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神の子の使い魔  作者: 天谷あきの
11/44

二度目の訪問(5)

   *


 それから少しして、昼食はお開きになった。


 アトレンは執務に戻ると言い、挨拶をして廊下を右に。みのりは部屋に戻ると言い、廊下を左に行くらしい。みのりは俺を見上げ、ちょっと照れくさそうに微笑んだ。


「藤沢君はどうする? せっかくだから、案内しよっか」

「おーサンキュ。ぜひお願いします」


 言うとみのりはなんだか嬉しそうに歩きだした。表向き、言葉が通じるのはみのりだけだし、出来れば頼みたいと思っていたところだったから、みのりの方から言い出してくれて、しかもそれを楽しんでくれるのならとてもありがたい。


 俺が隣に並ぶと、みのりは俺を見上げて目を細めた。


「藤沢君って、何着ても似合うんだね。写真撮れなくて残念」


 そりゃこっちの台詞ですよなに言ってるんですか。写真撮って学校で売ったらひと財産築けそうですよ。最低ですね俺。ごめん。


「写真? って、撮れねえの?」


 さも、そんなこと考えもしませんでした、という風を装って聞いてみる。みのりは頷いた。


「何度か試したけど、無理だったよ。正確に言えば、デジカメで写したら撮れるんだけど、向こうに帰ると消えてる。こっちでも、長い時間がたてば消えちゃうんじゃないかな。アトレンが言うには、たぶん、向こうに残してる抜け殻の現状と食い違うからじゃないかって」

「ぬ……抜け殻?」

「あ、うん、そうそう。あのね、あっちにはね、あたしたちの抜け殻が残ってるんだよ」


 は? なにそれ。悪い、ぜんぜん想像できない。俺はこめかみを押さえた。


「抜け殻、って? セミみたいな」

「うーん、どうだろう? 見たことはないからあたしもわかんないんだけど、おばあちゃんが言うには、あたしにそっくりの、でもすっかすかですごく軽い人形みたいなものが、その場に残るんだって。鞄とかその中の荷物とかも、全部残ってる。同じくすっかすかのものがね。あたしがこっちでおにぎりを食べると、あっちに残ってるおにぎりの抜け殻は、さらさらの粉みたいになって、その粉もどんどん崩れて消えちゃうんだって。こっちの現状と食い違うから、なんだろうね」


「……へ、へー……」


 なんと相づちを打っていいものかもわからない。みのりは苦笑した。


「だからおばあちゃんは、あたしのトリップ中、時々鞄を開けて中身を確かめるんだって。ちゃんと食事したかな、って気になるみたい。あたしカップ焼きそばが好きなの……家じゃ絶対食べさせてもらえないから、ついこの機会にって食べちゃうんだけど……毎回怒られる。またカップ焼きそば食べたでしょ! て。いーじゃん別に……」


 みのりが口をとがらせてぶつぶつ言い、俺は思わず笑ってしまった。


 でも、


「なんで抜け殻なんか残るんだろ」


 ちょっと不安になる。つーことは、俺の抜け殻も今、福田家にあるわけだよな。もし万が一、福田家に悪意ある誰かが忍び込んで、何だこの人形ーとかって俺の抜け殻を壊したら、俺どうなるんだろう。帰れなくなるんだろうか。

 みのりは頷いた。


「必要だからみたいだよ。あのね、テルミアと地球では、存在の密度が違うんだって」

「密度?」

「全く別の次元にある世界だから、気圧とか、元素の組成とかも違うのかも知れないよね。こっちのお菓子って、悪いけど、微妙でしょう……? あれね、砂糖の後味が悪いみたいなの」

「砂糖の? そりゃお気の毒……」

「うん、それはね、お母さんのせいなんだけどね」

「……なんでまた」

「お母さんがいくつもおいしいお菓子を持ってきて、みんなに食べさせちゃったから。こっちでも作れないかって話になったらしいのね。お母さんにはお菓子のレシピや材料についての情報を伝えることはできたけど、こっちで必要な量の材料を持ってくることは無理だったの。自腹で買える量なんてたかが知れてるし、そもそもお母さんが帰るときには、持ってきたものも一緒に消えちゃう。それで、こっちで似た味のものを捜そうって話になって、今も捜してる。小麦粉とかベーキングパウダーとかは、こっちで使ってたものが代用できたんだけど、砂糖はね……一番似てたのが今使ってるもの。後味のえぐみがどう頑張っても抜けなくてね」

「……ふーん」

「それだけ植物の組成が違うみたい」

「んー」俺は首を傾げる。「……俺が甘味好きだからなのかもしんないけどさ。五百年もの歴史があって、料理の方はあんなにうまいのに……もうちょっとマシな甘味とか、ありそうなもんだけど」

「うん。それはここが離宮……王族の住む城だから。そしてさっきのが藤沢君をもてなすための、正餐だったから」

「ふーん……?」

「リオニアの上流階級では、地球の……というか、あたしたちの、故郷の真似するのが一番洗練されてるという認識なの」

「……そーなの?」

「うん、リオニア上流階級以外の人たちは、もちろん日本のものとは全然違うけど、ちゃんとおいしいもの食べてるんだよ。ここからちょっと離れた国に、ウェルルシアっていう、歴代女王様が治める国があるんだけど。そこのお菓子はすごいよ。口に入れると瞼の裏に、きらきらって光が舞うの」

「……すげえな」


 それは是非食ってみたい。洗練とかどうでもいいから、もてなすんならそういうのを振る舞ってくれればいいのに。


「リオニアはね、ちょっと特殊な国なの」


 そう言ってみのりは、不思議な色をした笑みを浮かべた。

 自嘲するような、苦笑するような。そんな笑みだった。


「……光の国、だからね。ウェルルシアは闇の民もその中に包み込む、謎に満ちた美しい国。女王も国民もとても聡明で、文化的で、強くて……侮っていい国じゃない、はずなのに。ただ闇を受け入れていると言うだけで、格下だと見なすの。侮蔑する。……アトレンは違うよ? 王様も違う。陛下はとても素晴らしい方、だけど……リオニア上流階級の方たちの、全体的な認識としては、ウェルルシアは蔑むべき国なの。ううん、ウェルルシアだけじゃない。リュトリザも、ウェトシーも……リオニアで尊重されるのは、リオニアだけ。本当に、視野が狭い。固執、とアトレンは言う。自らの優位が揺らぐことなどこれっぽっちも考えない、五百年の間に驕ることばかり育ててしまったんだって、自分の仲間なのに辛辣なの」


「……」


「……だから、ウェルルシアの菓子を、闇を含んだ菓子を、この国のもてなしで使えと、料理長に命じるのは、残酷なことなの」

「……ふーん。ややこしいんだな」


 軽く、言ってしまった。いやだって、ウェルルシアがどーのとか言われても、俺行ったことも見たこともないし。これってあれだよな? 光の民ばかり住むリオニアが他の国を見下すってことは、光の民によって闇の民の差別が行われてるって、そういうことだよな? 根が深そうな問題だけど、正直、実感なんてぜんぜん持てない。


 みのりはその軽さに、救われたような、ホッとしたような顔をする。


「ごめん、愚痴っちゃったね。話がずれちゃったし。……えと、抜け殻がなぜ残るかの話だったよね? 生身の状態では、あたしたちはこっちに来ると即死するらしいの」


 そりゃまた突然、衝撃的な話だな。


「即死と来たか……」

「だからトリップするときに、こっちの世界に合った体に変換されるらしいのね。で、いらなくなった残りかすを向こうに残してきてる。帰るときは、たぶん、その残りかすのあるところに戻るんだよ。残りかすとのつながりを手がかりにして」

「逆は? こっちの人間があっちに行くと、どうなるんだろう」

「やっぱり……」

「即死?」

「たぶん」


 俺はやれやれと首を振った。くわばらくわばら。



 みのりの案内で、離宮内を見て回った。離宮はとても大きく、広く、清潔で綺麗で、人の手と注意が行き届いている居心地の良さを湛えた建物だった。行き交う人々も皆穏やかで、とても親切だった。主であるアトレンは、やはり名君なのだろう。みんなが自分の仕事に誇りを持ち、やりがいを持って動き回っている、そんな気配がする。


 モフ美はやはりそういうことに全く興味がないらしく、俺の頭の上でずっと寝ていた。


「すっげ、いいところだなあ」


 色とりどりの花が咲き乱れる中庭で、俺はそう言った。みのりは嬉しそうに、うん、と頷く。


「とってもいいところだよね。豊かで、綺麗で、穏やか、で……」


 みのりの表情に、また、悲しそうな陰が宿った。

 長いまつげが伏せられた。俺には、みのりがここではない別のどこかを見ているような気がした。後ろめたさのような……罪悪感に近いようなものが、口元に漂ったような、気がする。この色はさっきも見た、と思った。上流階級の驕りや視野の狭さについての話の時に。


 闇の民への差別に思いを馳せたのだろうか? でもそれは、みのりのせいじゃないだろうに。


「……どした」


 声をかけると、みのりは一瞬ふるえた。


 それから、うつむいた。


「ごめん、……なんでもない」

「こんなにいいとこなのに」

「ん?」

「……なんで、いつもは聖山を下りないんだ?」


 アトレンが、初めの時、言っていたのをモフ美が教えてくれた。みのりも一緒に離宮に来たらどうか。その言い方だと、いつもは下りないような感じを受ける。それに、あの荷物。この離宮に毎回来ているのなら、毎回迎えが来てここにつれてきてもらえる保証があるのなら、あんな食料、用意する必要なんかない。ということはつまり、みのりは普段は、聖山を下りないんじゃないだろうか。今ここにいるのも、俺がついてきてるからで。つまり、俺にまであんなキャンプみたいな不自由を味わわせないため、で。


 俺が一緒について来ることで、みのりが来たくもないここに来なければならないのだとしたら、それは困る。


 みのりは顔を上げた。ここではない別のどこかに馳せていた思いが、俺の言葉で急に現実に引き戻されたかのようだった。みのりは何か言いかけ、ためらった。それからもう一度口を開きかけ、またためらう。


「あんだよ、早く言えよ」


 せかすとみのりは、苦笑した。


「藤沢君って容赦ないよね。……だってモフオンが好きなんだもん。わかるでしょ。モフオンが一番集まりやすいのはあの聖山なんだもん」

「建前はいーから本音を吐け」


 促すとみのりは苦笑を深めた。


「ほんとに容赦ないよ藤沢君……」


 みのりはこの離宮をとても居心地のいい場所だと感じている、と俺は思った。それは、くまなく案内してくれた時の、嬉しそうな様子を見ればよくわかる。この離宮で働く人たちも、みのりにとても優しかったし、町の人たちのような歓呼と崇拝の念を浴びせるなんて真似もしなかった。


 なのに、なぜだろう。

 みのりは迷ってから、ようやく口を開いた。


「あんまり頻繁にくると、追いかけてくる人がいるから」

「追いかけてくる……人?」

「聖山なら、アトレンの許可なく入った人は誰であれ罰せられることになっているから、大丈夫なんだけどね。この離宮だと、表向き訪問を拒む理由がないから」


 言ってみのりは、心底嫌そうな顔をした。

 思い出しただけなのに、寒気を感じたようにぶるっと震えた。


「今回のトリップがどれくらいで終わるのか、エノラスの騒ぎで忙しくって、まだ確認できていないんだって。だから、まだ数日はここにいることになるかも……だから、一応警告するね。藤沢君、あたしたちはここでは異人って呼ばれるの。でね、異人は、なんて言うか……あ、さっきも言ったよね。ステータスな存在なの。上流階級の人たちが、えぐい味を我慢してでも、その文化を真似したがるくらいには」

「はあ」

「だから、いろんな人がお近づきになりたがるんだよ……藤沢君もずっとここにいたら、」


 言いかけて、彼女は何かに気づいたように顔を上げた。


「……そうだよ。藤沢君のこと……もし……もし知られてたら……そうだよ、ダヴェン王弟殿下には、年頃の姫君が三人いる」

「……はい?」

「いやとにかく、えーとね。あたしたちは、ここでは、王子様とかお姫様とか、そういう人たちに匹敵する身分になるわけ。初代国王が日本人でしょ? その血筋だと見なされる。ちいちゃんがそうだったんだから、藤沢君もそうなる」

「……ほう」

「だから藤沢君がここにいることがばれたら、国中の身分ある令嬢たちが、藤沢君と結婚したくて詰めかけるってことも、起こりうる」


 まさかあ。

 と言おうとして、みのりの瞳が真剣そのものであることに気づく。

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