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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

藍夜の微笑み、銀月の涙

 藍色の夜が、微笑う。

 悲鳴のような風の音が笑い声のように聞こえる中、銀色の月が一人の少女を照らしていた。街灯の無い田舎道に少女は不釣り合いに見える。

 風に揺れる薄桃色のドレスは随分と汚れていた。しかし、少女は気にする風でもない。

 伸びるに任せた金の髪を波打たせ、それが青白い肌を際立たせる。まるで死人だ。

 けれど目だけは爛々と獲物を求め、銀の月光を反射して煌めいている。少女はちろりと血のような唇を舐めた。隙間から鋭い真白の牙が覗く。

 十歳前後に見える彼女は、もう十年以上同じ姿を保っていた。

 彼女は夜の住人であり、人の生き血のみを糧とし生きている。

 吸血鬼と言われる化け物だ。

 ほとんど霞がかる人であった頃の記憶では彼女はいつもベッドで寝ていた。不意に出る咳がとても苦しかった。三つ離れた元気な妹が羨ましかった。

 全部過去のものだ。今は苦しさも羨望も、分からない。あるのは飢えの恐怖と甘い鮮血の喜びだけだ。

 生きる為に狩り、狩る為に生きる。

 食欲のみが、彼女を満たす。

「見つけた」

 鳥のさえずりに似た声を出し、少女は獲物を見つけた喜びに笑う。不用心にも女が一人で歩いていた。

 短い髪の活発そうな女だ。さぞや血も瑞々しいことだろう。

 口内に唾液が溢れる。だが、狩りは慎重にしなければならない。

 少女はぎらぎらとした肉食動物のような瞳を隠す。とろん、と眠りかけたような瞳にし、獲物を油断させる為の罠を張る。そして夢遊病を真似、ふらふらと女へ近付いた。




 * * *




 女は探し物をしていた。何年も前からだ。

 半ば諦めかけていた。今夜も義務のように出てきたはいいが、結果はいつもと同じだった。

「ん?」

 遠目にこちらへ歩く少女の姿を見つける。足取りはふらふらと頼りない。

 恐らく夢遊病だろう。女は数度、そのような子供を家まで送り届けたことがあった。

 月は傾きかけている。今日は少女を送って、終わりにしようと思った。

 ちょうどよく少女が止まった。女は数メートルの距離を近付く。

「もしもし、まだ寝てる?」

 顔が判別出来るくらいまで歩み寄ると、女は少女に尋ねた。

 だが、少女はそれに答えなかった。人離れした跳躍で、勢いよく女の首にしがみつく。女は衝撃で、地面に押し倒された。

「かはっ!」

 叫ぶ間も与えず、少女は女の頬を押さえ、目を見つめた。青と青の瞳がかち合う。

「おとなしくしてなさい。でないと首、折っちゃうわよ?」

「あっ……!」

 それが嘘ではないと示す為に、少女は女の肩を掴む。小さく骨の軋む音が体に響く。女は抵抗せず、力を抜いた。

「いいこね」

 首にかかる金髪を払い、少女は露になった白い首に、牙を立てた。

「あ……」

 痛くはなかった。ふわふわと浮くような感覚が体を包む。ひやりとしたような、それでいて熱いものが首に当たっている。牙だとは分かっているが、恐怖はなかった。

 長いのか短いのか分からないが、少女が唇を退けると、すっと現実に引き戻された。

 月明かりに照らされた、おぞましくも美しい食事が終わる。

「ごちそうさま」

 少女は一度女の首を舐めた。牙の痕がみるみる内に塞がっていく。

「殺しはしないわ。死ぬ間際は不味いもの」

 少女は立ち上がる。貧血で起き上がれない女は、放っておく。

「美味しかったわ」

 少女は女に背を向けた。

「最期の晩餐は、満喫出来たみたいね」

 女の言葉に、少女はゆっくり振り向いた。

「なに……?」

 少女の青い瞳が、銀色の銃身を映す。

「やっと、見つけた。マリカ姉さん」

 女は泣きながら笑い、人を止めた姉へ、引き金を引いた。

 弔うように、夜が震える。




 * * *




 銀色の弾は体内に入ると、マリカの体をじわじわと蝕んでいった。

「ミ、ナ?」

 霞がかった記憶から、マリカは妹の名を見つける。呟くと、銀の弾丸で胸に穴を開け、少女は倒れた。薄くなってきた月明りが彼女を照らす中、マリカは灰へと変わっていく。

「何が、悪かったのかしらね」

 先ほどまで姉であった灰を掬い、ミナは呟いた。

 きっと全てが悪かった。そして全てが悪くなかった。

 だってそうではないか。親が死んだ娘を蘇らせたいと思うのは、至極当然のことだ。藁をも掴む気持ちで有り金をはたき、怪しげな薬に頼るのも理解出来る。

 だがそれがまさか娘を化け物に変えるとは、誰が分かるだろうか。

 姉が父や母を殺したとて、それは吸血鬼としての食欲、いや、生き物の本能だ。

 父や母の仇の為に、姉の凶行を止める為に妹が銃を握ることも、無理からぬことではない。

 誰も悪くない。悪いならば、全てだ。

「帰りましょう、姉さん」

 灰を抱き締め、ミナは泣いた。涙の滴は月光によって、銀色に輝く。

 それは、明けかけた藍色の夜を一際、彩った。


お読み頂きありがとうございました。

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