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破壊者の楽しみ

 

「結論から言うと、そちらの考え通りだよ」

 拷問嗜好者たる少年はそう断言した。

 如何にも興味ありげに無惨なその遺体を眺め、現場に慣れたはずの警官でさえ吐き気を催した肉片を、躊躇う事なくその手で触れているのは、流石に日頃から色々と気味の悪い遺体の処理や、捕らえた敵対者の尋問という名で繰り広げる拷問に習熟しているからであろう。見習うつもりはなかったが、感心ではあった。



 ◆◆◆



 自身へと迫る豪腕を目の当たりにし、予測通りだった事を確信する。

「っ、と」

 西東はまず左腕に対して自分の右手を差し出す。すう、としたその仕草。極々自然で一切の無駄を感じさせない。

 とは言え、相手はデストロイの異名を持つ相手。

 その両腕はまさに凶器。一見すると鈍器のようなその使い方ではあったが、実際は違う。そう西東は見ていたし既に確信していた。

 あの腕は鈍器ではない。どうやら本人も気付いていないのかも知れないが。

 気付いたキッカケは蛸の殺害現場を見ていた時だ。

 辛うじて原型を留めた蛸の身体の部位を見ていてふと、疑問を抱いた。単なる鈍器による攻撃とは思えない傷があったのだ。

 だからこそ、彼は連絡を取った。

 正直いって好きな相手ではない。それにそもそも相手は医師ではない。だが、外傷には誰よりも詳しい。

 何故なら、その男は誰よりも他者を傷付けるのが大好きであったからだ。



 ◆◆◆



 時間は遡り、午後三時。

 西東は検死室に足を運んでいた。

 捜査は初動から難航した。


 他の刑事も同様らしく、成果は上がらず、という状態らしい。

 無理もない、そもそも他の刑事は遺体が誰なのかすら分かっていないのだ。

 そこで西東は蛸の遺体から何かしらの情報を得ようと思った。

 そもそも、マイノリティ犯罪を既存の警察組織が既存の捜査をした所で解決はしない。

 拳銃を一発発砲したら報告書やら始末書を書かされる組織では、常人を凌駕した存在に対抗するのは土台無理に決まっている。

 だからこそ、マイノリティの起こした犯罪は基本的には迷宮入り、となる。世間に公表出来ないのだから仕方がない。

 稀に解決する事もあるにはあるが、そういう場合は大抵WGなりWDのどちらかが既に犯人を排除、もしくは無力化した状態からの引き継ぎに過ぎない。つまりは単に手柄を譲ってもらっているのに過ぎない。

 だから、警察組織内でマイノリティ犯罪を担当する人員は普通の精神性では務まらない。

 自分達の属する組織の無力さ加減を嫌という程に実感させられる。その上、数多くの機密事項に触れる為に口外は許されない事も多い。

 それに当然の事ではあったが、マイノリティ犯罪への対抗は通常の凶悪犯以上に危険を孕む。

 マイノリティ相手に、通常兵器は効果的でない事が多い。

 軍仕様の特殊装備であれば対抗は可能であるが、そんな装備を警察組織が確保するのは困難と言える。

 街の犯罪者相手に過剰過ぎる武装を、予算審議で追求されてしまうのがオチと言った所だろうか。

 だからこそだろうか、警察組織内のマイノリティ犯罪部門には通常の警察官は入らない。いや、入れない。


 入るのは相手同様の化け物、つまりはマイノリティだ。

 西東夲もそうした形で入った人員だ。


 最初はWGにスカウトされ、そこからの辞令で警察官となった。いや、語弊がある。

 一度は”退職”したはずの警察へ戻ったのだ。

 そうして、何年か仕事をこなし、WDへと鞍替えした。”裏切り者”。それがこの西東夲のWGからの認識であり、それはWDからも同様に思われている。実際にはもっと複雑な立場なのだが、それを知る者は少ない。


 ともかく、今は目の前の遺体と、その手口を知る事が最優先。

 相手のイレギュラーを知らなくとも特段問題は無いのかも知れない。だが今は違う。九条からの連絡があったのだ。

 今回の事件の事件解決を指示された。

 それは当然の事ながら、逮捕ではない。

 早急に相手を殺せ、そう指示されたのだ。

 事情は正直いってわからない。

 大事な事は速度なのだ。だが、同時に少々厄介な話もおまけで付いてきた。

 それは、武藤零二の仕事のサポート。

 経緯はまだ不明であるが、今朝、あの不良少年が支部のエレベーター内で襲撃・・を受けたらしい。

 命に別状はなかったそうだが、その襲撃犯の情報があまりにも少ないらしい。

 そこで西東が提案したのが、意図的な情報の流出。

 獲物である零二の行き先を流出させ、襲撃犯がその事を知るように仕向ける。


 それが図に当たって今に至る訳だが。

 零二の動きを九頭龍支部から秘匿回線で伝えた人物がいたそうだ。

 今頃は内通者も捕らえられている頃だろう。


(さて、こちらはこのバカを始末するとしよう)

 そう思った西東は迫り来る左腕に対して自分の右手を差し出す。圧倒的な勢いで向かってくる凶器の前に右手一本でどうにかなるはずもない。

 思い出すのはトーチャーの言葉。


 ──そちらの考え通りだよ。この傷には微かだけど【切り傷】が存在している。つまり、だよ。相手の武器は――。



 ◆◆◆



 その刹那、デストロイは自身の勝利を確信した事だっただろう。

 必殺の、………とは言えないものの、左腕が相手へと叩き込まれたように思えたのだから。

 利き手が右であるからついつい右腕をトドメに使う事が多かった事は事実だったが、それでも左腕の威力が劣っている、という訳では無かった。

 左右どちらの腕であっても結果は同じ事だ。

 直撃すればそれで片は付く。

 ただ相手が、本来殺すはずであった武藤零二ではなかったのが気にはなったが、そこまでの責任は持てないし、持つ気も彼には更々ない。あくまでも自分の仕事は”後始末”という名目の”殺し”なのだから。コマンダーからの話ではあの場所に行けば間違いなく武藤零二、という少年がいるとの事だった。

(クリムゾンゼロを壊せる、最高だ)

 噂では聞いた事のある、この九頭龍でも最悪、との噂があるマイノリティの少年。

 敵対すれば待つのは死、戦おうと思うな、逃げろ。逃げられるならな。とまで言われる相手を壊せる。それは、最高だった。

 別段、功名心がある訳ではない。

 この破壊者は別に自分が零二を壊す事で、有名になろうと思っているのではなく、あくまでも獲物の手応えに期待を抱いているに過ぎない。だから、当初獲物が別人だった事にデストロイは激しく落胆した。

 だが、その別人だった相手は最高の獲物だった。少なくとも自分が壊して来た相手の中でここまで手応えを感じた相手を自分は知らない。

(どいつもこいつも一発で壊れた)

 自分の豪腕が圧倒的な破壊力を孕む事は分かっていたが、その為に獲物があっさりと死ぬのが不満だった。

(もっと、もっと、苦しめよ、壊させろよ)

 そうして高まり、膨れ上がった不満は、手応えを感じさせない獲物の残骸へと向けられた。その結果が、原型を留めない程の惨状を招いたのだ。

 だから、正直残念ではあった。

 左腕が獲物を壊してしまうのが。


 しかし、目にした光景は違った。


 左腕は止められていた。それも右手だけで、だ。

 相手の右手の筋力が強靭という訳ではない。一般人よりは筋力量は多いだろうし、鍛えられてはいるだろう。だが、何故だ?

「何で止めれるんだ?」

 出た言葉は困惑に満ち満ちていた。



 ◆◆◆



 気付いたのは、自分が自害しようと思った時の事だった。

 西東夲の一家は昔から軍人の家系だった。


 常に人を守る者となれ。そして誰より優れた者であれ。


 それがその家訓であり、男子であった彼にはその期待が一心に向けられた。

 だが、その期待に彼は応えられなかった。

 どんなに鍛えても、彼は一番になった事がない。

 いつも二番、銀賞、優秀賞しか手に入らない。

「違う、俺が欲しいのは、ほしかったのは────」

 一番になってみたかった、ただそれだけの事が遠い事だった。

 家族は口にこそ出さなかった。

 だが、いつも何処か残念そうな表情をしていた、そう西東には見えた。

 だから彼は努力した。

 今度こそ、次こそ、と思いつつ勉強に励み、身体を鍛えた。

 たった一度でいいから、何でもいいから一番になってみたい。ただそれだけの為に。

 それなのに。

 西東は一番になれなかった。ついぞ一度足りとも、だ。

 常に二番までだった。

 勉強は、彼の上に全教科中、一教科以外満点の秀才がいた。

 運動では、後に陸上競技でオリンピックに出る同級生がいた。

 二番でも充分だった、今はそう思える。

 だが、当時の己にそんな慰めなど効果はない。

 心は折れ、やる気を失った彼は転落した。

 文字通りに一番の底辺へと。

 あっという間だった。ただ、分かった。

 自分が如何に弱い存在だったのかを。


 だが、当時の西東夲はそれを良しとは思えなかった。それでも人を守る、守りたい。

 そう思って警察官になった。

 だが、一緒だった。彼の劣等感は拭えない。

 何処までいっても逃れられない、そして……。

 深く深く、気分が落ち込んだ。西東夲は、自分に絶望した。

 だからこそ自害しようと思った。

 何でそうしようかと思ったかは思い出せない。たくさんの事が浮かぶから。



 実家の蔵の中で、割腹を遂げようと試みた。

 脇差しを腹部に押し当て、ズブズブ、と鈍く銀色に光る刃先を刺し込む。嫌な感触だった、まるでステーキにナイフを入れた様な感触だった。

 その痛みは形容しがたかった。異物が自分の身体を容赦なく侵略している、そう思った。

 臓物が飛び出しそうだった。横に一文字、そこから刃先を戻して縦に一文字。とんでもない激痛がこれから襲い来るはずだ。

 だが、仕方がない。

 自分は一番になれないのだから。

 その時に思った。

(でも何で一番になりたかったんだろう?)

 と。

 何にそうも固執したのか、と。

 様々な思いが彼の脳裏を横切った。それは走馬灯という物だったかも知れない。確信はなかったが、そうに違いないと思った。

 そして分かった、何で一番に拘ったのかを。

(そうか、一番になれれば皆を守れる、そう思ったからだ)

 他愛のない答えだった。誰に言われたのでもない。西東夲本人が子供心にそう思ったのがそのキッカケ。

 勝手に思い込んで、勝手に絶望して、勝手に死んだ。

「バカだな、俺ってさ」

 口から血を吐きながら、息も絶え絶えにそう呟いていた。


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