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難易度ベリーハードの異世界生活  作者: 秋野 錦
第一章 王都邂逅篇
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裏と表

 

 次の日の朝。

 今日から護衛任務が始まるため、普段より早起きしている。本当ならすぐにでも布団にダイブしたいところだが、それでも働かなくてはならぬのが社会人の悲しいところだ。

 

 アトラの指示にあった場所に行くと、ちょうど荷馬車の準備が完了しようとしているところだった。

 朝日も顔を出さない時間帯だ。暗がりの中近づいたからか、商人達は俺の登場に驚く。


「俺は護衛の任務を受けた便利屋だ。警戒しなくていい」

「ああ、あんたがそうか。もうすぐ、出発の時間だ。急げ」


 商人はぶっきらぼうにそう言って作業に戻る。

 やれやれ、ファーストコミュニケーションの大切さを知らないのかね。


「太陽が見える前に出発したい。持ち物の確認も済んだなら出発するぞ」


 すでに朝焼けの見える時間帯だ。あまり時間は残されていない。

 俺は護衛なので、持ち物の確認は家を出るときに済ましている。

 今回護衛することになった商人は全部で3人。彼らはそれぞれ、荷物を確認した後荷馬車に乗り込み……


「よし、行くぞ」

 

 との商人の一声で荷馬車が移動を開始する。

 

 目的地はアレムスター王国の商業都市アイゼンだ。俺の暮らしているこの国、ブルタン帝国とアレムスター王国は互いに友好国の関係だ。

 そのため、輸出入も頻繁に行われており、今回の輸出もその一つだ。


 この世界にはいくつかの国があるが、大きいのはアレムスター王国とブルタン帝国の二つだけだ。他は村レベルの小さい集落があるだけで、国とも呼べない国しかない。

 王国と帝国。これが、人類種の生存圏における二大国家だ。

 

 国と国との貿易だ、当然距離も遠いため今回の任務は長期のものとなる。

 荷馬車の速度で2週間。これが、王国と帝国の間にある距離だ。


 ごとごとと荷馬車に揺られながら、外の風景に目を向ける。

 広がる大草原、遠くに見える高い山々。日本では決して見ることのできない美しい大自然が一望できる。


「…………」

 

 たまに、ふと思うのだ。俺はいつから、元の世界に戻ることを諦めたのだろう、と。この世界に来たばかりの頃はずっと元の世界に帰りたかった。

 それなのに今はそんなことを思うことすら減っている。


 ふと、腰に差した小太刀の感触を感じ取る。

 きっと俺は、もう戻れないところまでこの世界に浸り切ってしまったのだろう。

 そう、この美しくて……地獄のような世界に。


「便利屋ァ! 来たぞ!」

「……っ!」


 商人の声に、意識を目の前へと集中させる。

 急に止まった荷馬車に商人たちがふらつく中、俺は荷馬車から飛び降り、駆けだす。


 地獄の一端が、迫っていた。


「らあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 震える身体を誤魔化すように叫び、熊のような巨体を持つ魔物、ボアへと突っ込む。大きすぎて首が狙えないため、まずは足の腱を狙う。


 腰を通すように差した愛用の小太刀を逆手に持ち、居合い気味に、一閃。


 ザンッ!!


 足から真っ赤な血を流しながら、地に伏せるボア。

 二足から四足に変わったため、首が狙える。戦闘は手早く終わらせるに限る。故に狙うは首だ。


「グアアアアアアアアア」


 ボアの振るう一撃で致命傷となりかねない爪の攻撃を、なんとか回避していく。相手は知能なき獣だ、回避することはそこまで難しくない。


 怖い。


 鋭い爪が眼前を通り過ぎ、髪が数本切り飛ばされる。攻撃を見切り始めている俺は、回避と同時にお返しにと斬撃を見舞う。


 ……怖い。


 相手は、魔物の中でも最弱の部類だ。まず、負けることはないだろう。


 …………怖い!!


「終わりだ」


 呟きと共に、小太刀を振るう。

 すれ違うようにベアは立ち位置を変えた後……俺は小太刀を納め、ベアは首が落ちる。

 ふう、と胸をなでおろし、護衛の任務を見事やり遂げた俺は、商人達の元に戻る。


「ほう、すごいもんだな」

「このくらい便利屋なら誰でもできますよ。というより、これくらい出来なければ便利屋など勤まらないですって」


 俺は腕にべったりと着いた生温かいベアの血を布で拭う。

 いまだに、指先が微かに震えている。


 手をグーパーと開いたり閉じたりして、なんとか震えを誤魔化す。


「護衛がひょろい兄ちゃん1人で大丈夫か不安だったが、杞憂に済みそうだな」

「……そんな風に思ってやがったのかよ」


 商人の言葉に溜め息をつきながら、荷馬車の中で腰掛ける。

 旅が始まってすでに2週間がすぎていた。そろそろ王国が視界に入ってもおかしくない距離だろう。


「王国についたら兄ちゃんはどうするんだい? すぐに帝都に戻るのかい?」

「いや、王都に知り合いもいるし、顔くらいは出してこようかと思ってる」

「そうか」 


 間違えやすいが王都と王国は違う。アレムスター王国は多数の専業都市を有している国家だ。その都市のひとつが、王様のいる王宮都市オーヴェン、通称王都なのだ。


「急いでないんだったらアイゼンで組まないか?」

「どういうことだ?」


 アイゼンとは商業都市アイゼンのことだ。商業都市は王都と同じくアレムスター王国の都市のひとつであり、俺達の旅の最終目的地でもある。


「なに、実は今回商品の販売まで任されていてな。商品が商品だから立会い人というか、護衛が欲しいのよ」

「なるほどね」

「あんたなら、ある程度事情も知っているだろうし腕も問題ない。どうだ? ある程度報酬も弾むぞ」


 商人の提案にどうしようかな、と頭を悩ませる。

 彼の提案に乗るかどうかではなく、どのように断るかをだ。


「ボス! アイゼンが見えてきましたぜ!」


 そうして悩んでいると、馬を動かしていた御者の男が声を上げた。


「よし、全員。したくを初めておけ!」


 俺と話していた商人が指示を飛ばす。その後、「返事は今じゃなくていいから考えておいてくれ」と言ってきたので……


「いや、悪いけど断らせてもらうよ」


 と、早めに返事をしておくことにした。

 

「残念だな。急ぎの用でもあるのか?」

「そういうわけじゃないんだけどね」

「じゃあどうしてだ?」


 2週間の付き合いでそれなりに信頼されているのか、食い下がる商人。この商人は出来る男だな、俺の価値を見抜いている。うん、非常に優秀。

 とはいえ、引き受けるわけにもいかないので、


「とある依頼を受けているんでね」


 と、それっぽいことをでっち上げる。

 

「そうか、それなら仕方ないか」


 便利屋は受けた依頼を反故にできない。違約金や信頼の面でマイナスしか生まないからだ。

 それを知っている商人はその一言で諦めたようだ。


「すまないな」

「いや、依頼なら仕方ない」


 俺が謝ったのはそのことじゃない。

 気乗りはしないが仕方ない……依頼を終わらせるとしよう。



 俺はボアと同じように、目の前の商人の首を叩き切った。



 とんでもない量の血潮が上がる。

 商人の顔はぽかんとした表情のまま、胴体との永遠の別れを果たした。

 賽は投げられたのだ。

 他の2人が異常に気付く前にと俺は動き出す。まずは馬を動かす御者からだ。後ろの異変に全く気付いてない彼の首を落とすのは簡単だった。


「なにしてやがる!」


 悲鳴のような怒号に振り向けば、残った1人がナイフを構えてこちらを威嚇してくる……が、腰が引けている。明らかに戦いなれていない様子だ。


「くるなああああああ」

「悪いな、これも仕事なんだ」


 素早く近寄る。

 ぶんぶんと振り回されるナイフは素人ゆえにその軌道が読みにくい。仕方ない、と俺はナイフを持つほうの腕の手首辺りを斬り飛ばす。


「へ……?」


 手首から先を失った腕を呆然と見る商人。

 俺は返す刀で商人の首を叩き斬った。

 その結果、生まれたのは首なし死体が三つ。辺りに撒き散った血臭に、顔をしかめる。


「終わりだ」


 アトラから受けた裏の依頼……商人の暗殺を終えた俺は、表の任務である輸出品の護衛のため、行動を開始する。だが、その前に……


「…………」


 俺は腕にべったりと着いた生温かい商人の血を布で拭う。


 ああ、本当にこの世界は……地獄だ。





 俺はそれから馬を止め、荷馬車の中、その最奥にあるスペースへと近づいていく。


「「「…………」」」


 そこにいた少女達は何が起こったかわからないといった様子で、俺を見てる。

 少女達は一様にぼろぼろの外套を身にまとい、フードで顔を隠している。痩せ細ったその手足には枷がかけられていたので、


「ちょいと失礼」


 俺は商人の死骸から見つけ出した鍵を使って彼女たちに嵌っていた枷をはずしていくと同時に、目的の人物を探す。

 全部で8人。

 これが商人達の商品だった。


「お前達の主人である奴隷商は今、死んだ。お前達はもう自由だ。外に出ればアイゼンが見えるから、そこへ向かうといい」


 少女達は俺の言葉を聞いて、枷を外された子から順番におそるおそるといった様子で外へと這い出て行く。


 奴隷。


 それはこの世界で珍しいものではない。親に捨てられたり、商人に騙されたり、食うに困って奴隷になったりもする。

 最初は自ら奴隷になる奴もいるんだな、と驚いたものだ。


「やっと見つけた」


 最後の1人でようやく目的の人物を見つける。

 腐った魚のような目。俺もよく言われる言葉だが、少女の瞳はまさにそう表現されるものに見える。

 顔をもっとよく見ようと、フードを脱がせると、少女はものすごい勢いで頭を手で覆い、蹲ってしまう。

 その反応で、確信する。


「……お前だな、獣人種の少女っていうのは」


 少女は一度身を震わせた後、こくりと小さく頷いた。



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