幻の転校生(1)
先程のやり取りもあり、2人は寄り道をすることなく廊下から保健室へと足を運ぶのだった。
その前に1つ、知っておかなければならないことがある…。
この私立櫂耀高等学校の保健室には魔女がいる…。
これは、この高校に居る者にとっての常識である。
そして、その事実を知っている2人は、緊張した面持ちで保健室のドアに手を掛けた。
ドアを開けた2人の目の前には、ごく普通の保健室の風景が広がっていた。清潔なシーツにガーゼや包帯、消毒液などの数々の医療用品が並んでいた。外からは放課後にも関わらず、暖かい日差しが窓を通して差し込んでいる。そして、保健室から外に出られる扉のすぐ近くには、今では使われていない花壇があった。
そんな、ごくありふれた保健室の中に養護教諭である彼女はいた。
彼女は、魔女とはいっても別に鷲鼻の老女でもなく、怪しい薬を窯でかき混ぜている訳でもない。年齢は50を既に超えているはずなのだが、肌や髪の艶は明らかに大学生に近いもので、一切の衰えを感じさせていない。スタイルも素晴らしく、体型に一切の崩れもないため、20代と言われても疑う者がいないほどであった。
つまり、年齢と容姿が全く噛み合っていない養護教諭なのである。
つい最近も、興味本位で彼女のスタイルの秘訣を聞こうとした1人の女子生徒がいた。
しかし、彼女の秘密を聞いた直後、女子生徒は一時期、学校に来なくなってしまった。加えて、その間の記憶が一切無くなっていたこともあり、櫂耀高等学校にある七不思議の中でも彼女の秘密に関してだけは決して触れてはいけない部類のものとして扱われている。
そのような事情もあり、戦々恐々としていた2人は、さっさと担任のお見舞いを済ませて帰りたいと思っているのだった。
「あら、珍しい2人が来たわね?冬亜ちゃんが怪我でもしたの?」
そう呑気な声で2人に声を掛けてきたのが噂の魔女、現世千代子であった。
「あのですね、千代子先生…。今日は、晶ちゃんが怪我をさせてしまった鉄道先生のお見舞いに来たのですが…」
「あら、そうなの?桂木先生なら、そこのベッドに寝かせているわよ?」
現世は何でもないような口調で、保健室の入り口から見て一番奥のベッドを指差すのだった。
「そういえば桂木先生って、高校生の頃からこの保健室に運ばれてくることが多かったわねぇ…」
「えっ!?千代子先生って、その頃からこの学校にいたのですか?」
「ふふっ、どうかしらね…?」
楽しそうに笑う現世であったが、そのまま真相を語ることなく、保健室に備え付けてある机へと足を運んで行くのだった。
若干、背筋が寒くなりだした2人であったが、素直に担任の先生がいるベッドへと足を運ぶことにした。
「先生、いるか?」
「晶ちゃん、いきなりそれは失礼だよ!?」
反省も後悔も一切なく、無遠慮に担任が寝ているはずのベッドに声を掛ける晶であった。
「何だ、お前たちか?放課後に保健室に来て、怪我でもしたのか?」
それに対して、ベッドの上から晶たちのクラスの担任の桂木鉄道が呑気に答えるのであった。
「そうじゃなくて、先生…?その…今日の授業で寝惚けて先生を殴っちまって、本当にすみませんでした!」
晶はそう言って、真剣な表情で担任の桂木に謝るのだった。
「ああ、そのことか…。まあ、普通の生徒と教師とかなら大問題になるのだが、九曜の場合はあれが普通だしな…」
「それはそれで、俺が悲しくなるんだが…」
「まあ、俺は保健室に運ばれはしたが、この通り傷らしい傷もなかったしなあ…」
そう言って桂木は、晶のしたことはあまり気にしていない様子だった。
「鉄道先生って、晶ちゃんのあのパンチでも大丈夫なのですか?!」
「まあ、俺は高校の教師になる前から頑丈さだけは誰にも負けなかったぞ?ただ、周囲から見ると洒落にならないような状況が多かったから、何度も保健室に連れて行かれはしたけどな?」
そう言って桂木は苦笑いを浮かべるのだった。
「…そういえば、先生ってこの学校出身だったよな?」
「ん、そうだが?それがどうかしたのか?」
「ならよ、先生はこの学校にある『幻の転校生』って怪談知っているか?」
「『幻の転校生』?お前たち、また危ないことに首を突っ込もうとしているのか?うむ…?」
晶の唐突な質問に、若干顔色を曇らせながら桂木は言ったが、すぐに晶の言ったその言葉に心当たりがあるのか考え込むのだった。
「『幻の転校生』では無かったが、俺が学生の頃に『幻の同級生』という噂があったような?」
「先生、それは本当か?」
そう言って晶は、若干ベッドに身を乗り出した。
「ああ、だがあの噂はそんな怖い話では無かったはずだぞ?」
「確か、とある事情で不登校になった生徒が皆とは別の教室で勉強を受けているって噂だったはずだが?」
それを受け、何でもないことのように桂木は答えるのだった。
「鉄道先生、何で今と昔で話が変わったのでしょうか?」
「何かしらの変わる理由でもあったんじゃないか?」
「例えば、話を変えた人物が、実は昔その生徒をいじめていた犯人だったとか?」
「教師がそんな適当な発言をしていいのかよ…」
「やっぱりまずいよな…」
晶からの指摘を受けて、バツの悪い顔を浮かべる桂木であった。
「あら?その話の子のことなら、知っているわよ?」
晶と冬亜の背後から、唐突に若い女性の声がするのだった…。
~第日夜:幻の転校生…continue~
オマケ:
千「また怪我でもしたの、桂木先生?」
鉄「怪我って言う程の怪我はないですね。いつものことですよ」
千「桂木先生は昔からそうだったわね…」
鉄「ははは。というわけで、俺はちょっくら寝てますよ…」
千「その性格も昔から変わってないわね…」