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野涯武朗――爪弾

 

「は、は、はっ」

 薄暗い通路を男が逃げる。

 薄暗いとは言っても時間はまだ昼の二時を回った所。理由はここいら一帯が積み上げられた無数のコンテナのせいで日陰になっているから。遠目から見ればまるで巨大な壁の様にも見えるかも知れない。港の管理事務所に程近い場所だ。

 人気がないのは単純に事務所の職員が港に入港した大型の貨物船の対応に向かったからで、そもそも人手が慢性的に足りていないからであった。


 そんな場所を男が走り抜ける。

 見た所、二十台半ばから三十代前半、といった所だろうか。

「は、ぜっ、ぜっっ」

 息を切らせつつ必死の形相で逃げる。

 追手の姿は見えない。だが、不気味なまでの気配は依然として近くに感じる。間違いなく、相手はすぐ近くだ。

 何とか物陰へ入ると「くっっ」と小さく声を洩らしつつ周囲を探る様に慎重に見回す。

(撒いたか?)

 一呼吸、乱れた息を整え、改めて気配を探る。

 確認する事、およそ十秒後。

  誰の姿も認められない、ようやく一心地付けたらしい。

 思わず呟く。

「気持ち悪いヤツだったな」

 そう言いつつ、もう一度だけ通路を確認する。どうやら、完全に逃げおおせたらしい。

「しかし何だったんだアイツは……」

 思い出しただけで寒気が走る。あんな相手は初めてだった。



 ◆◆◆



 野涯のぎわ武朗たけろう

 それがこの男の名前だ。年齢は二十五才。

 男の仕事は表向きは無職の青年。だが裏の顔は売り出し中の”殺し屋”。

 その手口はと言うと、自身の”爪”を”弾丸”として飛ばすという物で、その射程はおよそ三十メートル。

 ここまでに彼は爪を二発撃った。距離は五メートル足らず。勿論、相手にその弾丸は二発とも命中した。

 彼の爪は厚さ十ミリの鋼板にも突き刺さる程の硬度と貫通力を持っており、既存の防弾チョッキ等は容易く貫ける。

 この爪弾は射手である野涯の意思ですぐに消え去る事も出来るのが個人的には一番の売りであり、証拠の隠滅等必要ない。

 これ迄に殺した標的の人数は二十人程で、失敗した事など一度もない。



 この力に目覚めたのは三年前。

 最初こそ自分に怯えを抱いたが今はこうして肯定。自身を受け入れている。

 人を殺したのは一年前だ。その日はギャンブルで金を得て、酒場に直行。景気よく飲み過ぎた結果、思わず悪酔いしてしまった。そうして酒場から出た後だった。

 連中はどうやら、酒場で派手に金を使う野涯を見ていたのだろう、取り囲むと「金を出せ」とだけ言った。

 自分に何か妙な力がある事は知っていたが、まだそれを使った事は無かった。

 だが、あの日は酒が入っていた事もあってか、気が大きくなっていた。だからその連中にも抗った。決して腕っぷしが立つ訳でもなかったが、野涯は自分に他人よりも怪我が早く治癒する能力──リカバーがある事は分かっていた。だから、躊躇なく喧嘩をした。彼自身分かってなどいなかったが、マイノリティは基本的に一般人よりも肉体面で優れているのだ。それは保持したイレギュラーの系統にもよるのだが、彼の場合は爪という一点特化型ではあったが、肉体操作能力ボディのマイノリティだった。その為に、常人以上の筋力が備わっていた。

 まず一人目は本当に弾みだった。

 目の前にいた連中の中でも一番の巨漢。深々と野球帽を被ったその男が目の前で鉄パイプをフルスイングしようとしていた。

 危険を感じた野涯はただ、それから逃れたかっただけだった。

 ただ、払いのけようとしただけ。

 だったのに。

 巨漢の胸骨はあっさりと砕けた。まるで飴細工の様に簡単に。そうして、簡単に人が死んだ。

 後はもう勢いだった。一斉に襲いかかって来た連中を無我夢中で、…………殺した。その際だ、自分の爪が異常な物であるのだと知ったのは。

 全員に爪が突き刺さった。そして簡単に死んだ。

 思えば、あの日は新しい”誕生日”だったのかも知れない。

 あの日以来、野涯は自分には人を殺せるだけの才能があるのだと認識した。一度コツを掴みさえすれば後はトントン拍子に事は進んだ。何せ、この九頭龍には大勢の悪党がいる。そういった連中にとって、証拠の残らない殺し屋というのは実に魅力的なのだ。

 もう、表の仕事など必要ない。

 人を殺すだけで大金が入る仕事、使わずして如何とするか?

 そうして”爪弾”の異名の殺し屋は徐々に有名になった。

 そんな折りの事だ。

 ”コマンダー”にスカウトされたのは。

 音声は変声機で変えており、それも毎回別の声。だが、間違いなく彼は同類だった。

 姿こそ見た事はない、最初は正直気に食わなかったが、彼の指示は常に的確そのもの。気になったのは、彼が金を欲していないらしい事なのだがコマンダーからの依頼を幾度も受けていく内に、そうした疑念も薄れていった。


(まぁいいさ。お互いに利用して利用される関係。こっちも儲かるなら構わない)

 そうして彼はコマンダーこと姶良摘示の半ば専属となる。

 多くの獲物を仕留め、充分な稼ぎを得、日々を楽しく過ごしてきた。

 そう、今日もいつもと同じ、そのはずであった。

 いつも通りに獲物を仕留め、稼ぐ、ただそれだけの……はずだった。





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