1話 交差の序章
1話 交差の序章
金曜日の午前7時、学生にとって1週間で最後の登校日の朝。
中々眠気が取れずに布団に包まる颯斗に聞き慣れた声が聞こえてくる。
「おーい、おはよう颯斗ー」
「んー…おはようって、なんで楓がいるんだよ!」
颯斗を起こしに部屋へ入ってきたのは、幼馴染みの楓だった。楓は笑顔で颯斗の前に来て答えた。
「なんでって、颯斗のこと起こしに来ただけだよ? 颯斗、よく遅刻するから」
颯斗がびっくりしている事に対して、不思議そうに首を傾げながら楓は答えた。
「いや、普通家族じゃないのに起こしに来ることなんて、ありえないよ! ましてや、年頃の男女同士なのにさ!」
「まあ、言われてみればそうかもしれないけど、颯斗、入学式で遅刻したし、最近遅刻多いから、また遅刻しないように起こしにきたんだよ!」
颯斗は、楓の言う事に、返す言葉がなくなり、ちょっと焦った顔を楓から逸らして黙り込んだ。
「やっぱり、寝坊しそうだったんだ! でもまあ、無事朝早く起きられたんだし、朝ごはんにしよ!」
「朝ごはんって、楓が作ってくれたの?」
「そうだよー」
「じゃあ、俺着替えてから行くから先にリビング行ってて」
「おっけー! ご飯、テーブルの上に並べて待ってるねー」
会話が終わると、楓は部屋を出て、リビングへと降りていった。
颯斗も、楓が部屋を出たと同時に、部屋に掛けてあった制服と、ワイシャツを取り出して着替え始めた。
眠そうにあくびを何度もしながら、制服へと着替え、リビングへと向かった。
「そう言えば、楓の妹の茜音ちゃん、修学旅行から帰ってきたの?」
「あぁー茜音なら昨日帰ってきたわよ。帰ってきて速攻で自分の部屋にこもって、何かしてたみたいだけど」
楓が話し終えたと同時に、勢いよく玄関のドアが開き、誰かが勢いよくリビングへと入ってきた。
「おっはよー、颯斗にぃ! ってお姉ちゃんもいたのかよ……」
勢いよくリビングに入ってきた茜音は、がっかりしながら、颯斗の隣に座った。
「何でがっかりするのよ!」
「まあいいやー、それより颯斗にぃにお土産買ってきたんだよ!」
楓は頬を膨らませて、「なに無視してんのよ!」と言いたそうな顔をした。
「まあまあ楓、落ち着いて落ち着いて」
颯斗は、苦笑いしながら楓に言った。
「あれ、そう言えば修学旅行ってどこ行ってたんだっけ?」
「定番の京都でした!」
「やっぱり京都だったんだ。まあ修学旅行って言ったら京都だよね」
颯斗は笑いながら話した。
「私たちも修学旅行は京都だったもんね」
「まだ1年しか経ってないけど懐かしいなー。奈良行った時、亮太が鹿に群がられてめっちゃ笑ったよな!」
「プハ、ハハハハハ」
颯斗と楓が思い出し笑いをし始めた。
「や、やめてよ。あれは本当に凄かった。プフフフフ。思い出すだけで笑い死にそう」
颯斗と楓が楽しそうに話していると、茜音が不満そうな顔をして、言う。
「お姉ちゃんも颯斗にぃも、私を除け者にして楽しそうに話さないでよ!」
「あっ、ごめん茜音ちゃん。つい話盛り上がっちゃって」
「うん、ごめん茜音」
「まあ、もういいけどさ」
「そうだそうだ! お土産渡すねー」
そう言って、茜音はカバンから何かを取り出してテーブルの上に乗せた。
「じゃじゃーん! 鹿の置物ー! なかなか良くない?」
「地味な物のはずなのになんか良い!」
「金閣寺とか銀閣寺の置物の方が絶対良いと思うはずなのに、なぜかこっちの方が断然良いと思えてしまう!」
颯斗と楓は目を輝かせながら、鹿の置物をじっと見つめる。
「机の上に置いといたら、ずっと見てられるなー」
「なんか癒されるね」
茜音は胸を張りながら、自慢げな顔をした。
「ゴホン!」
「私のセンスに間違いはないのであーる!」
「茜音ちゃんがどこぞの皇帝陛下みたいな喋り方になったぞ」
三人は楽しそうに笑い始めた。
「それより早く朝ごはん食べちゃおう! 急いで食べないと遅刻しちゃうよ」
「そうだね。食べよっか」
「さすが楓が作っただけあるよ! めっちゃ美味かった」
「本当、ずるいよお姉ちゃんは。私は料理全然できないのに、お姉ちゃんは料理得意なんて」
「茜音は私と違って何にしたってセンスいいじゃない」
「それはそうだけど……」
「それより早く学校行こう!」
「そうだな、遅刻したくないしな」
颯斗と楓が通う高校、風ヶ崎高校は中高一貫の学校で、学力ではなく、武力やスポーツ、料理などあらゆる分野の実力を重視した高校だ。
風ヶ崎高校へ入学するには中途半端な実力ではなく、最高峰の実力が必要になる。
実力をさらに上げるために、それぞれ大まかな学科に分けられる。
例えば、武術・武力上方学科は、第八校舎を主に使う学科だ。
風ヶ崎高校は、一学科に一校舎が用意られる壮大な敷地を使い、教育面に力を入れている学校だ。
「おーい、楓ちゃーん、茜音ちゃーん」
大きく手を振りながら風ヶ崎高校の制服を着た青年が、三人の元へと走ってくる。
「楓ちゃんと茜音ちゃんおっはよーう」
「おっはよー亮太ー」
「おはよーございます亮太先輩」
「いや茜音ちゃん!亮太にぃとか、亮太兄貴とかでいいんだよ⁉︎」
亮太は満面の笑みを浮かべる。
「い、いえ、遠慮しときます」
茜音は、引きつった顔で答えた。
「おい亮太! 一応俺もいるんだけどな!」
「おう! おはよっす颯斗」
「お前、おはよう言うの大分遅いからな! 会ってから1分は経ってるからな!」
「ごめごめ。それより、確か今日って学科別HRだったよな!」
「あっいけない! 私の学科今日は早めのHRだった! 私はお先に失礼しまーす!」
茜音は慌てて走って行った。
「やべ、俺も早めのHRだった! ごめ! 亮太、楓、俺も先行くわ!」
「みんな、早めのHRなんだね」
颯斗は、楓たちと別れて第八校舎へと向かっていた。そこへ、校舎の陰から少女が現れ、颯斗の元へと近づいてきた。
「おはようございます先輩!」
「なんだ、お前か梓!」
「なんだって酷くないですか! こんなにも先輩思いの後輩なんて、中々いないですよ!」
「確かにそうだな。それで、なんか急用があったんじゃないのか?」
梓は、何かを思い出したかのように、手を叩いた。
「そうでした。そうでした。先輩に機密事項と、渡す物があったんでした!」
「まずはちょっとだけ場所を移動しましょう」
そう言うと、梓は颯斗の手を掴んで校舎の陰へと入って行った。
「それではまず、機密事項から。何やら裏で何かが起こり始めてるらしいです。まだ詳しい事は分かっていないんですが、どうやらありえない力を使うらしいので、気おつけてくださいとのことです」
「厄介な事が始まりそうだな。それに、ありえない力ってなんだよ」
「まあ、これは確かな情報ではないので当てにしないでください」
「なんだよ! まさかのデマ情報か⁉︎」
颯斗は頭に手をやりながらだるそうな顔をしていた。
「大事なのはこれからです!」
「なんと、脳内変換型異能力、まあ言ってしまえば魔法ですかね! その魔法の試作器が開発されたらしくて、実験台として私と颯斗先輩が選ばれました!」
「使える魔法は移動、拘束魔法だけなんですけどね」
「なのでこれから、魔法のデータをINYイヤホンに送るのでインストールしてください」
「ああ、分かった」
密かに話す颯斗と梓の声を消すように強烈な爆発音と共に、ものすごい煙が上がった。
「な、何が起こったんだ」