おっさんと新人
ミリィと生活を始めて数日が経った。ミリィは徐々に今の生活に慣れ初めている。
帝都は獣人種が歩いていても特に問題ないほど、獣人種にとって治安がいい。
国の方針の違いというやつだ。
王国が人類種至上主義を掲げ、多種族を排他する傾向にあるのに対し、帝国は「来たいなら来ていいよ。でも、あんまり騒ぎ起こさないでね」ってスタイルだ。
帝都ならミリィが1人で歩いていてもトラブルに巻き込まれる確率は低いだろう。
俺は俺で、日々の生活費を稼ぐために毎日のようにギルドに顔を出している。
そんなある日だった、俺がいつものようにギルドに顔を出すとギルドの古参、アルベルトが声をかけてきた。
「なんの用だよおっさん」
「たまには一緒にパーティ組もうぜ!」
アルベルトは既に30歳を越えるだろうに、全く体力気力の萎えが見えない元気なおっさんだ。
2メートルに届くほどのがたいに、厳つい顔は歴戦の戦士を思わせる。
「討伐系の依頼か?」
「おう!」
依頼にはいくつかのパターンがある。
その中の一つが討伐系。
帝都周辺に出没する魔物の駆除の依頼だ。これは他の依頼と違い、国から出る依頼であるため報酬が他のものより若干高い。
「俺は討伐系が得意じゃないんだよ」
討伐系は危険度が高い。
命あっての者種だ。危険な依頼はできるだけやりたくない。
「なーにひよってんだ。お前なら余裕でこなせるだろ」
「俺はその日が暮らせるだけの金が手に入れば満足なの。それに討伐系ってことはギルドの人間が着いてきて指揮を執るんだろ? ああいう組織行動って苦手なんだよ」
討伐系はギルドからちゃんと依頼をこなしているか監視がつく。
討伐したかどうかなんて、自己申告にしたら誰も真面目にやらないからな。俺でもそうする。
他にも一応、危険度が高いから複数人でやらせようという狙いもある。まあ、建前ってやつだ。
「確かに……お前ボッチだもんな」
「うるせえ」
アルベルトは俺をからかって豪快に笑う。
それから少しの間、情報交換をした。
主に俺からアルベルトに質問をする形だったが。
1ヶ月も顔を出さなかったら依頼傾向も多少変化する。アルベルトは古参なだけあって、色々なことを知っている。俺も新人だった頃はこのおっさんによく助けられたものだ。
「そういや、おっさん。今日は依頼を受けないのか?」
古参の便利屋は依頼内容を見比べてどの依頼を受けるか熟考したりしない。そのため、ギルド内にとどまっている時間が新人より短い。
アルベルトが未だ、ギルド内でぶらぶらしていたのが気になったので聞いてみたのだ。
「最近ソロの新人が顔を出しているみたいでな。顔を拝んでやろうかと思ってな」
「へー、新人か」
便利屋というのは信頼が大切だ。そのため、どの便利屋が優秀かを皆気にする。新人なら、どの程度のやつか気になってもおかしくはない。
俺はあんまり気にならないが。
「おっさんもマメなやつだなあ」
がたいに似合わず律儀というか何というか。
「言ってろ……噂をすれば、来たみたいだぜ」
アルベルトの視線を追うと、なるほど見たことのない顔の便利屋が張り出された依頼とにらめっこしていた。
新人ということで、ある程度予想していたが、思ったより若そうだ。
俺より3つか4つほど下だろうか。
中性的な整った顔立ちのその人物は、腰の当たりまで伸ばした銀髪を揺らしながら依頼を捜している。
その雰囲気や物腰から、女の子であろうと予想する。
女性の便利屋というのは珍しいが、あの歳でとなればなおさらだ。
このおっさんが目をつけるのも分からなくはない。
「んじゃ、ちょっくら挨拶してくるとするぜ」
「おう、行ってら」
アルベルトの名誉のために補足するが、目をつけたというのは心配したという意味だ。
アルベルトは新人の教育を進んで行う稀有な人物として有名だ。
依頼における死亡率が高いのは当然、新人の便利屋だ。アルベルトは若い新人の便利屋を見かけると絡みにいって、なんだかんだと言って世話を焼こうとする。
かくいう俺も便利屋を始めたばかりの頃はアルベルトに絡まれた。
最初は偉そうなおっさんだと絡んでくるアルベルトにいらいらしていたが、今となっては感謝している。
『お前みたいなもやし小僧に便利屋は務まらねえ。さっさとママのところに帰るんだな』
アルベルトに最初に言われたセリフを今でも覚えている。もっと素直な言い方をすれば良いものをと思わずにはいられない。一言で言えばアルベルトはツンデレだった。
「………………」
「…………」
アルベルトが、遠くで新人の子と会話しているのが微かに聞こえる。
おそらく、アルベルトは俺の時のように喧嘩を売っているに違いない。
そこで新人を打ちのめしてまだまだだなと言いながら、自分のパーティに加え、便利屋としての生き方を教えて行くのだ。
昔の俺を見ているようで、少し微笑ましい。
素手と言う条件付きの喧嘩だったが、俺はアルベルトに勝てなかった。
それほどにアルベルトは強い。
新人の子とアルベルトでは喧嘩にもならないだろうと思いながら、2人の様子を眺める。
「…………」
「……」
2人が構え始める。
おいおい、いきなり喧嘩するつもりかよ。
新人のあまりの無鉄砲さに思わず苦笑する。
しかし、次の瞬間。
ドンッ
到底、人の身体で出せるとは思えない爆音がしてアルベルトが吹っ飛んだ。
アルベルトは離れている俺の近くまでごろごろと転がり、仰向けに状態で倒れた。
その目を見れば、失神していることが分かった。
俺を含め、そのやり取りを見ていたギルド内の全員が唖然としながら、新人に目を向けた。
一方新人の子は、何事もなかったかのように依頼に再び目を向けて、その中の1枚を取り、受付へと向かって行く。
俺はワンパンで気絶させられた憐れな男に視線を向け……
「……安らかに眠れ、おっさん」
とりあえず、アルベルトの身体を通行の邪魔にならないところに転がしておくことにした。
「ただいま」
いつもより少し早いぐらいの時間に帰宅する。
少し前までは、帰りを告げても応えるものはいなかったが、今は違う。
「お帰りなさい、兄さん」
「ああ、ただいま」
「それさっき言いましたよ」
「なんか、まだ慣れてなくてな……帰ったら待ってる人がいるってのも、なかなかいいもんだな」
失って初めて気付く、なんて表現があるが、これはその逆。
手に入れて初めて気付く大切さだ。新婚さんなんかはこんな感覚を味わっているのかもしれない。
「夕飯できてるけど、すぐに食べる? それともお風呂? それとも……」
「えっ!? み、ミリィ!?」
新婚なんて考えていたところに、このミリィのセリフだ。
若干、躊躇うような仕草で俺を見上げたミリィは……
「先に収入報告する?」
可憐な笑顔で、無情なことを聞いてきた。
……新婚さんの定番トークに動揺した俺を許して欲しい。
「ごめん、今日はある人物に絡まれて依頼受けれなかった」
そして、甲斐性のない俺を許して欲しい。
結局、その日はお説教が最初になりました。




