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駆け引きと勧誘

 

 駒繋喜楽里少年のイレギュラーは、微弱な電流操作。

 基本的に人を害する様な強力な類いの能力ではない。


 そんな子供が”正義の味方になりたい”と臆面もなく電話越しに言うのを聞いた時は、

 思わず失笑しそうだった。

 ”正義の味方”か。

 そんなのは子供故に言える言葉だ。

 実際には正義の味方なんてのは虚構に過ぎない。

 善悪なんてのは互いの立ち位置の差異でしかない。

 だからこそ、歴史上の人物も時代が変わればその評価も変わる。

 一昔前なら、愚者と思われた武将が資料の研究の結果として、名将、名君となる事も決して珍しくはない。

 悪逆の汚名すらそうだ、数年前までは国を破壊した暴君。

 ところが、今では新しい文化の芽吹きを始めた先見性に評価が高まっていく、なんてことだってあるのだ。

 だから、姶良摘示は思う。


 絶対の正義なんてのはまやかしだ。

 普遍の物など無いのだ、と。



 ◆◆◆



 ハイシュミレーターはその演算処理によってある程度の先の事を予測する事が可能だ。

 だが、あくまでもある程度の先でしかない。

 具体的に言うのなら、姶良摘示の調子が万全で三分先までの予測が出来る。

 確かに支援には充分なイレギュラーだと思う。

 現に一年前はこの三分をフルに活用して様々な犯罪計画に勤しんでいたのだ。

 あの時は実に楽しかった。

 自分達に敵はいない、とすら思えた。

 甘かった、それは若気の至りというありきたりな一言で片付けるにはあまりにも苦い結末であった。

 仲間が死んだ。

 それも圧倒的ともいえる差を見せつけられた上で。

 いつも通りの手順で分散して、合流するはずだった。

 だが、その途上で敵は待ち受けていたのだ。


 仲間は各個に殺された。

 何故、姶良摘示がそれを知っていたのか? 理由は簡単で、彼が拘束された後に見せられた、つまりは録画されていたという訳だ。

 理由は今、呆然としている姶良にそれを見せつける為。

 つまりは”駆け引き”の為に殺したのだ。


「…………殺せよ」

 どの位の時間が経過したのか分からない。

 何故なら彼が拘束された部屋に窓は付いていない。

 時計もない。何らかの電子機器の類いはさっきまでそこにあったノートPCだけで、それも今はもうここにはない。

 この部屋にあるのはただひたすらに目映い照明と、四六時中聞こえる騒音を部屋に響かせるスピーカー位の物だ。

 確実に疲労の色は強くなっていた。

 以前、何かの分厚い本で読んだ事がある。

 最も効率的な拷問とは、”睡眠”を奪う事だと。


(多少寝なくたって平気だろ)


 その時はそう思って一笑に伏した。

 だが、こうしてそれを実践されると、睡眠を奪われる、という行為が如何に残酷な事であるのかを実感せざるを得ない。

 確かに、今が平時であれば多少の徹夜も平気だろう。

 しかし今、姶良がいるのは平時ではない。

 明らかに異常な状態へと追いやられていた。

 思考力が低下している事にはとうに気付いていた。

 そして思考力が低下する、という事は冷静さを、理性をも曖昧にしてしまう。

 普段であれば決して見せ得ない弱々しい表情。

 平静さを取り繕う余裕など、……とうに失せていた。


「姶良摘示、少しは考えていただけましたか?」

 そう、声をかけられ、力無く視線だけを相手に向けた。

 まだ視覚は残っていたらしい。

 朧気ながらに相手の姿が目に見えた。


 その姿は彼女が他者を凌駕している、様には到底思えない。

 確かに美女だとは思える。

 妙齢の彼女。

 その名は九条羽鳥だった、か。

 俄に信じられない。

 彼女こそが今、自分を今の苦境に追い込んだ張本人だとは。

 だが間違いない。

 彼女こそがこのWD九頭龍支部、だったかの命令中枢に他ならない。

「ほっといてくれ」

 ぞんざいに言葉を返す。

 もうどうでもいい、殺したければ殺せばいい。

(もっとも殺すつもりがあるのなら、な)

 姶良には確信があった。

「貴方は必ず協力してくださいますよ、ではまた」

 九条はそう言うと部屋を辞した。

 それからまた、さっきまでと同じ責め苦が与えられた。

 そして、最後には屈した。

 ギリギリまで追い詰められて、そして、一言羽鳥が言ったのだ。

「貴方には賞金がかけられています」


 実際にはそれをかけたのは”ギルド”らしい。

 だが、ギルドに狙われたという事は姶良摘示という人物は終わったも同然だ。

 WDやWGは知らなかったが、ギルドの事は姶良も知っていた。

 犯罪者の集団。自分達と同様のマイノリティを抱える組織。

 そして、その勧誘を断った組織。

 だからこそ、知っていた。その存在を。

「だからって何故賞金がかけられる?」

「簡単です、貴方達が襲った銀行にはギルドの隠し財産もあったからです。無論、表沙汰には出来ない類ですが」

 その答えに姶良は思わず「何だと?」と唸る。

 そして思い返す、あの銀行強盗を。

 あの仕事は確かに上手くいった。

 だが、いつもとは違う点もあった。

 あの仕事は、いつもとは違う経緯で始めたのだ。

 いつもはそう、姶良が仕事を吟味していた。

 だが、あの仕事は違った。あれは仲間の一人が持ってきたのだ。

 絶対にいい稼ぎになるから、といって。

 仲間は銀行に知り合いがいて、彼から金庫には金持ち連中の裏の資産が貯蔵されている、と聞いたのだ。

 仲間は言う、絶対に大丈夫だと。

 何故なら表沙汰には出来ない資産だから、安全だと。

 最後には説得され、……そうして銀行を襲撃した。

 結果は大成功だ。

 表向きは、襲撃はしたが警官に取り囲まれ、金庫を開けるのにも失敗。地下から逃げた事になっていた。

 裏金はきっちりと全額頂いた。

 あれだけの大仕事はもうない、そう思える程に稼いだ。そう思って有頂天になったものだ。


「あの金の中にギルドの金もあったのか…………」

 今となっては遅い、ギルドに狙われるとは犯罪者から命を狙われるという事、既に死亡通知をされたも同然、それはもう裏社会にすら居場所が無い事になるのだ。

「私であれば、貴方を保護出来ますが如何ですか?」

 それまで、姶良は密かに自分が生き延びる事を予測していた。

 ハイシュミレーターで演算したのだ。今の、自分の置かれた状況を。そして自分が死なないと思えた。

 現にWDは自分を勧誘するつもりだった。

 殺すつもりなら拷問する必要もない、たださっさと殺すだけでいいのだから。

 だがギルドとなると話は全く別だ。

 彼らは自分を生かしてくれるとは思えない。

 死ぬ、と思った。それも無残に。

 だからこそ、屈した。

 九条は歓迎した。

 そうして与えられたのが、ぼったくりバーの奥。つまりは穴蔵であった。


 ギルドは九条の取りなしで賞金を取り下げた。

 そう聞いて逃げる事も可能だと思った。

 しかし九条は姶良よりもずっと上手であった。

 彼女はギルドには話を付けたが、警察には情報を提供したのだ。

 つまりはそういう事だ。

 彼の顔は表にも裏にも知れ渡った。

 逃げる気力はもう無くした。

 籠の中の鳥、という表現が相応しかった。


 九条は彼に身分を与えた、WD九頭龍支部に於いての身分を。

 偽名と給金も。

 不満はあったが、生きていられる、という安堵がしばらくの間は勝った。

 とは言え、それも、自分が武藤零二の監視役だと知るまで。

 所詮は使いっぱしりだと理解するまでだった。



 ◆◆◆



 そして現在。

 彼は今、駒繋喜楽里少年のイレギュラーで何が出来るのかを実験していた。

 彼がパソコンから様々な情報を引き出せるのかを試してみた。

 結果は…………失敗。

 彼にはまだまだ早かったらしい。


 集まった情報は断片的過ぎてサッパリだ。

 意味不明の単語やらプログラミング言語の羅列。

 これでは、パズルにすらならない。

 屑情報だと判断し、廃棄する事を決めた。

 だが彼は知らない、

 この時の事が彼に破綻をもたらすきっかけになった、と。

 そしてその事を姶良摘示は、最期まで知る事はついぞ無かった。


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