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拷問嗜好者

 

 それは不釣り合いな人物であった。

 こんな場所をうろつくにはあまりにも不自然な様相の人物。

 だから、すぐに判断した。

 始末するべきだ、と。

 その人物はキョロキョロと周囲をやたらと気にしており、どう贔屓目に見ても不審者にしか見えない。

 距離にしておよそ二十メートル。充分に爪弾の有効射程距離。

 狙うのは相手がこちらから見て左側を向いた瞬間だ。そこからなら相手が気付くのも遅れるし、気付いたとしても確実に先手を取れるはずだ。

「…………」

 様子を慎重に窺う。相手が何者であるのか、そもそも”同類マイノリティ”であるかも定かではない。

 少なく見ても相手は隙だらけ。とても戦闘になれた強者ではないだろうし、諜報活動を主任務にしているにしても、あまりに不用心過ぎる。ハッキリ言い切ってしまうならば、雑魚の様な者だろう。

「………………」

 だが、それでも関係はない。

 今、この場に於いて余計な邪魔はこの後にこの港の奥で繰り広げられるであろう破壊劇の障害になるかも知れない。

 異分子、不確定要素は早急に排除しなければなるまい。

 野涯武朗は少なくともそう判断したのだ。

「……………………行く」

 ボソリ、と呟いた瞬間だ。物陰から飛び出し、自身の左手をおもむろに相手へと向ける。まるでそれは銃口を向ける様に。左手の指先の血管が浮き出て──パッン。という輪ゴムでも撃ち出した様な音。ただし、飛んでいったのは輪ゴム等ではなく、何か光沢を持った物だ。それは鋭利なナイフの様でもあったが、それにしてもナイフよりもずっと小さい物だ。

 ドス、という何かが食い込む鈍い音。

 そして膝から倒れ、崩れる邪魔者。

 狙い通りに心臓へと命中した事だろう。

「あぐっっ」

 相手は呻き苦しんでいる。即死しなかった所を見るに、やはり同類だったらしい。だが、それももう死ぬまで時間の問題だろう。

 彼の爪弾は単に放って命中して終わりの飛び道具ではない。

 その真骨頂は、寧ろ命中してから。

 爪弾は螺旋を描きながら空気抵抗を突っ切り一直線に、獲物へと襲いかかる。その速度はライフル弾の弾速にも比類する。その上、銃火器の様な五月蝿い発射音もない。

 それだけでも充分な性能であったが、この爪弾は野涯が望む限り、延々と螺旋を描き続けるという特徴がある。そうまるでドリルの様に肉を抉り、穴を穿つ。命中せしめれば必ず相手を抉り殺す魔弾・・なのだ。

「ふ、ふはは」

 思わず笑みを浮かべる。そうコレだ。相手がもがき苦しむこの瞬間こそ、彼が殺し屋となった一番の理由だ。

 どんなに大きな体躯をした偉丈夫であろうとも関係ない。

 たった一つの、小さな指の先端についている爪先の欠片で悶え苦しみ、そして絶命せしめる。実に痛快だ。

 自分が異常なのは理解していた。

 だがそれも仕方がない。何せ実際の所、異常な力を持っているのだから。

 感じる、爪が螺旋を描きながら、心臓を抉ってズタズタにしていくのが実感として分かる。

 この感触も至上の時だ。

 そうして爪は相手の肉体を容易く貫いた。

 名残惜しいが、今は下調べ等の準備がある。

 さっさと片付けて、次に備えなければ────、そう思い、相手へと近寄る。


「いやぁ、痛いねぇコレ」

 あまりにも明るい声。あっけらかんとした声。

 その声に野涯は思わず後ずさる。

 信じられない、そう思った。確かに心臓を抉り、破壊した。

 リカバーがあってもそう簡単に回復出来るはずもない。

 背中に冷や汗が滲む。相手はどうやら常軌を逸した回復力を保持しているのかも知れない。

 白いフードつきのパーカーを羽織り、下は茶色のチノパンの相手は街中であれば極々自然だろう。

 だが、相手は本来いるはずのない存在だ。

 何故なら、ここは港湾関係者しか入れないのだから。

 現に野涯自身が偽造した身分証を提示してここに入った。

 獲物がどう入るかは知らないが、十代の未成年がおいそれとここには入れまい。

 相手はどう見ても十代の少年。せいぜい中学生、さば読んで高校生だろうか。

 薄暗いとは言え、流石に目も慣れたから相手の顔も見える。

 そう相手はまだ年端もいかない少年。そのはずなのに、何故後ずさるのか?

 本能が何かを喚いている、ニゲロ、とそう捲し立てる。

(五月蝿い)

 それを理性で振り払う。相手の胸部には未だに穴が穿かれたままだ。それでも平然としているのにも驚くが、それ以上にゾクリとしたのは相手のその表情だ。

 苦痛で身悶えし、発狂してもおかしくない。それなのに。

 少年の表情には恍惚とした、愉悦に満ち満ちていた。

 それはまさに狂気の沙汰であろうか。少年は歪んだ笑顔を浮かべつつ口を開く。


「さぁ、今度はこっちの手番だ。どんな【声】で泣くのか聞かせてくれよ」


 少年は、拷問嗜好者のマイノリティ、通称トーチャーである。

 彼もまた特命によって動いていた。

 最も、彼に出た指示は他の連中とは少し趣を異とする。

 彼は”尋問”。それだけに特化したマイノリティだ。

 だからその使われ方も自ずと戦闘というよりは、標的の”確保”が主任務となる。

 今回もそうだ、だからこそ相手を引き付けなければならない。

 出来るだけ邪魔者の入らない場所が望ましい 。

(そう、────丁度ここみたいに人気がない場所がいいよね♪)

 だからこそこうしてわざわざ相手から仕掛けてきやすい状況をセッティングしたのだ。

「さぁ、君はどんな声色で泣くんだろうね♪」

 改めて愉悦に満ちた笑みを浮かべ、歩み寄った。

「ひ、ひいいいい」

 あまりにも不気味な面持ちを浮かべる少年を前にして、野涯はすかさずもう一個、爪弾を放った。狙いなどもう適当だ。五メートルもない至近距離、外すはずもない。

 メリメリ、という肉を食い破る感覚。相手の出血箇所から見て、今度は腹部に命中したらしい。

「くそ、くそ、くそおおおお」

 叫びながら爪弾に意識を向ける。ただ単に貫くだけでは気が収まらない。メチャクチャに螺旋を描いていく。それは不自然に体内を巡る。肝臓、腎臓、膵臓、脾臓、小腸に大腸まで、それらの臓器を引き裂き、ズタズタに壊した。その感触を実感する。

 相手は一歩も動かないが、当然だ。

 いくらリカバーでもこれだけの重傷を簡単に癒せやしない。

 回復力が間に合わずに死んだかも知れない。だが、別にどうでもいい。仕留める事さえ出来ればいい。

「あ、はははは。バカめ、ガキが調子付くからだ……!」

 ようやく平常心を取り戻した時だった。


「で、今ので品切れかなぁ♪ それなら……」

 残念だぁ、と声を出しながら少年は動き出す。

 口からはとめどなく吐血している。腹部からも同様に激しく出血している。そもそも、胸部にはポッカリと穴が穿かれている。

 そして気付く。相手はリカバーを用いていない事に。

 驚愕するしかない。相手は死んでいる。それなのに、向かってくる。

「ああああああああ」

 いよいよ恐慌を来した野涯は全力で逃げ出す。勝てる気が全くしない。

(コイツは異常だ、化け物だ……!!)

 残り八発の爪弾を撃とうなどとは露程にも思わない。とにかく逃げる事だけ考えないと。

 そうして一体どれだけの時間が経過したのか?

 気が付けば野涯は相手に捕らわれていた。

 そうして待ち受けていたのは地獄であった。

 想像を絶する拷問。全身を痛め付けられ、心が今にも折れそうになる。


 ──さぁ、質問に答えろ?


 少年の声からは酷薄さしか感じ得ない。

 もしもここで素直に話したら殺される、そう思った。

 だから口をつぐむ。耐えてさえいれば、コマンダーが何かしら手を講じてくれるに違いない、そう思って。


 ──仕方ないなぁ。


 そう声が聞こえた瞬間、意識を絶たれた。

 暗闇が全てを包み込む。




「はぁ、はぁはぁ」

 野涯武朗は逃げていた。

 相手はそう、得体の知れない少年。爪弾を三発も撃ち込んだのに平然と向かってくる化け物だ。




「は、はぁはぁ、はぁ」

 野涯武朗は逃げていた。

 相手は得体の知れない青年。爪弾を八発。それだけ撃ち込んだのに、死なない化け物。物陰から様子を窺う。と、そこで互いの目が交差した。化け物が襲いかかってくる。

「くそ、くそ、くそおおおお」

 絶望しつつ、残りの爪弾を撃った。




「はぁはぁ、はぁ、はぁ……」

 野涯武朗は必死の形相で逃げていた。

 相手は深紅の零。文字通りの怪物であった。



 ◆◆◆



「ああああ、あははは」

 うわずった声が部屋で響く。

 その声は笑っている様でもあり、また泣いている様でもあった。

 様々な感情が入り交じっていて、その言語は既に半ば意味を喪失している。


 真っ暗な暗室の中。

 あるコンテナの中、蠢く者がいた。

 カチャカチャ、という何かを動かす音。

「ふむふむ、ここをこうしたら……どうかな?」

 嬉々とした声を発したのはトーチャー。拷問嗜好者たる少年だ。

 暗視装置ナイトビジョンを装着した彼は先程から玩具と戯れている。それはつい一時間程前に捕らえた相手だ。

 野涯武朗。

 別名”爪弾そうだん”と呼ばれるマイノリティの殺し屋だ。

 九条からの指示は獲物の尋問。獲物から情報を聞き出すいつもの仕事。

 少し違うのは獲物の確保を自分でやる必要がある事。

 そこで珍しく昼間に獲物が姿を見せるであろう場所へと向かう。

 自分を餌にした甲斐はあり、野涯を確保。

 方法は単純で、狭く、音がよく反響するコンテナ置き場で声を聞かせただけ。

 ──君は眠くなる、と。

 あまりにも単純な言葉は、拷問嗜好者が備えていた小型マイクによって増幅。その音がコンテナで反響して野涯の聴覚に作用。

 こうして捕らえたのだった。


「♪~~、んふ~~~ん」

 既に自白は完了した。だが、トーチャーはまだ満足していない。

 だから、こうして弄っている。

 電極を脳に直接接続、脳の様々な箇所に微弱な電流を流して弄んでいる。

 さっきから行っているのは記憶を司る”海馬”を意図的に弄る事である特定の出来事を繰り返す、というものだ。

 これがなかなかに興味深かった。

 同じ出来事でも、その都度細部が変わっていく。

 そして感情も変わっていく。

「ん~~。いいねぇ、もう少し遊ばせてもらうよ♪」

 少年は無邪気かつ残酷な笑みを浮かべ電流を流す。


「あ、ああはは、はははは」

 野涯武朗はこうして精神を破壊され、生きる屍となった。


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