大喧嘩
正午を少し過ぎた頃、王都の商店街は今日も賑わいを見せている。
俺と少女はその人ごみの中を、一緒に歩いていた。
「出発は明日の朝だ、今日中に旅支度を終わらせるぞ」
「分かりました」
まずは食料、衣料品だ。
出都は入都に比べて取り締まりが甘い。そのため、前回のような強攻策をとる必要もないため、バッグに入るだけ買い込むつもりだ。
「…………」
隣を歩く少女に、ちらりと視線を送る。
手には未だ、少年たちに付けられた傷が残っている。
あれから、少女は落ち込んだままだ。
なんとか元気にしてやれないかと、ない頭を必死に回転させながら買い物をしていく。
「荷物でしたら、私が持ちます」
「俺よりはるかに小さい子に持たせてたら妙に思われるだろ。却下だ」
何より、そんな最低な絵面におれ自身が耐えられない。
「では、私は何をすれば?」
「服のサイズとか、食料品の好みとか。あと、防具も適当に見繕うべきかな。あ、小遣いもやるから好きなものとか買っていいぞ」
言葉に合わせて、指を立てながら確認していく。
「私に、ですか?」
「そうだけど」
少女に小遣いとして、銀貨を数枚握らせようとするも、受け取ってくれない。
「そんな。奴隷の私にそのようなものを準備する必要はありません」
強情というか、なんというか。
少女は未だ、自身を奴隷の身分にあると思っているのだろうか。
奴隷商が死んだ時点で奴隷の身分からは開放されているというのに。
「お前はもう奴隷じゃないんだ。俺に遠慮する必要はないぞ」
なかなか受け取ろうとしない少女に業を煮やし、強引に銀貨を数枚握らせる。
「すいません」
「前から思っていたが、お前は謝りすぎだ。俺は依頼でお前の保護をしているんだから、お前が気に病む必要はねえよ」
「……すいません」
少し強く言いすぎたかも知れない。
そう思ったときには既に遅く、気まずい雰囲気が俺たちを包んでいた。
気まずい雰囲気はなかなか晴れない。
女の子と仲良くデートしたこともないので、こういうときなんと言っていいのか分からない。自分の対人経験値の低さに愕然とするぜ。彼女いない歴=年齢だよ、こんちくしょう!
「ほら、この服とかいいんじゃないか?」
「もっと、地味で安いのでも構わないのですが」
「俺の金だ、気にするな。それに俺の目の保養になるから元は取れる」
「そう、ですか」
無理に明るく振舞おうとしているのが分かるのか、少女の表情は未だ晴れない。
「気に入ったなら、試着してきたらどうだ」
「そうですね、行ってきます」
「おう」
少女が着替えている間、試着室の前で待つのも何かあれだったので周りの商品に目を向ける。
さすが王都というべきか品揃えは見事なものだ。その品揃えの中、俺は珍しいものを見つける。
ピンクと青色の2種類。男性用と女性用に分けられているのかも知れない。
「流石に値段も安価だな」
そこにあったのはミサンガのようなアクセサリーだ。
こういったアクセサリーはなかなか見ないが、これくらいの値段なら手が出しやすくていいのかもしれないな。
「お兄さん、試着して見ましたがサイズは問題ありませんでした」
いつの間にか戻っていた少女が元の外套姿に着替えて、傍に立っていた。
ああ、ファッションショーとかはしないのね。
うっかり耳と尻尾が見られても困るので仕方ないが、何か損した気分だ。
その後、俺もいくつかの服を試着して気に入ったものを購入していく。
「よし、こんなものか」
宿屋に戻り、旅の支度ができたことを確認する。
思ったより買出しに時間がかかってしまったため、外はもう真っ暗だ。
「明日の朝にはここを立つぞ、いいな」
「はい……」
昨日からずっとこんな調子だ。
少しずつ明るくなってきていたと思った矢先のこれだ。鬱々とした少女の様子に引き摺られて、少しきつい物言いになっていく。
「はあ、何か言いたいことがあるなら言ってみろ」
少女は俺を見上げ、何かを期待するような目をして……
「お兄さんは……私がいないほうがいいですか?」
と、聞いてきた。
予想外の問いに言葉に詰まってしまい、上手く言葉が出てこない。
「……いきなりどうした」
「私は奴隷であるのに、お兄さんのお役に立てていません。それどころか余計な出費を強いています」
「それくらい、俺は気にしない」
「私が、気にするんです」
少女はそう言って、潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。
「お兄さんが私に優しくしてくれるのは……私に同情しているからですか?」
少女の問いに、言葉を返すことが出来ずにいた。少女の言った通り、俺は同情心だけで少女に接していたからだ。
その境遇を知った最初から、昨日の事件を目の当たりにしたからは更に強く、少女に同情していた。だから俺は、
「…………」
それは違うと、嘘をつくことができなかった。
「やっぱり、そうだったんですね」
少女は俺の反応から察したようだ。
「……私のことはもう、放って置いてください」
「そんなこと……できるわけないだろ」
ここは王都だ。
見た目は獣人種である少女が生きていけるわけがない。奴隷になるにしても、人類種至上主義のこの国ではどんな扱いを受けるか分かったものじゃない。
「いいんですよ」
それを分かっていながら、少女はそんなことを言う。
「お前……死ぬつもりかよ」
「必要とされないモノに、生きる価値なんてありませんよ」
少女の言葉に、無性に腹が立った。
「生きる価値がない……だと?」
「はい」
「そんなこと、二度と言うなっ!」
静かだった夜の部屋に、怒号が響く。
少女は一瞬驚いたようだったが、次の瞬間には元の様子で語りだす。
「だって、そうでしょう。私は事実、そういったモノなんですから」
「それにしたって、生きる価値がないなんて事はないだろう!」
「じゃあ……どうしろって言うんですかっ!」
俺に釣られてか少女も感情を露わにする。
「私は1人じゃ生きられません! 知識も体力もない、そもそも人類種ですらないんですよ!? そんな私にどう生きろって言うんですか!」
それは少女の叫びだ。
ハーフとして生まれ、居場所を作れない少女の慟哭だ。
「醜くても、辛くても生き足掻けばいいだろう! 簡単に死なんて逃げ道選ぶなよ!」
命は一つしかない、大切なものだ。
奴隷商を躊躇いなく殺した俺のような人間が言っても、説得力の欠片もない。それでも、少女の命を蔑ろにするような発言は看過できなかった。
お互いの感情が衝突する。
「私だって、したくて奴隷なんてしているんじゃないですよ……でも、こうする以外、どうしようもないじゃないですか……それとも、お兄さんが私を一生守ってくれるんですか?」
「それは……」
「お兄さんも分かっているでしょう。私に居場所なんてないんですよ。お兄さんだって言ってたじゃないですか。帝都に戻ったら私を引き渡すって」
「…………」
反論、できない。
まさに少女の言う通りだったから。
「だったらもういいじゃないですか。放り出すのが帝都から王都に変わっただけ、これからは私一人でなんとかします」
少女は俺のもとへと歩いてきて、その小さな拳で俺の腹部を殴り付ける。
全く痛くはない……けれどその拳を受けて、胸の奥が痛み始める。
「私は、同情から生まれた優しさなんて……いらない」
その言葉が俺達の仲を決定的に引き裂く。少女は何も言い返せない俺に、一瞬悲しそうな顔をして部屋を出て行った。
俺はというと、少女を追いかけることも出来ず、ただ呆然と立ち尽くすだけだ。
「はは、かっこ悪ぃ」
俺から喧嘩を吹っかけて、倍近く歳の違う少女に反論することすらできずにやりこまれた。
これ以上かっこ悪い姿なんてそうそうない。
かっこ悪すぎて笑えてくる。
「あいつ、泣いてたな」
去り際に見せた横顔が頭から離れない。
部屋に残された2人分の旅道具にやるせない気持ちが沸き起こる。
「そういや、渡しそびれちまったな……」
荷物の中にあったそれを紙袋からだして眺める。
それは……ピンク色のミサンガ。
服屋に寄ったときに、少女の目を盗んで買っておいたのだ。
仲良くなるきっかけにでもと思って買っておいたのだが……失敗だったな。渡す機会は永遠に失われてしまった。他ならぬ俺の手で。
「……くそっ」
もういい。切り替えよう。
もともと、少女と俺の間にかかわりなんてなかったんだ。
この依頼は失敗だ。アトラには、謝らないといけないな。
特にやることもないので、旅の荷物を再び整理することにした。2人分だったものを1人分に詰め直していく。
その途中で、少女の分にと分けていた荷物の中に、入れた覚えのない紙袋があることを発見した。
「なんだこれ」
特に気にせず、中を確認する。
「あれ?」
一瞬、間違えて買ったのかと思った。
しかし、探せばピンクのミサンガもでてくる。
「これは……」
俺の手には青とピンクのミサンガがある。
しかし、俺が買ったのはピンクのほうだけだ。そもそも、少女に渡すために選んだものだ。片方あれば十分だ。
「ってことは」
今日の出来事を思い返して、気付く。
少女に上げたお小遣いを、少女はついぞ使わなかった。あれが使わなかったのではなく、俺が気付かないうちに使っていたのだとしたら?
そして、手元にあるのが『青』のミサンガだということ。
「俺ってやつは、本当にどうしようもねえ……っ!」
考えるより先に足が動き、俺は宿屋を飛び出した。
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銅貨が10コル。大金貨が1万コル相当となります。