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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 4.5
66/613

次の夜が来る

 

 四月七日。夜十時。

 そこは山深い場所にあった。

 九頭龍郊外にある、廃校になった山間部にあったとある学校。

 過疎化による少子化の影響で十年前に廃校になったその学校。

 人口減少の余波で、近くの集落も無くなり、今では近隣に人は住んでいない。


 最早人気が無いはずの廃校となった学校。

 そこには何故かポツリ、ポツリ、と光が灯っている。

 非常灯の緑色の光ではない。間違いなく誰かがそこにいる。


「あああああああああ、うあうああああぁぁぁっっっっっ」


 絶叫が場を包む。

 大音声がまるで叩き付けられる様に轟く。

 そこは元は体育館だった場所。全校生徒が全盛期でも数十人と小さな学校ではあるが、体育館はわりかし大きい。

 それは災害時に、近隣住人がここに避難する事になっていたからだろう。

 そこには無数の医療用途とおぼしき無数の機器が置いてある。

 そしてそれらは今、稼働している。

 体育館の中央には寝台が置いてあり、そこに一人の女性が寝かされている。どうやら意識を失ったらしく、だらりと手足が垂れている。とは言え、手足に拘束具を付けている様子からは彼女への、強い警戒心が滲んでいる。


「どうかな、彼女の様子は?」

 穏やかな口調で、”実験”の推移を見守っている研究者に男が話しかける。

 彼の名は神門賢明。

 EP製薬の創業者にして社長を勤める男。

 この学校跡地は彼が所有する実験施設の一つ。

 今、ここで彼はとあるマイノリティに実験を行っている。

 この二日は実に色々と事態が動いた。


 一つはとあるフリーのマイノリティ犯罪者を用いての”投薬実験”。これは新薬の効能を試すのにどうしても必要なプロセスだった。結果的にそのフリーのマイノリティ、ミミックは死亡してしまったが、彼が残した観察データは無事に昨日の内に届いた。

 分業制にしたのは間違いではなかった。

 つまり、”楽園パラダイス”の経過観察をするミミックと、パラダイスの運送を仕切る犯罪コーディネーターの二人に仕事を分散した事は正解だった。

 パペットという得体の知れないマイノリティと知り合ったのは一年前の事だ。


 当時、マイノリティに関する研究を行おうにも大手の製薬会社や、それに連なる様々な裏社会の連中から妨害を受け、経営危機に瀕したEP製薬にあのマイノリティは接触を図ってきた。

 一見すると少年というにも幼い子供の姿をしたマイノリティは、見た目からは信じられない程の様々な知識を有していた。

 その中には、神門が欲して止まなかったイレギュラーについての無数のデータもあり、彼は迷う事なくパペットと手を組んだ。


 そこから先はまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで会社は急成長を続けた。それまではどうしても届くとも思えなかった大手の同業者との距離は徐々に詰まっていき、何社かは既に追い越し、買収もした。

 未だEP製薬よりも規模の大きな同業者はいる。

 だが、今や勢いは完全にこちらへと傾いていた。

 何せ、あちらが保持しているマイノリティに関する情報よりもパペットの持つ情報と知識の方が遥かに有意義かつ、先鋭的であったのだから。

 そして何よりも他の同業者とは違い、EP製薬が神門賢明という創業者によるワンマン経営である事も大きい。

 良い悪いは別にして、民主主義の国家よりも、有能な独裁者の統治する専制国家の方が指令系統の煩雑さが少ない分、一度下された命令の伝達及びにその波及は早いのだ。これはこれ迄に幾度となく歴史が証明している事実だ。

 かつては弱小だったはずのとある国が、有能な独裁者の統治下で急激に国力を増大。周辺諸国を一気呵成と侵略、帝国を築いた事は歴史で幾度となく起きた出来事だ。

 そしてたった一年で、EP製薬は世界的にも注目されるだけの地位を築く事に成功したのだ。


 神門が周囲を見回すと、そこには無数のマイノリティの現在の心拍や、体温等のデータが常時モニタニングされている。

 ここにはある実験の為に今、無数のマイノリティを密かに集めていたのだ。

 ちなみに神門は一般人だ。マイノリティにまともに抗う手段等は持ち合わせてはいない。

 だが、そんな事は関係無い。

 彼は自分が管理するマイノリティを使いこなしていた。

 その理由は、その為の”処置”を相手に講じているからだ。


 彼には目的がある。

 そう、変わりつつある世界。その中心にいるのは間違いなくマイノリティである。

 だが、だからといってマイノリティに全てを支配させるつもり等は無い。一般人にとって彼らの存在はあまりにも危険・・なのだから。

 だからこそ、彼は欲する。

 ”少数派マイノリティ”だけを確実に殺害出来る薬を。

 それさえあれば、自分を始めとした一般人にも抑止力が手に入る。他の同業者の様に治療薬だけでは不足だ。

 絶大な力を持つ相手に対抗する武器。それこそが今、必要だ。

「まぁ、見ているがいいさ。世界が変わろうが、連中に支配などはさせん」


 その視線はたった今、投薬実験を終えたばかりのマイノリティの女性へと向けられた。

 来るべき時までに神門は出来うる限りのデータを欲する。そして使えるカードを一枚でも多く手に入れる。その上で新薬を手にする事が出来れば、今の世界は維持出来る。

 あの女性はその為に必要な”贄”だ。

 今の彼女は誰よりも”力”を強く欲している。

 その為に彼がパラダイスとは別に開発したもう一つの薬の被験者となったのだ。上手くいけば彼女はより強靭な力を持つ事になる。

 つまりはより怪物フリークへと近付く事は予め彼女には説明しておいた。その上でのこの実験だ。

 彼女が今こうして、実験に協力するきっかけとなったのは二日前の夜に起きた仲間の惨劇だ。

 彼女は自分の仲間を、一人のフリークに殺された。

 彼女はその仇を取る事も出来ず、更にその場に居合わせた二人のマイノリティの前に敗北した。


(しかしながら、まさしく僥倖だな)


 だが、彼女は知る由もない。そのフリークは神門の駒だった事を。

 もっとも、彼女の仲間の虐殺を命じはしていないが。

 だが結果的にそれも現状を鑑みるに、悪手ではなかった。

 お陰で難航していた新薬の、投薬実験が出来るのだから。

 新薬の大まかな実証はあのパペットが既に幾人かを前に試してみたそうだ。

 だがそれは本来の使用法とも少し異なるイレギュラーな実験であり、彼の求めるデータには程遠かった。

 だからこそ、彼は今の彼女に期待を抱かずにおれなかった。

 彼女には以前既にパラダイスを飲んでもらっている。

 元々、いずれは何らかの理由を付けて実験しようと思っていた神門にとって今の事態はまさに歓迎すべきイレギュラー。


 投薬実験は完了した。

 あの新薬はマイノリティにしか効力を発揮しない。

 それもパラダイスを接種した個体にこそ、その効能を最大限に発揮する。


 ゆっくり彼女は寝台からその身を起こす。

 全身に滝の様な汗をかいているものの、その顔色はいい。

 肌の血色も悪くなく、表示されるデータから分かるのは実験が成功した、という事実。

 神門はタオルを手渡すと、彼女へ声をかける。穏やかに。

「調子はどうかな?」

「悪くないよ、それより力が漲る。……分かるんだ、実感出来る前よりも強いって、ね」

 そして拘束具が瞬時に外される。驚いたのはその速度よりも、拘束具が外れた音が全く聞こえなかった事だ。

 それだけでも充分だった。

 今の彼女は間違いなく以前よりもマイノリティとして、より強大な存在となっているだろう。


「さぁ、試したいんだ。……用意してくれたんだろう?」

 彼女は好戦的な笑みを浮かべた。

 そう、この場にマイノリティを集めたのは彼女からの要望あっての事だ。彼女が自分の力を試したい、そう言うから急遽集めた。

 実に理想的と言える。

 自主的にこういう展開になったのはまさに理想的だ。


「もちろん、滞りなく……」

 神門の言葉に彼女は素足にスニーカーを履くと、そのままスポーツブラとショートパンツ姿で外に出ていく。腹部に見える蛇のタトゥーが禍々しさを漂わせる。

 極々自然に、風の様に歩く彼女の様子に、思わず彼はほくそ笑む。


 ガチャン。


 ケージが解放され、そこから無数のフリークが出てきた。

 いずれも投薬により、より狂暴性を増している。彼らは餓えていた、飢えていた、渇えていた。己が内から溢れ出る欲求を満たしたくて仕方がない。

 視界には、女性が一人歩いている。一見無防備な姿、それを連中が狙わないはずがない。

 一斉に襲いかかっていく。猛獣の群れが襲いかかる。


 だが、彼女は一切動じない。

 分かっているからだ。自分の方が遥かに強いと。

「じゃあ、始めよう」

 不敵に笑いつつもそう言うと、彼女は……縁起祀は全身から溢れる力を、────持ち得る速度を解放した。

 血が飛び、肉片が撒き散る。

 それは”ロケットスターター”たる彼女が初めて意思を持ち、他者を害した夜となった。



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