王都、潜入!
それから数日後。
到着した王都オーヴェンへと入るため、俺は門番へと近づいていく。この世界のほとんどの都市は、その周囲を高い壁で覆われている。魔物が寄り付かないようにするためだ。
したがって、都市に入るための入り口も限られてくるので、こうして入都審査が設けられているのだ。
一応のマナーとして馬から降りた俺は、片手で馬を引きながらもう片方の手を振り、旧知の間柄であるかのように門番へと声をかける。
「よう、兄弟! 元気してるか」
「旅人の者か?」
「……そんなもんです」
俺渾身のフリはあっさり無視される。
どいつもこいつも、ファーストコンタクトはその人に対する評価を決定付ける可能性があることに気付いていない。
その昔、高校入学のときに出来るだけ多くの友達を作ろうとして、『やらかした』記憶を、黒歴史として脳内に永久保存している。
……あれ? 俺、経験から何も学べてねぇな。
まあ、いいか。経験から学ぶ者は愚者と言うらしいし。
門番は実に面倒そうな様子で、俺へと質問を投げかける。
「入都の理由は?」
「知人に会いに来ました」
「滞在予定は」
「1日か2日で帰りますよ」
「身分の証明になるものはあるか?」
「代行許可証でしたら」
淡々と事務処理をこなす門番に、用意しておいた1枚のカードを見せる。薄い鉄板に彫られているのは俺の名前と冒険者ナンバー、それに髪と瞳の色だ。
この世界にはカラコンは存在しないし、染髪も容易ではない。そのため、髪と瞳の色は本人確認で重要になってくる。
「よし、いいぞ。出都するときは必ず門番にこれを提出するように」
「りょーかいです」
俺は内心ひやひやしながら門番をやりすごす。門番からは見えない位置まで移動したことを確認して、背負っていたバッグへと声をかける。
「もういいぞ」
「……暑いです」
そう言ってバッグの口から顔を覗かせたのは件の少女だ。
「無事、密入都できたな」
そう、俺は少女をバッグへ入れてそのまま入都していた。
食料なんかの消耗品を道端に全て捨てて、無理やり少女を押し込んでみたのだ。
まさか、門番もバッグの中に少女が入っていただなんて思いもしなかっただろう。そもそも、大人なら入るはずもないサイズだ。小柄な彼女だったからできた作戦だった。
「上手くいきましたね」
「ああ、持ち物の検査がなくて助かった」
帝都と違い、王都は他種族の入都に規制がかかる。
高い金を払ってまで通行料を出すのは馬鹿らしかったため、こういった手段をとったのだ。
「その危険はありましたが、ないと踏んだから決行したのでしょう? お兄さんの推測は見事でした」
「いや、ぶっちゃけ王都くるの1年ぶりくらいだし、結構ひやひやしてたよ」
「え……実はかなり危ない橋渡ってました?」
「見つかってたらヤバかったな。ははは、ラッキーラッキー」
「今更冷や汗でてきましたよ!」
ギャーギャー騒ぐ少女。
何だ、元気でてきたじゃん。
出会ったその日は黙り込んでばっかりだったからいい変化と言える。単純に俺に対して評価を改めただけかもしれないが。主に下方向に。
「なんでそんな笑顔なんですか。というかそろそろ降ろしてください。この中地味に暑いです」
「……」
「なんです?」
「何かこれ、可愛いな」
「……?」
「バッグから顔だけだした少女(獣耳付き)……アリだな」
「!?」
「もう少しこのままでもいいかも」
「そんなっ!」
少女は慌てて自力で出ようとするも、残念ながら手がバッグの中にある状況では上手く這い出ることもできない。
「ああっ! 出てもいいのに出れないと思うと凄い窮屈に思えてきましたよっ!」
「はっはっは、困った顔も可愛いじゃないか」
「笑ってないで出してください!」
……なんだろうな、これ。
好きな子には意地悪したくなる小学生の心境にも似た気持ち。
「うううー。出してくださいよぉー」
たぶん決定的な理由は、
「……ううう」
彼女が超ド級の弄られ属性を備えているということだろう。
しゅんと垂れた獣耳が非常に可愛らしい。
「いつまでもこうしてはいられないしな」
バッグの口を広げ、解放してあげる。
少女はパッと華が咲いたような笑顔と共に、バッグから這い出ようとして……こけた。可愛い。
「ありがとうございます!」
「うむ、よきに計らえ」
閉じ込めていたのも俺なので、礼を言われる筋合いは皆無なのだが、そのことに気付いていない少女はやはり上位の弄られ属性を持っていると思う。
「まずは宿だな、それと耳と尻尾はなるべく見られないようにね」
少女が獣人種と分かれば絡んでくるアホもいるかもしれない。帝都よりも多種族への規制が強い王都では、獣人種であることは出来るだけ隠すのが良いだろう。
「気をつけます」
フードを目深に被った少女を連れて、宿屋を探す。
太陽の位置から見て、今は正午を少し過ぎた頃だ。そのため人通りもまだまだ多い。すれ違った拍子に少女のフードが脱げたりしないように俺も気を使う。
それに、彼女の身長だ。ちょっとはぐれただけで視界から消えてしまうだろう。現に、今少し見失ってしまった。仕方ないと俺は少女の手を掴んではぐれないようにする。
「ほら、こっちだ」
「す、すいません」
「気にするな」
宿屋を見つけた俺は、ひとまず宿の主に料金を払い部屋を借りる。1泊1500コル、帝都に比べ倍くらいする値段に辟易しながらも金を払う。
「1部屋でいいのかい?」
「ああ、構わない」
2人分の部屋を借りて、さらに倍とられてもたまらない。
「ベッドはひとつしかないのだが……」
「気にしなくていいぞ」
宿の主は俺と少女に交互に視線を寄せる。
「まあ、あまり汚さないなら目を瞑るさ」
「何を邪推してんだよ!?」
暴言とも言える宿の主の言葉に思わず声を荒げる。
「あー……俺たちは兄妹だよ、あんまり邪推すんな」
「それは失礼。これが部屋の鍵だ、外出する際は私に預けてくれ」
全く、酷い疑いを受けた。
俺はボインの姉ちゃんが好きだと言うのに。アトラと一緒にするな。
鍵を受け取った俺は、かかれた番号の部屋を探して中に入る。
「俺は用事を済ませてくる。その間に、休んでおくんだぞ」
この数日で分かったのだが、元奴隷であったからか少女は俺の指示に素直に従ってくれる。やりやすいのだが、その分気を使ってしまうのが困りものだ。
「い、いってらっしゃい……ませ」
「ああ、行ってきます」
少し照れたようにそう言った少女に見送られ、部屋を後にする。
行ってきますだなんて言ったのは何時以来だろう、なんて考えながら。