手掛かりを求めて
調査が空振りに終わった2人の向かう先は……!?
「だめよ……」
眠たげな表情をした清水千紅は、透き通るような綺麗な声でそう言った。
他に声を発している者がいない生徒会室内で、その声はやけに大きく響き渡った。
「ちょ…!?何でダメなんだよ、会長さん!!」
「わざわざ危ない場所に行こうとする生徒がいたら、普通は誰だって止めるでしょ…」
なおも表情を変えないまま、千紅はそれでも食い下がろうとする晶の提案を再度却下した。
「おい手前ら、いきなり生徒会室に入ってきて『最近流れている噂の真相を明らかにしたいから、噂になっている『死神さん』が居そうな場所を教えてくれ』ってどういう了見してんだ?」
「生徒会長さんに副生徒会長さんもごめんなさい…」
晶と千紅のやりとりを見ていた刀真が苦言を呈すると、それに対して冬亜が落ち込んだ声で謝罪の言葉を紡ぐのだった。
晶が噂の真相を確かめようとしてから数日間の間、『死神さん』が目撃されたと言われている場所を中心に街中のあらゆる箇所を巡ったが、一向に手掛かりが掴めなかった。
そのため、晶たちは櫂耀高校の生徒会長である清水千紅に協力を求めようとしたのだった。
「だから頼むって会長さん!この通り!」
「あなたのことだから、『死神さん』がいそうな場所を教えたら私が何を忠告しても忘れてしまうだろうし駄目よ…」
「やっぱり会長さんは『死神さん』の情報を何か知ってんだな!?頼む、教えてくれ!!」
「だから駄目…」
このようなやり取りが、先程から何度も放課後の生徒会室で繰り広げられていた。
「じゃあさ、会長さんの言いつけをちゃんと守るんだったら情報を教えてくれるんだな!?」
「ええ…ただ、アナタに教えるのは不安だから、あっちの子にアナタのことを全部任せられるのならいいわよ……」
「えっ、僕…!?」
千紅はそう言って、今まで成り行きを見守っていた冬亜の方を指差した。
その後は今までのやり取が嘘だったかの様に、千紅はすんなりと『死神さん』に関わる情報を冬亜に教え、晶の手綱を握ることを条件に2人を生徒会室から『死神さん』がいるであろう場所へと送り出すのだった。
「ありがとな、会長さん!!」
「ありがとうございます、生徒会長さん!」
こうして、晶と冬亜の2人は『死神さん』に関わる情報を得た2人は足早に生徒会室をあとにした。
そして、生徒会室には千紅と刀真だけが残っていた。
「それで、どういうつもりなんだ…千紅?」
「あら、何のこと…ま-くん?」
晶と冬亜が去った後に、刀真は唐突に千紅に話を切り出した。
「さっき、手前があの野郎に耳打ちで噂に関する情報を教えていた時、あいつ一瞬だけ驚きの表情を浮かべていたぞ。もしかして、手前は今回流れていた噂の真相を何か知ってた上で、あの状況になるように誘導したんじゃないだろうな…?」
幼馴染としての長年の付き合いから、千紅が何かを隠していることを悟った刀真は確信を持った上で千紅にそう問い質した。
「あら、嫉妬かしら?」
「馬鹿言うな!俺は真面目なことを聞いてるんだ!」
「ふふ、冗談よ…。詳しいことは言えないわ…ただ、私が知り得た情報とあの子たちの取り巻く状況、それと私の推測を少々織り交ぜたとだけ言っておくわ」
「手前が推測って言ったときは、予言かと思うレベルで真相に辿り着いているだろうが…」
そう言って、刀真はため息を吐く。
普段から幼馴染の実力を間近で見ている刀真としては、千紅の言葉には納得しかねるようだった。
「それに、私はあの子に『彼女のことが大切なら、一度家に帰って大事な物を必ず持っていく様に』って言っただけよ、まーくん?」
眠たげだった目を開き、頬を若干上げながらも真面目な表情で刀真に返答すると、刀真はそれ以上このことについて追及は出来なかった。
何故ならば、この幼馴染が普段は全力でだらけてばかりいるが、その実、自らが取り組んだことは一切の瑕疵も妥協も容赦なく完遂する。
もし、その時に必要な情報をそれ以上喋らないのならば、何があっても喋ることはなく、さらに話す必要がある時にのみ追加の情報を話す。
その行為をする裏には、相手の理解度や心情、周囲の事情、果ては対象の人間が背後に抱える人間関係まで完全に把握した上で話すことの出来るだけの知識と能力を持っているため、常人では理解出来ない領域へと至っている。
「つまり、あいつらに何かあるかもしれないってことだろうが!おい千紅!知ってて止めないってことは、あいつらの身が危ない事にならないんだよな!?」
「流石に私でも絶対安全何て言うことは出来ないわよ…?でも、あの子が私の忠告をちゃんと受け止めたようだったから、最悪の事態には決してならないわ」
そう言って千紅は、自身が家に帰るための準備をし始めるのだった。
「くそっ!!手前は相変わらず何を考えてるか分からねえ時があるぜ!」
そう言いつつも、既に出て行ってしまった2人を探す術のない刀真は千紅と同様に家に帰るための準備をし始めた。
「あら、あの子たちを追い掛けないの?」
「どうせ、手前はあいつらの行き先を喋らないだろうし、あいつらが死ぬような目に遭わない様にした上で送り出したんだろう?だったら、俺には手前の言ったことを信じるだけしか出来ないだろうが!」
その言動には、幼馴染に対する確かな信頼が宿っていた。
「ふふ、私のことを信じてくれている…か、じゃあ家までお願いね…?おやすみ…」
「ばっ…何でそうなるんだ!?てか、俺の背中に負ぶさんな―――!?」
晶と冬亜が去った後の、生徒会室では刀真の心からの叫びが響いていた。
………。
……。
…。
生徒会室を後にした晶と冬亜は、それぞれが一度家に帰ることになった。
冬亜が千紅から聞いた話では、制服姿で街中をうろつくことは風紀的にも安全面でも良くないと言われたため、その話を聞いた晶も渋々と言った感じで私服に着替えるために一度家へと帰って行くのだった。
そして、着替えが済んだ後に待ち合わせ場所で合流し、千紅から聞いた『死神さん』がいる可能性のある目的の場所へと向かうということになった。
待ち合わせの場所として、2人は櫂耀高校からやや離れた場所にある園断神社と呼ばれる神社の近くにある町内掲示板の前を集合場所にするのだった。
そして、空もだいぶ暗くなってきた頃、園断神社近くの掲示板前に2人分の人影があった。
「晶ちゃん、遅くなってゴメン!」
「いいや、大丈夫だぜ、とあちゃん!俺もついさっき来たところだしな!それよりも、何か背負っているけど重いなら俺が持とうか?」
「ううん、大丈夫だよ!心配してくれてありがとう、晶ちゃん!」
待ち合わせの時間から少し遅れる形で冬亜が到着するも、晶は気にした様子もなく、冬亜のことを気遣う言葉を掛ける。
『死神さん』の噂を調べるために家を出てきたとはいえ、夜遅く外を出歩くためか2人の服装はどちらも派手なものではなく、あくまで機能性を追求した服装だった。
晶の方はやや暗めの色に蛍光塗料が塗られた夜間ジョギングなどに適したジャージ姿をしており、すれ違う通行人が彼女の姿を見れば、夜間でもトレーニングを欠かさないスポーツ系女子だと勘違いしそうな服装だった。
そして、冬亜の方は黒が基調のゆったりとした服を着ているが、それでもどこか女性と間違えてしまいそうな美しさを醸し出しており(実際、ここへ来る途中にも何度も声を掛けられていた)、背中には竹刀が入りそうなケースを背負っており、その姿は剣道を嗜む女子の様にも見える服装だった。
「それよりも、とあちゃん!こんなに遅い時間になってから『死神さん』が出そうな場所の散策をするとしたら、流石に色々と不味いんじゃないか?」
これまでに、晶自身も多くの噂を調べるために、幾度となく夜遅くまで町を調べて回ったりしたこともあったが、それでもこんなに遅い時刻から町中を回ろうとすれば、流石に大人に声を掛けられる可能性もあるのではないかと心配していた。
もちろん、晶が心配している大きな理由は、自分ではなく冬亜に迷惑が掛かってしまうのではないかという思いが強かったからであるが……。
「それなら大丈夫だと思うよ、晶ちゃん!」
「何で大丈夫だって言えるんだ、とあちゃん?」
冬亜の迷いの無い返事に疑問を感じた晶は、冬亜に質問をした。
「だって、生徒会長さんが言っていた『死神さん』が現れる可能性がある場所はここみたいなんだ」
そう言って冬亜は、晶が寄り掛かっていた掲示板の方を指差した。
「掲示板に書かれた場所なのか?それにしては、ここから近い場所が書かれた紙は貼ってないが…?」
「そうじゃなくて、この階段の上の方だよ!」
そう言って冬亜は、掲示板の脇にある所々に苔が生えている石段を再度指さした後に、その階段が続く先にあるであろう建物の名前を口にした。
「この園断神社が『死神さん』が現れる場所らしいんだ!」
冬亜が指差した先の園断神社は不気味な静けさが漂っていた。
それはまるで、晶と冬亜の二人を待ち構えているようでもあった。