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難易度ベリーハードの異世界生活  作者: 秋野 錦
第一章 王都邂逅篇
9/27

新たな一歩

 宿に帰った俺は、真っ先に少女を風呂場に連れていく。

 返り血を浴びてしまった少女の顔は真っ赤だ。

 この汚い血はすぐにでも、洗い流すべきだろう。


「お、お兄さん」

「ほら、洗ってやるから服を脱げ」


 問答無用と少女の服を脱がせて、風呂場へと連れて行く。

 ……なんか字面だけ見るととんでもない犯罪臭がするな。もちろん、タオルで身体は隠しているからな? 俺、ロリコン違うからな?

 

 お湯で彼女にかかった血を流してやる。

 このくらいなら少女1人でもできるだろうが、なんとなく、1人にさせてはいけない気がした。


「……助けてくださってありがとうございました」

「気にするな」

 

 大喧嘩した後だ、凄く気まずい。

 なんとか会話の糸口になりそうな話題を探す。


「あー、怪我したところとかはないか?」

「大丈夫です」

「そっか」

「…………」

「…………」


 沈黙が風呂場を支配する。

 すごく、気まずいです。


「お兄さんは……なんで助けに来てくれたんですか?」

「あのまま、放っておくわけにもいかないだろう」

「私は……お兄さんに迷惑しかかけません」

「…………」

「今回のこともそうですし、これまでもずっと迷惑かけています。私は……お兄さんにとって厄介者でしかありません」

「俺は……そんな風には思ってない」

「お兄さんは依頼で私のことを守ってくれているんですよね? そのことには感謝しています。でも……同情から優しくなんて、しないでください」

 

 俯いた少女の表情は読めない。

 それでも、その声音からどんな思いでいるのかは痛いほど伝わる。


「俺はさ、2年前まで奴隷だったんだ」

「……え?」


 驚いた様子の少女を前に、俺は誰にも話したことのなかった過去を語り始める。


「俺は魔人種の奴隷にされていたんだよ」


 この世界に迷い込んだのが今から、3年前。

 この世界に初めて来た時、気付いたら俺は首輪を嵌められ、魔人種の奴隷にさせられていた。


「魔人種って……」


 少女が驚くのも無理はない。

 魔人種は十三種族の中でも、特に他種族に対して憎悪が深い。

 単純に好戦的な種族とも言える魔人種は数多くの戦争をしでかし、数多くの憎しみを生み出した。

 そんな種族である魔人種の奴隷。

 それは想像を絶する日々だ。


「地獄みたいな日々だったよ。俺は一生忘れられる気がしない」

「…………」


 魔人種の奴隷だった俺は、人類種の国に送り込み要人を暗殺する為の兵士として育てられ、毎日毎日身体を酷使していた。殺されると思ったのも一度や二度ではない。

 とはいえ、そのとき叩きこまれた戦闘技術によって便利屋家業をやっていけているので人間万事塞翁が馬というやつだろう。


「今でこそ切り替えて生きているけど、当時の俺は絶望しっぱなしだったよ。それでも俺は生きることを諦めなかった」

「……お兄さんはなんで、諦めなかったんですか?」

「妹が、いたんだよ」

「妹……」


 そう、この世界に迷い込んだのは俺だけじゃなく俺の妹、柏木澪も俺と一緒にこの世界に来ていたのだ。


「妹も奴隷として扱われていたよ。俺は妹だけでもなんとかしてやりたくて、その思いを糧に強くいられたんだ」


 訓練という拷問を前に、一度の弱音も吐かずにやりおおせたのは澪がいたからだ。

 もし澪がいなければ、とっくの昔に自殺していただろう。


「1年くらい経った頃に俺たちは隙を見て逃げ出したんだ」

「……思い切ったことをしますね」

「ああ、でも俺たちもかなり限界が来ていたんだ。そうする以外、道はなかった」


 逃げ出した奴隷に待つのは連れ戻された地獄か、行く当てのない地獄だけだ。


「それで……どうなったんですか?」

「妹が、死んだよ」

「それは……」

「俺の力が足りなかったんだ。俺にもっと強さがあれば、妹も死ぬ事はなかったんだ」


 2年前、妹が死んだとき。

 悟ったんだ。

 俺は誰かを救えるような器じゃない。

 誰かを救う英雄には……なれない。


「妹の死体を捨てて、俺は……俺だけが生き延びた」


 泣きながら走り、走り、人類種の生存圏に逃げ延びた。

 そのときに、救ってくれたのが当時帝都に勤務していた正輝と、アトラだった。

 あの2人には、返し切れないほどの恩がある。

 この世界において信用できる数少ない友人でもある。


「妹の1人も守れなかったんだ……俺には誰かを守るなんてできない」

「そんなことないですっ!」


 突然叫んだ少女に、今度は俺が面食らう番だった。


「お兄さんはバカですか!? 私をさっき助けてくれたじゃないですか!」

「それはたまたまだ、俺はそんなに強い人間じゃない」

「お兄さんは……自己評価が低すぎます」

「……そうかな」

「そうですよ」


 少女はそう言って悲しそうな顔をする。


「俺の事はいいんだよ。結局何が言いたいのかっていうと、簡単に生きることを諦めるなってことだよ」

「……はい」

「さっきの返しじゃないけど、お前も自己評価が低すぎるよ」

「え?」

「気付いてないかもしれないけどさ、俺はお前と一緒にいて楽しかったよ」

「そんなこと……」

「嘘じゃない。それに、お前が俺のために色々としてくれたことを知ってる」


 少女が最初、俺のことを怖がっていることには気が付いていた。

 奴隷商の死体を見た時の彼女の反応を見れば誰でも気付く。


 そのせいで献身的だったり、奴隷のようにへりくだって接してきていたことも分かっている。

 その原因を作った俺が言えた口じゃないが、少女にもっと自由に生きて欲しかった。


「お前はよくやっているよ。でもさ、お前はまだガキなんだ。もっとわがままを言っていい。お前はそうするだけの権利があると思うんだ」

「う……」


 少女のこれまでの人生が辛く、険しいものだったのなら。

 これからの人生は、そんなことを忘れてしまうほどに幸せなものでなければ嘘だ。


「俺は弱いから、頼りにならないかもしれないけど……それでもお前の隣にいてやることくらいはできる」

「う、うう」

「お前が寂しいなら傍にいてやる。だからもう、自分に価値がないなんて言うなよ。お前の価値は、俺が保障してやるから」


 そう言って少女の頭を優しく、撫でてやる。

 慈しむように、慰めるように、愛でるように……


「う、ああああああああああぁぁッ」


 少女は耐え切れないといった様子で大声を上げて泣き始める。

 今まで溜め込んだ何かを吐き出すように。

 その様子に微かな罪悪感を感じながらも、少女の頭を撫でてやる。


 俺が少女に優しくするのはきっと、重ねて見ているからだ。

 かつて救えなかった妹の変わりに少女を救おうとしている。


 この感情は、酷く醜い。

 少女の嫌った同情よりも尚、性質(たち)が悪い。

 全く俺はろくでもない。


 そんな自己嫌悪を隠すかのように、少女の頭を撫で続ける。


「うっ、うっ……お兄さぁん……」


 嬉しそうに泣く少女を見て、少しばかり救われた気分になる。


 ……きっとこれで良かったのだ。

 始まりは同情だったとしても……今、俺が少女に感じている気持ちは、それだけではないのだから。

 

 だからこそ。

 今、踏み出せなかった一歩を踏み出そうと思う。


「名前を……教えてくれないか」


「私の、名前はっ、ミリィ……ですっ!」


「俺は柏木悠馬だ。これからよろしくな、ミリィ」


 こうして俺と少女、ミリィは本当の意味で出会ったのだった。


---


 

 1人の少年の話をしよう。

 どこにでもいる普通の高校生だった少年はある日、実の妹と共に異世界へと召喚された。


 少年は愛する妹のことだけは守ろうと誓い、辛い奴隷生活にも耐えていた。

 ある日突然訪れた好機、魔人種の村を鬼人種の一団が襲ったのだ。

 少年は妹を連れて、その混乱に乗じて逃げ出した。

 一心不乱に逃げ続けたが、そんな村の状態だ。戦闘は避けられない。

 

 その結果、少年は唯一の家族を失った。

 それからのことはよく覚えていない。気付けば人類種で勇者と呼ばれる者に保護されていた。


『もう大丈夫だ』


 妹以外の人物と交わした久しぶりの会話だった。

 それからその勇者と1年近くの間生活を共にした。その間に文字や会話、一般常識といったものを教えてもらい、少年は生き方を学んだ。


 自立可能になった少年は、勇者の下を離れて生活することにした。

 それから1年近くの間、その日暮らしの生活を送ったが、少年は2年が経ってなお、あの日のことを引き摺っていた。


 少年は常に1人で行動していた。

 たまに狩りに誘われることもあったが全てを断った。誰かの命を、その一片であろうと背負うことができなかった。

 

 背負うことが怖かったのだ。

 繋がりを持つことが怖かったのだ。

 また、失ってしまうことが怖かったのだ。


 成長した少年は、青年と呼べる年齢になり、1人の少女と出会う。

 助けてあげたいと、素直にそう思った。

 2年の歳月と、1人の少女との出会いが、確かに青年に変化をもたらしたのだ。


「……それじゃあ、帝都に帰ろうか」

「はい!」

 

 青年は少女の手をとり、歩き出す。

 今度こそ、守って見せると心に決めて。


 



 ……繋がれる2人の手、そのそれぞれに青とピンクのミサンガが、寄り添うように並んでいた。






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