エピローグ
"死神さん"との邂逅を経て……
"死神さん"との邂逅から数時間が経ち、空は完全に夜を迎え、暗闇が辺り一面を覆っていた。
暗闇を退ける様に街灯の明かりが夜道を照らす中、晶と冬亜の2人は仲良く共に歩いていた。
「おっ!?やっと、櫂耀高校近くまで戻って来れたみたいだぞ、とあちゃん!」
興奮した様子の晶は、自分達が住む街まで戻って来れたことを嬉しそうに隣を歩く冬亜に話す。
「そうだね、晶ちゃん…」
晶の言葉に対して、弱々しい声で冬亜は答えた。
現在の冬亜は、先程まで"死神さん"と対峙していた時の格好のままのため、全身を隠すことが出来る程の外套を身体に纏い、折れた大鎌は丁寧に布で巻かれているため、一見するとハロウィンの仮装に乗り遅れてしまったカップルの様にも見えた。
高校生が真夜中に2人で夜道を歩いているにも関わらず、補導されることがなかったのは2人にとって幸いだった。
「どうしたんだ、とあちゃん?元気がないぜ?」
元気のない様子の冬亜を心配して、晶が声を掛けてきた。
「ありがとう、晶ちゃん…」
晶が自分を心配していることに気付いた冬亜は晶に微笑みかける。
そして、今度こそ晶に隠し事はしないことを誓った冬亜は自分の抱いている不安を話し始めた。
「あのね、晶ちゃん……"死神さん"のことなんだけれど、あのままにして帰って来たけれど、本当にあれで良かったのかなって、心配になったんだ…」
冬亜の抱いていた不安は"死神さん"の処遇についてだった。
以前に神社で襲われた時とは違い、今回は何故かその場で急に動かなくなった"死神さん"だったが、もしかしたら今後も自分や晶の身に危険が及ぶかもしれないことを冬亜は心配していた。
自分の持つ得物ならば"死神さん"の大鎌を防ぐことは出来るが、晶には"死神さん"の攻撃を防ぐ術は相変わらずないままだった。
もしも、晶が自分と別行動を取ることになった際に"死神さん"が晶の前に現れれば、今度こそ晶の命が危ないのではないだろうか、冬亜はその不安を拭い去る事出来ずにいたままだった。
そんな冬亜の不安を知ってか知らずか、晶は暢気な声で冬亜の質問に答える。
「あー……まあ、特に根拠はないけど大丈夫だと俺は思うぜ?」
晶のその言葉には一切の不安が感じられず、それでいて自信に満ち溢れていた。
「晶ちゃん、どうしてそんなに自信満々に答えられるの?」
晶の回答を聞いた冬亜は、何故晶が自信を持って答えたのか気になったようだ。
「それはな、とあちゃん……」
「えっ!?どうしたの晶ちゃん!!?」
冬亜から質問を受けた晶は、笑みを浮かべながらも冬亜の肩に手を回し、そのまま冬亜の身体ごと自分の方へと抱き寄せて来た。
晶の突然の行動に、冬亜は驚きながらも顔を真っ赤にさせることしか出来なかった。
「だってよ? 仮にまた"死神さん"が襲ってきても、俺ととあちゃんがいれば何だって乗り越えられると思わないか?」
晶はそう言って、亜を抱きしめながらも彼の髪を撫でるのだった。
冬亜の艶のある黒髪は絹の様にさらさらとした触り心地をしており、晶はその感触を心行くまで堪能し続けていた。
「で…でもね、晶ちゃん。 いつも、必ず一緒に居られるとは限らないんじゃないかな…?」
晶に髪を撫でられて、照れた様子の冬亜はおずおずと晶に尋ねるのだった。
冬亜からの質問に冬亜の髪を撫でるのことを止めた晶は、なおも抱きしめている冬亜の顔を見ながら、少しだけ悲しそうな目をしながら聞き返す。
「う~ん……じゃあさ、とあちゃん…。 思い切って聞くけどよ、俺の事は嫌いか?」
「そんなことないよ、晶ちゃん! 晶ちゃんにこれまで振り回されたこともあったし、困らせられたこともあったけど、僕が晶ちゃんのことを嫌いになったことも、晶ちゃんに抱いているこの温かい気持ちが無くなったこともないよ!! 今もこれまでも、それにこれからも晶ちゃんのことは………その…大好きだよ…」
唐突に自分のことが嫌いかどうか尋ねた晶に対して、冬亜は迷うことなく即答した。
最後の方では顔を真っ赤にしながらも、冬亜は自分の気持ちを隠すことなく正直に話す。
それは、今度こそ彼女に対して隠し事をしないという冬亜の決意だったのかもしれない。
ともあれ、冬亜の言葉を聞いた晶は満足した様な笑みを浮かべた。
「俺も好きだぜとあちゃん! それにさ…仮に一緒に居られない時があったとしても、とあちゃんにまた必ず会えるのが分かっているだけで、俺はとあちゃんをいつまでも待ち続けられるし、諦めることも挫けることもなくなるってもんだ!」
そう言って晶は、冬亜の絹の様に滑らかな黒髪を再び撫で始めた。
「そうか……そうだね、晶ちゃん! 僕もどんなに晶ちゃんと離れることになっても絶対に晶ちゃんを守るために駆け付けるよ!」
晶からの言葉を受けて、冬亜は意気込んだ。
「いや……そうじゃないんだ、とあちゃん」
意気込みを告げた冬亜の言葉を遮った晶の顔は真剣そのものだった。
先程までの元気さが嘘の様に、弱々しさが漂っていた。
冬亜を抱きしめている手にやや力が入りながらも晶は言葉を続けた。
「とあちゃん……俺はな、とあちゃんに守られるだけのままなのは我慢出来ないんだ。 あの時、俺を守ろうとしてくれたとあちゃんは凄くカッコ良かったし、頼もしかったぜ。 でもな、俺が守られてばかりでとあちゃんがこの先も傷付いてしまうかもしれないのが俺には不安なんだ…。 だから今度は守られるだけでなくて、一緒に立ち向かうことが出来る様になりたいんだ! 胸を張ってとあちゃんと一緒に居れる様に……!」
晶は自分が何も出来ずにひたすら逃げ回ることしか出来なかったこと悔しく思っていた。
冬亜から守られるだけの存在ではなく、冬亜と共に歩み続けることの出来る様になりたいと願うようになった。
だからこそ、先程までは気丈に振る舞っていたのだった。
「晶ちゃん……」
晶の心からの叫びを聞いた冬亜は、それ以上は言葉を掛ける事なく、晶のことを抱き返すのだった。
それからしばらくの間、晶は冬亜に対する思いや自分の気持ちを正直に話し続けた。
冬亜は晶の言葉に相槌を打ちながらも、抱きしめることを止めることはなかった…。
………。
……。
…。
そして、話を終えた晶は憑き物が落ちた様な清々しい顔をしていた。
「その……ありがとな…とあちゃん、色々と話を聞いてくれてよ?」
「ううん、気にしないで晶ちゃん! それに、いつもと違って僕の方が晶ちゃんを慰めることが出来たことが新鮮な経験な様な気がするしね」
「なっ!? は、恥ずかしいからさっきのことは忘れてくれよ、とあちゃん!!」
「ふふっ、どうしようかな~?」
顔を真っ赤にさせた晶をからかう様に、冬亜は悪戯っ子の様な笑みを浮かべる。
いつもとは逆の展開に2人はいつの間にか、お互いに笑い合っていた。
しばらくの間他愛もない話を続ける2人であったが、お互いに家へと帰るための分かれ道に近付くにつれて、自然と歩みが遅くなっていた。
出来る事ならばこのまま、いつまでも一緒に居たいという気持ちがあった。
それぞれが自分たちの家に帰るだけのはずなのに、離れることに寂しさを感じていた。
今回の様に急にいなくなってしまうことがないと理解はしていても、その気持ちを抑えることは出来なかった。
翌日になれば、また高校で会うことが出来るのだと分かっていても、1分1秒でもなるべく多くの時間を共に過ごしていたいという気持ちがあった。
お互いに好きだからこそ、共に居たいと思える存在だからこそ、口には出さなくてもお互いに分かっていた。
だが、その思いも空しく、お互いの家に帰るための分かれ道にまで来てしまった。
もう間もなく最終電車が出発しようとしている駅近く、踏切がカンカンと警報音を鳴らし始めた。
「それじゃあ、また明日な…とあちゃん」
「うん…また明日会おうね、晶ちゃん」
明日また絶対に学校で会うことを約束し、2人はその場で帰りの挨拶をした。
「あっ……晶ちゃん!!」
そして、晶が最終電車が過ぎさり、踏切の警報音が鳴り終わるのを踏切の近くで待とうとした時、冬亜は大きな声で晶の名前を呼んだ。
「ん? どうしたんだ、とあちゃん?」
何か帰り際に言い残したことがあったのか気になった晶は、冬亜の声に耳を向ける。
最初、晶に声を掛けた冬亜は顔を赤らめながら、何かを言おうと必死に言葉を考えていた。
だが、気持ちが空回りしているのか、次の言葉が中々出てこなかった。
しかし、このままでは何も言えないと思い至ったのか、何かを決意した様にゆっくりと一呼吸する。
どうやら、頭に思い浮かんだ言葉をそのまま伝えることにしたようだった。
「晶ちゃん…今まで、ちゃんと僕の口から言ったことがなかったから…改めて言うね…」
「何だとあちゃん…? 何か俺まで緊張するな……」
冬亜の真面目な雰囲気に緊張したのか、晶まで真剣に耳を傾けていた。
「僕……火影冬亜は、九曜晶が健やかなるときも病めるときも、嬉しいときも辛いときも、富めるときも貧しいときも、彼女を支え、彼女を助け、彼女の隣を歩み、この命が続く限りいつまでも彼女のことを愛し続けることを誓います…だから、晶ちゃんが良ければ僕と…け、結婚を前提に…」
ガタンダダンッガタンダダンッガタンダダンッ……。
その時、最終電車が踏切を猛スピードで横切って行った。
最終電車の通過音は、ちょうど冬亜の一世一代の告白を遮るかの様に澄み渡った夜空に響き渡った。
「………ッ!!」
精一杯の言葉を晶に告げようとした直後、突然の出来事によって邪魔をされた冬亜は、若干涙目になりかけていた。
そんな冬亜の様子を晶は苦笑いをしながらも、冬亜に告げるべき言葉を言うために口を開く。
「喜んで!こちらこそよろしくな、とあちゃん!!」
そう言って晶は冬亜に抱き着いてきた。
電車の騒音が響く中、どうやら晶には冬亜の告白が最後まで聞こえていた様だった。
「あのっ、晶ちゃん……これからも末永く宜しくお願いします!」
晶からの返事を貰った冬亜は、そう言って花の咲くような可憐な笑顔を浮かべるのだった。
「よっしゃ! こうなったら、明日にでも会長さんやムッツリ委員長、魔女先生にでもとあちゃんから告白されたことを自慢しなくちゃな!」
冬亜からの告白を受けてテンションが上がった晶は、そのまま足早に自宅へと走って行ってしまった。
「待って、晶ちゃん!? 流石にいきなり話すにはまだ心の準備が……って、そのまま走って家に帰らないでーーーー!!?」
そして、その場に取り残された冬亜は晶を必死に止めようとするも、既に姿の見えなくなってしまった晶にその声は届かず、冬亜の声だけが空しく街中に木霊するのだった…。
かくして、"死神さん"の噂が発端となって始まった冬亜と晶に起きた事件はとりあえずの収束を迎えるのだった。
しかし、これから先も晶と冬亜、千紅や洋太といった彼らの周りの者たちが怪談や不思議な出来事に巻き込まれたり、目撃したりすることが起きるだろう。
それに、陽炎以外の死神たちが今後、冬亜と晶の前に立ちはだかることもあるかもしれない。
だが、どんな困難に直面しようとも彼らは諦めることなく前に進むだろう。
例え彼らが高校を卒業しようとも、彼らが放課後に怪談の謎を解明するために歩いた経験や思い出が消えることのないように…。
人が噂をするのをやめない限り…好奇心を抑えられない限り…怪談の裏に隠された真実を知ることを止めない限り…いつまでも……いつまでも…。
一先ず、彼ら彼女らの物語はこれからはここで一区切りとなる…。
次の日には、また新たな怪談に彼らは巻き込まれるのかも知れないが…。
もしかしたら近い将来、アナタの住むに街にある噂や怪談を聞きつけて、彼らがやって来る日があるかもしれない……。
もしも、男女のカップルが普段は人が立ち寄らない様な場所にいたとすれば、それは彼らがアナタの住む街に来たという可能性もあるだろう…。
あるいは、アナタが怪談に巻き込まれた当事者として彼らに会うという可能性もあるだろうが……。
どちらにせよ、彼らの物語はこれからも多くの出会いや困難、分かれや再会が待ち受けていることは間違いないだろう……。
~第朝夜:死神から彼へと続く物語…Fin~
~Secret Episode~
とある町にある人通りの少ない一軒家。
近くに海のあるこの町では、海産物を利用した特産品の数々が有名な町であり、多くの観光客が毎年訪れている。
そんな町に1組の夫婦と2人の子供からなる4人家族が仲睦まじく過ごしていた。
子供は1歳違いの2人姉弟で、気の強そうな顔立ちにしっとりとした黒髪と青い目が特徴の姉の名前は『紅音』と言い、紅音に懐いている様子の背が低く茶髪と黒い瞳が特徴の弟は『戸希』という名前だった。
そんな子供たちを、夫婦は微笑ましそうな表情で見つめている。
母親の方は薄く化粧をしており、モデルの様にすらりと整った体型は傍から見ると大学生の様にも見え、とても2人の子供がいる様な年齢には見えなかった。
肩まで掛かる茶髪はポニーテールにして纏めており、清楚さと活発さを兼ね備えた女性であった。
父親の方は母親よりもやや背が低く、人形の様に綺麗で中性的な見た目と相まって女性の様にも見える。
もしも彼が女性物の服を着ていたら、世の男性のほぼ全員が彼のことを女性と間違う様な可憐な容姿をしていた。
だが、楽しく騒ぐ子供たちを見つめる瞳はまさしく父性を宿しており、綺麗に切り揃えた黒髪は絹の様に滑らかで、彼の瞳は泉の様に青く澄んでいた。
やがて、子供たちは自分たちのことを見つめている両親の存在に気付いた様で、一緒に声を上げる。
「「あっ、美女とお母さんだ!」」
「いやっちょっと待って!? 紅音も戸希も、今お父さんの部分だけ何かおかしくなかったかな!?」
そう言って父親が、鈴の様に透き通った綺麗な声でツッコミを入れていた。
どうやら、自分の子供たちにまで女性の様に扱われることには納得いかなかった様だった。
「全くもう……紅音も戸希も、お母さんが言ったことを全て鵜呑みにしちゃ駄目だよ?」
「「はぁ~い…美少女さん」」
「……2人共、ワザとやっているでしょ?」
父親と子供たちのやり取りを見ていた母親は終始笑顔のままだった。
「もう……晶ちゃんも、ちょっとは反省して欲しいんだけどね…」
そう言って父親は母親の方に目を向けた。
「まあまあ、冬亜ちゃんがいつまで経っても可愛いのは変わらない事実なんだから、いい加減受け入れたらどうなんだ?」
そう言って母親は、笑いながら父親に返事をする。
「うう……大学に進学しても、何故かまたミスコンに出場させられたし、誰一人僕が『男』だって信じてくれないまま4年連続優勝しちゃったし、世の中どうかしているよ……」
綺麗な顔のまま不満を口にする父親だったが、その姿は傍から見れば憂いを抱えた美女の様にしか見えなかった。
「「美女さん、お母さん!! また、あのごほんをよんでよんでー!」」
紅音と戸希の2人は、1冊のお気に入りの本を母親に渡した。
「それで、どの本を読めば良いんだ?」
「「これー!」」
そう言って母親は子供たちから1冊の本を受け取り、本のタイトルを確認する。
「何々……またこの本を読むのか? 2人共、いつもこの本の話を聞きたがるけど、そんなにこの本が好きなのか? 前みたいに夜中にトイレに行けなくなっても母さん知らないぞ?」
母親は本当に読んで聞かせて欲しいのか子供たちに確認をとる。
「うんっ、またききたいの! ……ちょっとこわいけど」
「それに、このはなしっておかあさんたちのことがかいてあるんでしょ! …トイレにはついてきてほしいけど」
紅音と戸希の2人は揃って読み聞かせをして欲しいと母親に頼むのだった。
「仕方ないよ晶ちゃん。 晶ちゃんが読むのに疲れたら、僕が代わるから安心してね」
「その言葉、本当だな冬亜ちゃん? なら途中までは、俺がちゃんと読むぜ!」
そう言って、晶は本の表紙に付いた帯に書かれた言葉から読み始める。
「えーと…『全ては少女と死神の恋から始まった』か…。 確かにそうだけどよ……何で本のジャンルがホラーなんだよ?」
「まあ、あの時は色々な怪談を調べて回っていたからね…」
「「お母さん、つづきよんでよー!」」
「分かったよ! 夜中にトイレに行けなくなってもお父さんもお母さんもついていかないぞ」
「「それだけはやめてーー!!」」
子供たちの悲鳴の様な声が空に響き渡った。
ある日、死神は少女に出会い、そして恋をした。
そして、1人の少女は死神に出会い、紆余曲折を経て結ばれた。
どこにでもある様で、どこにもない不思議な物語。
次の物語の主役になるのは、もしかしたらアナタなのかもしれない……。
読者の皆様、これまで『放課後怪談』を読んで頂き、誠にありがとうございます!
『放課後怪談』の連載は本日が最終回になっておりますが、
実は連載中にどうしても書きたくなった怪談ネタが幾つか浮かんだので、
来年以降に後日譚か番外編という形で読者の皆様にお届け出来ればと考えております!
一応、現時点で考えた怪談題目としては、
『天国への階段』『夕闇商店街(仮)』
『帰らずの昇降口』『紅い狛犬』の4本となっております。
来年にまた晶と冬亜の描く物語を皆様にお届け出来る様に頑張ります!
それでは、皆様来年も良いお年をお過ごし下さいませ!