金縛りの横断歩道(2)
***
あれは、ワシがお前たちと同じくらいの年齢の時じゃったかの。
当時のワシは結構やんちゃをしていたんじゃが、そんなワシの世話を焼くのが好きな幼馴染がおったんじゃ。
笑顔が素敵な幼馴染で、お互いの誕生日にプレゼントを渡す位は仲が良かったの。
その幼馴染は、いつも校則や交通ルールを守らないワシのことを叱っていたんじゃが、いつも一緒に仲良く登下校しておったんじゃ。
…何?こんなに皺くちゃのオッサンと仲良くする女性がいるわけがないじゃと?
バカモン!昔のワシはそっちの坊主みたいな美少年だったぞ!
…おい坊主、なんでこの世のあらゆる絶望を見たような顔をしているんじゃ!?失礼な奴らじゃの!
…たくっ、その子は昔から何かとワシと一緒に行動しておったんじゃが、ある日事件が起きたんじゃ。
その日、ワシは体調を崩してしまって学校を休んでいたんじゃが、前日に学校にある忘れ物をしていての。その忘れ物が気になって、その日は心に余裕が無い状態じゃったんじゃ。
だからじゃろうか、放課後にワシを心配して家にお見舞いに来てくれた幼馴染に冷たく当たってしまったんじゃよ。
幼馴染に向かって「お前よりも学校に置いてきた忘れ物の方が大事」じゃとな…。
今でも無神経過ぎる発言じゃと後悔しておる。
ワシのその言葉を聞いた幼馴染は泣いて家を出て行ってしまったんじゃ。
翌日の朝、体調が回復し学校に登校出来るようになったワシは、前日のことを幼馴染に謝りたくてその子の家にいつものように迎えに行ったんじゃ。
だが、そこで幼馴染の両親から、その幼馴染がついさっき息を引き取ったという知らせを聞かされたのじゃ。
その幼馴染がワシの家を出た後に、交通事故に巻き込まれて命を落としたそうじゃ。
どうやら学校の近くの横断歩道で、信号無視をした車にぶつかられたそうじゃ。
おかしな話じゃな。
何でワシの家を訪ねた後にわざわざ放課後の学校なんぞに行ったのかのう…。
***
源吾郎は、幼馴染が学校に向かった理由に気付いていながらも自ら語ることは無かった…。
そして、源吾郎の話を聞き終えた2人はそのことについて、それ以上言及することが出来なかった。
それでも、その幼馴染との思い出を片時も忘れたことはないのだと容易に想像が出来た。
「あの…警備員さん。警備員さんが学校に忘れたものって何だったのですか?」
冬亜は源吾郎が大事にしていた忘れ物を聞かなければならないと思い、おそるおそるといった具合で尋ねるのだった。
「……その幼馴染からもらった御守りじゃよ」
「…御守りですか?」
「ああ、皮肉なものじゃ。その御守りを忘れた次の日にあの子は交通事故に遭い、その後その御守りも無くなっていたのじゃ…」
「無くなっていたのですか?」
「ああ、そうじゃよ…学校に置き忘れてしまっていたはずなのにな…」
源吾郎のその表情は愁いを帯びたものであった。
「随分長々と話してしまったようじゃの…お前たちも早く家に帰るんじゃぞ?」
源吾郎のその言葉に2人は反論を返すことが出来なかった。
そして、今日はこれ以上調べられることが無いと考えた2人はおとなしく家に帰ろうとするのだった。
だが、2人が家に帰ろうとした直後、源吾郎を含む3人の背後から激しく唸るエンジン音が聞こえてきた。
それは、道路を猛スピードで走る黒い車だった。
櫂耀高校近くの道路は、生徒の安全を守るために制限速度が厳格に定められている。
だが、生徒の往来が少なくなる放課後になると、時々猛スピードで道路を走る輩が現れる。
警察も取り締まりをしているのだが、懲りずにこの道路を走る輩は後を絶たないそうだ。
そして、3人の背後から迫って来る車は少し前からふらふらと蛇行運転を繰り返していた。
どうやらその車を運転している男は、先程まで居眠り運転をしていたようだ。
そして、3人がいる近くまで来たところで目が覚め、慌てて急ブレーキを掛けようとした。
だが、その男は間違えてアクセルを深く踏み込んでしまったようだ。
男の乗った黒い車は歩道にいた3人に迫る。
その日の放課後、車のクラクションの音が学校の周囲に響き渡るのだった。
~第日夜:金縛りの横断歩道…continue~