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乱入者

 

「しゅっっ」

 小さく息を吐きながら中年の刺客は手刀を繰り出していく。左右に上下に、袈裟懸け、逆袈裟懸け、と次々と。

 シュン、と風を切るその凶器はまさしく剣の様な切れ味を漂わせ、さながら魔剣とでも云うべき危険な香りを醸し出す。

 その速度と精度は徐々に上がっており、零二も捌ききれなくなってくる。

 手刀が肩を掠め、腕を掠めていく。

 身体から吹き出す熱の盾を、弾丸や刀剣をも寄せ付けない熱を――容易に切り裂きながら。肉体を傷付けていく。

 そして左手刀が腹部を貫く勢いで突き出される。

 咄嗟に身体を捻り、半身になるが間に合わない。

「くぎっっ」

 脇腹を抉られ、思わず零二が呻く。そこに刺客の膝が顔面を直撃。後ろへと転がっていく。

 更に追い討ちをかけようと試みた男だが、相手も素早く立ちあがると拳を構えたのを確認し、その場で止まった。

「くそ、……いってェじゃねェか」

 そう言いながらも零二はまだ笑っている。抉られた傷はもう出血も収まり、傷口も急速に塞がっていく。

「ほう、尋常ではない回復力」

 男は感心した様な声をあげると、一呼吸。

 即座に間合いを詰め──襲いかかる。

 零二も姿勢を低く構え、迎え撃つ体勢を整えた。



 ”まさかり”。それが、この刺客の通り名。

 理由は、殺された相手が、まるで鉞で割った薪の様に全身を断ち切られている事からそういつの間にか呼ばれる様になった。

 元々は武術家だったこの男が、マイノリティになったのはおよそ十五年前の事。

 キッカケは、山中に籠っての鍛練をしている時だったと記憶している。彼は師より、ある絶技の口伝を受けた。

 それは自身の身体を文字通りに刃物の如く強化し、あらゆる物を断つという秘技。実際、目の前で見せられた時は肝を冷やした。

 彼の師は齢八十を越える老人であった。だが、その一手一手はまさしく刃の如し。ショー向けに行われる様なビール瓶を切る、とかいいつつ実際は叩き割る技等とは明らかに性質が違う。

 文字通りに触れるもの全てを切り裂く。

 その上で、師は彼に問うた。

「お前さん、武とは何だと思うかね?」

 鉞は答えた。

「自分を鍛え、何者にも負けぬ力を手に入れる方法です」

 師はそれに対して特に何も言わなかった。


 かくして絶技を習得する為に鍛練を積み始め、しばらくしての事だった。

 彼は夜中に凄腕の武侠と立ち合い、深手を負いつつも勝利した。

 そこで初めて、自分が秘技を身に付けていたのだと知った。

 そして、相手の付けていた覆面を外し顔を改めると、そこにいたのは他でも無い、師匠であった。


 鉞はその時に悟った。

 武とは絶対なる狂気である、と。

 強き者は弱き者をどうとでもしていいのだ、と。

 彼は己が力を頼みに裏社会に入り、瞬く間に一流の殺し屋となった。

 だが、いつしか退屈を覚える様になっていた。

 自分を本当に追い詰めうる相手に、もう何年も相対していない。

 彼は殺し屋である前に一人の武侠であり、戦闘狂であった。


 だから、今回も当初は余り乗り気では無かった。

 相手は所詮、十代の少年に過ぎない。

 いくらと強いとは聞かされても、どうせ持ち合わせたイレギュラー頼みの戦闘技術を蔑ろにした愚か者なのだろう、と。

 実際、多くのマイノリティは、なまじイレギュラーという切り札を持つが故に、戦闘技術を疎かにする者が多い。

 鉞のイレギュラーは、結局の所、自身の手を強化すると言う極めてシンプルな物であり、使いこなす為には自身の戦闘技術を高める必要がある。その点で、武術家である彼にはまさに願ったりの異能ではあった。

(どうせこの相手もこれ迄始末してきた連中と大差ないだろう)

 そう思っていた。


 だが今、目の前に対峙する相手は少々違う様だった。

 最初こそ単なる能力イレギュラー頼みのいつもと変わらない相手かと思った。確かに熱を放ち、攻撃を遮断出来るのは戦闘時に於いて、かなり有効だとは思った。

(しかしこいつは……)


 鉞の如き硬度と威力を持つ手刀を零二が手の甲で弾く。

 それも先程から、全ての攻撃に対して。

 それだけではない。

 防戦一方だったさっきまでとは違い、徐々に前に踏み込んで来る。一歩、また一歩、と僅かにだが、確実に踏み込んでいく。

「だりゃあっっっっ」

 そして、遂に零二の左拳が鉞の顔面を直撃した。

「ぐぬうっっ」

 体重をかけた一撃を鼻先に受け、思わずよろける武侠。

 更に零二が追撃をかける。

 相手の両肩を掴む。そのまま迷わず追い撃ちの頭突きを鼻先に再度叩き込む。

 メキメキ、という嫌な音が聞こえ――鼻骨が折れる。

「もういっちょおっ!!」

 更に頭突きを叩き込んだ。

 中年の武侠の身体が勢いよく後ろに倒れ込む。


「いっててて……」

 零二はようやく一息付く。

 あの手刀であちこちに負わされた切り傷が痛む。目の前の戦闘に集中し過ぎて、リカバーが発動していなかった。

 最初こそ、意表を突かれた。

 無意識に見た目で油断したのだろうか?

 イレギュラーは恐らくは、肉体操作能力ボディの応用だろう。それを用いて自分の肉体を、正確には手を強化しているのだろう。極めてシンプルなイレギュラーだと思った。近接戦闘限定で、リスクも高い、だからこそ。

(強ェじゃねェかよ、おい)

 自分の持つ”唯一”の武器を活かす為に体術を徹底的に鍛え上げたのがよく分かる。単純な身体能力なら負けるつもりは無かったが、あの技の切れ味には到底至らない。だからこそ、少年は思わず破顔していた。


「おい、オッサン起きな。……あンなンで終わりじゃあねェよな」

 そう不敵に笑いながら挑発した。

 すると、さも当然の様に鉞は跳ね起きる。左手で血を拭い、そして右の指で曲がった鼻の骨をゴキッ、と元の位置に戻した。

「うう、痛そうだ」

 零二はおどける様な口調でそう言ったが、その視線は決して相手から離れない。油断なく相手の一挙一投足を観察している。


「成程、悪かったね」

 鉞はそう謝罪の言葉をかけた。

「ン? なンだよ急に」

「ワタシはそちらを侮っていた……本気でいかせてもらおう」

「ヘェ──上等だ、この野郎!!」

 その言葉を合図に互いに飛び込んでいく。

 かくて戦いは再開された。



 ◆◆◆



「おーおー、やるやる。たまらねぇなぁ。ああ――殺してぇ」

 木島秀助は双眼鏡スコープで繰り広げられる戦いを観戦し、興奮していた。気の昂りが抑えられない。それもこれも、今さっき”喰らった”狙撃手のせいだ、と思った。

 尤も、今やその存在を示す物は、唾液まみれで残された衣服と、血溜まりのみ。

 木島は、以前からあの深紅の零と呼ばれる少年が気に喰わなかった。同じく支部長である九条羽鳥に勧誘された、と言う共通項こそあれ、それ以降の待遇に明らかな差があった。

 彼の場合は、精神が未熟と判断され、結局は非正規要員イリーガルとされた。要は下請け社員みたいなものだろう。

 回される仕事には別段不満は無かった。彼はウエット仕事ワーク、つまりは殺しさえ出来れば文句はないし、金払いもかなりいい。生活に困る様な事はもうない。本来であればそれなりに充足していると言えた。

 しかし。

 あの武藤零二は、引っ張り込まれるなり……いきなりエージェントに抜擢された。そのくせ、やたらと仕事に文句を付けて実行しない事も多かった。たかだか十代のガキが、あの九条バケモノに面と向かって文句を付けるのだ。

(あんなケツの青そうなガキが、ナメるなよ)

 だから、いつか殺してやる、そう思っていた。そして、その瞬間をじっくりと堪能してやりたいとも。

(ま、俺も今は【バイト中】だからな、とりあえず……)

 その視線を、戦闘領域へと歩みを続けるパペットの、雇用主の新しい”玩具”へ、リーゼントが目立つ見浦堅へと向けた。

(しばらくは高みの見物だな、クキャキャ)

 狂った蜘蛛のコードネームを持つ男は舌を垂らし、笑った。



 ◆◆◆



「らあああ」「しゅっっっ」

 二人の声が被さり、拳と手刀が交差する。

 鉞は言葉通りに本気を出したらしく、技の切れ味がさっきよりも格段に増している。一瞬でも気を抜いたりすればそれで終わる。

 右の手刀が胴を薙ぎ払う様に振られる。一足早く咄嗟に横っ飛びして避ける。すると、零二の背後にあった鉄骨がバアアン、と音を立てて崩れていく。その断面は見事に切断されているのが、横目でも確認出来た。これほどの切れ味であれば、無意識で発動する”熱の壁”で防ぐのは不可能だろう。

 普段は細かい事には頓着しないこの不良少年も、戦いの時は違う。戦闘中はありとあらゆる動き、表情、言葉に至るまで相対する敵の情報を少しでも観察する様に教え込まれた。

 彼もまた、二年前までとは違う。

 何も考えずにイレギュラーを行使さえすれば勝てる訳では無いのだから。


 ”熱操作能力”は一時的に身体能力を高める事が可能だ。

 それだけをこの二年間、零二は鍛え、練り上げた。

 今の彼であれば、全力で熱を解放すればどんな相手をも圧倒出来うるだろう。それ程に熱操作というのは強力無比なイレギュラーなのだ。それなのに何故、一般的に”炎熱操作能力者”がこの強力なイレギュラーをあまり使わないのか?

 理由は簡単で、燃費が極めて悪いからだ。

 熱操作とは、自分自身の熱量を操作する能力だ。

 その燃料は自分自身の体内にある水分。

 これを瞬時に沸騰させる事で、自分自身を削る事で成立する為に、体力を著しく消耗するのだ。

 その為に、極めて非効率的だという理由から、WG、WD等では最初に基礎として教える以外には扱わないのだ。


「むっっ?」

 鉞は気付く。相手の雰囲気が激変した事に。その全身から漂う気配が変わった事を敏感に感じる。

 彼もまた、薄々は感付いていた。相手を追い詰めながらも、攻め切れない。その理由を。

 事前に目を通した標的のイレギュラーは”炎熱操作能力”と書かれていた。だがここまで見たのは未だ、熱操作のみ。

 炎を使って来ないのは何故か、と警戒心が高まっていたのだ。

 ちなみに一寸やそっとの炎なら、彼の鉞で切り裂ける。

 まして接近戦であれば、炎を生成する隙等は与えない。

 だから、最初は止む無く熱操作での近接戦闘をしてきたのかと、当初は思った。

(だが、違うな)

 相手はあまりにも”効率的に非効率”な熱操作を使って来る。少なくとも彼にはそう見えた。もしかしたら、この敵は最初から熱操作それしか使えないのでは無いのか?

 そうであるなら合点もいく。これだけ接近戦で自分の技を捌いてこれたのは、最初から相手も接近戦しか選択肢が無いからだ。そう理解した。

 その上で、本能的に感じたのだ。

 相手がまだ本気では無い、と。まだ隠してる、と。

(ならば────)


 不意に鉞が後ろに飛び退く。

 そうして、その両手を軽く振るった。こびりついた血を払う。

 俄に目の色が変わった事に零二も気付く。

(なーる。ケリ着けようってか)

 上等だぜ、と一吠えすると、右拳をその場で突き上げる。

 そこに自分の熱を意識させ、集約、集束させていく。


「それがお前の本当の得物か?」

 鉞という名の武侠は思わず見とれた。

 相手の拳が白く輝いていく。膨大な熱量がそこに集まっていくのが見て取れる。美しい、とさえ思った。

 同時にあれだけの熱を拳に集中させるその姿に、自分の推測が間違っていなかったと確信した。

 思わず笑みが浮かぶ。あの拳をマトモに喰らえば間違いなく命取りになる、そう思うと堪らなかった。この数年間感じ続けた物足りなさを補って余りあるスリルが目の前に存在する。


 仕掛けたのは互いに同時だった。

 互いの間合いはほぼ同じ。ただし零二の拳は右一本。鉞のそれは左右どちらでも相手を断ち切れる。

(この期に及び、小手先はいらん)

 武侠の一手。飛び込みながらの左右同時の手刀は腹部、喉元に向け放たれる。どちらも容易に相手の胴と首を切り離す必殺の絶技。

 零二はというと一見無造作に詰め寄っていく。一見すると隙だらけだが、その目は相手の動きを注視している。そして相手の手刀が迫るのを確認すると不意に”左足”を白く輝かせ――大きく踏み出す。それはまるで中国武術でいう”震脚”の如き強い踏み込み。

 そして……そこから放たれる右拳は尋常ではない圧倒的な速度と迫力で敵へ放たれる。


 交差は一瞬。

 決着もまた同様。

 右の胴を狙った鉞は零二の左肘に叩き落とされる。

 左の首を狙った鉞は白く輝く拳と激突――鉞は瞬時に沸騰。燃え尽きる。打ち勝った右拳が相手の胸部を直撃。一気に貫くと相手を吹き飛ばす。

「があ………っっっ」

 呻きながら吹き飛び、建築資材置き場へ突っ込む鉞。

激情インテンス初撃ファースト

 息を整えながら、零二は小さく呟く。

 それは、彼の十八番。熱を纏わせた右拳を叩き込む一撃。攻撃そのものは単なる右ストレートに過ぎない。

 だが、零二の中の膨大な熱量を集中させたその拳はあらゆる物質を触れた瞬間に融解、更に触れた物の水分を”沸騰させる”まさにまさに一撃必倒の攻撃となる。付け加えるなら、拳での殴打はついでに過ぎない。真に恐るべきは”拳そのもの”なのだ。

 手応えはあった。あれなら、マイノリティ特有の超回復であるリカバーを使っても追い付かない回復しようにも身体の蒸発の方が強いはずだ。

「……アンタは強かったぜ。だが、オレの方がもっと強い、そンだけだよ」


 その時だった。

 ザシャ、という足音。自分の背後に別の誰かがいる、と思わず零二は振り向く。

「ン? アンタは……」

 零二は気付く。そして、それは昨日繁華街で出会ったあのリーゼントの青年、見浦堅に間違いなかった。だが様子がおかしい。

 その目は何処か朧気で、焦点が合っていない様にも見える。

「……じ」

「なンだって?」

「武藤……れ……いじぃぃぃ」

 明らかに先日とは様相が違う。昨日の彼は粗暴ながらも、芯が通っていて、ハッキリとした意思を感じさせた。しかし今、目の前にいるのはただ本能に忠実な獣の様だ。抑えきれない殺意が溢れ出し、殺意に満ちた視線を相手に向ける。

 その視線に何から尋常ではない物を感じた零二は咄嗟に構える。

 だが──。


「クキャクキャ……おせえよ」

 木島が口元を歪める。


「ぐう、はあっっ」

 零二の身体が九の字に曲がる。

 その鳩尾にはかの人物の正拳が深々とめり込む。

 強烈な衝撃が全身を駆け抜ける。


「こっからがお楽しみだぜ、クキャ」


 戦いは終わらない。


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