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狂った世界――The crazy world  作者: 足利義光
Episode 17
610/613

魂と尊厳(Soul and dignity)その40

 

「大まかに言えば、状況は以上だと思う」

 進士のアンサーテンゼアによる過去の推測が終わり、話を聞き終えた田島はふぅと息を吐いた。この任務を受けた時からかなりハードな事態になる可能性を想定してはいたが。

「しかし、思ってた以上に深刻だな」

 終始無言だった美影とは対照的に思わず頭を抱えたい気分になりかけ、いやいや、とかぶりを幾度も振ってもう一度息を吐く。

「嘆いていてもしょうがないわ」

 眉一つ動かさずに美影が淡々と告げる。能面のような無表情さが二人には頼もしく見える。

「ああ、そうだな」

 彼女の言葉に田島も同意する。ここで考え込んでも何も事態は好転しないのだ。

 見るからに疲れた表情を隠す余裕もないのだろう、進士は呼吸を整えつつ、汗をハンカチで吹きながら状況を纏めていく。

「少なくともここには敵対集団が二つある。そいつらは既に交戦状態で、戦力を損耗しながら施設の内部へ入り込んでいる、僕達も含めれば三つ巴という事だ」

 脳の処理演算能力を酷使するイレギュラーの影響による物だろう、進士は携帯していたプロテインバーを口に入れている。

「とりあえず襲撃してきた連中はその辺のチンピラ崩れじゃないわね」

 美影が壁にめり込んだ銃弾を指で外し、地面に落とす。もしも警察の捜査現場であれば証拠を汚染するような愚挙だが、美影は気にも留めない。この件が警察沙汰になる事がないのは春日歩( 上司 )から確認しているからだ。

「見てコレ。軍隊仕様のSMG(サブマシンガン)に使われる弾じゃないかしら」

「PDWってヤツな。こんなモノ裏社会でもそうそう出回りゃしないぜ。何せ値が張るからさぁ」

 田島が銃弾を拾うと、瞬時に自身のイレギュラーたる不可視(インビジブル)の実体(サブスタンス)でその銃弾を放ったであろう銃器を構築してみせた。

「わー。カッケェ」

 まるで子供のように満面の笑みを浮かべる田島に対して、「全然意味がわからない」と美影は突き放す。

「だって見ろよ。こんなの映画とか漫画の出るような代物だぜ」

「でも、見た事はあるんでしょ?」

 不可視の実体は何でも出せる訳ではない。基本的には虚像、実在しない物をその場に出す能力でなのではあるが、その虚像も担い手たる田島の知っている物限定であり、彼が見た事のない物は出せない。今、彼が手にしているPDWもまた彼が実際に目にしたからこそこうして出せているのだ。この虚像が果たして正しいのかまでは分からない。あくまでも落ちていた銃弾からの予測に過ぎないのだから。他の種類の銃火器の可能性だってあるのだ。

「こういうの使えたら便利だと思わないか?」

「その点は同意するが、僕達は軍隊ではないからな」

 進士も美影程ではないが、呆れたように気のない返事を寄越すと、「ここは敵地だ。油断せずに行こう」と周囲に視線を巡らせる。

 その言葉を受け、三人は再度歩みを始めた。


 そしてその様子を伺う視線が一つ。

「ふぅ、何とかなったな」

 その場で息を潜めていた男は、ようやく脅威が去った事に安堵したらしく、汗を拭う。

「にしても、あいつら何なんだ?」

 彼にとって今そこにいた三人組はあまりにも奇妙だった。さっきまでやり合っていた連中は明らかにそれと分かる連中だった。映画でしかお目にかかれないような銃火器を装備し、同僚達を幾人も血祭りに上げた。自分も危うく同じ目に遭う所だったが、イレギュラーのおかげでこうして難を逃れる事が出来た。

「はっは、ははははは」

 思わず笑いがこみ上げる。何せこれは今までなかった機会なのだ。

「どいつもこいつも死にやがったよ」

 まさしく阿鼻叫喚、死屍累々といった有り様だった。銃弾が飛び交い、銀刃がぎらつき、血飛沫が舞い散り、そして血の海に沈んでいった。

 彼の()にはここでの惨状が視えている。文字通りの意味で血に染まった現状がだ。

「はははははは」

 笑いが止まらない。ついさっきまで自分の事を散々馬鹿にしてきた奴が目を見開いたまま冷たくなっている。そこに倒れているのは、自分の強さを鼻にかけていた気に食わない奴だ。

「ああ、最高じゃないか」

 誰も彼もがくたばった。ここにいるのは今や自分のみ。

「便乗するには丁度いいな」

 軍隊連中の応援がここいらを血の海に変えてから、何やら不穏は話をしていた。全部聞き取る事は出来なかったが、断片的な話だけでもある程度の事は予想出来る。

「今ならここから()()()()()な」

 ずっと機会を伺っていたが、まさしく今こそその時だろう。

「よし、なら善は急げって言うからな。とっととおさらばしちまうとしよう」

 念の為に周囲を見回し、誰もいないのを確認すると弾む足取りで正面入り口に向かおうとしたその時。ゴリ、と頭に何かが押し当てられたような感触。

「…………え?」

 ゆっくり振り向くと、銃口を押し付ける三人組の一人、茶髪の如何にも頭の足りなさそうな小僧がそこにいた。

「…………」

 何かの偶然かと思い無言を貫くも、銃口が更に押し当てられ、そうではない事を示す。

 その上「無駄だぜ。もう逃げられやしない」という一言が決定的だった。男は銃口を突き付ける田島の前に膝を屈し、お手上げとばかりに手を掲げた。





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