破壊者
「くがははははっっっ」
喜色満面、叫びながらその豪腕をデストロイは振り回す。
ぶうん、ぶおん、という耳にするだけで危険だと思える物騒な音。まさに丸太でも振るっているかの様な豪快な音だった。
疑いもなくその一振り、一振りが必殺の破壊力を秘めている事だろう。
現に、その風圧だけで身体が揺らぐ。
バアアアン、という激しい音はまるで爆音。
その風圧から生じた衝撃波により、周囲の倉庫の窓が割れ、砕け散る。
ばらバラ、と散らばっていく窓ガラスを横目にしつつ、西東は呟く。
「全く、自然に優しくない奴だな」
そう言いつつ、口に煙草を加えたままの刑事は徐々に後退していく。
少しでも零二との距離を取る事が、まずは最優先次項だった。
この場は云わば零二を餌にした”狩り場”だ。そして、どうやらあっちにも待ち人が来た様だ。
幸いな事にデストロイはそういった西東の考え等に思い至る事はなくただひたすらに暴れるのみ。恐らくはとうに怪物なのだろう。それ故に分かり易い。
(ま、この調子じゃ【破壊】がコイツの執着なのだろうさ)
淡々とした様子で西東はそう看破する。
マイノリティの扱うイレギュラーにはその本人の性質が反映される、無論例外もあるが、後天的にマイノリティと化した者の場合はこの説はほぼ当てはまるらしい。
そういう意味では、この相手は実に分かりやすい。
異常に発達したその両腕を力任せに振るってくる。
確かに恐るべき破壊力と言える。
その腕は周囲に破壊をもたらしている。
「ははは、はっははははっはーーーーーー」
そうして破壊をもたらしながら歓喜に満ちた声を、表情を浮かべている。これが彼にとって快楽なのだろう。完全に狂っている事は明白だった。
「くがははははは、逃げるだけかあああ?」
デストロイは満面の笑みを浮かべ、喜色に満ちた声を張り上げた。自分が相手を圧倒している、とそう思っているらしい。
その様子を見た西東が「めでたい奴だ」と呟くと、不意に相手へと飛び込む。
そこへ、デストロイの両腕が獲物の肉体を破壊せんと迫る。
その口元は大きく歪む。さっきまで逃げ回っていた獲物がわざわざこうして自分の間合いへと入り込んだ、その事を喜んだに違いない。みるみる迫る破壊者たる男の、その権化たる右腕。それがラリアットの様に迫っていく。狙いは獲物の首。直撃すれば間違いなく、軽々と首は吹き飛ぶだろう。
(あと少し、ほんの少しだ)
あの瞬間がたまらない、何が起きたのかを理解出来ない、といったその表情がその死の間際になって驚愕に満ちたそれへと変わる瞬間、それを眺めるのが好きだ。
そして地面に転がり、驚愕、もしくは恐怖に満ち満ちたその部位を見下ろしつつ踏み潰す。
グシャリ、というスイカでも潰した様な感触に音。
自分が相手を完全に壊した、という実感。実に心地のいい瞬間。
その快楽に身を委ねる、…………はずだった。
メキメキ、という木が折れた様な音。
「よう」
獲物が目前にいた。
そんなバカな、と思った瞬間。
顔面を何かが揺らした。ガクン、と力が抜ける様な感覚。
身体がくらり、と傾き、たたらを踏んだ末に後ろへと倒れる。
「な、なんだ?」
驚愕に満ちた声をデストロイはあげた。
何が起きたのかがよく分からない。
「よう、気分はどうだ?」
西東がその様を見下ろしていた。
ふざけている、とデストロイは思った。
獲物のくせにあろう事か自分に刃向かうのが気に食わない。
ただ壊されるだけの存在なのに、今、こうして自分を見下ろしているのが気に食わない。
何より、獲物のくせに余裕に満ちた態度であるのが最高に、そう最高に気に食わないッッッッッッ。
「ぐばああああああああ」
デストロイは絶叫した。
怒りに満ちたその声。
ばあん、と地面に腕を叩き付け、その反動で起き上がる。
そこで気が付いた。自分の右腕が力無くぶらぶら、……と揺れている事に。
折れている事に。
その様を無言で見ている事、およそ十秒程だろうか。
「あ? …………あああああああ」
デストロイはようやく叫ぶ。自分の右腕が破壊された事を理解した。
その攻防は実に単純だった。
西東が相手に実行したのはほんの二手だけ。
まずは一手。自分へと繰り出され腕刀を冷静に受け流した。その際にほんの少し自身のイレギュラーを使って。
そうしてがら空きとなった相手に右の掌底打ちをその無防備な顎先へ叩き込んだ。ただそれだけの事だ。もっとも、こちらの攻撃にもイレギュラーを用いたが。
結果として、相手の右腕は明らかに無理な速度で背中へと向かい、折れた。相手の顎にはそう、例えるならハンマーで思いきり殴打された様な衝撃が走った事だろう。
「とは言えこの程度で死にはしない、さっさと立てゴリラ擬き」
西東は冷ややかに倒れた相手へと言葉を投げる。
「ふ、ふ、ふざけるなあああああ」
デストロイは怒声を張り上げて起き上がる。
見たところ、砕けたはずの右腕は既に単なる骨折になっているらしく、相手がかなりの回復力を持っているのは確実。
「おまえ、調子に乗るんじゃねえぞ!! 獲物のくせにおとなしく死ねばいいのにっっ」
破壊者たる男はもう誰が見ても冷静さに欠けていた。
もっとも、西東はその辺りを”予測”した上でさっきの言葉を投げたのだが。
結果は予測通り。やはりあの相手は直情的で、怒りに対する耐性が極めて低い様だ。イレギュラーと相手の精神的素養が関連する、というのは少なくとも、目の前にいる力任せの怪物にはよく当てはまるらしい。
ならば、とそう思った西東は、
「ふん、お前の様な雑魚を相手にする暇なぞ少なくとも、俺にはないな。ああ、そうか。お前は暇なんだったな【木上大兵】」
と、相手の本名を問いながら挑発してみる。それも敢えてバカにしたような嫌味な口調で。
果たして、その結果はと言うと……
「おお、お前……おまえ、は……」
デストロイこと木上大兵はその二つの名に似合わぬ小柄な身体をふるふる、と小刻みに震わせる。怒り心頭である事は醸し出す雰囲気だけで充分に伝わってくる。
と、デストロイがいきなり飛びかかってくる。
その目を血走らせ、今にも発狂しそうな凄まじい形相で向かってくる。
さっきよりも更に両腕は肥大化。もう自然界に存在し得ないアンバランスな肉体比率をした怪物が、その異形たる左腕を振るう。
さっきよりも更に大きくなったその一振りは、地面を抉りながら向かってくる。
「ころーーーーす、ぶち殺す!!」
口から唾を飛ばしながら襲いかかる棍棒、いやハンマーの如き一撃をマトモに喰らった日にはマイノリティでも、ましてやほぼ生身に近い肉体強度に見える相手であれば耐えられるはずはない。
破壊者という異名は伊達ではない。
彼には分かるのだ、相手の肉体強度が。恐らくは直感だろうがその目に入った相手がどの程度でその肉体を壊すのかがいつの頃からか判別出来るようになっていた。
唸りをあげて迫る自分の腕。
それを西東は冷静に見ている。どういうつもりかは分かっている。さっき同様に踏み込んできた。
(きたな、きたな、来たッッッッッッ)
だがしかし。
皮肉な事ではあったが、さっきの西東の挑発はデストロイを、いや木上大兵という人物をこの土壇場で冷静にさせていた。
何をされたのかはよく分からない。だが、さっきは右腕を、瞬時にへし折られた。
(冷静になれ、冷静に。冷静、冷静、冷静、冷静、冷静、冷静、冷静、冷静、冷静、冷静、冷静、冷静、冷静、冷静にぃぃ)
何度も何度もそう頭の中で言い聞かせ、状況を見る事に努める。
その上で左腕でのラリアットを喰らわせるべく放った。
全ては自分がこの獲物を殺す為に。敢えて放つ”餌”だ。
無論、西東はその事を知る由もない。