

 言いかけて、俺はその言葉を飲み込んだ。そりゃあ人質がいたからだよな。俺さえ一緒に召喚されたりしてなければ、今頃話は片づいてたんだろうか。へこむ。


「それがしはリオニア軍がここに来るまでのわずかな時間を耐えればいいでござる」


 アトレンはこともなげにそう言ったが、いやでも、そう簡単なことではないだろう。

「耐えるっつったってさ。上にはモフオンの死骸が五つもあるんだ。あんたが何とかしのいでたって、もしそれを奪われたら、リオノスが――」

「魔法陣はフジサワクンとチエコの生命を守護しているでござる。魔法陣からひとつでも死骸を取り除いたらそこでふたりとも死亡する」


 とんでもないことを聞いた。「し、死亡!?」


「さよう。チエコは神聖力が強いゆえ、数分はもつやもしれぬが、フジサワクンは即死でござるな」


 鼻で笑いやがったー!


「余剰のふたつをフジサワクンが回収してきてくれたゆえ、チエコを前線に投入したままリオノスを魔獣化することはもはや不可能でござる。まったく大手柄でござった」


 今度は誉められてんのかな。そうなのかもしんない。

 とすれば、俺が一緒につれてこられちまったことにも、少しは意味があったのかも。

 俺がちょっと嬉しくなってしまったとき、アトレンの手の中で、がしゃり、と重い金属音が響いた。


「げ」


 絶句した。話は終わりとばかりに、何のためらいもなく鍵開けやがった……!

 続いて、ぴゅうううっ、と甲高い音を立ててアトレンの手の中から何かが放たれ、垂直に上空に向かって飛んでいった。ややして、ぱあん、と花火が飛び散る。おいおい、なに考えてんだこの王子様はー!


「それがしは先を急ぐゆえこれにて」

「これにてじゃねえよ!」


 とたん、けたたましいサイレンの音が鳴り渡った。アトレンの黒いローブ姿は開け放たれた塔の扉の中に消えた。俺は周囲を見回し、結界と言われた場所を見たが、結局アトレンの後に続いた。外側にかかっていた蝶番を回収して、中から鍵をかける。まあ付け焼き刃だろうけど。

 螺旋階段をかなり先まで上っていたアトレンが怒鳴った。


「結界の中で待ってろと言ったはずでござる!」

「俺にかまわず先に行けー」


 一度言ってみたかったんだ。アトレンは完全無視して先に行った。うーん潔い。



 

 神聖力不足に加え、先ほどの全力疾走の後遺症もあり、塔の半ばほどまで登るうちに早くも息が切れてきた。

 塔は変わった作りになっている。床があるのは最上階の、あの魔方陣のある部屋だけなのだ。下は全部ぶち抜きになっていて、壁を、粗末な石段が螺旋状に這い登っている。俺は足を止め、手すりもない下を見た。階段には人がすれ違えるくらいの幅があるのだが、落ちたらしゃれにならない程度には登ってきている。

 呼吸を整えたとき、下の扉がどんと揺れた。

 続けざまにどん、どんどんどんと揺れ、扉の隙間から外がちらりと見える。入り口の戸板は木造なのだ。しかもかなり古そうで結構傷んでいる。丸太とか持ってきてどつかれたら保たないだろう――と考えたとき、壁のところどころに開けられた空気抜きの窓のひとつに、人が取り付くのが見えた。


 ――そう来たかー!


 俺は慌てて再び上り始めた。俺のすぐそばの窓にまでフックの付いたロープが投げられている。明るいからか命中率が悪いらしいが、人が次々に進入するのは時間の問題だ。肺と膝が再び悲鳴を上げ始める。モフ美の声が聞こえた。


(ふじさわ)


 おー。酸素がもったいないので頭の中だけで返事をすると、モフ美の、少しせっぱ詰まった声が聞こえた。


(まだたどり着いてない!? ……魔方陣を守って、ふじさわ!!)


 え、

 激しい衝撃と地響きと轟音が響きわたったのは、そのときだった。

 一瞬階段から落ちかけた。それほどの衝撃だった。耳を聾するような破壊音と目眩に似た地響きの中、モフ美の声が頭に響く。


(ちえこが……塔のてっぺんを……!)


 モフ美の見ている映像がちらちらと脳裏を踊る。俺たちのいるまさにこの塔のてっぺんが、黒煙を上げていた。とんがり屋根が陥没している。アトレンは大丈夫だろうか。俺は這い蹲るような格好でまた登り始めた。魔獣に乗った千絵子は、少し汚れてはいるものの、元気そうだった。残忍な凶悪な笑みを浮かべてこの塔のてっぺんを見据えている。


(あの王子様が……また何か企んで……)

(ちいちゃん……!)


 みのりの声が聞こえ、俺はほっとした。生きてた。

 いや、無事だとはとてもいえない。モフ美の視界がぐるりと動き、リオノスに乗ったみのりがちらりと見えた。みのりは血と埃に汚れて、リオノスの頭にすがりつくようにして体を支えている。


(魔法陣を壊したらだめ! 藤沢くんもちいちゃんも……)

(まだ言ってんのォ? しつこいっつーの)


 千絵子はそう言い、もう一発、黒々とした何かを無造作に擲つ。丸い、黒い光のようなものはバチバチと音を立てながら塔に向かって――と、リオノスの背からみのりの姿が消えた。俺はいっそうスピードを上げた。


 瞬きとともに、その映像がコマ送りのように瞼の裏に映る。


 みのりが


(ふじさわ)


 白銀の剣を構えて


(いそいで)


 黒い光の正面に


(みのり……!)


 出現する。


 再び衝撃と轟音。みのりの悲鳴が脳裏に響く。なにやってんだ、と俺は心の中だけで叫んだ。なにやってんだ! ……なにやってんだ! 俺はなにやってんだ、マジで!


(あははははははは! どこまでバカなのみのり!)

「バカはお前だ……!」


 叫んで、俺は、自分のすぐ真上にあの部屋に続く四角い穴がぽかりと口を開けているのに気づいた。移動したのだろうか? それともここまで自力であがったのだろうか? でも考えている暇はなかった。梯子をひっつかみ、瓦礫がぼろぼろと落ちてくるその穴から、俺は上に飛び出した。


 そこにみのりが倒れていた。


 長い髪が焦げて、ちぎれて、ざんばらになって、血と涙と埃に汚れたその頬に散らばっていた。口の端が切れているのが見えた。右手の少し先に白銀の剣が落ちていて、服が焼け焦げていて、腹の辺りから白い肌がのぞいていて、その肌さえも血と煤と、赤黒い傷口で汚れている。死んではいない。でももう、しばらくは起きられないだろう。痛そうな、苦しそうな、か細い、小さな、うめき声が聞こえる。なにやってんだ、と俺はまた思う。アトレンは無事のようだった。魔方陣も、何とか無事だ。アトレンはこちらに背を向けて、わき目もふらずに、魔方陣に何か、していた。当たり前だと俺は思った。無事なのは当たり前だ。みのりが、神の子が、身を挺して守ったのだから――アトレンも魔方陣も、俺も、そして千絵子も。無事に決まっている。


 千絵子は薄ら笑いを浮かべながら崩れた塔の壁に降り立った。俺を見て、わらう。


「藤沢君、さっき、どうやって逃げたの」

「……」

「みのり、まだ死んでないよねえ? せっかく藤沢君が来たのに……」

「……」

「待ってて、今みのり、起こすから。それで、みのりの目の前で、いいことしてあげるから」

「……お前」


 やっと出た声は、結構落ち着いていた。俺は、Tシャツを脱いだ。かなり汗かいたから臭いだろうけど、でも、なにもないよりはマシのはずだ。それをみのりにかけて、俺は、みのりの頬に散らばる髪をそっとどけた。

 顔に火傷と、赤い傷。

 長いまつげが動いている。俺を、見ようとしている、の、だろうか。

 アトレンはほんとに正しかった。

 なんでだろう、と、俺は思った。

 なんであんな奴のために、みのりが傷ついたり泣いたりするんだろう。


「……お前さ。魔方陣壊したらどうなんのか、知らねえのか」

「はあ?」


 千絵子は嫌そうな顔をした。


「しつこいって、だから。んなバカなこと言って騙せると思ってんの? 王子様に燃やされたらやなんだよね、藤沢君がモフオンの死骸持ってっちゃったからさあ、エノラスが困ってんじゃないかと思っ」

「何で知らないんだよ」


 俺はたぶん、笑ったんだと思う。

 立ち上がって、……心の奥底から沸き上がってくる衝動に任せて、腹を押さえた。おかしかったのか? おもしろかったのか? 傷つけたかったのか? わからないけど、たぶん、俺は、腹を抱えて笑ったのだ。


「ばっかじゃねえのお前――なにが寵姫だよ、なあ? みのりがなんでこんなことしたのか、敵の立場であるみのりがここまでやってくれてんのに、なんでお前がそれを知らないんだよ! 燃やせるんならもうとっくにそうしてるはずだろうが! エノラスがそう言ったのか? 困ったから、だから、戦いのついでに塔を壊してモフオンの死骸ふたつもってこいって? ここからひとつでも死骸、動かしたら最後、お前死ぬんだって、そんな大事なことを、エノラスはなんでお前に教えてくれないんだ!」


「ち……違っ」千絵子は目に見えて慌てた。「エノラスに頼まれてなんかないよ! ただ……」

「でも教えてもらえてなかったんだろ? 久しぶりに再会したってのに魔獣召喚させられてみのりの相手させられんのはまあ、仕方ないよな? 確かに戦争中だもんな? でもそんな大事なことまで教えてもらえないなんて、お前、ほんとにエノラスに愛されてんのか?」

「そ」

「みのりはお前のこと守ろうとしたのに」


 俺は剣をそっと持ち上げた。


「……ほんとに何やってんだよ」


 殺意、というものを、俺は、生まれて初めて知った。

 みのりが泣くのは嫌だけど。恨まれたり憎まれたり、するんだろうけど。でも。

 それでも構わないくらい、千絵子をみのりの前に置いときたくなかった。痛切に、そう思った。

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