『悪夢』は続く
『この人殺しっ!』
いつか言われたその言葉。
ずっと心の奥にくすぶり続けている罪の記憶。
自分には戦うことしかできない。だから、これは仕方のないことだと、自分に言い訳し続けていた。
背後を見ると、いままで殺してきた人々の手がこちらに伸びてくる。
……そして絶叫と共に、夢は覚めた。
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「兄さん! 待って下さい!」
「悪い、歩くの少し早かったか」
「いえいえ、私が遅いのが悪いんですよ。それより、手を繋ぎません? 王都を歩いていたときみたいに」
「帝都ならそこまで危険もないだろうし、別にいいんじゃないか?」
「はぐれて時間とられるのも困るじゃないですか」
そう言って俺の手をとるのはミリィだ。
俺たちは今、帝都に戻ってきている。
2週間前、王都での一件以来ミリィがかなり甘えてくる。
わがままを言えと言った手前、辞めろとも言いにくいので微妙に困っている。……いや、困っていると言うよりは戸惑っている、だな。
急に接近してきたミリィとの距離感を測りかねているのだ。
ミリィも何時の間にか、俺のことを「お兄さん」から「兄さん」と呼ぶようになった。
おが抜けただけだというのに、凄い親密感を感じる。言葉って不思議。
「今日はアトラっていう人のところに行くんですよね」
「ああ、行きたくはないけどな」
「そうなんですか、どんな人か気になります」
「ミリィには絶対あわせたくないタイプなんだよな……せめて後5年くらいは」
「5年? 何のことですか?」
「知らなくて良いことだ」
アトラに会えば嫌でも知ることになるだろう。
あの変態がミリィを見て、食いつかないはずがない。
俺はミリィがあの変態の毒牙にかからないように全力で守るだけだ。
「ここだ」
1ヶ月ぶりに帝都に帰ってきて、真っ先にアトラの屋敷へと足を運ぶ。ミリィの今後について話し合うためだ。
「ユーマ様、お久しぶりです」
「お久しぶりです、ヘンリエッタさん」
屋敷へと足を運んだ俺たちを迎えてくれたのはアトラの秘書、ヘンリエッタさんだ。
「アトラは今、時間ありますかね。依頼の件で来たんですけど」
「アトラ様は現在、『あーだるいー幼女成分が足りないー』と言いつつ執務をなさっているところですので、大丈夫かと」
「あいつの頭が大丈夫じゃなさそうですね」
ますますミリィを連れて行きたくなくなる。
いい加減、誰かアトラを診療所に連れて行けよ。
「こちらのお嬢さんが例の?」
「ええ、そうです。ミリィ、挨拶」
軽く背中を押して、前に出してやると、
「……ミリィです」
若干、不機嫌な声のミリィ。
突然どうしたのだろう。
「なんか怒ってる?」
「怒ってないです。兄さんが美人なお姉さんと知り合いで、鼻の下伸ばしながら話していたとしても全然怒っていないです」
「めっちゃ怒ってるじゃん……」
しかも理不尽。
ヘンリエッタさんほどの美人だ、ついつい鼻の下が伸びても仕方がないだろう。だから許せ、ミリィ。
「可愛らしいお嬢さんですね」
「毎日苦労してますよ」
「兄さんが毎日だらしない生活してるからでしょ!」
ミリィもなかなか言うようになったじゃないか。
俺はただ、朝が弱いだけでだらしなくはない……と思う。
「ふふ、御二人はなんだか兄妹のようですね」
俺たちの様子を見て、ヘンリエッタさんが微笑む。
「そう見えます!?」
それに食いついたのはミリィだ。
やけに嬉しそう。
「ええ、もう何年も一緒にいるかのような雰囲気を感じます」
「そ、そうかなあ。兄さんはどう思う?」
「ん? まあどっちかと言うと父親と娘って感じだと思……うぐっ」
「私たちそこまで年離れてないよ? 兄さん」
「ミリィ……痛い……」
ミリィに踏まれた足が痛い。
軽い体重の癖に妙に痛い踏み方しやがる。
「本当に仲がよろしいですね」
「ええ、まあ。そこは否定しませんよ」
実際2週間前と比べてミリィの態度は大分変わった。
俺はこの変化を良いものとして捉えている。
今まで誰にも頼れなかった反動か、少し寄りかかりすぎなところもあるが……それでもいい。そんなの、俺が多少苦労すればいいだけの話だからな。
そんな感じに話していると、やがてアトラの執務室に到着する。
執務室の入り口、大きな扉の前で、ヘンリエッタさんがコンコンとノックをして、声をかける。
「アトラ様、ユーマ様をお連れしました。お入れしてよろしいでしょうか」
ヘンリエッタさんの問いに、部屋の中から「いいよー」とアトラの間の抜ける声が聞こえてくる。
ヘンリエッタさんの手で開けられた扉の向こうには、執務机に向かい、非常に面倒そうに書類と格闘するアトラがいた。
「あー、ユーマ久しぶり。最近忙しくて死にそうだよー。どこかに可愛い天使でもいれば……っ!?」
こちらに視線を移した瞬間、ガタンと椅子を倒して立ち上がるアトラの視線は俺の隣、ミリィへと一直線に注がれている。
「ディ」
「ディ?」
「ディスティニィィィィイイイイイイイイイイイイイイッッ!!」
「うるせえっ!」
「え? 何? ユーマ、この子誰? 君の知り合い? もしかして、僕に紹介してくれるためにわざわざ連れてきたの? なんだ、それならそうと早くいってくれれば良かったのに! そしたら、もっと早く式場の準備ができたのにっ!」
「一旦落ち着け!」
そのまま本気で式場を予約する勢いのアトラの頭にチョップする。
こいつはどこまで本気なのやら。きっと、どこまでも……なんだろうなあ。
「こいつは例の獣人種の子供だよ」
「……なるほど、これほど可愛ければ世の男性が放っておかないだろう。君に依頼を出したのは英断だったようだ。危ない危ない」
「お前の発言のほうが危ねえよ」
すでにミリィはドン引きして、俺の影に隠れるように身を潜めている。
「彼女がここにいると言うことは、依頼は成功のようだね」
「ああ、違法に商売していた奴らは処理してきた」
「お疲れ様、依頼料は後で君の口座に振り込んでおくよ」
便利屋は、ギルドに各自の口座を持っている。アトラが依頼料をそこに振り込むのはいつものことだった。
今回は額が大きいので、少しでも借金を減らしておこうと思い……
「頼む。あと、報酬の5割は借金から引く形にしておいてくれ」
と、伝える。
アトラは俺の言葉に頷いて、ミリィへと視線を移す。
「……ああ、しかし愛らしい。お嬢さん、お名前を聞かせてもらってもよろしいですか?」
アトラはミリィの近くに歩いて行き、片膝をついて仰々しい仕草で尋ねる。
「……………………ミリィ、です」
ミリィは完全に警戒しているようだ。アトラの様子を見れば警戒するなというほうが無理な話だが。
……アトラよ、第一印象で失敗したようだな。憐れな男め。
「おい、アトラ。あんまりミリィを怖がらせるな」
「怖がらせるようなことをした記憶がないのだが」
本当にそう思うなら、こいつはどこかおかしい。
変態トークに付き合うつもりもないので、話を進める。
「……それで、ミリィをこれからどうするつもりだ」
「ふむ……当初は彼女でも働ける職場を斡旋しようと思っていたが……気が変わった。ミリィちゃん! 僕の屋敷で仕事しないかい?」
バッと手を広げ、ウェルカムと表現するアトラ。
それに対しミリィは……
「い、嫌です」
「ぐふっ」
アトラにクリティカルダメージ!
即答即決即断にアトラは膝を着いて身体を震わせる。
「ミ、ミリィちゃんはどうしたいかな?」
「私は……」
ミリィの言いにくそうな雰囲気に、俺は口を開き、
「俺が預かる」
と、告げるとアトラが……
「驚いたな……珍しいこともあるものだ」
などと呆気に取られた表情で俺を見てくる。
「何か問題あるか」
「いや、問題はないよ。むしろ良い傾向といえるかもしれないね。あのユーマが誰かに深く関わろうとするなんて」
「……約束したんでな」
なぜか嬉しそうなアトラの様子に俺は言葉を濁す。
「うん、そういうことなら問題はない。ミリィちゃんのことはユーマに任せることにする」
「いいのか?」
思ったより簡単に許可されたため肩透かしな気分だ。
「いいよ。ユーマなら悪いようにはしないだろうし。ただ、一度背負うと決めたんだから途中で投げ出したりしないようにね」
「もちろんだ」
アトラは最後に一度、釘を刺してから再び執務に戻る。
俺たちも帝都に戻ったばかりだ、家に戻って休むのがいいだろう。
「アトラさん、良い人ですね」
アトラの屋敷を出たところで、ミリィが言う。
「ああ、変態でなければ完璧な人格しているよ」
「そんな感じですね」
そう言ってくすくすと笑うミリィ。
その笑顔を見て、思わず頬が緩む。
最近のミリィは良く笑うようになった。本当に良い変化だと思う。
ミリィと雑談をかわしながら家路に着いていると、途中で見知った人物を見つけたため挨拶がてらに話しかける。
「アンリさん!」
歩くアンリさんはいつものギルドの制服ではく、普通の私服姿だ。
「あら、ユーマくんじゃない。久しぶりね」
俺の言葉にアンリさんはこちらに気付いたようで、近寄ってくる。
「お久しぶりです」
「本当にね、今まで何をやっていたの?」
1ヶ月もギルドに顔を出さないなんてあまりないことだから、アンリさんから何をしていたのか色々と聞かれる。
「今日は可愛らしい連れがいるのね」
「ええ、ミリィって言います。ミリィ、こちらアンリさんだ。俺の仕事仲間」
ミリィはちょこんと礼をしながらアンリさんに挨拶をする。
「ユーマ君、法に触れるようなことだけはしないようにね」
「アンリさんは俺を何だと思っているんですか。毎度言ってますけど、俺はアンリさんみたいな人がタイプなんですって」
「ふふ、ありがとう。これから仕事だからそろそろ行くわ。またギルドで会いましょう」
「ええ、また」
ギルドの方面に歩いていくアンリさんに手を振る。
その姿が見えなくなるまで手を振る俺を見て、ミリィが憮然とした表情で告げる。
「兄さんの知り合いって美人さん多いですね」
「んー、そうか?」
ヘンリエッタさんとアンリさんの2人ぐらいしか思いつかないが、ほとんど同時に会ったため、ミリィには俺の知り合いには美人が多く見えるのかもしれない。
「兄さんは、その……ああいう人が好きなんですか?」
恐る恐るといった様子で尋ねるミリィに俺は、
「それはまあ男なら年上のお姉さんは好きだろ。アトラは例外だが」
と、即答する。
「…………」
「ミリィ……痛い……」
なぜか俺の足を踏んでくるミリィ。
「あと、帰ったら借金の話、説明してくださいね」
「…………」
年端も行かぬ少女に叱られる20歳成人男性の図を思い浮かべ、これからは真面目に生きようと、俺は心に決めるのだった。
「ここが俺の家だ。好きに使ってくれ」
「ここが兄さんの家かぁ」
俺の家は帝都の中心から少し外れた路地にある小さな一軒家だ。
若干古い建物であることと、都心から外れた立地のため安く手に入った物件だ。2階まであるためこの家はそれなりに広い。
「う、埃っぽいです」
そのため、掃除の行き届いていない部屋がある。
「1ヶ月も家を空けてたからな」
「どうみても1ヶ月以上放置されているとしか思えない部屋もあるんですが」
ミリィのジト目に俺は視線をそらして口笛を吹く。
「はあ、仕方ないですね。私が掃除しておきます」
「わ、悪い」
「いいんですよ」
ミリィは仕方ないなあと言いつつ、若干嬉しそうな顔をしている。
きっと、家事で役に立てそうだから嬉しいのだろう。俺も助かるし、家事はミリィに任せることにしようかな。
……俺がますます駄目人間になりそうな気もするが。
「ひとまず、夕飯作りますね。キッチンはどこですか?」
「それならこっちだ」
ミリィに家の中を案内しながら、キッチンへと誘導する。
なんかこういうの、初々しくていいな。
「それじゃあ兄さんはゆっくりしててください」
早速腕を振るおうとするミリィに、流石に家の主として任せっきりもまずいだろうから、
「いや、俺も料理くらいなら手伝うぞ」
と、助力を提案する。
「兄さんの料理のまずさは知っています。私に任せてください」
「それでも皮むきくらいなら」
食い下がる俺にミリィは少し悩んで、
「そうですね。でしたら、野菜を洗って皮むきをしておいてください」
と、言ってきたので……
「了解した」
俺は腕を叩いて、任せろと伝える。
役割分担をして調理に取り掛かりながら、ふと考える。誰かと一緒に料理をするのは何時ぶりだろうかと。
もっと言えば誰かと一緒に生活するのは何時ぶりだろう。
隣で楽しそうに料理をするミリィを見ながら、口元を緩める。
「あ、痛っ!」
「はぁ、何やっているんですか、兄さん」
余所見をしたせいで指を切った俺はミリィに戦力外通告を受けるのだった。
……絆創膏、どこだっけな。




