ある死神の物語(2)
改めて言うが、死神が人間個人に感情を抱くことは決してない。
何故ならば、死神にとって人間はあくまで命を狩る対象であり、対象でない人間も等しく同じ様な存在に死神の目には映っているからだ。
例外があるとすれば、人間の命の灯の強弱に美しさを見出す死神や対象の人間を哀れに思って期限ギリギリまで生かそうとする一部の物好きな死神がいる位だろう。
少なくとも生まれながらにして同族に関する知識を持つその死神はそう理解していた。
あるいは、そう(・・)で(・)ある(・・)べき(・・)だ(・)と思いこんでいた…。
その死神が生まれてから初めての仕事を行う、命を狩るべきターゲットが住む場所は、都会から少し離れた田舎の町だった。
その時代にしては、ごく一般的な自然が溢れる田舎であり、町の近くには海が広がっていた。中には、近くの山々から採れる山菜や海から採れる海産物で生計を立てている家庭も幾らかあった。
また、交通機関を利用して少し足を伸ばせば、地域住民たちが利用する様々な日用品の揃った大型デパートもあり、生活には不便しないような場所だった。
やや潮の香りのする田舎町を訪れたその死神は、早速対象を見つけるために町の周辺を歩き始めた。
普通ならば、真昼間から全身を黒いコートで覆い、背中に大鎌を背負った人物が町中を歩いていれば、誰であろうとも間違いなく不審者として通報されるだろう。
しかし、実際には誰もその死神に気付く(・・・)者は(・)いなかった(・・・・・)。
何故ならば、普通の人間は外套を着た死神の姿や彼らの持つ得物を見ることが出来ない。そのため、彼らがあえて人前に姿を現す時には、外套を完全に脱がなければならない。
ちなみに外套を脱いだ場合でも、死神の持つ得物の姿を人間は見ることが出来ないため、死神側が意識して人間に見せようとする気持ちが必要なのかもしれない。
とはいえ、彼らにとってそんな些細な疑問に興味を抱く価値がないことは確かである。
話が逸れてしまったが、その死神はしばらく当てもなく町中を歩き回った後、とある一軒の家で足を止めるのだった。
その家に入る門の表札には『日向』という字が書かれており、両親と娘が1人の3人家族の家庭のようだ。
どうやら、この家の中の住人の誰かが今回この死神が命を狩るべきターゲットであることは間違いなかった。
ありふれた名前のありふれた家庭なんだろうな…。
生まれたばかりの死神が抱いた感想はそれだけだった。
非常に冷淡な感想かもしれないが、死神にとってはそれが普通の反応だった。
知識として世間一般の人間が綺麗なもの、美しいもの、魅力的なものなどに興味を抱いたり、愛でたりすることは知ってはいるが、死神たちにとってそれらが何故人間の心を動かすのかは理解出来なかった。
あるいは、理解を(・)したく(・・・)なかった(・・・・)のかもしれない…。
もしその感情を理解出来てしまうと、それは最早死神という存在では無い別のナニカ(・・・)に変質してしまうかもしれないという思いがあったのかもしれない…。
ともあれ、その死神は外套を被ったまま入口から侵入を試みようとするのだった。
この姿のままのならば、人間に気付かれることもなく難なく家の中に侵入出来る。
そう思いつつ、門に手を掛けるのだったが…。
その瞬間、門の入口から僅かに見える庭に人の気配を感じた。
思わず庭の方にいる人間の後ろ姿を見た死神は息をのんだ。
それは、小学校入学前位の背丈で、可愛いスカートを穿いた小さな女の子だった…。
不思議なことに死神は、その後ろ姿から目を離すことが出来なかった…。
その人間の命の灯は明るく透き通るような輝きを放っており、命を狩る対象ではなかった。
さらにいえば、後ろ姿のため顔を確認することは出来ないはずだが、間違いなく可愛い顔だろうという確信があった。
その子の後姿を見た瞬間から、死神の心の何処かが暖かくなるような気がした…。
そんな気持ちを抱いたまま、死神にとって永遠の時間が過ぎているような気がした。
すると、その女の子はふと何かに気付いたかのように死神の方を振り返った。
その女の子は、幼い可愛さとあどけなさを兼ね備えており、輝くような黒い瞳にやや癖のある明るく茶色い髪をしていた。
自分の想像を上回る可愛さを有した女の子を前にして、死神は再び動きを止めるのだった。
そんな様子の死神がいる方向を向きながら、女の子は首を可愛く傾けつつ…。
「おねえちゃん、だれ?」
見えないはずの死神を見据えながら、その女の子はそんな言葉を口にするのだった…。
※死神に性別はないのであしからず~。(=゜ω゜)ノ