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ライトトゥダークネスpart4――苦戦

 

「え、何これ?」

 沸き起こった歓声。これまでとは明らかに異質な空気。

 0359は周囲の話に聞き耳を立てる。


 ──今日もメインはアイツか?

 ──ああ、今日こそはあのバケモノも終わりだろうなぁ。

 ──何か知ってるのか? 相手が誰か教えろよ。


 どうやらこれからメインイベントとやらが始まるらしい。

 その歓声はこの異常なイベントで最大の盛り上がりを意味しているらしい。

(ふざけんな、さっきまでの殺し合いが前座だとか、ふざけるな)

 怒りが浮かんだ。


 だが、消えた。

 そうした考えはあっという間に消え失せた。

 最後に、この闘技場に立っていた勝者を見た瞬間に全ての考えが吹き飛ばされた。



 ◆◆◆



「はぁ、はーはーはー」

 その呼吸は今にも止まりそうだった。

 もう勝負にすらなっていない有り様だ。

 今や零二は、熱代謝すらしていない。するまでもなく、素の身体能力だけで暗器を躱してみせている。

「くそっっ」

 ライトトゥダークネスは、両の指を複数同時に動かす。

 見えないワイヤーはこの倉庫の屋根から距離にして二十メートル。

 左右に、前後にと、四つの倉庫の屋根に仕掛けてある。

 彼の戦いとは、闇討ち、不意打ち、暗殺。

 その為には、如何に自分にとって優位なポジションを取れるかが最優先だ。

 だからこそ、ここに誘い込んだ。四方から暗器で攻撃出来る場所を、ここを。

 ワイヤーは寸分違わずにトリガーを引き、各々の仕掛けを発した。他者には見えない、だが彼にだけは視える。

 無数の暗器が雨あられと襲いかかる。

 だが、零二は淡々とした口調で問うた。

「なぁ、答えな──」

 ゆらり、とした動きで上半身をくねらせる。

 恐るべき事にたったそれだけの事で、容易く暗器を避けた。首を傾けて。片足を無造作に上げる。片腕をバンザイの如く掲げる。そんな何気ない動作、身振り手振りでいとも簡単に自分へと向けられた攻撃を避けてみせたのだ。

「──”くっっ」

 咄嗟に身を後ろへと、だが間に合わない。目前に迫る拳からは逃れられない。

 バキン、という痛打。

 鼻柱が砕けた感触。だがそれでもマシだ。

 身体が屋根を一度跳ねた。もう少し後ろへと飛び退くのが遅れてたならば、まず間違いなく顔面骨折だったに違いない。

「お前、何でこンな手段で向かって来るンだ?」

 零二の表情には若干の困惑が入り雑じっている。



 無理もない、零二はかつて一度だけ訓練とかで、目の前の相手と少しやり合った。準備運動みたいなものだったが、軽くやった記憶がある。

 最初こそ面食らった。

 いきなり相手が消えたのだから。

 何発かの恐らくはパンチを喰らった。

 だが軽い。大して身体に響かない。恐らくは経験不足に筋力不足だろうか。

 視えてしまった後はもう勝負にすらならない。

 一方的に小突いた。

 時間が来て、去り際にふと相手の目が入った。

 涙を浮かべているものの、その目には悔しさが溢れていた。

 だからこそ、声をかけたのかも知れない。

 また、やろうぜ、という言葉を。



 あれから数年、今こうして相手と向き合う中で零二は確信していた。これはおかしい、と。

 今朝の襲撃、そして今までの攻撃。

 確かに厄介だ、先手を必ず打たれるのだから、ペースを著しく乱される。

(でもよ、……)

 こんなモノなのか?

 正直言ってもっと苦戦するかと思った。

 だが今はこうして相手の攻撃を聴く事で問題なく対処も出来る。

 だからこそ、だ。

 零二には何故、目の前の相手がこうした”正攻法”で来るのかが理解出来なかった。

 彼の透明化、の能力は明らかに暗殺向きのイレギュラーだ。

 自分のみならず無数の武器を透明化出来るというのならば、それこそ正攻法で戦わねばならない理由が存在しない。

 不可視の罠を仕掛けて、こちらをそこに引き込めばそれでいいのだから。そう、丁度最初に自分が引っ掛かった様に。

 つまりは、そういう事だ。

 この戦いは最初から、前提・・からおかしいのだ。

 今朝もそうだ。そもそも暗殺を得手にするのであれば、わざわざ自分からその存在を明らかになどせずに機会を待っていればいい。

 その方が間違いなく成功率は上がるに決まっている。

 だからこそ、の問いかけであった。


 対して、

「お前に言う必要はない」

 それが相手からの返答だった。


「そうかよ、なら仕方ねェよな」

 事ここに至って、もう問答など必要ない。

 零二は腰を落とす。右の拳に意識を集中し、白く輝かせる。

 同時に、すううう、と呼吸。全身から蒸気を発した。

「もうお喋りはお終いだぜ」

 それは意思表示であった。

 無論、零二から相手に対する。

 それに対して、相手もまた頷く。覚悟は出来ている、という所だろうか。

 その回答を見て取った不良少年は口元を歪めるや否や──仕掛けた。

 紛れもない本気での突進。

 あまりの速度にライトトゥダークネスは全身に悪寒を覚える。

 このままぶち当たっただけでも致命傷を負わせるのでは、とそう思わせる速度と勢い。

 この二年間、02と呼ばれた最強最悪の焔使いが自身の象徴とも云えた焔を棄てたと聞いた時、彼は残念な気持ちになった。

 間違いなく弱くなる。それが残念だと思ってしまった。

 仲間たちのうち何人かはこれを機に02を殺してしまうべきだと口にした。確かに正論だと思う。

 あの強さの根源たる焔を失った今、02は間違いなく弱体化している事だろう。

(そのはずだった……なのに)

 その突進速度はまさに野生の獣の如く。それでいてそのどれをも上回っている。

 姿が見えた瞬間には目前にまで肉迫されていた。

「らあっっっっ」

 気合いを込めた一吠え。ガシン、という音。まるで大型のトラックにでも撥ね飛ばされたかの様な衝撃。気が付けば視界が空を見上げており、吹き飛ばされた。

 ばあん、と屋根を強かに跳ねる、幾度も幾度も。そして地面へ無様に落ちた。

「おぐっっっ」

 呻きと共に口から吐血。間違いなく内臓をやられた事だろう。だがまだ立ち上がれる。ゆらりと起き上がる。

「しゃあああああ」

 その反応を予期していた零二が追撃をかけるべく一歩を踏み込む。そこからたった二、三歩で目前へ。

 そのままの勢いを活かし左で飛び膝を放つ。

 辛うじて両腕で前面をガード。だが止まらない。圧倒的な加速、それに伴う驚異的な加重、そのまま側にあった倉庫の扉へと叩き付けられた。

「うぐううっっ」

 全身をプレスされた様な痛みと、ミシミシ、メキッという骨が何本か折れ、ヒビの入った音。

(まだ、だ)

 だがライトトゥダークネスは耐える。もう既にリカバーも発動しない。既に彼は死病で限界を迎えていた。だが、まだ、そう思い堪える。最後のチャンスを待つ。

 正直言って、こうした展開は想定内だった。



 ◆◆◆



 零二に挑む、そう決意した彼は仲間に、そして彼に打ち明けた。

 誰もそれを止めなかったのは、既にライトトゥダークネスという仲間が助からない事を知っていたからだろう。

 そう、既に死を受け入れていた。要はそれが病気であるか、02相手であるかの違いだけの話。

 それから皆はあらゆる伝手を用いて出来うる限りの相手の情報をかき集めた。短期間で集まった膨大なデータを目にし、仲間が相当なムチャをした事は想像に難くなかった。有り難い、と心から思った。


 その戦闘データを目にした彼らは唖然とした。

 確かに02、いや深紅クリムゾンゼロこと武藤零二はあの全てを灼き尽くす焔を使わなくなった。普通に考えれば大きな戦力ダウンだと言える。

 にも関わらず、圧倒的であった。

 自身を燃料にしての熱操作。これ自体は炎熱系のイレギュラーを扱うものであれば基本として習い、扱う事は可能だ。

 だが、だからといってあれだけの熱量を発する事が可能なのか?

 そう思わざるを得ない。

 あれは形こそ蒸気機関の様相を呈してはいたが、実情は違う。

 いくら高温とは言え、蒸気で弾丸等を瞬時に溶解する事など不可能だ。あれはそういう形をした活火山の様な物だ。

 そう仲間の一人が口にした。

 規格外だ、ともこぼした。


 彼だけは何も言わない。いつもそうだ。彼は何かあった際その解決を自分からは申し出ない。まずは仲間内で議論させ、結論を出すのを静かに待つ。この日もそうだった。

 彼は、その目は静かに、だがじっとこの規格外の怪物と戦う仲間を見据えている。

 そう、結局は決めるのは戦うと決意した当人のみなのだ。

 とうに決意など定まっている。

 だから、口にした。

「ぼくは、……やるよ。どんな形になっても、持てる全てをぶつけてね」


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