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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 4.5
65/613

夜が明けて

 

 四月七日。午前九時。晴天。


「結局よー、……何が分かったンだよ?」

 零二は相棒たる少女に問いかけた。

 彼は今、暇を持て余し、相棒との雑談に興じていた。

 まだまだ寝足りない気分だったが、それすら飽きたのだ。

 零二は縁起祀の一件の後の報告を昨日の午前中に終わらせた。

 そしてそれから丸一日。こうして何もせずにダラダラと過ごしてみたのだ。

 身体が重いのはまず間違いなくイレギュラーの過度の使用による反動だろう。何せ、普段の全力からさらに無理に熱代謝をしてみたのだ、身体に負担がかからない筈がない。

 怪我こそしていないが、気持ちの上では重病人だ。とにかく何もしたくない気分。まだ少し時期が早いが五月病みたいな物だな、と零二は思っている。


 ──何がって別に何も分からない。

 相棒からの返答は、いつも通りにツンケンした辛辣な物だった。

 零二は相変わらずの物言いに、寧ろ安堵の溜め息をつく。

 何はともあれ、元気そうではあるのだから。

「だよなぁ、ま、オレらも所詮は下っ端だからよ」

 ──何かムカつく。

「うおい、なンで怒ンだよ!」

 ──あんたに言われるとすっごい腹が立つ。

「……それ八つ当たりだよな、なぁ?」

 ──るっさい、黙れ。面倒くさいからもう嫌だ。

「ったく、やれやれだな。ま、いいや。とりあえずはお互いに無事にお仕事が終わったってこったな」

 零二は哄笑した。いつも通りの相方との会話に。


 ◆◆◆


 四月六日。


 九条へと報告を終えた歌音は、とりあえず隠れ家で数時間寝ると、起きて早々に今度は星城家へと戻った。

 隠れ家はかなりの設備でちょっとしたホテルよりも快適なのだが、それでもやはり日頃寝ている家のベッドの方が落ち着く。

 一応、前もって図書舘で借りておいた図鑑や書籍をバックに詰め込んでいるのは一種のアリバイ工作の一貫なのだが重い。

 一応、桜音次歌音は形式的には戦闘及びにその支援を行う事になっている。

 主任務は一応、相棒である武藤零二の戦闘支援であり、それは情報収集から文字通りの戦闘支援にまで多岐に渡る。

 とはいえ、彼女の保有するイレギュラーは”音”を扱う事。

 強力な能力ではあるが、肉体操作能力者ボディや零二の様に後天的に身に付けた熱操作能力ではなく、身体能力はあくまでも一般人よりもほんの少し上であるだけ。

 ましてや桜音次歌音はもうすぐ十三、今はまだ十二才の少女に過ぎない。

 つまり、彼女は肉体労働が苦手である。

 零二からすればたかだか四キロ位の重量の増加など問題にすらならないだろうが、彼女には違う。正直ここまで持ってくるのは疲れる。


 家に帰った歌音だが、昨夜から休暇を九条から貰っていた。

 しばらくは任務に駆り出される事もないだろう。


 とりあえず、勉強したふりはもう偽装出来た。

 机の上には資料とノートを広げている。

 しょうもない小手先だが、これでも勉強は出来る方だ。

 数ヵ月前からは、九条から高校レベルの講義を受けている。

 これも日常生活に影響を与えるのを軽減する為の処置だそうだが、お陰で当分は勉強の負担は少なくて済む事だろう。


「ん、……」

 鉛筆を唇と鼻の間に置いてみる。

 そうしてベッドに大の字で手足を投げ出し、ぼーっと天井を眺める。そうして何も考えずに時間を過ごすのが、彼女の休日の過ごし方だった。


 ピピピピ。


 メール通知の音だ。

 そう言えば、今日はよくメールが来る。

「面倒くさいなぁ」

 そう言いつつも、WDから支給されているスマホを手にし、受信メールを確認してみる事にした。


「うわぁ、……嫌だ」

 無数のメールが来ていたが、差出人は全てあの拷問嗜好者から。

 実にどうでもいい内容ばかりなので、全部まとめて消去しようかと思いつつ、指を動かしている内に一通のメールに目が止まる。

 それは彼女が昨晩倒した男について。

 どうやらトーチャーが遺体と所持品を改めたらしい。

 トランクケースには大した収穫はなかったらしい。

 他に彼が実施していたであろう、パラダイスを用いた実験に関する簡単な所見が入っていた位で、どうもあの相手は持っていたはずの資料を予め何処かに隠していたらしい。

 メールの最後にこう書いてある。

 まだ事件は終わらないかも、と。


 何はともあれ、今の彼女は休暇中だ。今は何もしたくなどない。

 そうして日が変わる。



 ◆◆◆



 四月七日。午後五時。


 九頭龍の繁華街は日中からそれなりに賑やかだ。

 路上には幾つもの出店や屋台が軒を連ねている。

 そうした店は主にファストフードを扱っている。

「ふあーあ……眠い」

 零二は飲食用に設けられたスペースにあるテーブルに突っ伏していた。

 その目の前には紙皿が無数に積まれていて、零二が相当な量を食べた事は一目瞭然だった。

「お前、どんだけ食べたんだよ」

 その様子に呆れた表情を浮かべるのは神宮寺巫女。

 今、零二がここにいる原因である。


 今から二時間前、午後三時。


 零二はバーの掃除をしていた。

 バーカウンターを拭き終わり、一息付いていた時の事だった。

 カラカラン、ドアに付けられた鈴が小気味いい音を立てる。

 宅配業者か何かかと思い、零二が視線を向けるとそこにいたのはピンクのパーカーを着た巫女が立っていた。

「お前なぁ……毎日毎日、暇なのか?」

 思わず溜め息をつく。先月末の一件以来と後始末が終わってからのこの数日間、巫女は毎日のようにバーに来るようになった。

 どうも、こっちの学校に転入するつもりらしく、編入試験を受けるらしい。

 それはいいのだが、こう毎日ここに来るのは一体どういった意味があるのかサッパリ彼には分からない。


「おお、よく来たな」

「あ、進藤さん。お邪魔しまーす。ちょっとあのバカ借りてもいいですか?」

「ああ、零二ね。いいよ、どうせ暇なんだ。好きにしてくれ」

「ありがと、こんなのでもボディガードには使えるもんね」


 こんな感じで零二が口を挟む前に話がついてしまい、こうしてここまで出かける事になったのだ。

 とにかくここ数日間振り回されている。

 駅前のスイーツの案内に、ジョギングコースに、それから繁華街の案内まで完全に現地のガイドの気分だった。

 オーナーである進藤が彼女をいたく気に入ってしまったのも問題だ。どうも、住む所が無いと聞いたあの強面の大男は自分の所有するマンションの一室を貸したらしい。

 しかもそこは零二がたま寝ぐらにしていた部屋だった。

 何も知らない零二が、二日前に普通に部屋に入って目にしたのがシャワーから出たばかりで、Tシャツにパンツという格好の彼女。

 二人は一瞬目を点にする。

「あ、よおっ……その、調子はどうかなぁ」

「──ヘンタイ!!」

「ぶごおっっっ」

 その叫びと共に零二は彼女から音の攻撃を喰らった。

 そしてその余波で、部屋に置いてあったお気に入りのコミックがビリビリに破れる等、零二にとっては二重に、いやより深いダメージを受ける事に羽目になった。

 結局、あの部屋には行けなくなってしまった。

 どのみち、コミックが紙屑になってしまった今ではどうでもいい事なのだが。

 あの時の怒りっぷりから、てっきり巫女は怒っているかと思いきや、あれから今日まで何だかんだで毎日顔を会わせている。

 で、今日は期間限定でやっているこの出店スペースに来てみたいという事で今に至っている。

 彼女はまるで小動物みたいに色々と見ている。

 何がそんなに楽しいのかよく分からないが、よく笑っている。

 巫女はモンブランを食べている。何でも本店は大阪にあって、あっちではいつも行列が出来るのだそうだ。


「でよ、どうすンだ? 歌はさ」

 一息付いたのを見計らって尋ねてみる。

「それだけど、こっちで活動しようかなって思ってる」

「……伝手はあンのかよ?」

「無いよ、だから路上で歌を歌おうって思う」

「そっか、まぁいいか」

「だから、その時は用心棒宜しく」

 巫女はにこりと笑いつつ言う。

「は? オレか?」

「あんた以外にいないでしょ、他に誰かいる?」

「ま、そうだけど」

「もしかしてその大量のケバブとかバーガーの借りは返さないつもりだったのかなぁ?」

 ジト目で睨まれる。彼女にそう言われると、確かに軽く三千円分は食べていた。何もしないのも悪い気がしてくる。

「ンだよ、計算づくかよ。いいぜ好きにしてくれ」

「そうこなくちゃね」

 勢いよくガッツポーズの巫女に思わず苦笑する零二。

 どうもまだしばらくはこのワガママ歌姫に付き合わされそうだ。

(ま、それもいいか。どうせ今は暇なンだからよ)

 今は束の間かも知れない日常を楽しむ事にしよう。

 血湧き肉躍る戦いの前の骨休めには丁度いい。零二はそう思う事にした。



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