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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 4.5
68/613

初めての学生生活

 

 その日を彼女は楽しみにしていた。

 彼女は外の世界に出てからかれこれもう数年になる。

 だが彼女には、これまで学生生活を送った経験が無かった。

 彼女にとっては学生服とは、実年齢に合わせた、任務の都合上で着る仕事着の一種に過ぎなかった。

 先日まで着ていたセーラー服だって、そうした仕事着の一つ。

 それもそうだろう、とは自分でも分かっている。

 だって、自分はたかがまだ一〇代の半ばを過ぎた小娘なのだから。

 そういう年頃の小娘が違和感なく何処の街でも存在するのに都合がいい服装。それこそが学生服服、それだけの理由だった。


 それも昨日までの事だ。そう、今日からは違う。

 彼女も今日からは堂々とこうして学生生活を送れる。

 昨日初めて学生寮という場所に入寮した。

 すると先に入っていた寮生からは大歓迎された。

 ただ入っただけでパーティーが開かれるなんて初めての事だ。

 交流室という場所で寮生達は彼女にここでの暮らしについて説明された。

 正直いって、彼女は学生寮という場所はもっと規律を重んじる厳しい場所なのでは、と思っていた。

 それは多分に彼女が読んでいたマンガや小説のイメージに起因するものなのだが、そういう場所を想定していた彼女には驚く事ばかりだった。

 驚いたのは内装もだ。

 外観こそ灰色で、如何にもな無骨そうな印象の女子寮だったのだが、実際中に入ってみると、玄関ホールはたくさんの植物が飾ってあってそこにはテラスもある。そこから見える内庭には花壇があるらしく、チューリップが色とりどり鮮やかに咲いている。

 寮の管理人は穏やかそうな老夫婦で、どうやらここの内庭は二人が手を加えているらしい。

 内壁は外観とは違って白を基調としたシックな雰囲気。

 エレベーターには寮生だろうか、女学生の四季折々のイベントを楽しむ様な写真が貼ってある。


 ここは何もかもが、新鮮だ。

 これまで彼女にとって自分が寝泊まりする場所と言えば、派遣先のWG支部の宿舎や、もしくはマンスリータイプのアパート。

 目立つ事を極力避けて来たので、人との会話など殆ど無かった。

 彼女には同年代の友達、という物が今一つ分からなかった。

 何故なら彼女は誰よりも強くあろう、そう思っていたか

 誰よりも強い、とは誰にも隙を見せない事だ。

 隙を見せない、とは誰にも心を開かないという事だ。

 それが当たり前の事だと思っていたし、これからもそうだと思って九頭龍支部にもやって来るつもりだった。

 なのに、



 ◆◆◆



 三月末。


「いらっしゃい怒羅美影さん」

 九頭龍支部でかけられた第一声は、歓迎の言葉だった。

 彼女を、美影を笑顔で迎えたのは家門恵美。確か、この支部の副支部長だったはず。

 てっきり玄関にいるのは人事部か何かの人員だと思っていたので面食らった。

「あ、はい宜しくお願いします」

 美影は色々な支部を渡ってきた。だから派遣先の支部の人員については目を通す事にしていた。

 誰がどういう役職で立場なのかを事前に把握しておけば、現地に入った後も立ち回りやすい。

 それに、事前に分かっておけば不必要なコミュニケーションも最低限に抑える事が出来る。


 美影は人と関わるのがあまり好きではなかった。

 それが元々の自分の持って生まれた性質なのか、それとも自分の送ってきた経験に起因するものなのかは正直分からない。


 美影は子供の頃にWDに誘拐された。それからWGに救出される迄の数年間、彼女はずっと一人だった。

 WDでは様々な実験を受けた。投薬実験から、精神の改造、そして自分の”性能”を高める為の戦闘実験。

 大勢のマイノリティを焼き尽くした。

 そして何よりも、”あの実験”。忘れようにも決して忘れる事なんて出来るはずもないあの最低最悪の実験。

 大事な物を失った。

 その時に思ったのだ、もう自分は大事な物を持たない、と。

 失うのが耐えられない。子供ながらに、否、……子供だからこそ理解した。


 WGに救出された彼女は、それからすぐにWGに所属する事になった。WDの研究所から入手したデータによると、自分は”殺人機械キリングマシーン”になる為に改造を施されていて、特に精神面を歪にされているという事だった。


 様々な訓練を受ける日々が続く。

 美影は子供ながらに周囲の年上のマイノリティ達と比しても極めて優秀な戦闘適性を持っており、必然的に訓練も戦闘に関する物となる。訓練は二年に及び、その間に彼女にもコードネームが付けられた。それが”ファニーフェイス”。それはあるWGエージェントのコードネームで、彼女から譲られた物。


 第一線で戦い続けてきた優秀なエージェントだった彼女の呼び名を受け取った事は、美影に決意を新たにさせた。

 自分は戦い続けよう、と。何が起こっても、最後まで戦い続けよう、と思った。


 それからはずっと戦い続けてきた。

 彼女の戦闘適性は何処に行っても役に立った。

 様々な敵と戦い、深く傷付いても、……最後には勝利を収めた。

 だが、彼女はどの支部にも長居はしなかった。

 どの支部からも、より長期の滞在を打診はされたが、断った。

 何故なら美影が求めるのはただ、戦いの日々。

 自分という戦闘兵器を最大限に活かせる強い敵のいる場所だけ。


 だからこそ、九頭龍支部に派遣が決まった時は正直言って拍子抜けしたのを覚えている。

 あの支部は有名だったから。

 あろう事か、不倶戴天の敵であるWDと”休戦状態”にあるだなんてふざけている、そう思った。


 だからこそ美影は文句を言った。

 相手はWG日本支部の責任者にして”議員”の一人でもある菅原。本来であれば一介のエージェントがそう簡単に面会等叶う様な相手ではないのだが、そんな事に気が回らない位に頭には血が昇っていた。

 菅原は穏やかに答えた。

「君は何の為に闘うのかな?」

 と。

 美影は答えられなかった。

 彼女はただ戦いたいが為に戦っていたとその時悟った。

 美影は知らなかったが、菅原のイレギュラーは”読心リーディング”。相手の深層心理を理解する事が出来る。だからこそ、美影の自分でも無意識だった心を奥底を指摘出来たのだ。

 呆然とした美影に対して菅原は次いで言葉を紡ぐ。

「ではやはり君は九頭龍に行くべきだ。あそこは表面上は休戦状態にある特殊な土地だ。

 だが、あそこには我々が守るべき【人物】がいる」

「守るべき人物?」

「そうだ、彼女の持つイレギュラーが知れ渡れば間違いなく戦争が起きる。それだけのとてつもないイレギュラーを彼女は持っている。君には彼女を守って欲しい」

「アタシに守れるでしょうか?」

「守れるさ、君は誰よりも強い。イレギュラーが、ではないよ。

 君は誰よりも強い【心】を持っている。でなけば今ここに君はいない、そう思うよ」

 菅原の言葉には不思議な説得力があった。

 美影は何も返せずに部屋を後にする。

 美影が去った後に菅原は呟く。

「そうだ、君は知るべきだ。君は、自分をもまた救わねばならない事をね」



 ◆◆◆



 美影はかくて九頭龍支部所属する事になった。

 この支部はこれまで美影が派遣されたどの支部とも異なっていた。まずは規模が大きい。

 確かにここは今や日本のみならず、アジアでも最も活気のある経済特区だ。急激な人口急増で様々な問題が噴出しているとも聞く。

 だとしても人員が多い。

 戦闘エージェント、サポートエージェント、それを支える裏方に至るまでこれだけの人員数を持つ支部はWG全体でもそう多くはないだろう。

 それから驚いたのは、ここの医療態勢だ。

 確かにここは表向きは病院だ。だが、ここにはマイノリティ専用の医療設備が充実している。

 どの支部にもマイノリティの医療関係者はいて、負傷の治療態勢は整えられている。

 だが、それをここまで大きな規模で実施しているのは少なくとも美影は知らない。

 その為か、この支部には近隣のWGからも治療希望者が多い。


 そして驚いたのは、ここの人員が自分の事を毛嫌いしなかった事だった。

 良くも悪くも彼女の評判はWG関係者には周知の事だ。

 誰にも靡かない孤立したエース。

 戦闘能力こそ優秀だが協調性は皆無。

 そういう評判が流れている事は美影も知っていた。

 そして美影はそうした評判をそのままに気にしない事にしていた。

 にも関わらず、

 この支部はそういう美影をあくまでも一人の仲間として受け入れてくれた。

 家門もそうだし、林田由衣に至っては本来なら怒るはずの呼び名である”ドラミ”と平然と呼ぶ。

 なのに、不思議と怒りが湧かない。

 それどころか少し嬉しい。

 自分に対する親愛の情が伝わるからだ。

 こうして僅か一〇日余りで美影はこの街が好きになっていた。

 それに、だ。


 この街には丁度いい敵もいた。

 武藤零二。通称”深紅クリムゾンゼロ”と呼ばれるWDエージェント。

 いつか決着を付けてやる、そう思える相手。


 そうこうしている内に美影へと新たな指令が入る。

 それはある少女の身辺警護。その為の一環で彼女は初めての学生生活を送る事になった。

 編入試験は上々。

 家門や林田から楽しんで、と言われこうして寮にも入ったし、今は学舎内を案内されている。

 思えばあの二人はまるで姉の様だ。お節介で、優しい。

 自分でも驚いている。

 こんなに自分が日々を楽しんでいる事を。

 そして、今日から彼女は変わる。

 これまでのぶっきらぼうな一匹狼みたいな自分からは、今日でおさらばだ。

 明るく優しい少女になるのだ。

 その為の参考に人間関係についての書籍をここ数日読み漁ったから大丈夫だ。問題はない。



 かくて、怒羅美影は高校生活を始めた。

 確かに彼女の思惑は、変わろうという目論みは達せられた。

 このクラスにいる西島晶という警護対象の少女とは初めての親友になる。

 そして彼女は学級委員にもなる。

 ただ、一つだけ誤算だった事がある。


「あ、アンタッッッ」

「あ、ドラミじゃねェか!!」


 このクラスには彼女の宿敵がいた。それも自分の隣の席に、という事だった。

 かくして美影の新たな日々が始まった。

 それはこれ迄とは違う日々の始まり。

 たった一人だった彼女にとって……かけがえのない大切なモノに気付かされる日々の始まり。



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