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難易度ベリーハードの異世界生活  作者: 秋野 錦
第一章 王都邂逅篇
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獣人種

 

 この世界の知的生物は十三種族と呼ばれる分類をされ、それぞれが生存圏を持って生活している。

 十三種族同士はあまりお互いに干渉しない。

 100年近く前に大きな戦争をして、お互いに関わることを放棄したらしい。一種の不可侵条約がお互いに成立している。未だに小競り合いを続けている種族もあるにはあるがな。

 

 かくいう俺たち人類種もこの十三種族の一角にあたる。十三種族はみなそこまでかけ離れた外見をしてはいないが、その生物的特徴はそれぞれ他の種族には真似できぬものを持っている。

 

 魔術的素養であったり、権能と呼ばれる種族的優位性であったり、単純な外見要素であったりだ。

 その外見的特徴の一つ、獣人種と呼ばれる彼らと人類種を見分ける一つの基準にもなるそれ……獣耳が目の前でぴくぴくと動いている。

 

 薄茶色の毛並みはお世辞にも整っているとは言い難い。しかし、その手触りは極上の一言に尽きる。至高がそこにあった。


「はっ! 俺としたことが、ついモフってしまった!」

「んっ、くすぐったい、です」

「すまんすまん」


 可愛らしい獣耳に、モフラーの血が騒いでしまった。

 何せ、この世界ではペットなんてものは存在しない。実に3年近くぶりにモフるチャンスが来たのだ。内心穏やかでいられなくても致し方ないだろう?

 

 現在、荷馬車を離れた俺と少女は王都に向けて旅をしている途中だ。

 荷馬車から拝借した馬の休憩を兼ねて、その足を止めたまでは良かったのだが。少女の獣耳にモフラーとしての魂が刺激され、つい暴走してしまった。反省はしていない、ついでに後悔もしていない。


「しかし、お前は良かったのか? 王都に寄り道することになっちまって」

「構わないです。私には行くあてもないですし……」


 アトラから受けた依頼は二つ。一つは『奴隷商人の暗殺』、もうひとつが『獣人種の少女の保護』だ。

 帝国では他種族の者を奴隷にすることを禁止している。


 元の世界でもそうだが、他国の人間を不当に扱えば外交問題となる。

 そのため、他種族に対しては細かく法律が決められているのだ。今回の任務はその法を犯した商人をその罪ごと消し去るためのものだった。


 こんなワケ有りの依頼をしてくるあたり、アトラはただの商人ではないのだろう。何度か彼に聞いたこともあったが、彼は頑として自分のことを語ろうとしない。


「…………」


 同じく、未だ多くを語らない少女がどのような人生を歩んできたのかは分からない。

 しかし、その人生が安寧なものだったとは到底思えない。

 生まれた環境が悪かった。ただ、それだけだ。ここは元の世界ほど優しくはできていない。種族で差別されるし、人も簡単に死んでいく。

 多少の不幸なんて、珍しくもなんともないのだ。世知辛いことにね。


「あの……お兄さんは、私の新しい主なのですか?」


 少女の方から始めて声をかけてきたことに少し安堵する。

 奴隷の中には精神を病む者も少なくないからだ。こうして会話できるなら、その心配もないだろう。


「いや、俺はお前を保護するように依頼されただけだ。帝都に戻ったら依頼主のところに連れて行くから、今後のことはそいつと話し合え」

「依頼主……その方が新しい主になるのですか?」

「どうだろうな」


 アトラがこの少女をどのように扱うつもりなのかは聞いていない。

 ちらりと少女に目を向ける。

 可愛らしい獣耳とふさふさの尻尾は置いておいて、彼女の体格は今だ幼い子のそれだ。今だ幼女と言える歳だろう。


「……」

「あの、どうしました?」

「いや、ちょっとお前のことが心配になってな」

「……?」

「ちなみに今、何歳なんだ?」

「今年で12になります」

「そうか」


 危ない!

 この子をアトラに預けるのは非常に危ない!


「お兄さんはどういった人なんですか?」

「俺はただの便利屋だよ」

「便利屋ですか」

「おう、稼ぎは悪いけどな! はっはっは!」

「自慢げに言うことじゃないと思うんですけど……」


 事実だから仕方がない。

 毎日生きれるだけの稼ぎがありゃあいいんだよ。


「命あっての物種ってな。人生楽ありゃ苦もあるよ」

「なんですか? それ」

「俺の故郷のことわざ。だから、お前もいつまでも暗い顔してんじゃねえよ。ほら、飯食え、飯」


 少女の頭をわしゃわしゃと撫でながら、携帯食を押し付ける。


「ありがとう、ございます」


 モクモクと携帯食を頬張る少女。やっぱりお腹は空いていたみたいだ。

 少女の頭にある獣耳がぱたぱたと揺れる。

 ふと疑問に思った俺は少女に聞いてみる。 


「そういえば、お前はどうして人類種の生活圏に?」

「私は、人類種と獣人種のハーフですので」

「ハーフ!?」

「はい」


 思わず大きな声がでる。

 獣人種と人類種の間に子ができることは聞いたことがあったが、実際にハーフを見るのは初めてだ。


「半年くらい前まで人類種の母と一緒に暮らしていたんですけど……その……」

「悪い、思い出したくないことだったな」

 

 少女の杜若かきつばた色の瞳に浮かぶ哀しげな雰囲気に、軽率に聞いた己を恥じる。


「大変だったんだな」

「いえ、しょうがないことですから」


 獣人種と人類種のハーフ、か。

 なんとも深い業を背負っているものだ。


「そろそろ休憩も終わりだ。王都に向かおう」

「はい」


 俺は話題を変えるためそう言って荷物を準備する。

 ちらりと小柄な少女を見る。この年で多くの苦労をしてきたのだろう。


(他種族の奴隷にされた少女、か)


 少女に抱く感情。こういうのをきっと『同情』と、そう呼ぶのだろう。

 幼い少女の未来が明るいものであることを、祈らずにはいられなかった。




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