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確保

 

「やれやれ、……コイツはめンどくせェな」

 その指示を聞いた零二は幾度もかぶりを振った。

 春休み終わりの騒動から二十日以上が経過していた。



 ◆◆◆



 縁起祀との一件後、零二は九条から休みを貰った。実際かなり消耗していたから、という名目で、実際には強制的な休暇だった。

 しかし零二の場合、消耗とは言ってもあくまでも体力に起因していた。なので数日自由にしていただけで完全に復調。ここしばらくは完全に暇を持て余していた。


 高等部での初日はまさに波乱としか言えなかった。

 まさかあの春休みに戦った相手──怒羅美影が同じクラスの、それも自分の隣の席につく事になるとは全く予想だにしていなかったから。

 おまけに、だ。

 のっけから互いに言い争いをしていると、その様子を見ていた他のクラスメイト達は当初こそ呆気に取られた顔を浮かべていたが、すぐにヒューヒュー、と茶化して来る始末。

 しかもよく見るとクラスメイトを煽っていたのは、お隣さんの同僚であるはずの田島だったからタチが悪い。

 美影は「一時休戦よ」とだけ言い残すと休み時間に教室から大股に出ていった。

 休み時間が終わり、次の時間には何故か髪が若干チリチリになっている田島がシュン、とした様子で席に付いており、何があったかを察した零二は柄にもなく思わず同情したりもした。


 そんなこんなで始まった高校生活だが、思った以上に楽しい。

 不良を自負する彼だが、学校の勉強が好きなワケではない。

 かといって、特段何かが面白い、と具体的に思っているワケでもない。

 何と言えばいいのか、ただその場にいるだけで楽しいのだ。

 零二が学生生活を始めたのはおよそ一年前の事。

 最初は戸惑う事も多く、見た目のヤンチャさも手伝い、大勢の先輩方から歓迎も盛大にされた。もちろん、全員ノックアウトしてやったのだが。


 学園生活は、それまで彼が生きてきた”白い箱庭”の様な統制・・とは違う。授業や校則などいくつかの規則はあったが、少なくとも終業後の時間は自分で選べる。

 部活をやるもよし、街に出て色んな店を回るのもよし。

 そう、選べるのだ。それは普通の同年代の少年少女なら当たり前の権利だ。

 だが、この不良少年にとっては大きく違う。

 誰にでも当然の”自由”が、かつては存在しなかったモノがそこには存在していた。


 零二にとって今の生活は本当に楽しいものだ。

 何だかんだで自分の居場所らしき物を見つける事も出来た。

 繁華街の連中は一癖も二癖もある油断ならない奴らだが、一方で義理堅さを持ち合わせてもいる。

 バーでの暮らしにも慣れてきたし、この店の主人マスターはいちいち細かい事を詮索してこないから気が楽だ。

 そして、これが一番大事な事だが、何よりもマスターの作るご飯が美味いのが最高だ。


 その一方、実家にもたまに帰っている。

 もっとも、そこに血の繋がった家族と言うべき存在はいない。いるのは家政婦さん達に、使用人、で、後見人で師匠で、執事でもある加藤秀二だ。

 何でも、両親は既に他界。一人残った兄は数年前に家を出てしまい、以来この屋敷には主人はいないのだそうだ。

 だからこそ、だろうか、秀じいはいつも零二が屋敷に入る様にしきりに促すのだ。

 恐らくは一刻も早く、武藤家の家督を継いでほしいが為に。



 そんな中、零二はある晩に突如”呼び出し”を受けた。

 時間は間も無く夜十一時。

 場所は足羽山。かつては笏谷石の採掘場所として福井藩の財政に大きく寄与し、今では公園となっている九頭龍、かつての福井県民にとって憩いの場所でもある。

 決して高い山ではないのだが、周囲に他に山がない為だろう、ここからは九頭龍の街並みが一望出来る。

 幾つかの茶屋があり、ちょっと前までなら桜を眺めながら蕎麦を啜ったり、団子を食べたりと、休暇中だった零二は何度もここに来ていた。

 場所は”足羽山招魂社”。

 成立したのは明治三年。維新前後の英霊を祀る為に出来た場所。

 太平洋戦争迄の時代の戦没者を同様に祀ったのだが、戦争終結前の空襲にて一時は社殿が焼失。社殿が再建されたのは昭和三十八年。それから現在に至っている。

 流石にもう夜の帳が落ちたからか、周囲に人の気配は感じられないし、零二の熱探知眼サーモアイにも特に人の姿、熱源は伺えない。


「ふああーあ、……眠う」

 欠伸をしながら零二は周囲に気を配っている。

 ここを指定したのは零二の方だった。

 ここなら繁華街からそう遠くないし、WD支部のある高層ビルのように、イチイチ入るのに手間暇がかかる事もないから面倒もない。


「いい場所ですね」

 突如声をかけられ、思わず表情が強張る。

「…………」

 やれやれ、と思わず不良少年は肩を竦める。

 いつの間にやら背後には上司がいた。

 思わず「何だよ、ちぇ」と呟く。零二がここを指定したのはここなら勝手知ったる何とやらで、自分の方が土地勘があると踏んでの事だ。その上で妙齢の女性上司が姿を見せる瞬間を捉えよう、と思っていたのだ。

 結果的にはこうして完全にその目論見は失敗したワケだが。

「参ったよ、ほンとに」

「では早急に用件に入りましょう」

 こうして九条羽鳥はいつも通りに淡々と話を切り出したのだ。



 ◆◆◆



 それから三十分の後。

 零二は頭を抱えていた。

 任務そのものは極々単純な物だった。

 ここ一週間程の間にマイノリティによる犯行らしき犯罪が増えているらしい、そこで零二にはその犯人を捕らえる様に、との事だ。

 しかも今回は”捕らえる”限定。

 始末はするな、という事。

 さっきまでの様に久々のWDエージェントとしてのお仕事にワクワクしていたのが嘘みたいに、今はやる気が無くなっていた。


 相手は如何にも弱そうだった。

 写真画像はお世辞にも鮮明とは言えない為に、今、彼が見ている相手がターゲットかどうか確信できない。

 零二がやる気がないのは、相手の動きを見ていたからだ。


 相手は小さな子供。

 それも多分は六歳程度の、だ。

「マジかよぉ、はぁ…………」

 盛大なため息をつくと、不良少年はビルの屋上から飛び降りた。



「楽勝楽勝」

 鼻歌でも歌いたい気分だった。

 その子供は、自分の保持していた変な力に使い途があるのだと先日知ったばかり。

 今、彼がやっているのは一言でいえば窃盗だ。

 狙いは目の前にある自販機。

 そこに詰まっている紙幣を貰うつもりだった。

 それは小銭はかさばるから良くないよ、という将軍・・の言葉に従っての事だ。

「ん、…………」

 そっと自販機に手を添える。

 目を閉じて、息を深く吐き出し、同様に深く吸い込む。

 すると、閉じた視界に突如、目の前の自販機の形が浮かび上がる。

 ただし、それは普通の状態ではない。

 彼には視える。触れた物の”内部”が。

 その自販機の配線やら、回路がどの様に繋がっていて、どうすれば動かせるのかが感覚として理解出来る。

 そこに微弱ながら、彼自身が発した電流が流れ込む。

 するとどうだろうか、本来なら有り得ない事に紙幣が逆に動き出す。まるで逆再生でもしているかの様に、ゆっくりと紙幣が戻ってくる。

 時間にして数十秒。

 その時間で彼の手元には計七枚の千円札があった。

「やった、上手くいった」

 嬉しそうに顔を綻ばせる子供はふと気付く。

 いつの間にか誰かがすぐ近くにいる、と。


「よう、ボウズ。ガキのくせしてドロボーたぁ。ワルいヤツだな」

 振り返るとそこにいたのは不敵に笑う零二だった。

「な、何だよ?」

 目に見えて怯えながら、それでも出来うる限り、精一杯の勇気を振り絞っての言葉に零二は苦笑する。

「へっ、成る程なぁ」

 目の前で見た光景を分析してみる。詳しい手口までは分からないが、紙幣が出てくる前に微弱ながらも電流による物とおぼしきスパークが見えた事から、少なくとも電流操作は使える。

 どう見てもまだ小学生になるかどうかの見た目から判断しても、取り急ぎ排除の必要もない事だろう。

 確かに、確保、が妥当と言える。

「さって、と。じゃあボウズ、こっちに来てくれねェか? オレとちょいとお出かけしようぜ」

 そう言いながら零二はジリ、と少年へにじり寄る。

 この不良少年は全く自覚が無かったが、今、この場は薄暗い。自販機のか細い光だけで、街灯は数十メートル先までない。

 そんな場所に突如としてぼおっ、と顔が浮かび上がる様に見えたのだ。それもかなり凶悪な面構えの顔が。

 だから「うわああああ」という少年の絶叫は正しい反応だった。

 普通の子供なら思わず逃げ出すか、或いは腰を抜かしたかも知れない。

 だが、彼はマイノリティだった。

 瞬間、パアッ、と眩い光がカメラのフラッシュの様に視界を奪う。零二は予想もしていなかったのか、思わず目の前が白く焼き付けられた。

「う、ううっっ」

 呻きつつ、零二はかぶりを振る。 クラクラした視界を一刻も早く、戻そうと試みた。

 そこにまさかの追い討ちが襲いかかる。

「オグウッッッ」

 声がうわずる。強烈な痛みはそこから全身へと駆け巡った。

 ”少年”は視界を奪った上で攻撃した。それも中途半端な場所では効かない。そう思った少年は全力で”急所(男の子のだいじなトコ)”を膝で蹴っていた。

 ミシッ、という嫌な感触。

「……………………おゥ」

 膝を付いた零二に少年は「バーーーカ、そこで死んでろ」と思いきり罵倒すると、この場からタタタ、と走り去っていく。

「お、おのれクソカキッッッッ」

 うっすらと涙目になった零二は吠える。

 こうして追いかけっこは始まった。


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