ライトトゥダークネスpart2
「ぐ、くうっっっ」
零二は呻いた。全身を襲った強烈な痛み。
何があったのかが観えない。だが、何が起きたのかは理解出来た。まず両足には恐らく、矢が刺さっている。
ビィーン、という風切り音が微かに聞こえた次の瞬間に、それが命中した感覚がある。
続いては左腕。そこには恐らくライフル弾が貫通していた。
だらり、と力なく腕が揺れる。しかし、感覚がない。
恐らくは神経を損傷したのだろう。
だが、命に別状はない。
腹部には多分槍だろうか。何か太くてそれでいて先端は鋭利に尖った物に貫かれた感覚が幾重にも感じられる。
それらの傷はそのいずれもが零二にとっては致命傷には至らない負傷であった。そう本来であれば何の問題もないはずだった。
何故なら武藤零二は見えない”鎧”を纏っているのだから。
”熱の壁”と呼ばれるその鎧は、自身の危険を察知するとほぼ自動的に高熱を吐き出して迫る脅威を排除せんとする。
その熱量がどれだけの物かは実際の所、零二自身も知らなかったし、白い箱庭の研究者達にもその鎧が何処までの攻撃を防ぎ切れるのかを正確に把握して等いなかった事だろう。
それは些末な事、そう白衣の連中には言われていた。
だがそこに大きな”盲点”があった。
熱の壁は言うなれば、零二自身の本能に従った自己防衛反応だ。
危険を察知し、その迫る危険を事前に防ごうとするイレギュラーである。
これを突破するには、熱の壁をも無視する攻撃を放つのが一つ。
次いで、零二本人に気付かれない攻撃を叩き込む、という方法がある。
二番目の気付かれない攻撃、と言うのは、分かり易い例だと現在の零二の相棒こと桜音次歌音の、音を用いた遠距離攻撃がその最たる物であろう。
要は気付かれなければいいのだ。
翻って今、零二を貫いた無数の武器による攻撃は、疑いなく後者。
それらの攻撃は一つたりとも見えなかった。
零二の視界に入る事もなく、突如全身を貫いたのだ。
目に映る事なく、視認出来ず、察知しなければ熱の壁は発動しない。
「うぐっっっ」
呻きながらも零二は踏み留まる。
同時に全身から蒸気を噴き出し、自身の身体を貫く異物を焼き尽くす。
観えない武器は消え失せ、同時に零二は身体の傷をリカバーと熱代謝の合わせ技で塞いだ。
僅かな疲労感は感じたが、戦闘に支障はない。
「なるほど……まさか本当に【焔】を使わなくなったんだな、お前は」
そう言いながら0359は姿を現す。
声には相変わらずの感情のないものの、親指に人差し指を顎に添え、その表情には微かに変化がある。
「へっ、なンだよ。もう完全に人間やめちまったかと思ってたケド、……まだまだ人間じゃねェかよ」
「そういうお前はあまり変わってないな……」
「へっ、ジョーダン。オレは随分変わったもンだぜ……」
ははは、という笑い声は、薄暗い夜の帳が落ちた港湾区域には不釣り合いにとにかく底抜けに明るかった。
「さってと、…………」
零二はそう言いつつ、手足の状態を確認する。
特に動きに問題はないし、痛みも感じない。
「で、さっきの攻撃だけどよ……」
相手へと問いかける。
「ああ、お前の想像通りだ。昔とは違う。
【ライトトゥダークネス】も以前よりもパワーアップした。
以前なら、この手に触れている物しか透明に出来なかった。
だが今は違う。見ての通り、いや味わった通りにな」
相手はそう言葉を返した。その回答中に僅かに口元が歪んだのは、決して偶然ではないだろう。自身の優位を確信した事からに違いない。
(やっぱな、そうだろうよ)
そして零二は相手が嘘をついていないと理解した。
そうでなければああも簡単に無数の攻撃を喰らったりはしない。
(さってとぉ、…………どうするよ?)
だが、逆に零二は冷静さを取り戻した。
手痛い目にこそあったが、お陰で頭に血が昇っていた事を実感。
深呼吸を入れて、気を静めた。
「にしてもよ、何でさっきので片を付けなかったンだ?
ま、お陰でこうして頭に昇った血も抜けちまったワケだけどな」
それはこうして今、冷静さを取り戻したからこその疑問だった。
戦いには流れがある。相手が平静を保てずにいる状況下で、……自分の優位な時に戦いを決するのは極々当然の事だ。
そこで下手な躊躇をすれば、それはそのまま自分へと手痛いしっぺ返しとして跳ね返ってくる。
零二が散々、後見人に教え込まれた事だ。
──若は、自分が強い事を理解しておられる。自分に何が可能で何が不可能なのかをよくご存知だ。
だからこそ、ですかな。若は往々にして慢心なされる。
自分が相手より勝っておると理解しているからこそ、心に驕りが生まれる。
よいですか、慢心されるな。
その心の隙間は、弱者に付け入られる間隙を生じます。
それは戦いに際し、致命的な事態を招くのです。
そう言われつつ、毎日毎日、ボッコボコにされた物だ。
だからこそ、その身にその教えは染み付いた、いや、染み付けられた。
翻って今、目の前に立つ病的に痩身の青年。
身長は一八〇位、体重は五〇キロも無さそうだ。
ハッキリいって病人のような姿だ。
さっきまでの行動を思い返す。
自分がもしも相手の立場であったなら、と想定。
それならば、やはりさっきのでケリを付けると結論付ける。
にも関わらず、それをしなかった理由は…………?
答えはすぐに思い至った。
「そうか……アンタ【実戦経験】がねェンだな」
そう口をついた言葉に相手の表情がピクリ、と動いた。
それは無意識であっただろう。だが、紛れもなく”肯定”を示していた。
思えばそうだった。
あの白い箱庭での日々。
あそこでは日々、今思えば非人道的な実験を繰り返していた。
だがその細部となると実験体毎に様々な差異があった。
例えば零二の場合は、それは純粋に”戦闘能力の向上”を目的にしていた、と記憶している。
その為だろうか、戦闘訓練以外にも様々な投薬を受けた。激痛を伴う物、強烈な眠気を誘う物、短時間だが身体能力が飛躍的に向上する物等々、様々な薬を子供の頃から打たれたのだ。
で、目の前に立つ病的に痩身の青年は、というと最初こそ他の実験体と同様に戦闘訓練を受けてはいたが、しばらくしてそうした訓練から身を退いていた。
その事が気になった零二、当時は02は0359に尋ねた。
すると返ってきた答えは「もう必要ないって言われた」というものだった。
どうやら戦闘訓練の代わりに投薬実験を中心にするとの事らしい。何故か嬉しそうにそう答えたのを見て、02たる少年は眉を潜めた物だった。当時の彼にとって戦闘こそが最大の娯楽であり、投薬実験は何だかんだで苦痛を伴うモノばかりだったのでいい印象はない。
結局、以来02は新入りの実験体とはまともに戦う事なく、それどころか、他の実験体の少年少女とも戦う事もなく、時が流れていき──あの日、焔の中に消え失せた。
そのはずだった。今、目の前に立つ相手を見るまでは。
「だ、だからどうした? お前は勝てない。絶対に!!」
零二の言葉に0359は遂に感情を露にする。声は震え、怒りを感じさせる。
「いいから、ここで今、死ね!!」
そう叫ぶと同時にシュバッ、という何かが飛んでくる音。
不可視の攻撃は狙いを違わずに標的の腹部を貫く……かと思われた。
だが、
バシン、という音。
「よっっっ、と」
その攻撃を標的はあろうことか手で掴み取った。
いとも容易く、とでも言わぬばかりに。
「ふーン、やっぱ【矢】だよな」
零二は手に掴んだ視えない矢を顔に近付け、しげしげと眺める。そして掴んだ左手を上下に幾度も動かす内にバキッ、という音。
そしてカラン、という金属の跳ね返る甲高い音。
「成る程、ね。……木で作ったんだな矢尻以外は」
と笑った。とても戦闘中とは思えない。自らの命が狙われている状況下で浮かべる表情とはおよそ思えなかった。
「さってと、で?」
「な、何だ?」
零二の切り出しに痩身の青年はその意図を読めない。
彼は未だ困惑していた。
「【手品】のネタはもう無いのか」
その言葉に青年の表情に、こめかみに青筋が立つ。
「な、舐めるな…………舐めるなよ02ッッッッッ!!」
その声は0359にとって、この戦いが始まってから、いや、あの研究施設を出てから初めてとも言える感情の爆発だった。




