勇者と飲み会
俺は現在、王都オーヴェンの中心部である、王の住まう城、王城へと足を運んでいる。
「止まれ、何用だ」
「友人に会いに来た。取り次いではもらいないだろうか」
その城の入り口にて、守衛に呼び止められる。
ここに住んでいるのは人類種最大の国の王様。この世界における最も権力の強い人間といっても過言ではない。そんな人の暮らす場所へ何のアポもなしに来たアホは俺くらいだろう。
「その友人の名前を伺おう」
「マサキ・カンザキだ」
「なんだと?」
マサキ・カンザキ。漢字で書くと神埼正輝。
2年前、右も左も分からなかった俺に手を貸してくれた恩人だ。
「黒髪黒目、もしかしてお前ユーマ・カシワギか?」
「ん? そうだけど」
代行許可証を見せて、本人であることを確認させる。
「カンザキ様からユーマ・カシワギと名乗る人物が現れたら連絡するように仰せつかっている」
「なるほどね」
なんとか会えそうな気配。
もしかしたら無理かもと思っていたため、この展開は嬉しい誤算だ。
「中に入れることはできないが、すぐに連絡を取る。しばし待たれよ」
「あいよ」
守衛はそう言って、部下らしき人物に指示を飛ばしに行く。
待っている間は、ぼーっと城を眺めることにした。この辺りでも一際高く、大きな城は一種の観光名所のようなものだ。こういうのが見れるのは、異世界にきて良かったと思える数少ないことだな。城、かっけえ。
1時間ほど経った頃に、城の中から誰かがこっちにやってくるのが見えた。そいつは大きく手を振りながら駆け寄ってくる。
「悠馬!」
その声を聞いて確信する。
「久しぶりだな、正輝」
俺は数少ない友人と、1年ぶりの再会を果たした。
「しっかし、久しぶりだなー悠馬」
「さっきから何回言ってるんだよ、それ」
「1年間も顔見せなかったお前が悪いんだよ。手紙の1通くらい寄越せっての」
「それはまあ、悪かったよ」
俺と正輝は2人、王城近くの居酒屋でジョッキを交わしていた。ぐびぐびとビールを飲み、タンッとジョッキをテーブルにおいた正輝が聞いてくる。
「それで、今回はまた急にどうしたよ」
「用ってほどのものはないんだが、まあ俺も生きてはいるぞって伝えとおこうかと思ってな」
「お前が死ぬとこなんて想像つかねえよ」
口元に笑みを浮かべながら、正輝が言う。
悪かったな、生き汚くて。
「勇者様こそ、調子のほうはどうなんだ?」
「その勇者ってのはやめろよー。これでも結構恥ずかしいんだぜ?」
勇者マサキ。
なんと、この友人は巷ではそう呼ばれているのだ。
「いいじゃないか。かっこいいぞ、勇者」
「実績も何もないのに勇者呼ばわりされてもな。こんなの、城の連中が騎士団入団者を増やすために祭り上げた体のいい広告塔だよ」
正輝はそういって、ひらひらと手を振る。
本気で勇者という肩書きを嫌がっているようだ。
「騎士団ねえ」
「悠馬はやっぱり、騎士団には入ってくれないのか?」
「今のところそのつもりはない」
騎士団。正確に呼べば、王国騎士団だ。
それは王国を守る盾であり、外敵を排除する矛
帝国における帝国軍と同じ扱いだが、その規模は全く違う。
下級騎士、中級騎士、上級騎士、近衛騎士、王国騎士と分けられた騎士達は総勢で20万人近くに及ぶ。
たった5万人しかいない帝国軍の実に四倍だ。もし、戦争をすれば確実に負けるね。
「そういえば、正輝。お前階級どこまで上がった?」
「今は近衛騎士を任されてる」
「また階級が上がったんだな」
俺と会ったときは上級騎士だったと記憶している。
普通1、2年で階級が上がったりしないが、そこは流石勇者といったところか。
「勇者って名前に負けないように階級も上げられただけだよ」
「そこまで自分を卑下しなくてもいいだろ。実際お前の実力は近衛騎士を任せられるだけはあると思うぜ」
実際正輝は強い。
昔はよく一緒に模擬戦をしていたが、負け越していたことを覚えている。
「悠馬こそ今は何をしているんだよ」
「俺は相変わらず便利屋としてこき使われているよ」
「悠馬も騎士になれば今より生活よくなると思うのに」
「俺はその日その日の食い扶持が稼げればそれでいいの」
「でもお前、アトラに借金してなかったか? あれってもう完済したの?」
「……まだだ」
「そんなことだと思った」
そう言って苦笑する正輝。
それから俺たちは近況やくだらないことを延々と話し続けた。
正輝と俺は元の世界ではなんの繋がりもない。
それでも、この世界において同郷というのは稀少だ。同年代ということもあり、俺たちはすぐに仲良くなったのを覚えている。
と、言うよりは俺がこの世界に来てから話せる人間が正輝しかいなかったというのも大きく影響している。
日本語の通じない異世界では本当に苦労した。
正輝がいなければどうなっていたことか。
3年前にこの世界に来た俺と違い、正輝はなんと8年前からこの世界にいるらしい。俺のように言葉が通じる人がおらず、凄く苦労したと聞かされた。
「……そろそろ王城に戻らないといけないな」
「やっぱり、忙しいのか」
「まあね。最近通り魔事件が多発しているせいで夜の警備も強化することになっててさ」
大変だよと漏らす正輝と共に会計に向かう。
俺が誘ったからと、会計を持とうとしたら「久しぶりだし俺が払うよ」と正輝が言い出し、俺が俺がとお互いに譲らなくなる。
お互い、日本人の魂は忘れていないようでなによりだ。
会計のお姉ちゃんはなんだこいつら的な目で見ていたが。
「王都には何時までいるんだ?」
居酒屋の店前、さあ帰るかという段になって正輝が聞いてくる。
「正輝にも会えたし、明後日には帝都に帰るよ」
「そうか……」
正輝はそこで僅かに顔を曇らせ、意を決したように口を開く。
「なあ、悠馬。本気で騎士団に入ることを考えてみないか?」
「……」
正輝が俺を騎士団に誘うのはこれが初めてじゃない。
けれど、ここまで本気の雰囲気なのは1年前以来だ。
「俺の推薦に悠馬の実力なら上級騎士くらいならすぐになれる。そうしたら、また一緒に……」
「正輝、悪いけどそれはできない」
正輝の言葉にかぶせ気味に拒否する。
友達同士でなければ失礼と罵られても仕方ない俺の態度に正輝は……
「そっか。まあ、仕方ないか」
とだけ言って、それ以上食い下がることもしない。
「悪いな」
「構わないさ、気が変わったらいつでも言ってくれ」
それだけ言って、俺に背を向ける正輝。
「正輝」
そのまま別れるのも後味が悪いと思い、呼びとめ、
「また、飲みに行こうな」
と告げてやる。
俺の言葉に正輝は「ああ、必ずな」と言って笑い、再び帰路につく。
その様子を見送った後、逆方向である宿屋へと足を向ける。
やっぱり会いに来て良かったなと、そう思いながら。
「なんてこった」
宿屋に戻り、そして呆れた。
「すー、すー」
小さな寝息を立てて少女が眠っている。
休めといったとおり、休んでいた。ベッドを使わず部屋の隅に丸まるようにして。
使えとは言わなかったが、使うなとも言ってない。俺は頭をがしがしと書いてから……
「ベッド使っても怒ったりしないっての」
となげやりに呟いて、少女の身体をベッドに運ぶ。
少女を起こさないように気をつけながら移動させ、俺も少女の隣で横になる。
今日は疲れた。酔いも回っているし、早いところ寝てしまおう。
「ごめん……なさい」
さて、寝ようかと思ったところで少女の呟きが聞こえる。
起こしてしまったかと思ったが、目を瞑ったままの少女を見るに、どうやら違うようだ。
「いやだよ……お母さん……」
「…………」
どんな夢を見ているのかは分からない。けれど、それが良いものではないことは明らかだ。
1人で奴隷なんてやっているところを見ると、母親に捨てられたか母親が死んでしまったか、そんなところだろう。
苦しげな表情の少女の茶褐色の髪を撫でてやる。
少女の表情が安らぐまで、何度も何度も。
「すー、すー」
やがて落ち着いたのか、寝息は再び安らかなものへと変わる。
いい加減に眠気が暴れまわっているので、やれやれと愚痴りながら眠りにつく。
次の日の朝、少女にベッドを使ったことで謝られ、事情を説明するというひと悶着が起きたのは言うまでもない。
「あー頭痛い」
強くもないのに、ぐびぐびと酒を飲んだ代償か、ものの見事に二日酔いに陥っていた。
あー、気持ち悪い。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、じゃない。今日中に旅支度を済ませる予定だったけど……明日にしよう。今日は動きたくない」
「分かりました」
あっさり了承する少女。そこに不満は感じられないが、なんとなく、年上として申し訳ない気分になってくる。
少女に今日1日、俺に付き合わせて部屋に閉じ込めさせるのも悪いと思い、
「今日は自由にしていいぞ。金も渡すから好きに買い物してこい」
と、指示しておくことにした。
「……あの、いいんですか? そんなことしたら私、逃げ出すかもしれないですよ?」
「あー、それもそうか」
今更ながら少女の逃げ出す可能性に気付かされる。
ここに来るまで従順だったため、全く考慮していなかった。
「だったら、金はなしだ。夕方までは自由にしていていいぞ」
一応逃げ出されると依頼失敗になってしまうため、動きを制限することにする。
改めて考えると、俺の監視がいかに杜撰だったか思い知らされるな。このくらいの適当さが俺らしいと言えば俺らしいのだが。
「分かりました」
少女が頷いたのを見て、2度目の睡眠にその身を委ねることにした。
「ん……?」
まどろみの中、誰かの声が聞こえてくる。
窓の外を見れば、何人かの少年たちが1人の少女に向けて何かを投げつけているのが視界に入った。
俺は飛び起きてから急いで部屋を出て、叫んだ。
「お前らっ! 何してんだよ!」
俺の声に驚いたのか、大人の登場にビビったのか、少年たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
残された少女の元に、急いで駆け寄る。
「おい、大丈夫かよ」
「お、お兄さん?」
蹲る少女は獣耳を隠すように両手で頭を押さえている。
瞳を潤ませた少女が顔を上げる。
「もしかして、見られたのか?」
「……ごめんなさい」
。
耳か尻尾を見られてしまったのだろう。
それから、少年たちに種族の違いから苛められた、と。
「…………」
正直、獣人種であることがばれたからと言って、すぐにどうこうなるとは思っていなかった。少しくらい白い目で見られるかもと思っていた程度だ。
手や足に痣を作り、出血している箇所まである少女の身体を見て、認識が甘かったと理解させられる。
「ひとまず部屋に戻ろう。歩けるか?」
「……はい」
少女の憔悴した様子をみて、真っ直ぐ帝都に帰るべきだったかと、後悔する。
ちらりと隣を見ると、少女は泣きそうな顔をしている。その表情に俺は、心が締め付けられるような錯覚を覚えた。