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神の子の使い魔  作者: 天谷あきの
23/44

三度目の訪問(7)

 俺は倒れたまま目を開けた。痛さでにじんだ視界の中に、黒いローブをかぶった男の横顔が見える。俺ははね起き、めまいを感じ、また無様に転げた。


「……エノラス!?」

「なに言ってるでござる」ローブの男はアトレンの声と口調で言った。「念のため変装してきたまででござる。とっとと正気に戻るでござるよ」


 面倒だから、と言ったも同然の口調で王子様はおっしゃいました。……やっぱこれアトレンだよな。どう考えても。


 黒いローブの隙間から覗く髪は、記憶と違って黒い。瞳は暗紅色に見える。でも顔かたちは、やはりアトレンだった。変装って、瞳の色を変えることまでできるのか。


 俺は辺りを見回した。エスラディアの城から脱出できたのかと思ったが、やはりそういうわけでもないようだ。頭上にモフ美が浮かんでいるのが見えた。すぐそばにあるのは、あの臭い牢と召喚の塔。あの中庭に、また戻ってきてしまったらしい。


 けどなんで、ここにアトレンがいるのだろう。


 アトレンは水晶玉をのぞき込んでいた。少し離れた城壁付近では、みのりと千絵子の、リオノスと魔獣の、派手な戦闘が未だ繰り広げられているらしい。ぼっかんぼっかん音がしている。大丈夫だろうか、みのりは使い魔の力なんかぜんぜん吸収してないと言うのに、千絵子は七頭分もの力を得ているのだ。


 が、アトレンはそちらを気にする様子もない。


「……なにやってんの、こんなとこで」


 聞くとアトレンは顔をしかめた。


「少々取り込み中ゆえ黙っていてほしい。フジサワクンはその貧弱な神聖力の分際で転移などという身の程しらずな無謀を成し遂げたばかりなのだから、少し休んでいられよ」


 ねぎらってんのかけなしてんのかどっちなんだ。


「急ぎ捜し出さねば……チエコは今やみのりより遙かに強い力を有しているゆえ、長引けばみのりが危ない」

「……なんか手伝える?」

「無用」


 あっさり却下されて口をつぐむ。いや、今は邪魔しない方が助かるんだろうけど、ただ黙ってるのが一番の尽力だなんて情けない。それならモフ美を通してみのりの様子を見た方がマシかもしれない。でも俺、未だに、モフ美と感覚を共有するやり方がいまいちよくわからない。


 千絵子もさっき、『リオノスの神聖術が城内に発動』と言ってた。俺とモフ美だけに見えた流れ星のことを考えあわせると、あのとき、リオノスがアトレンを城の中に送り込んだのだろう。モフ美は見に行って、アトレンがそこにいるのを見つけて――俺を『移動』させるのに一番いい場所として、アトレンの近くを選んだ。


 賭は俺の勝ちだった。それも大勝利だ。

 でも喜ぶ気にはなれなかった。まだ何も終わってない。


 体を起こすとめまいがするので、横たわったまま状況を整理しようとしていると、アトレンがふうっとため息をついた。


「……なかなかしっぽを出さぬ。当然か」


 そしてローブのフードを頭からはずし、俺を見た。


「具合はどうでござるか。起きられそうでござるか」


 でてきたのは意外にも気遣う言葉だった。男のくせにお姫様よろしくさらわれてみのりをおびき出す餌にされるなんて恥ずかしくないのか割腹ものだ控えおろう、とか思われてんだろーなと思ってたのでかなり驚いた。


「……いやもう何ともないっすよ?」


 実際には体を起こすと目眩がするのだが、正直に言うと本格的に落ち込みそうなのでそう言ってみる。アトレンは目を細めた。笑ったのだろうか。


「意識を取り戻しただけでかなりのド根性でござるよ。その神聖力の弱さの分際で」

「……また分際って言いやがったな」

「その力の弱さの分際で、」わざわざ繰り返しやがった。「モフオンの死骸ふたつ抱えて脱出するなど、実際感嘆したでござる。フジサワクン、それがしの仕事はもはや半分済んだも同然でござるよ。みのりのことはご案じめさるな。みのりはバカではないし、腐っても神の子でござるゆえ」

「……」


 んなこと言ってもな。


 俺はまた城壁の方に意識を戻した。どごーん、どかーん、という音はまだ続いているから、みのりはまだ動けている、ようだ。


 でも。


 過去、千絵子との間になにがあったのか。俺はなにもわからないし、推測するしかできない。でも、千絵子はモフオンを使い魔にしては殺してその能力を自分のものにし、みのりはその効力を知っていながらそれが一度もできなかった。どっちの味方したいかは言うまでもないけど、どっちが精神的にも能力的にも『強い』かというのも、言うまでもないことだと思う。


 しかも今みのりが戦ってんのって、結構な割で俺のせいなわけだろ。その上俺はこんな場所でひっくり返ってるしかないわけで。


 アトレンが言った。


「フジサワクンのモフオンは無事でござるな」

「あー」俺は頭上を見上げた。「上に浮いてるよ。みのりの心配してる」

「それは重畳。大丈夫。リオノスの魔獣化に割けるモフオンの死骸は、現段階でひとつもないはずでござる――新たな呪術が施されていないと仮定しての話でござるが。フジサワクンがふたつ回収してきてくれたゆえ、この戦、もはや我が軍が勝利したも同然」

「……そうなの?」

「そうでござる」

「俺ちゃんとあのふたつ持ってたのか? 今どこにあんの」

「とうに燃やした。……一度手に入れた時にそうするべきでござった」


 アトレンは悔やむように言い、ちらりと脇の方に視線を投げた。そこに、確かに、こんもりした灰の山があった。風が吹いたらさらさら散って跡形もなくなるだろう。完全に細かな灰になっている。においももうない。あの無惨な姿を思い出させるものは、もうどこにもない。


 本当だと、思った。


 アトレンは以前あの死骸の大半を回収した。その後最後のひとつと、エノラス本人まで捕まえたのだ。それなのにエノラスはなぜか自由の身となっているし、アトレンが一度は確保した死骸の七つもすべてエスラディアにある。どうして逃げられたのかも不思議だが、それはさておくとして。


 何で燃やさなかったんだろう。とっておくメリットなんか、アトレンにあったのだろうか。

 燃やしていれば、今回のことはなにも起こらなかったのだ。エノラスが脱出したとしたって、千絵子を召喚することさえできなかったはずだ。


 アトレンはひとつため息をついた。


「……ミノリのことはフジサワクンが気に病むたぐいの話ではない。こたびのことの責はすべてそれがしにある。今は釈明をしている場合ではないゆえ、謝罪も説明もすべて次回に回させていただく。とにかく今はチエコを無力化してフジサワクンを異国に返すのが最優先でござる」


 変な言い方だ、と俺は思った。


「……そんなことできんの?」

「なんでミノリとリオノスがチエコを城壁に釘付けにする役目を買ってでたと?」

「なに? 千絵子がみのりをおびき出したんじゃなくて……」

「さよう、とにかくチエコが邪魔でござる。ウルスの子としての戦闘力は言うまでもないが、城の中にこもられて、寄ってきたモフオンと契約でもされたら際限がない。ミノリはそのための囮でござるな。その役目を引き受ける条件として、ミノリに、フジサワクンの迅速な帰還を約束した」

「……なんで」

「フジサワクンは神聖力が弱いゆえに抵抗力も弱い。今回はミノリと共に肉体を『変換』させてのトリップではなく、生身の召喚でござるゆえ、長引けば――先日話さなんだでござろうか、地球とテルミアでは存在の密度が違うという話を」


 あー、確かに。

 それがアトレンからだったかどうかは忘れたが、そんな話も聞いたような。

 俺がうなずくと、アトレンもうなずいた。


「ミノリのように、肉体をこちら仕様に変化させてのトリップであれば、こちらに滞在する期間にそれほどの問題はない。しかしこたびは違う。フジサワクンの肉体は地球にあったときと変わらぬ密度でこちらに存在している。すでに申したとおり、フジサワクンは神聖力が弱いゆえに抵抗力も弱い。魔方陣が無事でも、三日もいたら瀕死でござる」

「……そーなの」


 じゃあ千絵子は?

 俺はなんか、ぞっとした。


 ――エノラスはそれを知らないのだろうか?


「ゆえにいそいで帰還せねばならぬ。チエコも排除できる、一石二鳥でござる」

「あっちに返してやっかい払い……てわけか」


 呟くと。

 アトレンは一瞬、とても暗い目をした。凄みとでも言うのか――覚悟とでも言うのか。俺は身を起こし、目眩を振り払った。変な言い方、とさっき思ったことを思い出す。

 チエコを無力化してフジサワクンを帰還させる。

 アトレンはさっき、確かにそう言った。


「そう。それがミノリとの約定にござる」


 アトレンは何でもない口調で言い、また水晶玉に向き直ろうとする。俺はぐらぐらする頭を両手で押さえ、目を開けた。定まらない視界の中のアトレンを見据える。この王子様はすでに平常心を取り戻している。そういう決意を、今までに数知れないほどしてきたに違いない。


「みのりには、俺と千絵子をあっちに帰すって約束したんだよな? だからあいつ、あんな風に囮になって、あんたが自由に動けるようにがんばってるわけだよな」


 アトレンはあっさりうなずいた。


「さよう」

「そんなことできんの? どうやったら帰れんの」

「それを今捜しているところでござるよ……エノラスにとっても切り札ゆえに厳重に厳重に隠されていてなかなか見えぬ。闇の神聖術の最高峰ゆえ、地下に設えられていると思うのだが……」

「魔法陣?」

「え」アトレンはこちらを見た。

「魔法陣だろ? モフオンの死骸、五つも使った、血で描かれた――」

「知って――え! 知ってるでござるか!? 召喚されたときにも意識があったでござるかその神聖力の弱さの分際で!」


 また分際って言いやがった! 俺は顔をしかめた。深呼吸をして――目眩を何とか、押さえつける。が、「どこでござる!」アトレンが俺を揺すったのでまた目眩がぶり返す。情けねえにもほどがある。


「一個だけ、約束してくれ」俺はなんとか、アトレンの手をふりほどいた。「俺は魔方陣の文字も読めなかったし、神聖術なんてなんにも知らない。だから……あんたを信じるしかない。だから、約束してくれ。俺だけじゃなくて、千絵子も無事にあっちに帰すって」


 アトレンは一瞬口をつぐんだ。悔しそうな、苦しそうな、悲しそうな色がその端正な顔をちらちらと過ぎり、消えた。


「……フジサワクンはミノリよりよほど悪知恵が働くでござるな。それがし、ミノリにフジサワクンは帰すと確約したが、チエコについてははっきり言っておらぬ。なのにミノリはそれがしがチエコもあちらに帰すと信じて疑ってもおらぬ」


「……」


「だがそれはできぬ」アトレンは俺をまっすぐに見た。「それがしは少ないとは言え自らの領民を有する身分でござれば。以前チエコが我が領民になにをしたか、どのような苦しみを与えたか、そしてミノリをどれほど苦しめたか――ミノリがいくら許すと言っても、それがしには許せぬ。前回殺さずにあちらへ帰したのが最後の譲歩でござった」


「でも」


「今回見逃したらまた次回――」

「それはあんたがモフオンの死骸を残しておいたからだろ」


 敢えて言うと、アトレンはぎりっと歯を鳴らした。


「さよう、すべてそれがしの責。さればこそチエコを捨ておけぬ」

「モフオンの死骸がなきゃもうこっちに来られないだろ」

「ミノリと共にまた来るやも知れぬ。フジサワクン、異人は恐るべき存在でござる。神聖力の貧弱なフジサワクンでさえ、こたびの戦に多大な貢献をする。それが悪しき心を持つ強大な力の持ち主と来れば、絶対に見逃すわけにはまいらぬ」

「なら俺も魔方陣の場所教えらんねえよ」

「フジサワクン、急ぎ帰らねば貴公の命が危なくなると申したはず。貴公はいわばそれがしに命を質に取られている状態ではござらぬか。言いたくはないがそれがしが拒否すれば貴公は数日のうちにこの世界に身をむしばまれて死するのでござるよ。あまり駄々をこねるものではない。長引けばミノリが危ないと申したはず」

「あいつになんて言うんだよ! みのりに!」

「たとえミノリに憎まれても、恨まれても、嫌われても泣かれてもそれがしの決意は変えられぬ。なによりもはやチエコをとらえて記憶を封印することは不可能であろう。されば異国でチエコがミノリになにをするか」


 正論だ、と、頭のどこかでは納得していた。確かにアトレンの言うことは、全く正しかったのだ。千絵子は俺を殺すとはっきり言ったし、実際に牢に入れたし殺すつもりで追い回した。あんな力があり、結構エキセントリックであり、自分の力を強めるためにモフオンを殺し、アトレンにとっては仇敵であるエノラスの『寵姫』であり――なによりリオニアとエスラディアは戦争中なのだ。敵国の強力な兵士を殺すのは、当然のこと、だろう。


 だからこれは俺のわがままだということになる。

 千絵子とは別に親しくもなく、むしろはっきり嫌いだとこないだ思ったばかりだ。たぶんここでアトレンに押し切られ、千絵子が死ぬことになっても、俺は数ヶ月のうちに割り切って、彼女の存在を諦めるだろう。


 だけど千絵子が死んだらみのりが悲しむ。どころか自分のせいだって一生後悔し続けるだろう。それはもう、よくわかっている。


 みのりが泣くのは、想像するだけでなんか厭だ。同じクラスで頻繁に隣の席になるのに、能天気にバカ話して笑いあうなんて二度と出来なくなるじゃないか。


 俺はポケットに手を突っ込み、マーブルチョコを掴みだした。


「これ知ってる? マーブルチョコ。水色に透明な、メルヘンの世界を持つ菓子なのだ」


 なんか昔姉貴が読んでたマンガにそういうフレーズがあったっけ。とか思いながらふたを開け、中身をざらざらと手のひらに出した。


「一粒食えば元気百倍。超うまいよ。超。メロンパンよりうまいんだよ、これ」

「………………それがなにか」


 ぎこちない声でアトレンが言い、俺はそれを一粒食った。ぱりっとした歯ごたえと同時に広がるチョコレートの芳醇な、しかし郷愁をそそられるような安っぽい味が口の中に広がる。


「あー、うま。……お? 目眩が治った」


 言ってみて、それが真実に近いことに気づく。アトレンが微妙に俺の手のひらから視線を逸らしている。


「日本の甘いものってもしかして、神聖力の回復に有効だったりする?」

「……」


 アトレンは悔しそうに顔をしかめた。図星らしい。

 俺はもう一粒マーブルチョコを口に入れ、その効果を確かめた。うわあこれすげえ、てきめんとは言わないまでも、目眩は二粒ですっかり治った。俺は座りなおし、アトレンの方に身を乗り出した。


「魔法陣をさ、書き換えるわけだろ? それで俺を向こうに帰してくれるわけな? ありがとう。頼むよ、ホントマジで、助かるよ。だからさ、その魔方陣を、俺と千絵子両方帰れるように書いてくれさえすればさあ」


「わ、賄賂など無駄でござる」


 俺は手のひらのマーブルチョコを、元どおり筒の中に戻した。こぼれた粒は拾って口に入れる。甘い味と共に、体中に活力が戻ってくる。俺の口の中でマーブルチョコがぱりっとかみ砕かれるたびに、アトレンが身を震わせるのがおもしろい。


「いや賄賂じゃなくて、感謝の気持ち。な? 千絵子のことはさ――みのりのトリップの時には、俺がなんとかさ、千絵子が半径二百メートル以内に近寄らないように気をつけるよ。それから何とか改心させる。みのりにひどいこと言わせないようにするし、変な噂とか撒かないように、手を打つから」

「できるでござるか」

「できる」ごめん自信ないけど。「絶対できる。だからわざわざみのりの恨み買うことねーじゃん? おはぎ二度と持ってきてくれなくなるぜ。メロンパンも」

「……」

「俺も次回このマーブルチョコまた持ってきてやるし」

「だ、だめでござる」

「じゃあ生ケーキは?」


 アトレンが反応した。「ケーキ? 生の?」


「そう、生ケーキ。話には聞いた? 食ったことはないよな、日持ちしないもんなー。日本ではね、誕生日にはたいていケーキ食うんだよ。スポンジケーキっつーふわっふわの土台を半分に切って、間に生クリームと苺……苺ってのは甘酸っぱい赤い果物だよ。それたっぷり挟んで、スポンジにはしっとりふわふわになるように甘いシロップ吸わせとくんだ。で、表面を真っ白い生クリームで飾って、上に苺……だけじゃなくていろんな果物乗っけてさ。美味いんだぜ。食ったことないよな? 食いたい? 日持ちしねーからもってくんのはちょっと心配だけどさあ、離宮の厨房借りられれば、材料もってって作ってやるよ」


「つく――」アトレンは目を丸くした。「作る、と?」


「こないだのバナナケーキもさ、ほんとは俺が作ったんだ。あっちじゃ男の趣味が菓子づくりってちょっと体裁悪いから、みのりの前じゃ言いたくなかっただけで。俺甘いものすげー好きで、でも買って食うと金が飛んでくから、自分で作るようになったんだよね。みのりのおばーさんが、今度あのおはぎを目の前で作ってくれるっつってた。出来立ては格別なんだってさ。だからそれも、今度……」


「……」


「ショートケーキのほかにも、そーだな、チーズケーキっつーのもあってだな。こっちは日持ちすっからうちで焼いてってやるよ。あとなんだ、シュークリームとか……自分で言うのも何だけど、家族には評判いいよ、シュークリームも。たまごたっぷり使って作ったカスタードクリームと、ふわふわの生クリームを半分ずつ入れるんだ。仕上げに細かい雪みたいな粉砂糖をふりかけてだな。目の前で作ってやるんだから、粉砂糖だって好きなだけかけてやるよ? あ、粉砂糖ってわかるか? 真っ白なすっげ細かい雪みたいな砂糖。口に入れるとすっと溶ける」


「……っ」


「もし帰ってしばらくして、千絵子が死んだってことになってたら。ショートケーキとチーズケーキとシュークリーム、あんたの目の前で全部むさぼり食ってやるからな」

「……何という脅迫でござるか……」


 アトレンはため息をついた。


「それではそれがしが甘味の誘惑に負けて一国の責任者としての責務をないがしろにすることになるではござらぬか」

「大丈夫だって。千絵子はもう二度とテルミアには来ない。来させないから。そしたらあんたの政敵には、ちゃんと殺したって言っときゃいーじゃんか」

「……」

「ダヴェン王弟殿下の前では、俺もちゃんと演技しといてやるぜ? アトレンが俺の友人を見殺しにしたんだ、ってさ」

「……」


 アトレンは長々と俺をにらみ、ふう、とため息をついた。


「とにかく」言いながら俺の手からマーブルチョコの筒をすっと取り上げた。「魔法陣はどこにあるでござる」

「千絵子は――」

「フジサワクン。貴公はチエコのことをどれくらい知っているでござる」

「……さっきちょっと話ししたよ?」

「悪鬼のような女だと思わなんだでござるか。自らを信じ続けるミノリを裏切り苦しめ、それどころか、チエコを庇って大けがを負ったミノリを足蹴にして高笑った。ミノリは少なくとも二頭のモフオンが目の前で腐るところを見せつけられたでござる。なぜそこまで――異人にもあのような女がいるなど、信じたくなかった。

 それがどうでござる。ミノリばかりでなくフジサワクンまで、拉致され殺されかけたというのに、それでもあの女を庇うでござるか。異人は底抜けのお人好しか、血も涙もない残虐な悪鬼か、二種類しかいないでござるか! とっとと魔方陣の在処を吐け! チエコを庇って口をつぐんだあげく、戦闘が長引いてミノリが死んだらどうする!」


「あの塔の上だよ」


 指さすとアトレンは一瞬押し黙った。

 そして、俺をにらんだ。


「それがしはまだ、チエコを助けるとは明言してないでござるよ」

「ああ、いいよ。あんたの言い分の方が正しいんだろうってわかってるしさ。こうなった以上、幸運に期待するよ。あんたがうっかり魔方陣を書き間違えて、俺と一緒に千絵子もあっちに帰しちまうって幸運」

「そんなへまをするほど、それがし未熟ではないでござる」


 アトレンは言い捨て、ローブのフードをかぶって歩きだした。

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