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光から闇へ――ライトトゥダークネス

 

「チッッッ」

 零二は思わず舌打ちしていた。

 がららららっっっ、という轟音が響く。

 つい今しがた、まで立っていた倉庫の屋根が粉々と化したのだ。

 爆発か、それとももっと単純に……相手のもたらした破壊なのかが判然としない。

(一体、何をしやがった?)

 思わず相手の姿を睨む。

 その鋭い眼光は、その身長と体重のバランスが崩れた痩身の青年の姿を捉える。

 正直言ってまだ信じられない、それが本心だった。

 確かにその相手を零二は知っている。

 忘れもしない、あの”白い箱庭”にいた頃に一緒に暮らしていた自分も含めた実験動物モルモットの一人だ。

(でも、一体どういうこった?)

 だが、それは有り得ない事だった。

 何故なら、あの忌まわしき”白い地獄”はもう無いのだ。

 二年前当時”02”と呼ばれた炎を纏った実験動物じぶんじしんが暴走し、何もかもを灼き尽くしたのだから。

 誰一人、生存者はいない。

 そう九条には聞かされたし、何より零二自身が確信していた。あんな地獄を生き延びるのは不可能だと。

 だと言うのに。

(何でアンタが生きているンだよ?)



 数十秒前。



 零二は思わず「あ、アンタは?」と言った。

 そこにいたのは知っている顔だ。

 朝方とは違い、男はその顔を、姿を露にした。

 その痩けた頬、生気のない肌色、無造作に伸び放題といった感のある黒い長髪。まるで幽鬼のような印象を感じるそんな中で、その目だけは爛々とギラついている。

 その様相はまるで廃人の様だった。

「久し振りだな……【02 】いや、今は武藤零二だったか?」

 その声からは何の感情も感じさせない。抑揚も何も感じさせない平坦な声だ。それは、良くも悪くもあの白い箱庭で過ごしていた何よりの証左だろう。何故なら、あそこにいると失うのだ。

 何か大事な物を。少しずつ少しずつ、だが確実に。

 もっとも、それが何なのかを零二がハッキリと理解したのは、外に出てからの事だが。

(そうさ、アイツは)

 出会った頃はもっと感情的だった。それは多分、彼が普通の子供だったからだろう。あの白い生き地獄に来るまで、彼が全く苦労して来なかったとは思わないが、それでも人間扱いされてきたに違いない。

(でも、オレは)

 怒りに身を委ねた少年は巨大な松明となった。

 そうして、感情の溢れるままに焔を繰り出し、生きとし生ける者全てを文字通りに”消し去った”。

 そう、最初は近くの研究者を。

 最後には箱庭の全てを包み込んだ。


 今でも思い出す。

 全てを灼き尽くした跡を。

 呆然と立ち尽くす自身の姿を。


(そうだ、オレは…………)

 皆殺しにしたンだ──そう、思い知らされたのだ。

 何故かは分からない、自分には何の関係もない実験体も多かったし、散々身体を弄くり回した白衣の連中も大勢いた。自分が反抗的な態度を取った際にはイレギュラーを抑制された上で警備員に幾度も殴打された。頭から血を流し、骨だってへし折られた。

 そう、そんな連中が大半だった。だからこそ、ザマーミロと思えばいい、思うべきだ。

 だのに……………………、02は膝を付いた。

 とてつもない感情の渦が襲いかかり、抵抗など出来ない。

 それは、まだ名も無き少年が初めて知った”罪悪感”。



 現在。



 崩れ去った倉庫は土煙をあげて倒壊した。

 これだけ派手に始まれば、フィールドを張り巡らせても、何かの異常があった事は明白だろう。騒ぎになればここは港だ人目につく可能性を孕む。

 そんな中で、くくく、と相手は笑う。だが、感情は感じ取れない。相変わらずの抑揚のない声だ。

「覚えてくれてたか、そうだ【0359】だ。

 今では名を取り戻したがな。もっとも、今となっては使えない名前だがな……。

 お前も知っての通り、もう居場所などない。表は当然、裏にさえ居場所はない。お前のお陰で公式に”存在”を隠滅されたからな」

 そう言うと痩身の青年はその姿を消した。いや、正確には周囲に溶け込ませた、が正しい表現だろう。

「そのイレギュラーは、──やっぱアンタなンだな?」

 零二は思い返す。

 そう、忘れもしない、間違いない。

 あの白い箱庭で何度も訓練をした。

 たくさんの自分と同様の実験体がそこには集められていて、多い時は数百人以上あそこにいた。

 0359とは、確か向こうが入った翌日に顔を合わせた。

 あの研究施設に来るのは大体が他所からここに移籍。

 理由は様々。研究の推進の為だとか、スポンサーの意向だとか、あとは他所では扱いきれないだとか。

 0359の場合は研究の推進らしかった。

 話してみて、”外の世界”についての話をたくさんしてくれたのが印象的だった。



 闇の中に溶け込んだ相手がくくく、と何処からか声を洩らす。

 確かに厄介ではある。

 だが、熱探知からは逃れられない。

 目に意識を集中させる。イメージとしては部屋の電気を入れる感覚。パチン、とスイッチを切り替える。

 視界が切り替わる。

 これ迄と違う世界の観え方。

 その視界、世界では生き物の姿は熱源として観える。

 熱が高ければ高い程、赤に近付く。

 既存の熱光学迷彩、もしくは目の前の相手の様に姿を周囲の風景に溶け込ませても、生きている以上、熱は存在する。

 だから、零二や美影等の炎熱系のイレギュラー保有者にステルスという概念は然程意味を為さない。

 今だってそう、相手の姿はキッチリ観えている。


 しゅううう、という水が弾ける様な音。

 その音は零二が自身の体内にある水分を熱操作で蒸発させる音。

 自分の身体を蒸気機関の様に熱し、爆発的な身体能力を発揮させるキッカケ。

 その熱せられた体内の熱はまさに全身から湯気──蒸気となって噴出。

 もし近くにいたなら、重度の火傷を負うのは免れないだろう。

 ガシャン、現に熱源の側にあった街灯の支柱が歪んで倒れた。

「……」

 その様子を0359は無言で見ている。

「どうやら本当に【焔】は使わないのだな」

 零二はその声から何処か落胆する様な響きを聞き取った。

「へっ、アンタなンざこれで充分だってこった──」

 行くぜ、と仕掛けたのは零二からだった。

「──!!!」

 たった一歩からの加速。

 まさに肉弾と云うべき、俄には信じ難い速度。

 時間にして一秒も立たずにその身を十メートル以上先の敵へと肉迫させていた。

「ちっっっ」

 咄嗟に後ろに飛び退いたが遅い。

「らああああっっっっっっ」

 気合いに満ちた声から放たれるのは白く輝く右拳。


 零二は最初から全力だった。

 目の前の相手がかつての仲間であっても関係ない。互いに旧交を温めに来た訳でない以上、敵としているのであれば、躊躇う事なく一気に片を付けるだけ。

 何せ、相手はかつての自身を知っている。

 何の対策も練らずにこうして出向くとは思えなかったのだ。

(構わねェさ、どンな小細工をしようがブッ飛ばすだけだ)

 だからこその初手からの全力。機先を制しての全霊の攻撃を叩き込む。

激情インテンス初撃ファースト────!」

 白く輝くその拳は触れた相手を内部から気化、否、蒸発させる。

 そう今、武藤零二にいつもの”余裕”は無かった。


 かつて受けてきた訓練とは名ばかりの心身共に受けた虐待。

 結果、痛みに強くなった。

 外に出てからの訓練は、真逆で心身を健やかにしようという後見人の配慮があった。

 結果、彼は感情を知った。彼なりの基準ではあるがキチンと人間らしく。

 後見人はこう言ったものだ。


 ”立ち合いに於いて最も重要な事は如何に【平静】を保つか、です。若は強い、既に十二分に強い。ですが、それ故に脆い。

 若が他の者にもしも遅れを取る事があったのなら、それはまず若の脆さが原因です。

 いいですか、決して己の心を乱さぬ様に”


 そして今。

 後見人が今の零二を見ればまず間違いなく、かぶりを振る事に違いない。何をやっているのか? と小言を言われるに違いない。

 だが、今。零二にそれを言っても意味はない。

 既に戦いは始まっていて、そして決着もすぐに付くのだ。


「そうだ02。お前の……」

 負けだ、という相手からの声。

 さっきの倉庫の倒壊で警戒すべきだった。

 何をしたのか分からないのだから。

 零二はとかく一般常識には欠ける部分はあったが、決して愚かではない。少なくとも戦いに於いて彼は冷静さを欠く事が如何に危険な事態を招くのかを重々承知していた……はずだった。

 だが、今の零二は通常の精神状態では無かった。

 その心は乱れ、そして困惑の極みにあった。

 だから、相手の仕掛けにも容易にかかった。

「──く、ぐ……ああああっっっっ」

 全身を衝撃が駆け巡る。

 痩身の青年は言葉を発する。

「ライトトゥダークネス」

 それが名を取り戻しつつも、表に戻る事は叶わなかった青年の、虚ろなる自己を証明する、イレギュラーに付けた名であった。


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