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難易度ベリーハードの異世界生活  作者: 秋野 錦
第一章 王都邂逅篇
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プロローグ

「はぁっ、はぁっ」 


 俺──柏木かしわぎ 悠馬ゆうまは雨が降る夜道を、全力で駆け抜けている。ぬかるんだ地面を蹴り飛ばし息も絶え絶えに走り続ける。街灯も何もない道だが、周囲は暗くはない。


「××××××!」

「××××××××!」


 ドンッッッ!


 訳の分からない言葉と共に、轟音。

 周囲が真っ赤な炎に包まれる。

 辺りの家々に炎が飛び回り、この世界を怪しく照らす。炎の灯りに照らされ、周囲に散乱する死体も1人、2人ではない。

 いつ自分がそれらの仲間入りを果たすか恐怖しながら、俺は必死に走り続ける。

 ……傍らで、この世で最も大切な少女の手を強く握りながら。


「くっ!」

 

 ここは戦場だ、あちこちで戦闘が続いている。

 ここでも一人の男が俺に目を着けたようで、こちらに手をかざし、魔術の詠唱を始めている。


「××××××!」


「うおおおおおおおおおお!」


 俺は少女の手を離して、絶叫しながら男に向けて駆ける。

 

 全身の骨が軋み始める。

 全身の筋肉が悲鳴を上げる。

 全身の血液が体内を暴れ回る。


 男の放った炎の魔術に対し、俺は着ていた外套を脱ぎ、盾にするようにして突進する。


 グチャリ


 手に嫌な感触が纏わりつく。

 生温かい血液が俺の腕を濡らす。俺は筋肉が収縮する前に、素早く男の腹から手を引き抜きながら内臓を潰しておく。

 接近からの手刀。

 俺は慣れた動きで男の生命を絶つ。


 ゴブリと男は大量の血を吐き、空いた腹の穴から臓器が零れ落ちる。


「う、え……っ!」


 俺はその臭気に吐き気を堪えきれず、その場に崩れ落ちてしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 ……何故俺が、こんな目に合わなければならない……


 1年前、初めてこの世界に来たときは確かに嬉しかったはずだ。

 小説や漫画にあるような夢とロマン溢れる世界を夢想していた。それなのに……現実はこれだ。

 憧れた夢は、ただの幻想だった。

 戦いは、ただの殺し合いだった。

 異世界は……ただの地獄だった。


 それでも、生きることを諦める訳には行かない。

 俺には、俺自身よりも大切な妹がいるのだ。


 柏木澪……俺の妹。

 俺の、最愛の妹。


「兄さんっ!」


 後ろに待たせていた澪の叫びが聞こえる。

 俺は我に返って、立ち上がる。現状を嘆いている暇はない。

 

「えっ……」


 妹の見る先、そこには……バケモノがいた。


 紅に怪しく光る髪と瞳。

 一瞬で分かった、こいつは次元が違う、と。


 俺は絶対的強者に遭遇してしまった不運から、恐怖に固まってしまう。

 叫びすら上げられない。それほどに竦んでしまっている。


 バケモノの姿が揺れ、俺の元へと一直線に詰め寄ってくる。

 その一瞬で、死を覚悟した。


 生温かい血が、再び地面を濡らす。

 バケモノは先ほど俺がしたように、腹の中央を手刀で貫いている。


「なんで……」


 ふらふらと身体を揺らした後、うつ伏せに地面に倒れこむ。


「なんでだよ! 澪!!」


 俺は、俺を庇って倒れた澪に駆け寄る。

 その腹から止め処なく血液が流出し続ける。確実に……致命傷だ。

 俺は無駄と知りつつ、澪の腹を服で押さえて血液を止めようと試みる。

 

 動悸が激しい。眩暈がする。


「うわああああああぁぁッッ!!」

 

 俺はバケモノのことなど忘れて、澪の治療に専念する。もしも治癒魔術が使えたなら、この傷も直せたかもしれない。俺は自分の無力さを嘆き、絶叫する。

 

 ふらり、と人影が写る。

 それは先ほどのバケモノだった。


「この人殺しっ!」


 思わず叫んだ。

 自分自身、人を殺しておいてなんたる言い草か。自分がやるのは良くて、誰かにされるのは拒む。まるで子供の駄々だ。

 それでも、呪わざるにはいられなかった。

 この地獄のような世界を。


 バケモノは何を思ったのか、俺の元から立ち去って行く。


 俺が感じたのは命を拾った安堵、などではなかった。

 澪が死ぬ。その事実に、俺の心は半分折れてしまっていたのだ。


「に、い……さん」


 澪の微かな声が聞こえる。

 すぐに澪の手を取り、急速に冷えていくその体温を感じて、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。


 蒼白な顔、その口から微かに、しかしはっきりと最後の言葉が紡がれる。


「生、き……て」

 

 たった三文字。

 それが限界だったのだろう。澪は苦しそうな表情のまま──絶命した。


「すまない……澪……」


 冷たくなりつつある、澪の身体を強く、抱きしめる。ぽつり、ぽつりと懺悔をこぼしながら。


 澪は俺のことを守って死んだのだ。俺が……殺したようなものだ。

 深い後悔の中、澪の最後の言葉を反芻する。


『生きて』


 最後の最後まで、澪は俺の身を案じていた。


 俺は半ば、無意識に、強迫観念にとらわれた様に走り出す。


「ごめん……ごめんなぁ……ッ!」




 俺は謝りながら走り続ける。

 いつまでも、いつまでも…………


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