ある死神の物語(3)
それは本来ならばあり得ないことだった…。
人間には見えないはずの死神を見た上で、あまつさえその存在に声を掛ける。
そんなことが出来る人間がいることなど、死神でさえ知らなかった…。
そのため、突然幼女から声を掛けられた死神は、声を出すことが出来なかった。
「おねえちゃん、どうしたの…?かくれんぼでもしてたの?」
なおもその幼女は死神の方に頭を向けながら、天使のような純真な顔で再度同じような言葉を投げかけるのだった。
「…お…お姉ちゃんじゃ…ないよ?」
なおも混乱している死神にはそんな言葉を絞り出すのが精一杯だった。
その声は鈴の様に綺麗で透き通った声で、仮に幼女以外にその死神の姿を見ることの出来る者がいたとすれば、幼女と全身黒衣装の謎の少女が話している場面を拝むことが出来たかもしれない。
「へんなの?すごくきれいなおねえちゃんなのに、おねえちゃんじゃないの?」
「……!!?」
死神は、顔を隠しているフードの奥で嬉しそうな顔をしたもののすぐに恥ずかしい気持ちで顔が真っ赤になった。
確かに、死神には身体的には性別は無く、中性的な顔立ちをしたものが多くいるが、個々の死神が持つ精神的な性別という意味では、この死神は男性的な精神を持っていた。
とはいえ、生まれてから経過した時間はまだ1か月にも満たないため、感情的な面ではまだまだ純真で素直な幼い男の子のそれに近かった。
「(なんだろうこれ…さっきから凄い胸がドキドキする…?)」
死神は声に出さないものの、その幼女と対面してから胸の辺りが激しく鼓動を打っているのだった。
本来、死神が体調不良になることはない…。
ならば、この胸の高鳴りは何なのだろうか…?
生まれた間もない死神には、その原因をはっきりと説明することは出来なかった…。
結局、死神はその答えを出すことも出来ぬまま、その幼女が住む家に入らずに立ち去ることしか出来なかった。
本来ならば、あの幼女の両親のどちらかが命を狩るべき対象であるため、そのまま仕事をこなせば良かったはずだが、どうしてもそれが出来なかった。
それをしてしまえば、彼女が悲しんでしまうだろうと想像出来てしまったから…。
それからの数十日間、死神は彼女が住む町を拠点に活動をし始めた。
本来ならば、他の命を狩るべき対象を探してからでも良かったはずなのだが、どうしても彼女から目を離すことが出来なかった。
そればかりか、時々フードを被った姿のまま彼女と一緒に遊ぶ事さえあった。
周囲の大人たちから見れば、さぞ不思議に思える場面もあったかもしれないが彼女にとっては特別不思議なこととは感じていなかった。
脳裏にストーカーやロリコンという不吉な単語がよぎったが、死神はそもそも人ではなく、ましてや生きた年数ならば彼女の方が年上のはずなので問題ないだろう。
彼女と幾度となく会話を交わし、彼女と心の底から笑い合うこともあった。
彼女が通う保育園までの道のりを一緒に歩くこともあった。
彼女と一緒に遊ぶ公園の遊具に興味を示すこともあった。
彼女が好きなお菓子を一緒に食べた際には、食事が必要ない筈の死神も思わず笑顔になった。
彼女の笑顔をいつまでも傍で見続けていたいという気持ちがあったのかもしれない…。
彼女の自由奔放に生きる姿に、その死神自身が憧れていたのかもしれない…。
あるいは彼女に恋をしていたのかもしれない……。
どうであれ、その死神にとっての自身の存在を掛けたタイムリミットも刻一刻と迫って来ていることに変わりはなかった…。
そして、遂に運命の日が彼ら(・・)の下に訪れる…。
それは、その死神が誕生してから49日目にあたる、暑さの厳しいある晴れた日のことだった…。