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日常と非日常の境目

 

 経済特区九頭龍。

 この地に政府は、いや計画を推進した藤原一族は、その思惑通りに国内外から多大な金を集積させる事に成功し、急拡大させる事に成功した。この場所には今も多額の投資され続けている。

 ここには様々な思惑を持った諸国家からの出先機関が半ば公然と進出している。

 何故ならここは、WGとWD。今も世界中で急増するマイノリティを多く抱える二大組織が半ば公然と存在している。勿論、裏社会での常識ではあるが。

 一方は世界の”守護者”を自認。

 もう一方は世界の”破壊者”と呼称される集団。

 彼らは世界中で激しく激突を繰り返し、多数の死傷者が、今現在も出ている。

 しかし、ここ九頭龍では、この二大組織は何故かおよそ十年もの間休戦し、共存している。無論、例外的な衝突はあるが。

 更に、WD九頭龍支部を統率する九条羽鳥は、世界中の政財界に裏社会にと無数のパイプを持つ大物であり、その彼女がこの地に十年間もの間、ずっといる事も注目の理由であった。

 彼女はそこにいるだけでそこには”火種”が持ち込まれる。それに合わせて様々な用途の金も。

 だから一ヶ所に長期間いると言うことは無かったのだ、十年前までは。

 だが、その結果として、この経済特区に更なる資金が注ぎ込まれる事で、恩恵を得た者は多い。今更、ここで何かを仕掛ければその多額の投資が無駄になり、各国の上層部や彼らを支援する富裕層は激怒し、大問題になるだろう。その為に、今やこの地で無用の争いをしようと考える者はごく少数に限られているのだった。



「では、説明をお願いします」

「あ、なンて言えばいいかな……」

 武藤零二は、この上司が苦手であった。彼女はとにかく何事に対してもそつがない。必要最低限の言動しかしない。細かい仔細には頓着しないのは、大雑把なこの少年にとっては実に有り難かったが、稀に必要最低限過ぎて酷い目を見る事もある。

 お陰で、最近じゃこの少年ですら、情報収集に気を使うようになっていた。

 良く言えば、退屈しない職場に感謝。

 悪く言えば、いつ死んでもおかしくない職場に閉口気味、といった所か。

 九条羽鳥は黙ったまま、じっと報告を待っている。

 目を閉じ、静かに。

 一見すると寝ている様にも見えるが、勿論そんな訳はない。


 ちなみに、彼女に対して嘘偽りは万死に値する。

 具体的に言うと、この支部長の腹心である”シャドウ”が問答無用で襲い掛かってくる。

 彼がどの様なイレギュラーを用いるのかは、不明だ。

 実際に戦っている所を見た者がいないから。

 見た者は例外なく死を迎える事になる。


 零二は正直言って、この瞬間が苦手極まりない。

 シャドウが襲ってきたらきたらで、ブン殴ればいいとは思っている。だが、目の前にいるこの妙齢の美女と戦うのは勘弁だった。

 負けるとは思えないが、勝てる気もしないから。


 ちなみに、何故こうなっているのかと言うと、昨日に零二がイレギュラーを用いて暴徒化した集団を一掃した際に、建物等に甚大な被害を出したからだった。

 修繕は既に完了してはいたが、何故そうなったのかの説明を直に求められて現在、こうなっているのだ。


「あ、あのですね。その、」

 零二の言葉は歯切れが悪い。

「クリムゾンゼロ、報告はしっかりと明瞭にお願い致します」

「う゛、っ」

 ピシャリとした上司の物言いに思わず、苦虫を潰した様な表情を浮かべる。

 答えにくいのには理由がある。

 何故なら、その当時この少年は腹の虫が悪かった。

 理由はいくつかある。

 ようやく春休みだと思っていたのに、授業をサボりすぎた結果、補習に出る必要が生じた事。

 それから、折角早起きして作った昼飯用のサンドイッチ(それもお気に入りのライ麦パンでの)がグシャリと潰れて無残な有り様だった事(理由は、朝珍しく電車に乗ったら乗客が一斉に乗り込んで来て、バッグが潰されたからだろう)。

 挙げ句には、帰り道でカラスの糞がスニーカー(よりにもよってお気に入りの限定品)に直撃した事等々、ついていなかったからだった。

 そんな中で与えられた任務は単純で、おまけに短時間で終わった。だが、八つ当たり気味での戦闘だった為か、相手に対する手加減が足りなかった。思わず、必要以上に強烈な一撃をお見舞いした結果、勢い余って、ビルを一棟半壊させてしまったのだった。


 ビル等を破損した場合の修繕は、基本的にはマイノリティがイレギュラーを用いる事で対処している。

 ”創造クリエイト”の系統に該当するイレギュラーの特色は、文字通りに、物質を創造出来る事に尽きる。

 そのイレギュラーを応用して、壊れたコンクリートの壁を修繕して見せたり、または溶解したアスファルトを埋めたり出来るのだ。

 一見便利に思えるが、イレギュラーには個人差はあれども、限界値が存在している。どんな物でも万能に直せる訳では無いし、無制限に使える物では決してないのだ。


 イレギュラーを酷使すれば、体力及びに精神的にも疲労する。

 そこから無理をすれば待っている結末はたった一つ。

 限界まで疲弊したマイノリティの末路は決まっている……理性を喪失した怪物フリークになる。

 フリークと化したマイノリティはただ本能の赴くままに暴れ、壊し、殺す。そして、それを防ぐ明確な手立ては現在、未だ誰も解明してはいないのだ。


 という事である為に、修繕をするにしても限度があるし、あまりイレギュラーを酷使させる訳にはいかないのだ。

 WDはWGと比して、戦力ではやや優勢であるが、組織としての結束と人員数等では完全に劣っている。

 その為に、こうした後方支援に従事する人員に関しては、支部毎にそうしたチームを持つWGとは違い、WDの場合は一定数以上の集団を形成しエリアを分担。彼らに要請をするという形を取るのだ。無論、彼らが出動する毎に予算が発生もするし、もしもよそのWDから先に要請があれば、すぐに後方支援出来ない、といった場合も発生するのだ。


 九条羽鳥という女性は、無駄を嫌う。

 逆にやむを得なかった場合は、多少の失態もお咎め無しという事すら有り得る。

 だからこそ、今回の零二の様に必要以上な被害の発生に関しては徹底的に追及する。特に懲罰が与えられる訳ではないが、この沈黙と視線が怖い。

「いつも貴方に伝えているはずですが、無用の被害を出す事は謹んで下さい。我々、マイノリティは基本的には……」

 なまじ感情を露にして怒られるならまだしも、淡々とした口調で正論で問いただされ、反省されられる。



 ◆◆◆



 それから、およそ一時間後。


「はぁ、疲れた」


 零二は帰路をとぼとぼと歩いていた。

 結局、お咎め無し出済んだものの、今や疲労の極致だった。

 だが気付いていた。さっきから自分を尾けてくる気配がある事に。これも彼の後見人兼、執事の秀じぃに散々っぱら仕込まれた事で、いつでも周囲に気を配る様に教えられた賜物だった。

 とりあえず、まだ殺気は感じない。だが、嫌な気配だ、と思う。

 薄汚い何かが、微かに漏れ出ている。いや、敢えて出しているのかも知れない。自分に気付いて欲しくて。


 そのまま歩く事十分。


 少年はため息を一つ付くと、その歩みを止める。

「もういいだろ? 出てきな」

 背後にいるであろう誰かに声をかける。


「なんだ、バレてたのか?」

 わざとらしい声をあげて姿を見せたのは、見た目は四十代、小太りの中年の男だった。服装は一見すると仕事帰りのサラリーマン風でよれよれのスーツを着ている。

 だが、足元だけは違う。その辺にいる様なサラリーマン達とは違って、中年の履いているのは恐らく軍用のブーツだろう。

 まず間違いなく素人ではない。


「ンで、誰だアンタは?」

「さぁて……誰だろうな」

 中年の男は言うなり、問答無用という事なのか襲いかかる。

 動きは見た目からの印象よりもずっと早い。間合いを潰しつつ、ナイフを突き出す。零二は一歩後ろに飛び退いて躱す。中年男はそのままの勢いで右肩を突き出してぶつけようと試みる。零二は身体を捻り、半身にしながら躱す。そうしながら右手を相手の後頭部に添え……突き飛ばす。

「流石に小手調べでは無理か」

「くっだンねェ……いいから本気だせよ」

 不敵に、零二は挑発するような笑みを浮かべると意識を集中。”フィールド”を辺りに展開する。そうしておいて、すぐ背後にある空き地へ小走りで向かう。中年男もそれを追う。


「さってとォ、こンで思う存分やれるってもンだな」

「噂とは少し違うのだな、もっと理性の抑えが利かない相手かと思っていたのだが」

「ちげェよ、単に街中でやりあうと……色々めンどうなだけさ」

 実際、そんな事をしたら流石にマズイ。九条も怖いが、それ以上に後見人に知られたらまず間違いなくお灸を据えられる。

 それだけは勘弁だった。

 だからこそ、ここに誘い込んだ。

 ここは現在建造準備に入っている区画の中にある空き地。

 周囲には誰もおらず、あるのは無数の建築資材と、重機だけ。

 一見すると、資材置き場にも見えるこの場所は、WDの所有地である。いや、正確にはこの区画一帯が所有地だ。

 この区画は、現在急ピッチで建設されている超高層ビル群、通称”塔”の区域で一番最後に建築予定の場所。あくまでも建築予定というのがミソだ。

 一応、それらしくは用意を整えてはいるものの、実際にはここいらの建築計画は超高層ビルから、広大な敷地を活かした公園へと変更済みである。そして、まだそれを知るのは九頭龍内でもごく一部の関係者だけだ。

 最終的には公園を作る予定地のこの場所をWDが所有するのには無論、理由がある。

 九頭龍では、WD及びにWGは休戦状態である。

 だが、それでも全く諍いが起きない訳では無い。

 どうしても我慢出来ない者は出てくる。そういった連中が思う存分に気兼ねする事無く、イレギュラーを存分に扱える場所、それがこの区画だ。

 ここは、この九頭龍でも数少ないマイノリティ同士が公然と戦える”決闘場”なのだ。

 この場所での戦闘に関してはWDもWGも一切関与しない。

 戦うのは自由だし、どうなっても全ては自己責任。

 だから、零二はここが好きだった。ここで殺り合う分には、九条羽鳥も文句は言わない。


「で、かかって来ないンかよ?」

「随分と好戦的だな、いいだろう……!」

 中年男は、ナイフを投げる。狙いは正確に心臓へ一直線。

 零二は躱す素振りすら見せない。彼には躱す必要すらない。ただ、腰を落とすと、体内で渦巻く”熱”を解放。投げ放たれたナイフは標的に届く前に溶解し、地面に力無く落ちた。

 だが、中年男もまた仕掛けていた。さっきよりも素早い。常人とは思えない足捌きに尋常ならざる踏み込みから、

「しゃああああ」

 掛け声と共に突き出されるのは左手刀。零二は気にせずに熱を放ち、防ごうと試みるのだが。


 ギャリッッ。


「おわっ……あぶねェ」

 危険を察し半身となった零二の頬より血が滴り……一条の筋となる。中年男の手刀が掠めていったのだ。熱の防御を突破して。

(なンか仕込ンでるのか?)

 零二は相手の手を凝視。そして気付く、小太りだった敵の姿が引き締まった体躯となり、その指先がまるで鋭利な刃物の様に変異している事に。

「なるほどね、【肉体操作能力ボディ】のイレギュラーって訳だ。ンで、名前を名乗りな…………燃えカスになる前によ」

 そう言いつつ、心底嬉しそうな笑みを浮かべる。

「これから死ぬんだ、知る必要もない」

 中年男も微かに口元を歪めると、左右の手刀で襲いかかる。

 その攻撃はまさに刀剣の如き鋭さ。

 一振り一振りが、普通の人間が受ければ間違いなく致命的な一刀。

 風を切り、地面を切り、空気をも切り裂くかの様に。

 零二は熱での防御を諦めたらしく、自分も手足を用いて敵の斬撃を捌き始める。勿論、相手の手刀を正面から受けたりはしない。相手の刃の側面を、もしくは柄とでも言うべき手首を弾いていく。

「小癪な」

 中年男は更に速度を上げていく。零二もそれに的確に反応していく。パパパパ、という音だけが周囲に聞こえる。



 一方、その戦闘を見ている者がいた。ライフルのスコープ越しに標的の様子を伺っている。距離はおよそ六百メートル先、鉄塔の上から静かに……気配を殺しながら。

 彼もまた、中年男と同様に零二を狙っているのだ。

 但し、彼らの雇い主は別々。つまりは商売敵、という関係だ。

 スー、スー、と小さく静かに呼吸をしながらその時を窺う。

 用いる弾丸には自身のイレギュラーにより特殊な毒が塗られており、命中すれば相手の身体機能を低下させる。掠るだけでも効果はある。だから、彼が用いる弾数は二発のみ。だからこう呼称されている、”二発ツー弾丸バレット”と。

 本来であれば、彼はこの戦闘に於て最も優位な位置にいたはずだった。標的も、その交戦相手も自分達が見られている、とは思ってもいないのだから。

 だが、彼は不幸な事にその事を活かし切る事が出来なかった。

 彼もまた、観られていたのだ。いや、正確にはいる事を感知されていた、というのが正しい表現だろうか。

 それはゆっくりと忍び寄る。

 狙撃手である彼もまた、忍び寄る気配に気付く。自分が懐に潜られたら不利な事は十二分に理解している。

 即座に姿勢を整え、迎撃しようと腰のホルスターから拳銃を取り出そうとした。これに装填されている弾丸もまた、彼特製の毒が塗られている。掠るだけで、勝てるはずだった。


 十数秒後。


「あ、あぐぐ……あぁぁ」

 力無く全身を脈動させているのは狙撃手の男だった。

 その頸部からは夥しい出血。ピク、ピクと徐々に力が抜けていく。鼓動が弱くなっていくのが自分でも理解出来た。

 それを知っていて、敵は敢えて止めを刺さずに放置している。

 抵抗を試みようにも身体は動かない。

 彼の全身は拘束されていた。それは一見すると分からない。それ程に細い。だが、まるで頑強なロープ以上に相手の手足を縛り上げ、身動きを許さない。


「クキャキャキャ……」

 男は不愉快になる様な笑い声をあげて、捕らえた獲物を見下ろしている。

「どうだ? ゆっくり死んでいく気分はよぉ」

 舌なめずりしながら、その表情を歪め、笑う。

 哀れなる狙撃手は、何も出来ない。

「こ、ころせ」

 そう嘆願するのが精一杯だった。叶わない願いだと思いつつ。この男の目にはハッキリとした狂気が浮かんでいる。まず間違いなくフリークなのだろう。

 しかし、相手は何を思ったか動き出す。止めを刺すつもりだろうか? とそう思った時だった。

 グシャリ、気味の悪い音を立てて何かが潰れた。

 それは彼の喉。相手が踏み潰したのだ。これで死ねる、そう思った。だが、違うと気付く。喉を潰したのは、殺す為では無い。その証拠にまだ彼は死んでいない。その意図は直ぐに理解出来た。


「クキャキャキャァァァァァ」

 それは暴虐だった。動けず、声をあげる事も出来ない哀れなる狙撃手は自身の四肢が、五体がズタズタにされていく様を微かな呼吸でただ見詰める事しか出来ない。そして何も考えられなくなり、やがて絶命した。


 ポタポタ、と手から血が滴り落ちる。その先端はまるで槍の様に教えられた鋭く尖っている。

 彼はこの瞬間が堪らなく快感だった。相手が絶命していく様を余す事無く見ているのが。同じ死に様というのが無い。

 絶望しながら死ぬ者もいれば、気が触れたのか笑いながら死ぬ者もいる。また、今の死んだばかりの狙撃手の様に無表情で死んでいく者等々、その最期の瞬間は千差万別。全く同じ死に様はこれ迄お目にかかった事がない。

 ピピピ。

 男の携帯に連絡が入った。


 ──やぁ、調子はどうだい?


「あぁ、最高に決まってるだろ」


 ──それは良かった。で、様子はどうなんだい、木島さん?


「クキャキャ、あのガキは嬉しそうに戦ってやがる。なぁ、俺が殺してやりてぇ…………駄目かぁ、パペット?」


 ──それは困るかな。折角手に入れた新しい玩具があるんだよ。使わなきゃ、ね。


 それだけ言うと相手は、パペットは通話を切った。


「ケッ、つまらねぇ」

 男は、”クレイジーった蜘蛛スパイダー”こと木島秀助は新しい玩具が近付くのを張り巡らせた糸から感じ取る。

 それは、先日零二があしらったあの、リーゼントの男。

 彼は悠々と歩く。自分が戦うべき相手へと。




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