ある死神の物語(6)
物語はまだ続きます。(=゜ω゜)
彼女を助けるため、死神は必死にそのための方法を、自身の持つ死神としての知識が詰まった情報の海の中から探していた。
その結果、死神が有する知識の中に不自然な箇所があることに気付く。それは彼らが命を狩る対象ではない者を得物で傷付けた場合についてだ。
死神が命を狩る対象は、命の灯の発する光が鈍くなった者であり、それ以外の者を狩ることはない。
何故”狩ることが出来ない”という禁止する内容ではないのか。
何故”誤ってそれ以外の者を狩ってしまった場合”についての記述がないのか。
それらの内容がふと疑問に思った瞬間、頭の何処かで『カチッ』と何かのロックが外れる様な音がした。それと同時に、新たな知識がその死神の脳内に直接流れ込み、死神は軽い衝撃を感じた。
これがもし死神以外の存在だったならば、脳が耐え切ることの出来ない程の膨大な情報量だった。
何はともあれ、死神はすぐさま更新された情報に意識を集中させるのだった。
すると、その情報の中に死神の目当ての情報が1件だけあった。
それは、命を狩る対象ではないものを誤って傷付けてしまった場合に助けるための方法だった。
その情報によれば、”本来命を狩るべき対象でないものをトラブルにより傷付けてしまっても死神に対しての罰則はなく、対象はそのまま放置すれば命を狩るべき対象と同様に処理される。しかし、何らかの事情で対象の命を助けたいのであれば、死神は相応の代償を支払わなければならない”と記されていた。
その代償とは、”対象1人につき死神の得物を24時間使用禁止”とするものであった。
死神は本来、49日間に一度でも命を狩れば消滅の心配はなくなるため、特に問題のない代償である。
だがこの死神は、生まれてから現在までに一度として命を狩ろうとはしなかったため、もしこの代償を受け入れた場合、その先に待つのは死神としての消滅の未来しかなかった。
自らの消滅と引き換えに人の命を助けようとする死神などまずいない。
もしいるとすれば、それは最早死神とは言えない別の存在だろう…。
まるで、意図的に隠されていたかの様な情報を見た死神はある決断をする。
普通ならば、その死神も自らの消滅と引き換えにしてまで1人の人間を助けようとなどせずに残酷な決断をするだろう。
だが、その死神は迷うことなく自らの半身とも言うべき得物と引き換えに少女を助けることを決断するのだった…。
………。
……。
「けほっ…!」
奇跡は突然訪れた。
つい先程まで、両親の必死の救命措置と呼び掛けにも全く反応の見せなかった少女が息を吹き返したのだ。
少女は目を開き、上体を起こした。
先程まで息をしていなかったのとは思えない位、自然な反応だった。
その様子を見た彼女の両親や周囲は、突然起きた奇跡に感動を隠せない様子だった。
「…?おねえちゃんはどこ…?」
そう言って少女はそのまま立ち上がろうとしたが、先程の事態からまだ動かすのは早いと感じた両親によって、救急車が到着するまで絶対安静にしているように少女に言い聞かせるのだった。
また、少女が発した言葉は意識が混濁しているものと思い特に反応をすることは無かった。
そんな彼女の様子を死神は少し離れた場所から見ていた。
死神の手には、刃の根元から折れた死神にとっての得物とも言うべき大鎌が握られていた。
本来ならば、1日もすれば死神の握る大鎌も元の姿に戻るのだが、おそらく元の姿の大鎌を目にすることはないだろう。
彼女を傷付けてしまった自分には、彼女に合わせる顔が無いと思いを抱いた死神はそのまま静かに少女の傍から離れようとするのだった…。
「おねえちゃん、まってよ!」
死神が少女に背を向けて去ろうとした瞬間、死神の背中に向けて少女から声が掛けられたのだった。
それに驚いた死神は思わず振り向くと、そこには両親の下から抜け出した少女が涙目になりながら立っていた。
「どう…したの…?」
少女の様子に驚いた死神は、恐る恐るといった風に少女にそう尋ねるのだった。
「おねえちゃん、さびしそうなかおしてたよ?どこかいっちゃうの?もういっしょにいられないの?」
その言葉を聞いた死神は、少女が子供ながらの純真さで自分の心情を見抜いていることに再度驚くのだった。
「…大丈夫だよ、絶対また会えるから…」
これ以上少女に心配を掛けさせないために死神は敢えて嘘をつくことにした。
「ほんとうに?じゃあね、おねえちゃんのことぜったいにわすれないようにおねえちゃんのおなまえきいてもいい?」
「名前…」
少女に自分の名前を尋ねられた死神は思わず口籠る。
何故ならば、死神の個体毎に名前を持つ必要性など無く、そもそも死神同士が同じ時間同じ場所で顔を合わせることはあり得ないため、名前が無いことを気にすることも無かった。
一応、一部の死神は人とコミュニケーションを取る上で便宜上偽名を使う者もいたそうだが、今まで彼女から「おねえちゃん」としか呼ばれていなかった死神は特に名前が必要とは感じていなかった。
そのため、先程まで彼女を助けるために働かせていた死神としての知識を総動員し、自分が彼女に名乗るべき名前を即興で考えるのだった…。
―僕が彼女に名乗るべき名前は何だろうか…
―このまま消滅してしまう死神としてではなく、僕として彼女に覚えて欲しい名前を…
―彼女が明るい日向の様な存在ならば、僕は日影から彼女を守り続けられる様な名前を…
―例え彼女が僕のことを覚えていなくても、僕だけでも彼女と過ごした日々を覚え続けられるような名前を…
―例え彼女にとってありふれた日常の一幕であったとしても、僕にとってはどんな幸福にも勝る出来事だったことを表す名前を…
―この一時の思い出だけは彼女にも覚えていて欲しい…
―自分という存在と共に過ごした日常を覚えていて欲しい…
―一時の出来事が僕にとっては永遠に等しいからこそ…
―だからこそ、僕はこの言葉を自分の名として伝えたい…
―そんな名前を…!!
「日影…永遠…」
死神は…いや永遠と名乗った死神は少女に自身で付けた名前を伝えるのだった。
「とあ…おねえちゃん?」
「だから…ぼくはお姉ちゃんじゃないよ…?」
そう言って苦笑いをしながらも、今度こそ手を振りながら彼女に別れを告げ、去って行くのだった。
「おねえちゃん…まって…わたしのなまぇ…ぁ…」
遠くで彼女も何かを告げようとしていたが、ちょうどそのタイミングで両親たちが呼んだ救急車も到着したようで、彼女は救急隊員と両親によって救急車に運ばれて行くのだった…。
………。
……。
そして、彼女と別れた河原から離れた山の奥…。
空は既に赤みを帯び、もう間もなく夜が訪れようとしている。
自身の名を永遠と名乗った死神は、折れた大鎌を杖の様に使いながら、近くにあった大木に身体を預けるようにもたれかかった。
「やっぱり…身体が限界だったみたい。もう足が動かないや…」
女性の様に細く透き通った声でポツリと呟く。
よく見れば、トワの足元が徐々に透けてきているのが確認できた。
もう間もなく、死神としての自分はこの世から消滅しようとしているのだと本能的に理解していた…。
“消えたくない”そんな思いがトワの心を過ぎった…。
「やっぱり…もうちょっと…あの子と一緒に…いたかったな…。でもあれ以上一緒にいたら…もう動けなくなっていたかも…しれないし…ケホッ!」
トワは徐々に自分の呼吸も弱くなって来ていることに気付く。
どうやら既に肺の部分まで薄くなってきているようで、死神としての消滅も間近に迫って来ているようだった。
本来の死神の状態ならば自身が傷つくことは決して無いが、死神としての存在を維持出来なくなってきている現在の状態では、人並みの能力すらあるかどうか怪しいものであった。
そのような状態であっても、どんなに苦しかろうとも辛かろうとも、彼女と過ごした日々を思うトワにとってはどんな痛みも感じない程の強い思いがあるようだった。
そんな中、不思議な出来事が突然起こった…。
―誰にも理解されることのない生き方でも満足だったのか?
「…誰……?」
間もなく消滅しようとするトワの耳元に、何処からともなく囁くような声が聞こえるのだった。
それはまるで、死を迎えようとしている者に囁く幻聴の様でもある。
死を与えるべき死神が、消滅の間際に誰とも知れぬ声を聞くという行為自体、皮肉の効いた冗談のようにも思える。
―誰にも理解されることのない生き方でも満足だったのか?
再び同じ声が死神の耳元で囁く。
機械的に繰り返される動作には、一切の感情がこもっていなかった。
「…理解されなかったとしても…彼女と過ごした時間は…間違いなく僕にとっては幸せだった!!」
息も絶え絶えな様子でトワは謎の声に答える。
もしそのまま声を無視していれば、それは自身の思いや経験を否定することになるようにトアは感じた。
―歩んできた道に間違いは無かったか?
なおも謎の声の問答は続く…。
「…正しいかなんて…僕には分からない…。それでも、この選択が間違っていなかったって僕は信じている…!!」
生まれてからまだ2ヶ月しか生きていない自分には正しいか間違いかなんて分からない。
それでも、彼女に恋し、彼女を助けようとしたその思いは本物であり、誤りであったなどとは思っていない。
―2人の内どちらか一方しか生きられないとしたらどうする?
まるで、死神以外の別の存在にも向けて試しているかのような問答は続く…。
「僕は…誰も死なせたくない!!これからも、この先も…!!」
それはトワの心の底からの叫びだった。
死神は人を狩ることで、存在が意味を成し、維持され、固定される。
だが、トワは人の命を狩ることを拒否した。
それは彼女の存在が影響していることもあるが、トワは心の何処かで命を狩ることを避けていたことも要因としてあるのかもしれない。
謎の声からの問答はそこで止まり、辺りは再び静かになり、虫の鳴き声だけが周囲に響いていた。
結局、あの声は何だったのだろうか…?
トワは不思議に思いながらも、残り少ない時間で彼女のことを考える…。
―結局、彼女はあの後助かったのだろうか…?
―彼女は最後に何を伝えたかったのだろうか…?
―それに、彼女が笑った顔をもっと見たかったな…。
―そういえば、彼女は自分の名前を憶えてくれただろうか…。
様々な思いを抱きつつ、死神の全身がついに粒子状に崩れ始める…。
刃が根本から折れた相棒の大鎌も、トアと同じように徐々に薄くなり崩れていく…。
最早声すら発することも出来ない状態の中、死神は最期の瞬間に”彼女ともっと一緒の時間を過ごしたかった”という思いが過ぎった…。
『それがアナタの願いならば、これからアナタが彼女と歩む人生の先に幸多からんことを…』
丁寧な口調の若い男性の声が聞こえたような気がした…。
その日、1柱の死神がこの世から消滅した…。
誰の物語だったのかは次話で。
答えは既に出てますが。(=゜ω゜)ノ