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直撃応報――ストライクウェイジ

 

 死にたくない、そう思った。

 何を今さらだとは思う。

 何故ならもう腹部には横にも縦にも、文字通りの十文字が刻まれていたのだから。

 多量の血液がどくどく、と溢れ出し、大きく拡がった傷口から今にも臓物も飛び出しそうだった。

 この期に及んで死にたくない、そんな事はもう不可能だ。

 そんな事は分かっている。見苦しいとも思う。でも、

「死にたくないなぁ、ちくしょう」

 そう口にして…………意識は途絶えた。

 それは、深い深い、沼へと沈み、落ちていく様な感覚だった。


「はっっ」


 目を覚ました時に、彼の世界は一変した。

 夢かと思ったが、手に持っていた脇差しにはベッタリとこびりついた血。蔵は血塗れだった。さっきの割腹自殺は本当にあった事だったのだ。

「何があったんだ?」

 助かった、という事は理解したものの、その理由がさっぱり分からない。

 手前勝手な理由で死なずに済んだのは良かったが、助かった理由はさっぱり分からない。

「?」

 それは西東夲というマイノリティが目覚めた瞬間。



 ◆◆◆



 迫る左腕は間違いなく獲物の首をはね飛ばす、そのはずだった。

 獲物が右手を前に出して来るのが見えたが、そんな物が何の役に立つというのだろうか?

(いつもどおりだ、あんな華奢な腕で何が出来る?)

 そう、さっきのは偶然に過ぎない。様々な偶然がうまい具合に幾重にも積み重なったからに過ぎない。

 なのに、だというのに。

 その腕は止められていた。

 相手の右手が左腕を、ただ添えただけで。

「な、何で止めれるんだ?」

 驚愕の声をあげた。

 それにおかしい。

 まるで攻撃しようと試みたのが嘘の様に、動かない。いや、動かせない。

 腕がピクリとも動かせない。

 そこに獲物からの左ジャブが正確に顎を打ち抜く。

「ぐはっっ」

 脳が揺れた。信じられない、たかがジャブ一発。

 デストロイの肉体変異は確かにその両腕の異常発達が中心だ。

 それに比べれば、他の部位は然程変化しておらず、一見すると貧弱そうにすら見えるだろう。

 だが、そんな事はない。

 彼の肉体は肥大化した両腕の筋力を存分に振るえる様に強化されているのだ。でなければ、ここまであの巨大な腕を振るえるはずがない。

 全身の筋力は見た目こそ変わらないが、その密度は比較にならない程に変異し、強化。強靭になっている。

 だからこそ、並みの攻撃にもビクともしない……はずだ。

「くがっっっ」

 だが今。

 デストロイは膝を付いた。

 全身から力が抜けていくのが理解出来る。

 そして、プツンと意識がそこで切れた。



「はっっっっ、くうっ」

 デストロイが目を覚ます。途端に周囲を見回し、警戒する。

 一体何があったのかが、よく分からない。

 と、そこに。

「よう、目が覚めたか? ええと、一分か。まぁまぁだ」

 すぐ側の建築資材に腰を落とした男が一人。当然西東夲である。

「な、な……」

 言葉が続かない。それも無理はないだろう。

 今、目の前の相手は一分、と言った。それはもしも、いや間違いなくそれは自分が気絶していた時間の事だろう。

 一分もの間、相手は何もせずに座っていた? いや、よく見れば口からは紫煙を吹かしている。あろう事か相手は一服していた。

「もう少し寝てても良かったが、まぁいい」

 西東は名残惜しそうに携帯灰皿に煙草を押し付けると、建築資材から飛び降りる。

「で、どうした? 腕が戻ってるぞ?」

 西東の指摘にデストロイはもう冷静さを完全に喪失した。

 ふるふる、と全身を身震いさせる。

 怒りで我を忘れ、即座にその肉体を変異させる。

 即座に両腕を肥大化させる。ただ、それだけではない。

「ぐあああああああ」

 先程までとは異なり、変異は腕だけに留まらない。

 見る見る内に腕に適応する様にその全身の筋肉も肥大化していく。ビリビリ、と着ていた服も雨合羽も破れていく。

 時間にしておよそ三秒、といった所だろうか。

 その全身には真っ黒の体毛が覆っており、その姿はさながらゴリラの様。その全長はおよそ二〇〇センチ、体重もまた二〇〇キロオーバーといった所か。

 ふ、ふーふー、ふー、という荒々しい息遣い。

 どっしりと四肢を地に着ける。ピしミシ、と軋みをあげてヒビが入る。

「…………」

 西東は黙してその様子を伺う。

 腰を落とし、いつでも動ける様に備える。

 完全に怪物と化した相手の一挙一動に目を配る。


 共に動かずに様子見をしていた。


 傍目から見れば、いつまでこの膠着が続くのか、と思われただろう。

 だが、その始まりは唐突だった。

 がららららっっ、何かが崩れる音。

 どうやら零二のいる場所だろうか、あちらでも激しくやり合っているらしい。

 西東は動じなかった。だが、デストロイは違った。

 理性を失った彼は轟音を聞き、思わず動き出した。

「グルアアアアアアア」

 と、絶叫しながら向かっていく。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

 連呼しながら襲い掛かる。

 その突進の勢いは凄まじく、危険を感じた西東は思わず横へ飛び退く。

 ドガアアアン、という破壊音。

 そこにあった壁がまるで発泡スチロールの様に砕け散る。

「うおっ」

 凄まじい破壊を目の当たりにし、流石に西東も息を飲む。

「アアアアアアア」

 唸りをあげつつ、デストロイが西東を睨む。

「ちっ、しくじったな」

 と西東は思わす舌打ちする。

 デストロイこと木上大兵はとうに理性を失ってフリークになった、と思っていたがどうやら違ったようだった。今まさにこの場でそう至ったらしい。

「うがああ」という叫びをあげ、破壊の獣が動き出す。

 その巨躯を、両腕を上に掲げ…………振り降ろす。

 ゴン、という鈍い音と共に地面に拳がめり込む。

 ごとり、土煙を立てて地面を穿った穴から拳を引き抜く。

「殺す、ころす、コロオオス」

 拳を握り締めてまるで槌の様に振り下ろす。

 素早く、鋭く、鉄槌の連打を繰り返す。

 凄まじい勢いに西東は躱すのが精一杯となる。

 その様子に破壊者たる怪物は満足そうに口元を歪める。

 怪物は思っただろう、自分の方が強い、と。

 これで目の前の獲物を心置きなく壊せると思った事だろう。

 だから気付かなかった。

 獲物である西東の眼光に潜む、強い光を。

 そこにあるのは、敗北を悟り、絶望に包まれた男の姿ではない。

 狩りの獲物を確実に”仕留めるべく”その時を待つ姿だった。



 西東夲には勝算があった。

 だが、問題も存在する。

 そのイレギュラーには一つの”制限”があった。

 それは触れる事。

 より具体的に言うなら自身の”手で触れる”事だ。

 その名は”直撃ストライク応報ウェイジ

 その効果は動いている物の速度の増減。

 どんなに高速で動く車でも、彼が触れれば速度は0(ゼロ)になる。

 また、アクビが出る程に遅い風船の揺らめきも彼が触れさえすれば目にも止まらぬ速度で飛び去っていく。

 足では効果が無かった。

 あくまでも手で触れる事で発動するイレギュラーだった。

 一応、他にも制限はある。

 例えば、自分が知らない物が動いている時は発動しない。

 逆に既知の事であれば自然現象にもある程度は干渉出来る。

 だからこそ、だった。

 西東がデストロイと戦うのは。

 彼のイレギュラーによる攻撃は素手での殴打。破壊力は段違いだが、ストライクウェイジならどうとでも対応は出来る。


 もう一方の相手、つまり今、零二と戦っているであろう刺客の相手は西東には荷が勝ちすぎる。

 現在判明している情報だけではストライクウェイジは使えない。

 相手のイレギュラーを把握出来ない以上、苦戦は免れない。

 であるから、こうして西東はデストロイとの対決に専念する事になったのだ。

 西東は破壊者の嵐の様に降り注ぐ鉄槌の猛撃を躱しつづける。

 確かに驚異的な速度の攻撃ではあったが、上からの振り下ろしには隙もある。回避に専念するならどうとでもなる。

「…………!!」

 肩を掠めた。瞬間に骨が軋む。

 あとほんの少しでも触れられていれば、腕自体を持っていかれたかも知れない。

(まだだ、まだ――――!)

 呼吸を整え、隙を待つ。

 確実に仕留める為に。



 ◆


 ──ああ、素手というよりは剣かな。西洋風の剣。刀と違って、向こうの剣ってさ、切るというよりは叩く、鎧に叩きつけたりするんだよね。鈍器みたいな使い方だよ、本当に乱暴だと思わないかい。



 ◆



 そう、あの拷問嗜好者は笑いながらそう答えた。

 西東の見方は間違っていなかった。

 蛸というマイノリティの死因は殴殺で間違いない。ただし、凶器は単なる素手ではない。まるで西洋の刀剣、グレートソードの様だ、と答えた。

 刀の様に斬る事よりも、鎧毎敵にダメージを与える目的の武器。

 パッと見では分からないが、あの腕の筋肉がまるで刃先の様になっているのだろう。ただし、扱い手が力任せに扱う為に、気付かない。

 もっとも、手応えならさっき試した。

(そろそろ……いいだろう)

 もう幾度も幾度も相手の動きを見てきた。

 タイミングも掴んだ。


 破壊者は叫ぶ。

「ぶっ壊れろっっっっっっ」

 そう言いながら両腕を組み、巨大なハンマーの如く振り降ろす。

 圧倒的な破壊をもたらすであろう。相手は原型すら留めない。

 これはデストロイの攻撃の中で間違いなく最強の一撃。

 小型の爆弾のような威力を至近距離で喰らって生き残れるはずがない。

 相変わらず、獲物はまたもや華奢な手を差し出すと、円を描く様にして、ハンマーの中心に向かう。

(バカめぇぇぇ)

 三度目の偶然など有り得ない。

 易々と手はひしゃげ、そのまま頭部から胴体まで一気に潰してみせる。

 ストン、という感触。

「あ、れ?」

 おかしい。

 動きが止まっている。

 あの攻撃が無かったかの様に、止められていた。

 ピクリともしない。完全に運動エネルギーを0にされた。

 無論、そんな事を相手は知るはずもなく、困惑するのみだ。

直撃ストライク応報ウェイジ

 西東はそう声に出す。と、腰から一本の脇差しを抜き出した。

 一瞬、目映く銀閃が煌めいた瞬間に片は付いた。

(キレイだ)

 デストロイは、その一瞬、銀色のそれに魅入ってしまった。

 それがまさか自分を殺す為の道具だと思えなかった。

 あんな小さな刀で自分を貫けるはずがない。そう思えたから。

 突き出されたその脇差しはノロノロと向かってくる。

 バカにされた気分だった。

「そんなのが効くかぁ──あっっっ」

 途端。

 その一突きは爆発的だった。

「ふぐえ…………っっっっ」

 気が付けば、胸を穿っている。息が、呼吸が上手く出来ない。

 こひゅー、こひゅー、という空気が漏れる様な音。

「あ、…………れ? なん」

 驚く程の一瞬で破壊者はその命を絶たれ、崩れ落ちた。

 その表情には、自分が何をされたのか分からない困惑だけが広がっていた。


 西東の攻撃は単なる刺突。

 何の捻りも変哲もない、ただの一撃。

 ただし、違うのはその速度。加速の理由は相手から”奪った速度”を刺突に加えたから。まるでジェット噴射のような急加速だった。

 つまりは、それだけ相手の攻撃が凄かったという事でもある。

「…………」

 西東は脇差しに付いた血を拭うと腰に付けた鞘に戻す。

 そして、煙草に火をつけると口にする。

「お前なかなか強かったぞ、褒めてやる」

 そう言うと、手向けとでも言うように余った一本を相手へと掲げ、備える。

 そして紫煙を吐き出す。空には三日月が浮かんでいる。

「今日はいい月が出ている、…………葬送にもってこいだな」

 かくして一つの戦いは終わる。破壊者はここに命を散らした。


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