魂と尊厳(Soul and dignity)その41
(数分前)
進士が状況を説明している時の事。
「ここに誰かがいる」
最初に小声でそう告げたのは田島だった。進士は顔色一つ変える事なく、そのまま説明を続ける。
「何でそう思うワケ?」
「逆に違和感を感じてないのか?」
美影に逆に問いかけ直すその表情は真剣そのもの。普段のおちゃらけた様子など全く感じさせない。
「まぁね。ハッキリ言っておかしいわよココ」
それに対して美影はあっさりとそう断言。進士は僅かに眉を動かすも、そのまま説明を続ける事で二人の話をその誰かに気付かれないように務める事にした。
「一言で言えば──」
◆
「ば、ば、馬鹿な」
男は驚愕する他なかった。
ここまで完璧だった筈だ。イレギュラーによって姿を隠蔽し、実際戦闘中にだって誰にも生存を気付かれる事もなかった。このまま三人組をもやり過ごし、後は姿を消す、それだけだった。なのに。
「なぜ、……?」
男の愕然とした様子を受け、まず言葉を発したのは田島。
「言っとくけどあんたのイレギュラーはなかなか大したもんだぜ。何せ今だって姿が見えてる訳じゃないからな」と、とんでもない答えを返す。
「見えちゃいない、だと?」
男には何を言ってるのかが理解出来ない。見えていないのに、何故こうしてバレているのかが皆目見当もつかない。
「綺麗過ぎるんだよ」と田島が告げる。
美影は「姿を隠したつもりでも、熱源反応は分かるから無意味なの」と冷たく言い放つ。
「僕はあいつらみたいには分からないが、それでもここの様相には違和感を覚えるよ。何せ、戦ったと思しき形跡こそあれど、まるで汚れちゃいないんだからな。戦い、殺し合いというのはこんな綺麗な物じゃない」と進士は淡々と言う。
「いいから姿を見せろよ」
カチ、とトリガーに指をかける音。単なる脅し、ではないのは田島の目を見れば男にも分かる。どう見てもまだ自分の半分も生きちゃいない小僧なのに、その目からは明確な殺意が見て取れるのだ。
「最後の警告だ、三秒で──」
「──ッッ」
男の脳裏に自分が脳漿をぶちまけて絶命する姿が浮かぶ。ここまで生き延びてきたのだ。他の馬鹿共とは違うのだ。あんな死にたがりのクズと自分は違うのだ。
田島がカウントを始めるよりも早く男はイレギュラーを解除、すると風景は一変。
「こいつは驚いたぜ」
思わず田島がヒューと口笛を鳴らし、呟く。
男が姿を見せると同時に、周囲の景色が変化。さっきまでは無数の弾痕やら薬莢こそ転がっていたものの、それだけだった空間が、いきなり血塗れの凄惨極まる空間へと転じた。
不思議な物で、さっきまで見えなかった血みどろの現状を目の当たりとした途端、鼻を突く鉄が錆びた様な臭いを受け、思わず顔をしかめる。
「流石に驚かざるを得ないな」
普段感情を表に出さない進士も、顔をしかめる。
「単なる幻覚の類では、……いや、もし嗅覚にも影響していたなら──」
「別に驚くコトじゃないわよ。普段ワタシ達が如何に視覚情報に依存してるかってだけのコト。なまじ見えないから、意識出来なかっただけ」
そうよね、と美影は姿を露わとした男を鋭い視線で睨む。有無を云わさぬ迫力に押され、男は幾度も頭を振る。
「それで、……何でバレたんだ?」
数秒の間を置いて、男はまず自身のイレギュラーが何故看破されたのかを訊ねてきた。もう戦意はないのを示すように正座する様は滑稽にすら見える。
「俺の画像貼り付けは完璧だったはずだ」
敵であろう相手に対し、本来であれば三人が答える必要はない。少なくとも美影と進士はそのつもりだった。わざわざ厄介の種を育てさせるような真似など馬鹿馬鹿しい。
「さっき言ってたがきれいすぎるって。一体どういう事なんだ?」
もしも今後対峙する可能性を考慮するのであれば、アドバイスする必要などない。ないのだが。
「そうだな。確かに上手く隠蔽してたと思うぜ」
「なら何故だ?」
「リアリティーの問題だよ。あんたはテクスチャーマッピングとかいうイレギュラーで本来の景色を塗り替えた、そこまでは良かったさ」
「少なくとも痕跡は誤魔化せたわね。でもそこまでだった」
田島の言葉に美影が合わせる。次いで進士も口を開く。
「ここで戦闘が起きた事まで誤魔化せたなら何も問題はなかった。だが、そうじゃなかった。誤魔化す意図があったのなら、薬莢や壁にめり込んだ弾丸を何とかすべきだった」
「ま、そういうこった。ああ、あと姿は誤魔化せたとしても、そこにいる怖いお姉さんには熱源反応でバレバレだったから、どの道上手くはいかなかったと思うぜ。まぁ、残念だったな」
自分が言うつもりだったのに進士に言われたので、田島は苦笑しながら話を打ち切る。自分のイレギュラーについての情報を口にされた美影の視線がその背中に突き刺さるのがよく分かった。
その後、男は三人が驚く程、素直に内部情報を口外した。
「まぁ、そのなんだ。殺されなかったからな」とそう言うものの、口にした情報の中にはそれまでWG、少なくとも三人が全く知らなかったような話も含まれており、ここで起きている状況が想像以上に深刻なのだと自覚するには充分に過ぎた。
「ま、俺はここにいるイカレた連中よりはちょいとだけ真人間なんでな」
そうあっけらかんとした口調で笑う男からは、さっきまでの様な緊張感の欠片も感じられない。
「で、だ。俺は保護してもらえるんだよな?」
まるですがりつくような口調で田島に視線を向ける男に「それは僕達が決める事じゃない」と進士が突き放す。
「おいおい。こっちはアンタらに協力しようってんだぜ。見ての通り血塗れの殺し合いの渦中に飛び込もうって無謀な試みに手を貸すって言ってるんだ。それなりの見返り位あってもいいとは思わないか?」
さっきまでの弱気な様子から一転、ここぞとばかりにまくし立てる男。
「さっきだって俺はアンタらを攻撃しなかっただろ? 敵対する意思はないってのは分かった筈だぜ」
少しでも自身を高く売りつけようとする男の、薄ら笑いが次の瞬間、一気に青ざめた。
「少し黙ってくれない?」
ただの一言。美影の口から発した言葉に、男は背筋が凍り付くような感覚に襲われる。無論彼女が実際に何かした訳ではない。精神に干渉するようなイレギュラーでもない。
「黙って聞いてれば五月蝿いわよ。交渉したい? バカじゃないの」
「い、いや。だって──」
「──分かっていないとでも思ってるワケ? 何をしてきたのかは知ってるわよ」
「う、ひぃっ」
有無を云わさぬ迫力に男は腰が抜けたのかその場にへたり込む。
「情報は活用する。で、アンタをどうするのかは上司が決める。問題ないわよね?」
「は、はい」
(はぁ、やるもんだなぁ)
田島が思わず小さな口笛を吹く。
美影の今の発言はここがどういう場所なのかを知っていた上でのブラフ。間違えた可能性もあっただろうが、今回は正解を引いたらしい。
(これであのテクスチャーだか何だか、とにかく風景を偽装出来る奴を使える)
完璧だとは言えない代物なのは看破した自分達がいる以上、理解している。それでも少なくとも血と硝煙でむせかえる様な空間で、一人生き延びたのだ。それなりに有効であるのは実証済み。ならば使わない手はない。
進士に視線を巡らせば、同じ事を考えていたのか一度頷いた。
(通信障害による以上はとっくに把握してる筈だ。大人しく待機するってのも手だが……)
今度は美影へ視線を送るも、そんな事は毛頭考えていないのが一目瞭然。ほっとくと一人でも突っ込みそうな勢いを隠そうともしない。既に足は前へ動いている。
(あーあ。火がついてるよ、ったく)
呆れ気味に小さく溜め息を入れ、歩き出した彼女の後を追う事にするのだった。