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遭遇、一年前

 

 そこは薄暗い空間だった。

 紫煙がこもる狭い部屋の中。

 灰皿には盛りに盛られた煙草の吸い殻が押し込まれている。

 何も知らない者がうっかり部屋の扉を開けでもすれば、あまりに濃厚なそのニコチン臭に鼻をつまむ事だろう。

 他にあるものと言えば、数十もの液晶モニターに、飲み切ったらしき無数の空のペットボトルに、コンビニで買ったらしきおにぎりの包みが部屋中に無造作に放り投げられている。

 ゴミ屋敷のような、およそ人が生きていくには劣悪な空間、だがそこには一人の人物が粗末な座椅子に座っている。


「頃合いかな、そろそろ」


 報告を受けて姶良摘示はそう呟いた。

 元々は単なる暇潰しの余興だった。

 彼の仕事は繁華街を中心とした九頭龍という地域の監視だ。

 無数のモニターは各地にあるカメラ映像をパッ、パッと次々と切り替えており、その切り替わりまでの速さはまさに秒速。

 何が写っていたかなど普通の者にはまず分からない事だろう。

 だが彼にとっては問題ない。これでいい。

 特段、動体視力がいい訳ではない。

 運動能力も一般人とそう大差もない。


 一見すると特段、何かが強化されているでもなく、この男の何が普通では無いのかを判別するのは困難を極める事だろう。

 だが彼を侮ればそれは取り返しのつかない事態を招き寄せる事になるのだ。

 彼のイレギュラー”高度模擬装置ハイシュミレーター”は彼の脳内暗算処理能力を高める。

 例えるならば、彼個人がスパコンと同等のスペックを誇るのだ。

 彼にとって、いや彼の脳にとっては一瞬の映像で充分。

 その一瞬で認識した情報を無数に同時比較、演算処理を行う。

 その無数の繰り返しの末に彼の脳は結論を出すのだ。

 今、もしくはこれから起こり得る出来事についての。

 指先にある煙草を口に運ぶ。そうして紫煙をゆっくりと吐き出す。いつの頃からか彼は煙草を嗜む様になった。元々は嫌悪していたはずなのに、だ。


「始末した、か」


 さっき港湾区域での映像を目にした。

 ”破壊者デストロイ”は依頼を遂行した。

 彼は優秀だから、蛸はもうこの世にはいないのは間違いない。

 今頃は、あの哀れなるこそ泥は原型を留めない程に破壊された事だろう。


 そう、元々は単なる暇潰しの余興として始まったのだ。

 決して現在・・の様な状況を招こうなどとは露程も思っていなかった。


 姶良摘示は飽いていた。

 来る日も来る日も同じ仕事をこなすだけの退屈な日々に。

 彼は日々を繁華街を中心とした限定された地域の監視をこなしていた。

 最初はそこが九頭龍の中でも最も多くの人手で溢れていたからだと、そう思った。

 実際、繁華街には人の多さに比例する様に、マイノリティによる事件が頻発した。

 その早急なる鎮圧の為に最も効率的なのが、自分のイレギュラーであるハイシュミレーターである、と納得はした。

 高度模擬装置、つまりスパコンの様な演算処理能力は、いうなればたられば、の可能性を、つまり危険予知、メタ感知を突き詰めた物だともいえる。

 実際、結果も出していた。

 両手の指の数を遥かに凌駕するマイノリティによる被害を、事前に予測。被害が起きる前に対処。この結果として、別にその気は無かったが、大勢の一般人の生命を救った事になった。

 だが、ふと思ったのだ。

 何故、この繁華街を中心とした限定された地域なのか、と?


 そんな疑問を抱きながらも与えられた仕事を繰り返す日々の末に目に入ったのは、一人の少年──武藤零二の姿。

 そう、だ。

 忘れるはずもない、忘れられるはずもない。

 その少年の姿を彼は決して忘れない。



 ◆◆◆



 一年前。

 姶良摘示は人生を謳歌していた。

 自分が見通した予測に基づき、彼と彼の仲間は寸分違わずに犯罪計画を実行した。

 実に見事だった。自画自賛かもしれないが、誰一人として犠牲を出さないその犯罪計画はまさに芸術的ですらあった。

 様々な場所を様々な物を盗み、壊してみせた。

 常識では考えられない様な無数の出来事が数多く積み重なった末の犯行にマスコミは食い付いた。

 まるで世紀の大怪盗でも現れたかの様な報道は見ていて壮快ですらあった。

 マイノリティにかかれば不可能な事も可能になる。

 世の非常識は彼らの常識。

 達成不可能な物事が達成可能に。さも当然の様に、いとも容易くに。


 報道は連日過熱していった。

 新聞にテレビに、ラジオに、SNSに、と様々な真偽の分からぬ情報が溢れ出でていた。

 警察は無力だった。彼らは確かに犯罪者に対する抑止力ではあったが、それも所詮は一般人による犯罪に対してでしかなく、自分達のような力を持った者の相手ではない。


(我々は最強だ)


 そうした共通の思いでチームは動いていく。

 一人では不可能な事も仲間がいれば意外と何とかなるものだ。

 挙げ句には自分達の偽者まで姿を現す始末で、苦笑しつつも警察に突き出したりもした。


 完全に”我が世の春”であった、……その時までは。

 その日は九頭龍の郷土博物館から一振りの刀を盗み出すのが目的であった。

 陽動はいつも通りに派手に実行。

 後はそれを盗み出して、逃げる段だった。

 だが、全ては見抜かれていた。

 仲間は続々と倒されていく。

 相手は見たこともない連中だった。

 そして警察等ではない。

 何故なら、連中は一切の躊躇もなく、仲間を殺していった。

 そして何よりも、連中はイレギュラーを自在に扱っていた。

 何も無い場所で突如、仲間の身体が吹き飛ぶ。あれは音による破壊らしい。

 いきなり仲間の眉間が撃ち抜かれた。

 物陰で仲間が斬殺された。

「あ、あああ」

 何が起きたのかが把握仕切れない。いや、把握している、分かっている。分かっているが、分かりたくないのだ。


 バアン、大きな音と共にバンの扉が乱暴に開け放たれた。

 姶良摘示は思わず身構えた。懐にいれていた拳銃の抜き放とうと手を伸ばす。

 しかし、そこに姿を現したのは敵ではなかった。

「おい、何をしてるんだ? ……おい?」

 姶良摘示は怪訝な表情でそう問いかけ、そして気付いた。

 その仲間は、昨日になって大怪我をしたので今日の仕事からは抜けたはずだった。

 確か、車に撥ねられたと聞いた。

 彼は仲間内で唯一マイノリティではなかった。

 確か足を複雑骨折したはず、それは病院で目にしたはずだ。

 なのに、今の彼は何の問題もなく立っていた。


 仲間の口が動いた。

「ごめん」

 そう口にした瞬間に彼は全身から血飛沫を巻き上げ、一面を鮮血で彩った。

「ううえええっっっ」

 おぞましさに胃液が逆流しそうになり口を押さえる。


「あー、派手にやっちゃったなぁ。もっと上手く仕込まなきゃ、……だな」

 そこに姿を見せたのはまだ幼さを残した少年だった。髪の色は緑で耳には無数のピアスがジャラ、と音を立てる。そして何よりその表情は嬉々としており、……愉悦に満ちていた。

「な、何だお前は?」

 姶良摘示は死の恐怖を敏感に感じ取った。

 身体が上手く動かない。手が、足がまるで自分の物じゃない様にピクリとも動かない。

「さーて、諦めはついたでしょ? ならさ……」

 死んじゃえよ、と少年が口にした瞬間。

 手足の自由が戻った。

 殺される、と理解した事で硬直していた手足が、本能が彼を生き延びさせようと動かしたのだ。

 懐の銃を抜き放つと迷わずに相手に向けて発砲。少年は思わず身を退いた。

 そして迷わずに運転席へと飛び付く。

 もう何も考えられない。ただこの場から逃げるだけ。それしか考え付かない。アクセルを全開でバンを走らせた。

 ギャギャギギギィィィ。

 アクセルが妙に重い、それに煙が見えた。どうやらサイドブレーキを引いたままだったらしい、だがそんな事気にしてられるか、そう思ってただ前に車を走らせようとした。

 すると、だ。

 前方に誰かが立っていた。

 黒い髪の少年だ。ツンツンとした髪型で、いかにも気だるそう。


 ここは”工事中”の標識で人払いをしたはず。


 それに、この黒い髪の少年はいつ姿を見せた?

 今の今まで前方には誰の姿も無かったはず、だ。

 そう思った瞬間にアクセルをさらに強く踏み締めた。

 そう、前方の相手は”敵”だ。


 だから殺す、その意思を汲み取ったかの様に白いバンは鉄の塊として、凶器となって目の前に立ち塞がる少年へと襲いかかる。


 だが、少年は一切動じなかった。

 それどころか、彼は前に踏み込む。

 不思議な事にその右腕が白く輝いている様に見えた。

 そしてその肉体は跳ねた。一直線に目の前に迫っていた。

 声が耳に飛び込んだ。

「ああああああッッッッ」

 その声と共に白く輝く拳が車体へと叩き込まれた。


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