金縛りの横断歩道(3)
次話は三人進行の怪談になる予定です。
その車が迫って来た瞬間、源吾郎のとった行動は素早かった。
源吾郎は、迫りくる車の前に出て生徒2人を守れるような立ち位置に移動した。
源吾郎が移動した瞬間に、女子生徒の方も小柄な男子生徒を迫り来る車から庇うように抱き着いていたのを横目に見たが、果たしてその行為に意味があるかどうかは分からない。
例え女子生徒の行為が無駄であったとしても、源吾郎も自分が生徒たちを守らなければならないという思いがあった。
それと同時に昔自分が辛く当たってしまった幼馴染に対する贖罪でもあったのかもしれない。
源吾郎の脳裏に走馬灯がよぎり、迫り来る車を前にして静かに目を閉じたのだった。
……。
…。
だがそこへ、車のクラクションの音が学校の周辺に響き渡った。
その音に3人は目を開き、改めて周囲を見回した。
そこで3人は改めて驚くことになった。
先程3人に激突しそうになっていた車が、源吾郎と触れるか触れないかの距離でまるで地面に縫い付けられたかのように停止していた。
それは、あたかも車自体が金縛りにあったかのようだった。
通常、走っている車が急ブレーキを掛けた場合、ブレーキが掛かってから停車するまでにタイムラグが発生する。
だが、目の前の車は直前まで猛スピードで3人に突っ込んで来たはずである。
どうやら運転手側もその事実に気付いたらしく、立ったまま動かない3人に向けてクラクションを鳴らしたのだった。
「一体何が起こったんだ…?」
そんな呟きが聞こえた。だが、この場にいた者が全員抱いた疑問であった。
しかしその問いに答えることの出来る者は誰もいなかった。
「あの…警備員さんの足下にある”ソレ”って誰のですか?」
そんな雰囲気の中、冬亜だけが先程までは無かったものの存在に気付いたのだった。
源吾郎は冬亜の言葉を受けて、自分の足元にあった”ソレ”を見ると同時に目を大きく見開いた。
「何故これがここに落ちているんじゃ…!?」
源吾郎は地面に落ちていたそれを拾い上げて、思わず驚きの声を上げるのだった。
“ソレ”は古びた布で作られた赤い御守りだった。
御守りの表面には、交通安全の文字が刺繍されており、装飾自体もごくありふれたものであった。
「もしや…そういうことじゃったのか?!」
そう言って源吾郎は自分の制服のポケットからその御守り以上に古びた青い御守りを取り出したのだった。
「オッサン、何1人で納得してるんだよ?」
流石に事態が呑み込めない様子の晶は、源吾郎にそう尋ねるのだった。
「いやな…あまりにもあり得ないことじゃとは思うことじゃったからの…」
そして、源吾郎はその真相を語り始めた…。
源吾郎が持っていた青い御守りは、幼馴染の両親が形見分けの際に源吾郎へと渡されたものだった。
その御守りは、元々は源吾郎が幼い頃に幼馴染と近所の神社で貰ったもので、源吾郎は青、幼馴染は赤の御守りを大切に持っていた。
しかし源吾郎が中学生の頃、幼馴染の両親がこの町から遠くに引っ越ししそうになった際に、源吾郎とその幼馴染とでお互いに思い出の品である御守りを交換したのだった。
結局、幼馴染の両親が家を引っ越す件は白紙になったのだが、それ以降お互いが交換した御守りは2人の宝物になっていたのだった。
つまり、2人にとってその御守りは何よりも大切なものであった。だが、幼馴染が事故にあった日に源吾郎が学校に忘れてしまった大切な御守りは無くなってしまっていた。まるで亡くなった幼馴染が、その御守りを他の誰にも渡したくないかのように学校から持ち去ってしまったかのように…。
それでいて、自分のように交通事故で亡くなる者を無くそうと世話を焼いていたのではないかと…。
下らない荒唐無稽な話だと切って捨てるのは簡単だった。だが、もしかしたら真相はその荒唐無稽な話のままなのではないだろうか。
事実、櫂耀高校周辺では猛スピードで走る車は出没しても、一度として人が怪我をするような交通事故が発生することは無かったのだった。
もしかしたら、過去にも今回と似たようなことが起きていたのかもしれない。今回はその幼馴染の源吾郎も事故に関わっていたため、数十年越しに大切なものの返却も行ったのかもしれない。
あるいは、やんちゃな幼馴染へ自分の存在をアピールするために世話焼き好きな少女の霊がしたイタズラだったのかもしれない…。
真相はどうであれ、話し終えた後の源吾郎の顔は晴れ晴れとしていた。
それはまるで、昔から引きずっていた悲しみを受け入れて、前に進もうとする者の顔だった。
結局、今回の車との衝突未遂事件は運転手の前方不注意が原因ということで片付き、衝突直前で起きた不可解な出来事の真相は誰も触れようとはしなかった。
しかし、今回の車との衝突未遂に終わった事件が決め手となり、櫂耀高校周辺の道路の整備が本格的に行われることになったようだ。
また、整備が終わるまでの間、放課後の校門周辺では地元の有志による交通パトロールが行われるようになるのだった。
そして、今回の事件についての聴取を終えた2人は、それぞれの家に帰るために暗い夜道を歩いていた。
「そういえば、とあちゃん。結局、俺が朝の校門前で動けなくなったのって何が原因だったんだ?仮にあのオッサンの幼馴染の仕業だってんなら、何でそんなことしたんだ?」
晶はそもそも今回の調査を行おうとするに至った、朝起きた出来事を冬亜に質問するのだった。
「あのね…僕の推測なんだけど、もしかしたら晶ちゃんの走るスピードが速すぎて路上を走る車と間違えられたんじゃないのかなって…?」
自信がなさそうに冬亜はそう答えるのだった。
「なっ…!?そんな理由で俺はあんな目に遭ったのかよーーーーー!!?」
そして、晶の叫びが夜の住宅街に響き渡ったのだった。
~第日夜:金縛りの横断歩道…Fin~
冬「そういえば晶ちゃん...」
晶「ん?どうしたとあちゃん?」
冬「車が迫って来た時に助けようとしてくれてありがとうね!」
晶「うん?美少女を助けるのは当たり前だろ?」
冬「だから僕は男の子だよ!」
晶「そうだな、乙娘の子だな!」
冬「うう...絶対分かってない...」